7.最後の言葉


シンバは、うまくフェルクハイゼン城を抜け出し、3人が落ち合う場所に来ていたが、そこで待っていたのは3匹の怪鳥だけ——。


明け方近くまで、そこで座り込み、タイガとルチルの帰りを待ったが、2人は来ない。


朝日を見て、シンバはうわああああと大声を上げて、その場に膝から落ちて、泣き叫んだ。


「なんで帰って来ねぇんだよ、タイガ! オレだけ生きてる訳にいかねぇだろ!」


こうなったら、もうユエ姫様を殺して、自分も死ぬかと思うと、あの絵が浮かんだ。


シンバが月夜烏で、ユエ姫様の胸を貫いている絵。


それだけは絶対に嫌だと首を振るシンバ。


『心配ありません、きっとエルバイトさんの能力は最悪の事態を起こさない為のチカラなのでしょう、アナタは絶対にあっちゃいけない近い未来を見たんです、ならば、そうならない未来を築くだけです。絶対にそうでなきゃいけない未来を見たら、そうなるよう、未来を築くだけ。どちらも、結局は今の自分が足掻くしかない』


アスベストの台詞を思い出しながら、この状況をどう足掻けばいいんだと、シンバは頭をグシャグシャに掻き乱す。


ユエ姫様を救い、エンジェライトの無実を証明する方法。


そして、タイガを守れなかった為、タイガの死を償う方法。


シンバの頭の中で、ぐるぐると思考が回転し、気が狂いそうになる。


「ロン」


その声に、顔をあげると、賊達がいつの間にか、シンバを囲んでいる。


「絶対絶命って面だなぁ、おい」


と、笑う賊達。


「エンジェライトの王子は死んだって言うじゃねぇか」


——タイガ、お前やっぱり死んだのかよ?


「女剣士は捕らえられ、夕刻に処刑だってよ」


——あの女、城内でタイガを探して捕まったのか?


「ロン、お前一人で何ができる?」


——オレ一人で何ができる?


「ロン、また俺達の仲間になっちまえよ」


と、賊の男が傍に近付いて来て、そう言った。


「フェルクハイゼン王はいい金蔓だ。何かと金を出すからな」


——所詮、コイツ等は金の繋がりしか人間関係を築かない。


「お前を殺したとフェルクハイゼン王に伝えりゃ、そりゃあもう、大金が手に入る、その金で他所へ行って、一緒に暴れようじゃねぇか」


「・・・・・・他所へ?」


「あぁ、お前の強さなら、どこへ行ったって敵なしだ。な? いい案だろ?」


シンバはクックックッと喉で笑い、


「他所へ行ったら、オレなんて、弱すぎて、あっという間に殺されちまうよ」


そう言った。


「何言ってやがる、ロン、テメェの強さは半端ねぇだろ」


「オレの強さ? タイガに比べりゃ、雲泥の差。お前等はまだ気付いてないんだよ、とんでもない奴を敵に回したって事にな」


「とんでもない奴?」


「オレも、お前等も、フェルクハイゼンも終わりだ。タイガが死んで、エンジェライト王が来るだろう、エンジェライト王がどんなに強いか、お前等は知らないだろうからな、教えてやろう、エンジェライト王は・・・・・・あの大雪原の持ち主なんだよ」


どよめく賊達。シンバは喉で笑いながら、


「もう終わりだ、なにもかもな! 逃げ場所なんてねぇぞ、幾ら金をもらっているとは言え、逃げ延びる程の金は持ってねぇだろ」


と、気が狂ったように楽しそうな表情で言う。


もう愉快で仕方がないかのように、喉から笑いが溢れ、声に出して、笑い出すシンバ。


そんなシンバを見ながら、恐怖で顔を強張らせ、ざわめく賊達に、シンバは急に笑いを止め、さっきまでとは裏腹に、暗い表情を浮かべ、賊達を見ると、


「オレを生け捕って、フェルクハイゼンへ連れて行け」


そう言い放った。


賊達は、シンバの考えがわからず、顔を強張らせたまま、身動きとれずにいると、


「その方が金が入るんじゃないのか? 殺したなんて口だけの報告よりさ。金が入ったら、逃げりゃいいじゃん、もう用はないんだろ、こんな壊れかけの世界にはさ」


そう言った。


「だ、だが、お前は処刑され、死ぬぞ、ロン?」


「オレは、エンジェライト王に顔がバレてる。どこへ逃げたって、殺される運命だ。追われながら、いつ捕まるかと恐怖の日々を送るより、今直ぐに処刑されて死んだ方がいい」


そう言ったシンバに、賊達は納得したのか、シンバを縄で縛り上げ、フェルクハイゼンへと向かった。大人しいシンバに、本当に死を覚悟しているんだと賊達は悟る。


フェルクハイゼンに着くと同時に、牢獄へ放り込まれ、シンバは暗く冷たい場所で、蹲る。


——タイガ、そっちは友達がいなくて寂しいだろ?


