6.運命の弾き金
「これはこれはエンジェライトの王子様、よくこの地に来られましたな、そのエンジェライトの紋章の衣装で!」
フェルクハイゼン城を訪れ、直ぐに王の間に通されると、フェルクハイゼン王が、そう言って、タイガを見て、笑顔を絶やさない。
年齢は50代ぐらい、着飾ったキンピカの衣装と、ここぞとばかりの大きな王冠と、大きな宝石が輝く杖を持っている。
その周囲をフェルクハイゼンの騎士達が、ライフルを持ち、綺麗に整列して並んでいる。
シンバとルチルは、タイガの一歩後ろで、跪き、頭を下げている。
タイガは、一礼すると、
「リーフェルがエンジェライトにより堕ちたと言う情報を聞き、確かめに来ました。エンジェライトはリーフェルを襲ってなどいません、その為、ボクは真実を調べたいのですが、何か情報がありましたら、教えて頂けると助かるのですが」
そう話した。
「フォッフォッフォッフォッフォ! おかしな事を言う。リーフェルを堕としたのはエンジェライトでしょう、今更、何の言い訳でしょうか?」
「いいえ、エンジェライトではありません」
「ほう、言い切れる程の証拠でもあるのですか?」
「はい、ここを訪れる前にリーフェルへ行って来ました、戦の傷跡の残るリーフェルは爆破された形跡があちこちにあり、壁には、幾つかの銃弾の後も。エンジェライトに、銃や爆薬をつかう武器はありません。そんな高価なものを武器する程、エンジェライトは裕福ではありませんから」
「・・・・・・ほう、では、他にリーフェルを襲った者がいると——?」
「はい」
「面白い、では、こちらも証拠を出しましょうか」
「証拠?」
「ユエよ、ユエ! 早くこちらへ来なさい」
王のその声に、シンバは驚いて顔を上げるが、
「顔を下げて!」
と、ルチルに小声で言われ、仕方なく、また顔を下げる。
チリリリリンと、聞き覚えのある鈴の音が、シンバの耳に届く。
「ユエ、エンジェライトの王子が来たんだが、お前から話して差し上げなさい」
王がそう言うと、
「はい、リーフェルはエンジェライトの襲撃により、終わりを告げました」
シンバは、その声は確かにユエ姫様だと、鼓動が高鳴った。
長い黒髪と大きなサファイアの瞳と白い肌のユエを、タイガは、ジッと見ると、
「ごめんね、アイちゃんと一緒にしちゃって」
と、今、この緊迫感の中で、振り向いて、小声でシンバに言うから、
「いいから前向いて話し続けろ」
と、シンバは小声で、タイガに言う。タイガは頷き、王の方に向き直ると、ユエを見て、
「どうしてエンジェライトの襲撃だと?」
そう聞いた。黙っているユエに、
「襲撃した連中はエンジェライトの騎士だったの?」
更に、そう聞いた。更に、黙っているユエに、
「ハッキリと言っておやりなさい!」
と、王が怒鳴り、ユエはビクッとすると、
「え、ええ、そうです、エンジェライトの騎士達がいました」
ユエがそう言った。
「その証拠は?」
と、タイガは再び、尋ねる。
「証拠? ワタクシを疑うのですか?」
「そういう訳じゃないけど、見間違いって事もあるでしょ?」
「ありません」
「どうして?」
「ワタクシがエンジェライトの紋章を間違える訳ありません!」
「そっか、でも完璧な人間なんていないでしょ? 間違いは誰にだってある」
「何が言いたいんですか?」
「だから、間違ってしまったんじゃないかって」
「話になりませんわ、もう帰って下さい、そして、この地に二度と足を踏み入れないで下さい。ワタクシ達はエンジェライトと絶対に同盟など結ばないと、他国とも新約を交わすつもりです。エンジェライトは力で支配する恐ろしい国だと——」
「参ったなぁ」
と、ニコニコ笑顔で、全く参っているようには見えないタイガに、王もユエも、本当に大変な事だとわかっているのか!?と、眉間に皺を寄せる。
「フォッフォッフォッフォ、しかし、王子様たる者、態々ここまで来て、ご足労でしたね」