——だが、もうすぐだ、待ってろ、オレが直ぐにそっちへ行くからさ。


——もうこれしか方法がないんだ。


——ユエ姫様を救い、エンジェライトの無実を晴らす方法は!


——それにしても、オレの人生、どん底ばっかだったな。


——いい事なんて、ちっともない。


——これから、やっと、光が見え始めたって時だって、こんな終わり方。


小さな格子付きの窓から見える月は満月。


月の光は、僅かだが、闇には相当、明るくて、シンバは目を閉じた。


——処刑は夕刻だって言ってたから、そろそろだな。


そう思った時、騎士が、扉の鍵を開けて、


「出ろ、処刑場へ移動だ」


そう言った。


シンバは手に鎖を繋がれたまま、騎士の後ろを付いて行く。


広い砂地の中央には、十字架が2本、その1本にはルチルが既に磔になっており、その周囲は客席になっていて、この付近の大陸にある国々の裕福な民達や王族達が処刑の見物に来ている。席は満席だが、まだまだ続々と人が集まっているようだ。


——夕刻に処刑って言うから、客集めたんだろうなとは思っていたけど。


——ホント、わかりやすいよなぁ、フェルクハイゼン。


——それにしても結構、集まったな。


——そりゃそうか、エンジェライトの騎士が処刑されるなんて、いい宣伝か。


そして、シンバも十字架に磔に合い、その高い場所から、人々を見渡し、見下ろした。


「絶景だな」


と、笑うシンバ。


今、特等席となる場所に、フェルクハイゼン王と妃、ルーノ王子、ユエ姫様が現れた。


ファンファーレのようなものが鳴り、まるで祭り騒ぎ。


チラッと横目でルチルを確認するが、流石、女とは言え、最強の騎士。


真っ直ぐに、怯えもせずに、世界を見据えている。


「お前達エンジェライトは、リーフェルを襲撃し、このフェルクハイゼンまでも襲撃した。その罪は重く、刑は直ぐには死なない槍突きの刑だ、痛みに苦しみながらの死で、多くの者を無意味に殺した罪を背負い、地獄に堕ちるがいい」


フェルクハイゼン王がそう言うと、皆が、ワァッと騒ぎ、そして、静かにと、王が手を広げると、シンと静まり返った。


「処刑人には、最後の言葉を延べる権利が与えられる。罪人の言葉など、誰も聞きたくはないが、これは世界共通の法の為、与えなければなるまい。最後に、自分の名と、思いのまでを述べるといいだろう。フォッフォッフォ・・・・・・」


王は、そう言うと、ユエに、


「本当にあの者の名はエンジェライト王の名と一緒なのか?」


小声で尋ねた。ユエはコクンと頷き、


「ワタクシが名付けた名ですから、間違いありませんわ」


そう言った。王は、そうかそうかと笑いながら、


「エンジェライト王よ、お前の名を地に堕としてくれるわ! フォッフォッフォッフォ」


と、嬉しそう。そして、


「さぁ、どうした? 最後の言葉はないのか? ないならば、名前だけでも構わないんだがな! それとも、こちら側から、名を呼んでやろうか?」


大声で、シンバとルチルに問う王に、


「オレは!!!!」


シンバが叫び出した。


「オレはエンジェライトの騎士じゃない!!!!!!」


叫ぶシンバに、フンッと鼻で笑い、


「今更何をほざいても同じ事。好きに言わせてやるがいい」


と、フェルクハイゼン王はドカッと椅子に座った。


「よく聞きやがれ、テメェ等!!!! オレはなぁ、貧民の子だったんだよ! その後は賊になった。あぁ、オレは沢山の人間を殺して来たさ。金品を奪い、人の命を奪い、賊の頭の命さえ、奪ってやったさ! その後はうまくリーフェルに潜り込み、ユエ姫様に仕え、リーフェルの騎士をやってたんだ! フェルクハイゼン王に金をもらってな」