「楽しかったよ、客船のカジノに行けなかったのが心残りだけど」
「客船で!? どうりでエンジェライトの船が来たと言う報告がないと思ったら、王子たる者が客船とは! エンジェライトは船もない国なんですか?」
フォッフォッフォッと変な怪人のような笑いをしながら言う王に、
「事を大事にしたくなかったから、船は出さなかっただけです」
タイガはにこやかに答える。
「まぁ、エンジェライト側にしたら、大事にしたくないでしょうねぇ」
「エンジェライト側? それってまるで、フェルクハイゼン側は大事にしてもいいって聞こえるよ? いいの? 本当に?」
「・・・・・・エンジェライトの王子様、大事にしたくないと言う事は、お連れの方は本当にその二人だけで来たようですね、客船ですしね。よくそんな無防備で敵地に乗り込めますね、無鉄砲にも程がある。やはり妙な同盟を唱えるくらいですから、エンジェライト王は頭がおかしいのでしょうね、大事な息子を一人で、そんな場所にやるなんて」
と、嫌な笑いをする王に、タイガのにこやかだった表情は一変した。
思わず、そのタイガの顔に、しゃっくりして、笑いを止める王。だが、直ぐに、
「な、なんだ、その顔は!? いいか、エンジェライトはリーフェルを襲撃し、この地の者達は、恐怖に夜も眠れない日々が続いているんだぞ!」
そう吠えて、タイガに向かって、杖を投げつけた。
タイガは杖をパシッと受け止めると同時に、背後の扉が開き、
「お父様、おやめ下さい」
と、ルーノ王子が現れた。ツカツカと、王の方へ歩み寄る途中で、タイガの隣に立ち、タイガが受け止めた杖を奪い取ると、ソレを王へ渡し、そして、王の隣に座り、
「エンジェライトが襲撃を仕掛けていないという証拠がないなら、襲撃はエンジェライトだったんですよ。僕の未来の妻がそう証言している。それを否定するならば、戦になるでしょうね、エンジェライトは高価な武器を持っていないとも言っていましたが、戦いになれば、それもわかる事だ。そうでしょう?」
と、不敵に笑う。その時、王の隣に立っているユエが、悲しそうな顔で俯くのをタイガは見ていた。
「さぁ、ユエ、もう一度、このバカ王子に言ってやれ、誰がリーフェルを襲撃したんだ?」
ルーノ王子がそう言うと、ユエはもっと悲しそうな顔をする。
「どうした、ユエ? 早く言ってやれ」
悲しそうな顔をしているのが、わからないのかと、タイガが叫ぼうとしたが、
「エンジェライトの騎士達が、リーフェルを襲ったんです!」
と、ユエが叫び、ルーノ王子の高笑いが響く。
ずっと、ずっと俯いて我慢していたシンバが、グッと手を握り締め、
「ユエ姫様!!!!」
立ち上がり、そう叫んでいた。
ユエは、シンバの存在に、まさか、直ぐそこにいた者がシンバだったなんてと、
「・・・・・・嘘・・・・・・どうして・・・・・・生きていたの・・・・・・?」
と、口を両手で塞ぎ、驚いている。
今、目の前に確かにユエ姫様がいると、生きていた事に嬉しくなるが、こんなに近いのに、遠いと、一刻も早く歩み寄りたくて、真実をと、シンバは叫んだ。
「ユエ姫様! どうしてそんな嘘を吐くんですか! エンジェライトの騎士なんて、一人もいなかった! いたのは賊達じゃありませんか! 騎士なんて連中、どこにもいませんでしたよ!」
誰なんだ?と、王がユエに尋ね、リーフェルの騎士だとユエが教えると、
「おい、何故リーフェルの騎士がエンジェライトの騎士をやっているんだ? 大体、勝手に喋るんじゃない、下の者が偉そうに、下がれ下がれ」
と、ルーノ王子がそう言って、汚らわしいものでも見る目で、シンバを見る。
「そうだよ、これがオレのよぉく知っている国だ。人を人と見ない目で人を見る人間達。それが普通だと思っていた。だが、エンジェライトは、こんな国じゃないんだ、オレ達が知っている日常がある国じゃないんだよ! オレ達の知らない夢のような場所なんだよ! 民が貧しいと、王も貧しい。民が裕福なのは、王が頑張った証である国なんだよ! 縦じゃない、横の繋がりを持つ国なんだ。だから民は、国が困っていたら、城に入って来て、出来る事を手伝うと言う人達なんだよ! エンジェライト王は、お前等みたいに人を見下した笑いをしたりしない! エンジェライトの王子は・・・・・・タイガは、お前等みたいに人をバカにしたり、嫌な言葉を吐いたりしない! オレなんかに・・・・・・タイガはオレなんかにも、同等の立場で、普通に話してくれるんだ!」
「え? なにそれ? だって友達でしょ? 普通に話さないで、どう話すの?」
タイガが、こんな時に、そんな事を言い出し、シンバは黙って前を向いていろと、タイガに小声で言う。
「何を言っているんだ?」
訳のわからない事を吠える奴だと、王はシンバを睨む。
「ユエ姫様、何があったんですか、目を覚まして下さい! どうしてこんな奴等と一緒にいるんですか!? 嘘を吐いてまで、何を得られる事があって、ここにおられるのですか!? ユエ姫様! もしかして脅されているのですか!?」
「黙りなさい」
と、ユエがシンバに厳しく言い放つが、
「いいえ、黙りません!」
初めて、反発してくるシンバに、ユエはまた驚いてしまう。だが、ユエは、
「黙りなさい!!!!」
ヒステリックに叫び、その場がシーンと静まり返る。
「つまり、その男は裏切り者と言う訳だな」
フェルクハイゼン王がそう言うと、ユエは首を振り、
「待って下さい、あの者はワタクシの、ワタクシ専用の騎士なのです、直ぐに聞き分けるよう、言い聞かせますので、お待ち下さい」
そう叫んだ。だが、タイガが、
「渡さないよ」
などと言い出し、ユエはタイガを、タイガはユエを、お互い睨むように見る。
「渡さない。取り戻したいのなら、真実を明らかにし、エンジェライトに詫びる事だ」
タイガの台詞とは思えない程、強気な発言。
睨みつけるユエと、睨み返すタイガ。
ルチルも立ち上がり、
「そろそろお暇致しましょう」
そう言うと、タイガの前に出て、
「また近い内に——」
と、不敵な表情で、そう言うと、背を向け、タイガの背を押し、立ち尽くすシンバの腕を引っ張り、フェルクハイゼンを後にする。
3人がいなくなった後、フェルクハイゼン王は、
「まさかリーフェルの生き残りがエンジェライトの騎士として現れるとはな。おい、また近い内に来られては敵わん。あの3人を追い駆けて、賊達に金を払い、首をとらせろ」
近くにいる騎士に命令をする。
「待って下さい、どうか、あのリーフェルの騎士だった者だけは——」
「黙れ、ユエ。お前を生かしてやっているのは、お前がリーフェルの姫だからだ。ルーノと結婚をし、この大陸全てが我が手の中に。そして、エンジェライトを蹴落とし、全世界を我が国の同盟下に置いてくれる。フォッフォッフォッフォッフォ」
「そう簡単にいくでしょうか」
「なんだ、ルーノ、何か問題でもあるのか」
「いえ、只、リーフェルの出身者がいながら、この地に訪れるのに、どうしてたった3人で来たのかと思いましてね。賊もウロウロしている事くらいは、わかっている筈でしょう」
「単なるバカなんだろう、エンジェライトの王族は」
と、フォッフォッフォッと笑う王に、ルーノは笑えない。
「ねぇ、ユエ? お前専属のあの騎士は、どんなに強いんだっけ? 僕専属の騎士シャフルより強いの?」
「知りません」
「知らない筈ないでしょ? シャフルの兄のシャハルが鍛えたんだっけ? ならシャハルに聞けばわかるのかな?」
「やめて!」
と、ヒステリックな声を上げるユエの傍に、ツカツカと近付き、平手打ちを食らわせ、床に転がるユエを見下ろし、
「口の聞き方は気をつけろ」
と、ルーノは冷酷な目をユエに向ける。ユエはぶたれた頬を手で押さえ、下唇を噛み締めると、黙って、立ち上がり、
「申し訳御座いませんでした」