「何を言っているんだ、アイツは!?」


と、王が立ち上がり、ルーノ王子も立ち上がる。


「リーフェルを襲ったのは、このオレだよ! フェルクハイゼン王が、エンジェライトの騎士に成り済まし、リーフェルを襲うようにと、オレに金を渡したんだ、オレは賊だからなぁ、仲間は一杯いる。金をチラつかせれば、奴等は何でも協力してくれる。なのにさぁ、フェルクハイゼン王のご命令通りにやって来たってのに、オレは只の使い捨ての駒だったようで、このざまだ。テメェ等の国は大丈夫かぁ? オレのようにフェルクハイゼン王に使い捨てにされてねぇか? ユエ姫様がフェルクハイゼンの王子と結婚なんて決まったら、この大陸全てはフェルクハイゼンのものだな、この広い大地全てがフェルクハイゼンエリアになっちまったら、完全に、フェルクハイゼンの力は増すだろう! はーっはっはっはっは!! フェルクハイゼン王、万歳だな!!」


「黙れ黙れ黙れぇ!!!!」


王は大声で怒鳴るが、シンバは黙らない。


最後の言葉は誰も黙らせる事はできない。


死にゆく者に与えられた権利なのだから。


「ユエ姫様、アンタ、騙されてんだよ、このオレに、そして、そこにいる王様と王子様になぁ! わかったら、サッサとどっかの国に保護してもらえよ、この箱入りの能無し姫!」


客席がざわつき出す。


「黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!!! アイツを誰か黙らせろぉ! アイツは嘘を言っているんだぁぁぁぁ!!!!」


取り乱した王が叫ぶが、最後の言葉は、まだ終わらない。


「折角、他国から、沢山の王族が集まってくれたんだ、このオレが忠告してやるよ、フェルクハイゼンと同盟を結んで、オレのように切り捨てられないようにしろよ、ユエ姫様のように捕らわれの身になっても誰も助けてくれやしねぇからな、この世界ではさ!」


「貴様ぁぁぁぁ!!!!! 名を早く名乗れぇぇぇぇ!!!!!」


王がそう叫び、シンバは満月を見上げる。


今、頭を過ぎるのは、賊の親の台詞ではない。


『なんかよ、月夜の明るい晩に、お前に会えたのが嬉しくてよ、浮かれちまってよ、最低のカタナになっちまった』


——そうだよな、忘れてたよ。


——ここは人を殺して伸し上がろうって連中の住処。


——親も子も兄弟も、蹴落とす奴等が普通にいる世界。


——誰も赤ん坊になんて手を差し伸べたりしないのにさ。


——オレは、手を差し伸べられてたんだよな、生まれて直ぐにさ。


「・・・・・・オレはカラスだ」


そう言ったシンバに、なんだと!?と、王は眉間に皺を寄せながら、耳を傾ける。


シンバは、生まれて直ぐに呼ばれた名を口にする。


それが最初の自分の存在が始まったコトバ。


ユエに最後に伝えておきたかった。


自分という存在を!


「オレはカラスだ!!!! 月夜の明るい晩に浮かれて鳴くカラス! 愛する人に会えたのが嬉しくて、浮かれて鳴いているカラスだ! よぉく、覚えておきやがれ! 月夜の明るい晩に生まれ、死んでいく、このオレの事をなぁ!!!!」


シンバはユエ姫様を真っ直ぐに見て、そう叫んだ。


フェルクハイゼン王は、エンジェライト王と同じ名ではないじゃないかと、怒り露わ。


「もういい、そっちの女の言葉は、この男を処刑してからだ」


一刻も早く、シンバを殺したくてしょうがないようだ。


「槍突き部隊! サッサと来んかぁ!!!!」


フェルクハイゼン王が、そう叫ぶと、客席と繋がっている真正面の通路から槍突き舞台が・・・・・・


「・・・・・・騎士隊長——?」


シンバは、槍突き部隊ではなく、リーフェル騎士隊長が血だらけで、ズタボロの姿で、剣を重そうに引き摺りながら、現れた事に、目を丸くし、驚いていると、


「その者が話した事は全て嘘だ」


と、引き摺っていた剣を、シンバに向けて、騎士隊長はそう言った。


また客席がざわめき出し、フェルクハイゼン王もルーノ王子も、何がどうなっているのか、慌てるばかり。その王と王子の背後で、


「本当の事実を公表するんだ、そしてエンジェライトに詫びろ、そしたら命は助けてやる」


と、ソードを王に向けたフェルクハイゼンの騎士が立っている。


他の騎士達は皆、シャハルまでが倒れている。


「な!? 何者だ!?」


騎士は兜を脱いで、顔を出すと——・・・・・・


「エ、エンジェライトの王子!? 貴様、死んだ筈では!? 死体があったのに!? ライフルで撃たれただろう!? 塔から落ちただろう!?」


震える声で、そう聞いたフェルクハイゼン王に、タイガはニッコリ笑う。


「撃たれてないし、落ちたんじゃない、降りたんだ、下のバルコニーに。頭からクルッと回転して。そしたら、バルコニーでルチルさんに会った。ルチルさんが倒した騎士とボクの服を交換して、ボクは死んだ事になり、ルチルさんは態と捕まった。最後の言葉で演説してもらう為に。まぁ、シンバが全部やっちゃって、ルチルさん、また出番なしって嘆きそうだけど・・・・・・」


悔しそうなフェルクハイゼン王。


「ちゃんと死体の顔も確認しなかったのが誤算だね、ルチルさんが大人しく捕まったから、本当にボクが死んじゃったと思った?」


歯を食い縛り、悔しくて悔しくて、物凄い顔になっていくフェルクハイゼン王。


「その後は、ルーノ王子が、リーフェルの騎士隊長に聞き出したい事があるからって、数人の騎士達を連れて隠し部屋に向かったでしょ? その騎士達の中にボクもいたんだよ。つまり、そっちが勝手に騎士隊長さんの所まで、ご案内してくれたって訳」


ルーノ王子も怒りと悔しさで顔が歪む。


「逃げたシンバの強さを気にしていたね? 何も喋らないリーフェルの騎士隊長を傷め付けて、シンバの事を聞きだそうとしていたけど、聞いたところで、シンバには敵わないと思うよ? ボクとしては、騎士隊長さんをルーノ王子が痛めつけている時に、やめろって叫んでしまいそうだったけど、この作戦を考えてくれたルチルさんに後で怒られるのも嫌だなぁって、我慢したんだ、でも、もう我慢しなくていいよね」


と、タイガはルーノ王子を見る。ルーノ王子はギリギリと奥歯を鳴らし、俯く。


タイガは、ユエを見ると、ユエは下を向いて、小刻みに震えている。


「ユエちゃん」


タイガの呼ぶ声に、顔を上げると、


「次は騎士隊長さん連れて来るって言ったでしょ? ボクは嘘吐かないから、信用してもらえないかなぁ?」


黙ってタイガを見つめるユエ。


「エンジェライトの無実を証明してくれるよね? その後、共にキミの力になるから」


タイガが言う台詞に、ユエは涙を流す。


「大丈夫、エンジェライトはリーフェルを見捨てない。ボクはユエちゃんを守るから」


小さく頷くユエに、タイガはよっしゃ!と、小さく声を出すと、フェルクハイゼン王と王子にも、


「さぁ、どうする? ここで死んでもらっても構わないよ、ユエちゃんがちゃんと証言してくれるみたいだからさ」


そう言った。


王はその場に足から崩れ落ちて、座り込むが、ルーノ王子は、腰のソードを抜いて、タイガのソードを弾き返し、


「この女は姫なんかじゃないぞ! 貧民だ。お前、そんな女と婚約させられていたんだぞ、僕は言うからな! この女が貧民だって言うからな! そしたら、エンジェライトの品格が落ちるぞ! それでもいいのか!?」