と、俯く。
「わかればいいんだよ、痛かったかい?」
急に優しい口調で、そう言うと、ルーノは、ユエを叩いた頬をソッと撫でる。
そんな事になっているとは知らず、3人は、フェルクハイゼン城を去り、岩場の多い場所に置きっぱなしの怪鳥の所で、待機状態。
「美人だったねぇ、リーフェルのお姫様!」
と、タイガは浮かれた声を出す。
「あの美人と、生意気なアイちゃんを一緒にしたら、シンバじゃなくても怒っちゃうね」
「タイガ、今はそんな事より、これからどうするか、真面目に考えろ」
「え、もう考えがあるんじゃないの? ね? ルチルさん?」
と、タイガがルチルを見ると、シンバもルチルを見たので、ルチルは頷き、
「まぁ、うまく罠にはまってくれたら、きっと、この後、アタシ達は賊に命を狙われると思うんですけどね」
そう言った。
「またなんか罠を仕掛けたのか?」
「またって言い方どうなのよ、アタシが卑怯な奴みたいに聞こえるからやめて」
と、ルチルはシンバを睨む。そして、タイガを見て、
「罠って程ではないんですけどね、また近い内にと、アタシが言った事を、そのままの意味にとってくれて、再び、訪れられるのは面倒だと、今直ぐに動いてくれるといいんですけど、まぁ、そう簡単に引っ掛かってくれる程、甘いかどうか、わかりませんが——」
と、説明。
「でも、この罠も、フェルクハイゼンがリーフェルを襲った黒幕であると言う前提の話ですからね。そうじゃないなら、読み外れで、アタシ達がやっている事はフェルクハイゼンを怒らせただけ、みたいな?」
えへっと笑いながら、そう言ったルチルに、みたいなじゃねぇだろと、シンバは深い溜息。
「あのさぁ、運命の分かれ道ってのを、もう少し慎重に考えるべきだろ、タイガも、アンタも、悪戯に決めすぎだ。大体、なんでタイガは、オレを渡さないとか言うんだ、あの時、オレがユエ姫様の下へ戻れば、ユエ姫様から何か聞き出せたかもしれないだろ。それに、アンタも一か八かの罠を仕掛ける前に、もう少し、話しを引っ張るべきじゃなかったのか? 間違った方向へ来てるんじゃないのか、オレ達!」
そう言った後、間違ってないかと、シンバは、岩場に隠れている者達の気配に気付いた。
「ビンゴ。どうやら、フェルクハイゼン王はまんまとアタシの罠に嵌ってくれたようね」
と、ルチルは笑みを浮かべ、
「わかりやすいなぁ、フェルクハイゼン」
と、タイガも笑う。
「わかりやすくて結構! これで、フェルクハイゼンが絶対に黒幕だ」
と、月夜烏を抜くシンバ。そして、
「サッサとコイツ等を倒して、ユエ姫様を奪いに戻るぞ!」
隠れている賊達に向かって走り出し、タイガも、ルチルも、シンバとは別方向の岩場で隠れている賊達に向かう。
「ロン、テメェ、ここで会ったが100年目!」
と、岩場から姿を現す男に、
「やかましい」
と、シンバは、話を聞いてやる事もせず、切り倒して行く。
次から次へ姿を現す賊達に、こうなればタイガの存在もルチルの存在も有り難くなる。
——何がエンジェライトが襲撃しただ。
——エンジェライトが襲撃するなら、いちいち賊を使う必要なんてない。
——たったの数人で、リーフェルを堕とすだろう、しかも剣という武器だけで。
——こんなに恐ろしい程、強い力を持っていながら、エンジェライトという国は!
少し遠くの方で戦っているタイガの姿を見て、
——エンジェライトという国は、ムカツクぐらい、優しい国だ。
と、シンバは舌打ち。
そして、銃の弾き金を引く音を耳にし、シンバが振り向くと、ライフルでタイガを狙う男に、ヤバイと思うが、今、銃声が鳴り響き、瞬間、誰もが、時間を止めた。が——、
「危ないなぁ! 当たったら凄く痛かったらどうするんだ! 当てるなら痛くないように狙えよ! 足なんて狙うな!」
と、元気に吠えるタイガの姿。
——避けたのか!? ライフルの弾を!? 咄嗟に!?
「おい、タイガ、痛くないように狙えって、即死って事か?」
遠くで、そう吠えて聞いたシンバに、
「そうだよ、痛いよりいいでしょ」
と、大声で答えるタイガ。
「死なれちゃ困るよ、オレ、エンジェライトを敵に回したくないし」
「え? ここでボクが死んでも、シンバの失態じゃないでしょ?」
「やめてください、守れなかったアタシの失態になりますから」
と、ルチルまで大声で会話に参加。
「ていうか、二人共、自分の立場じゃなくて、死んじゃったボクについて悲しんでよ!」
「死んでねぇじゃん」
「死んでませんからね」
「つーか、死なせないし?」
「ええ、死なせませんし」
「うん、死なないけどね」
頷くタイガに、シンバは、
「殺しても死ななそう」
と、思わず、ハッと笑みを零すと、ルチルもクスクス笑い、タイガも笑い出す。
話しながら、しかも笑い出して戦う3人に、余裕有り過ぎだろと、賊達は逃げ出した。
そりゃ逃げ出しもするだろう、ライフルの弾を掠りもせず、無敵状態のタイガに恐れるのは当然だと、シンバは月夜烏を腰の鞘に仕舞う。
「逃げられちゃったね、追わなくていいのかな?」
と、タイガもソードを仕舞う。
「雑魚には興味ねぇよ」
と、首をコキコキ左右に振り、腕ごと肩を回すシンバ。
「賊の中でも下っ端って感じだったわね、今の奴等」
と、ルチルも剣を仕舞う。
そして、シンバは倒れている賊達の持ち物を漁り出し、
「いいもん持ってんじゃねぇか」
と、いろいろと取り出してみる。
「火炎玉、煙幕玉、小型拳銃もある」
「いいものって、ボク達には必要のないものばかりだよ」
「いいや、コイツ等の方が必要のないものばかりだ。だからコイツ等は使わなかった」
「どういう事?」
「高が3人相手に、火炎玉や煙幕玉を必要とすると思うか? こういうのは相手の人数が多い時に使うもんだ。オレ達は3人、敵は無数。使わせてもらおうぜ」
と、シンバがタイガの懐に、小型拳銃を入れる。
「こんなの扱った事ないから、これでは倒せないよ、ボクには向いてない武器だ」
と、タイガは小型拳銃を返そうとするが、
「別に人を倒す為だけの道具じゃない、必要があるかもしれないだろ、持っておけ」
シンバは再び、タイガの懐に小型拳銃を戻す。
何にこんなものを使うんだろうと、タイガは不満そうな顔。
「ほら、アンタも」
と、シンバは、火炎玉や煙幕玉などの小さな丸い玉をお手玉のように、ルチルに投げる。
ルチルはそれを受け取り、
「どうやって使うのよ?」
と、不思議そうに玉を見る。
「地面に投げつければいいんだよ、赤いのが火炎、緑が煙幕」
言いながら、シンバも幾つか玉をポケットに入れる。そして、暗くなる空を見上げ、
「もうすぐ夜だ、まさか今日の今日が、近い内になるとは思ってないだろ、逃げた賊達はオレ達をやれなかったと報告は直ぐにできない筈だ、賊ってのは金さえもらえれば、嘘だって吐く連中だからな、多分、今夜辺り、賊達は出直して来るつもりだろう、そんなの待ってる必要はない。今夜、フェルクハイゼンへ戻る! ユエ姫様を取り戻す為に!」
タイガとルチルは、コクンと頷き、シンバの意見に賛成した。
ユエ姫様を取り戻せば、きっと、真実を話してくれるだろう。
そして、エンジェライトの無実もユエ姫様の口から話される事だろう。
全てはユエ姫様が戻れば、解決する事だと、シンバは思っていた。
「煙幕を使った場合は、3人がバラバラに離れてしまうかもしれないが、誰かがユエ姫様を見つけられればいいだろう、この3人なら、1人でも誰が来たって負けやしない。最終的にはこの場所で落ち合おう、まぁ、はぐれてしまったらという場合の話だ。とりあえずは突撃じゃなく、バレないように浸入し、見つからないよう、ユエ姫様を連れ出すのが目的。バレたら暴れると言う事で」
と、シンバは怪鳥を撫でながら言う。
そして、空に月が浮かび、シンバ達は行動に出た。
フェルクハイゼンの夜は静かだ。
あちこち、警備をしている騎士達がいるが、城下町が離れているせいか、然程、人の気配はなく、落ち着いている。
暢気に騎士達が笑い合いながら、他愛無い会話を楽しみ、余所見をしている奴もいるから、厳重という警備ではないだろう。