と、強気に出た。


「何を言うって?」


ルーノ王子が、その声に振り向くと、シンバが立っていて、月夜烏で、ルーノ王子の喉を狙っている。


「お、お前も、こんな女の護衛なんてやっていても無駄だぞ、この女はなぁ——」


「うるさい。そのオシャベリな口、喉から斬り裂き、何も喋れないようにしてやろうか?」


無表情で言うシンバに、ルーノ王子は、ヒィッと妙な声を上げると、へナへナッと腰を抜かし、その場にペタンと座り込んだ。


今、ルチルと騎士隊長が、縄を持って来て、フェルクハイゼン王と王子を縛り上げる。


「・・・・・・シンバ」


心細く、小さく、そう呼んだユエ。だが、シンバは見向きもせず、タイガを見て、


「心配して損した」


と、ムッとした顔で言う。


タイガはイシシシシッと悪戯っぽく笑う。


「信じられねぇ奴だな、お前! オレ、泣きそうだったんだぞ!」


「泣きそう? 泣いたんでしょ? 涙の跡があるよ」


「バカか! 自分が死ぬかもしれねぇから泣いたんだよ、お前の死を悲しんでじゃない!」


「フゥン、でもシンバがどこ行っちゃったのか、わからなくて、ボクは泣いちゃった」


「はぁ!? 泣くなよ、それぐらいで! それに、オレは! オレはシンバじゃない、カラスだ、オレの名はカラス。これからはそうお呼び下さい、タイガ王子、ユエ姫様」


と、そう言って、タイガとユエを見る。


そして、シンバとしての最後の言葉だろう、タイガとユエに気持ちを伝える。


「もう何も失いたくないから、強くなろうと思うのはやめました。オレは一人じゃない、オレが生まれた時に、見捨てずに育ててくれた父のような人間も、この地にはいるんです。オレはそれを忘れちゃいけなかった。生きる事の悲しみばかりに押し潰され、失った重みに悔やみ、オレだけが辛いんだって笑えなくなるより、父のように、貧しくても、生きるのに大変でも、月夜に浮かれて笑うのも悪くない。だからユエ姫様が名付けた名ではなく、最初に名付けられた名で、オレは生きていきます、この世に生を宿したばかりのオレを救ってくれた父を忘れないように——」


ユエの与えた名を捨てるという事は、ユエから放れると言う意味。


ユエは涙をツゥッと流すと、


「勝手になさい、ワタクシは護衛などいらないわ。この世界を平和にしてみせるから」


そう言った。シンバ、いや、カラスはフッと笑い、


「共に、この世を僅かな光でも、明るくしていきたいと思っております」


と、頭を下げた。


「共に?」


聞き返すユエ。カラスは、コクンと頷き、


「いつまでも、あの月のように、オレはユエ姫様を見守り、共に、この世を明るくして行きたいと思っております、只、もう、誰の言いなりにもなりません。自分の意思で、アナタに接していきたいと思っております、勿論、姫と騎士という立場を超えはしません。あくまでも、あの月のように——」


月を見上げるユエ。


「・・・・・・遠いわね」


手を伸ばしても届かない距離の月に、そう呟いた。


「でも、オレは命果てるその時まで、ユエ姫様の、一番遠くても、一番近くにいますから」


「本当に月のような距離ね」


と、微笑むユエに、カラスも微笑む。


タイガは、二人きりにしてあげようと思い、先に処刑を見に来た他国の王族達に、今までの事を説明に行こうとした時、


「おい、タイガ」


と、カラスに呼び止められ、タイガは振り向いた。


「お前とオレの距離は変わらねぇからな」


「え?」


「二度と言わねぇから覚えとけ、ユエ姫様の婚約者としては認め、お前を主として敬うが、友達としては一歩も譲らねぇぞ!」


「・・・・・・でもボクの方が一歩リードだよ」


「はぁ!?」


「だって、最初からボクは友達だって言ってただろ? 今更だよ、そんな台詞」


「なんだと!? オレが下手に出てやっていれば!」


「だって本当の事だもん、まだまだ読みが甘いな、シン・・・・・・カラスは!」


悪戯な顔で、笑いながら言うタイガ。


なんだかんだ、カラスよりタイガの方が上手である。


それからは、エンジェライトの無実も晴れ、ユエも、騎士隊長も、リーフェルに戻れる事になった。


問題はたくさんある。


今回の事で、フェルクハイゼン王と王子を、どう処罰するか、それはエンジェライト王に任せるとしても、リーフェルという国を立て直すだけの資金が全くない事。


城も崩れかけている状態で、修復するには、金がいる。


今にも消えてなくなりそうな町も、活気を戻すには、やはり金が必要。


金をつくるには人が必要。


人を動かすには金が必要。


エンジェライトが全力を尽くして、リーフェル復活に協力してくれたとしても、完全復活までいかないだろう。


中途半端に、始めても、結局は落ちて行くだけ——。


だが、元はエンジェライトもゼロからの出発だったのだ。


確かに、エンジェライトと比べれば、リーフェルは貧民も抱えている為、マイナスからの出発になるかもしれない。


でも、いつか、本当の最後の言葉を言う時が来るまで、頑張ってみよう。


笑顔でいれば、きっと、ツキが向いてくる。


きっと——。

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