影に潜むシンバとタイガとルチル。
様子を見ながら、騎士達の後ろへ回り込み、気絶させて行く。
順調に、城の奥まで来たが、誰かが倒れている騎士に気付き、カンカンと鳴り響く非常鐘の音と共に、
「侵入者がいるぞー!」
の叫び声。
ここまで来てしまえば、こっちのものだろと思ったのも束の間。
どこにいたのか、騎士達がウジャウジャと現れる。
あっという間に囲まれ、シンバ達は袋の鼠。
そして、シンバはその騎士達の中に、リーフェル騎士隊長を見つける。
「騎士隊長!」
そう叫んだシンバに、男はニヤリと笑い、
「すまないねぇ、わたしはシャフル。弟の方だ」
そう言った。
——双子とは聞いていたけど、ソックリだ。
「兄から聞いているよ、賊の成り上がりの小僧だろう?」
「・・・・・・リーフェルの騎士隊長はどこにいるんだ!?」
「さぁねぇ? リーフェルはエンジェライトにより堕とされたと言う事だから、エンジェライトの騎士にやられたんじゃないのかな? おっと、小僧は、今、エンジェライトの騎士なんだったな? なら、お前が兄の行方を知っているんじゃないのか?」
「ふざけるな!」
「ふざけているのはそっちだろう、リーフェルだけでは飽き足らず、今度はフェルクハイゼンを襲撃か? たったの3人で」
と、笑うシャフルに、騎士達は皆、シンバ達を取り囲み、声を出して嘲笑う。そして、左手で剣を構えるシャフルに、左利きかと思った瞬間、ふと、リーフェルが襲撃に合った日に、騎士隊長が右手を潰していた事を思い出した。
『隊長、どうしたんですか? その手!? 斬られた傷じゃなさそうでけど!?』
『あぁ、いや、やられたんだよ』
『やられたって、どうやって、そんな風に!? 右手だけですか!?』
確か、あの時、そう会話をしたが、賊達の襲撃に話してる余裕もなく、右手の負傷については何も聞き出せないままだった。
「なぁ、どうして、アンタ、右手で剣を構えない? 随分と不自由そうな構えだな」
黙っているシャフルに、やっぱりそうだと、シンバは思う。
あの日、既に、リーフェル騎士隊長は、このシャフルだったんだと——。
「あの時の右手の傷は銃の暴発か?」
そう聞いたシンバに、シャフルはクックックッと笑い、
「慣れない武器なんて使うから、銃口に詰まっていたものを取らず、そのまま弾き金を引いてしまって、右手を潰してしまってね。うまく動かなくなってしまった」
そう言った。シンバは奥歯をギリッと鳴らし、
「リーフェル騎士隊長はどこだ!? 兄弟なんだろ! 血の繋がった家族じゃないのか! 守る国は違っても、守るべき人じゃないのか!?」
そう叫んだ。
「兄弟? 血の繋がり? こんな世界で、ソレは何の意味があるんだ?」
「・・・・・・」
「お前も賊だったのなら、わかるだろう、民達は、今日、生きていく為に、親を殺す、子を殺す、兄を殺す、弟を殺す、姉を殺す、妹を殺す、生まれたばかりの赤ん坊さえ見捨てる。この世界で生きていく為には、頂点を目指すしかない! だからお前も賊から騎士に成り上がり、リーフェルを見捨て、エンジェライトへ、より強い方へ身を置いたんだろう!」
「・・・・・・違う、オレはエンジェライトへ身を置いた訳じゃない」
「本当にそうか?」
「本当にそうだ! オレは只ユエ姫様をお守りしたいだけだ!」
「だが、エンジェライトは、そんなお前を利用しているんじゃないのか?」
「え?」
「お前に協力するふりをしながら、フェルクハイゼンを潰す。エンジェライトの騎士は全く動いてないのだろう? そこにいる王子と王子の付き添いのような女剣士だけ。ならば、フェルクハイゼンが潰れても動きのないエンジェライトの仕業だとは誰も思わないからな、どうなんだ? エンジェライトの王子様?」
嫌な笑みを浮かべながら、シャフルはタイガに問う。黙っているタイガに、
「何とか言ってやれよ、違うって言え、違うんだろ、タイガ!?」
と、焦るシンバ。タイガは、真っ直ぐにシャフルを見ている。
「おい、タイガ! オレを見ろよ!」
と、叫ぶシンバを無視し、タイガは真っ直ぐ、シャフルを見つめ、
「友達いないでしょ」
そう言った。
今、そういう会話する所じゃないだろと、ガクンと力が抜けるシンバ。
シンバだけではなく、シャフルもガクンと力が抜ける。タイガは、シンバに、
「可哀想な人だよね、きっと友達いないんだよ、だって意地悪しか言わないもん、あの口!」
と、耳打ちで、そんな事を言い出すから、更に力が抜けそうになるシンバ。
クスクス笑うルチル。
「お前なぁ、その性格は誰に似たんだ!? あの王様か!?」
小声で、タイガに怒った顔を向け、そう聞いたシンバに、ルチルが、
「お妃様でしょう」
と、笑いながら小声で答え、
「ここはアタシに任せて、お二人は先に進んで下さい」
そう言った。
シンバとタイガはルチルを見ると、ルチルは懐から煙幕玉を取り出した。
小さく頷くシンバとタイガ。
ルチルは床に向かって、煙幕玉を投げつけ、モクモクと煙が辺りを包み、騎士達は騒ぎ出し、落ち着けとシャフルが大声で叫んでいる。
シンバとタイガは、騒ぎから抜け出し、二人、はぐれる事なく、同じ道を選んだようで、ローカを共に走る。
直ぐに騎士達が、どこからか現れて、行く手を阻むが、シンバとタイガの足は止まる事なく、シンバは月夜烏で、タイガはソードで、騎士達を斬り付けて、走り抜ける。
どこの扉を開けても、ユエの姿がなく、王とルーノ王子の姿もない。
もうどこかへ避難してしまったのか、後は、螺旋階段を駆け上り、塔の上へ向かうだけだと、シンバとタイガはくるくるとした階段を走る。
後ろから追って来た騎士達に、これ以上、通せないように、火炎玉を投げて、炎の盾で、時間を稼ぐ。
「暫くしたら、あの炎は消えてしまう。その前に、ユエ姫様が見つかればいいんだが」
階を変える度に、扉があれば、開けて見るが、ユエは見つからない。
もう最後の扉だと、シンバとタイガの足は止まる。
騎士達は追って来ない。
ここに来て静まり返っているのが不気味だ。
「あの奥の扉にいなければ、隠し部屋とか探さないと」
細く短めのローカの奥にある扉を指差して、タイガがそう言うが、シンバにはわかる。
「いる」
「え?」
「ユエ姫様はあの扉の向こうだ」
「わかるの?」
「感じるんだ、ずっと、こうして扉の向こう側にユエ姫様を感じながら、見守って来たから、オレにはわかる」
「そっか、じゃあ、行ってきなよ」
「は?」
「ボクは待ってる」
「・・・・・・」
「ここで誰かが見張ってないと、騎士がいつ来るかわからないだろ? それにあのお姫様、やっぱりアイちゃんに似てて、結構、頑固そうで、更にキツそうだから、直ぐに頷いて、ボク達に付いて来るか、わからないでしょ? まずは説得しないとさ」
「・・・・・・わかった」
シンバは頷いて、扉に向かって歩き出す。
細いローカ、大きめの窓が並び、月明かりが、シンバの影を映し出す。
シンバは足を止め、振り向いて、タイガを見ると、タイガは階段下を覗きこみ、誰も来ないか確認している。
——オレじゃない。
——オレが行くべきじゃない。
「・・・・・・タイガ」
「うん?」
「お前がユエ姫様に会って来い」
「え? なんで?」
「ユエ姫様の婚約者だろ、お前は」
「今はルーノ王子が婚約者みたいだけど?」
「させるか! あんな王子と婚約なんて、オレが認めない!」
「ボクなら認められるの?」
「いちいち言わすな」
と、シンバは鏡のペンダントを懐から取り出すと、タイガに渡し、
「ユエ姫様に渡してくれ」
そう言った。黙って、手の平に置かれたペンダントを見ているタイガに、
「トラウマスイッチ入っちゃってさ」
シンバは下手に笑って、そう言った。
「トラウマスイッチ?」
「ほら、スノーフレークの絵描きのじぃさんの未来予言の絵。あれ、思い出したら、オレ、ユエ姫様と二人では会えない。それに、ここで誰かが見張りをしてなきゃいけないなら、それは影であるオレの仕事。そして、御伽噺ですら、お姫様を救い出すのは、王子様って、決まり事だろ?」
「・・・・・・」
「頼むよ、タイガ。ここまで来て、オレ、間違った選択したくないんだ」
「シンバは本当にそれでいいの? 彼女を助けるのはシンバの方がいいんじゃないの? ここまで来たのは、彼女を助け出す為でしょ? ボクはシンバに後悔させたくないよ」
「しないよ、相手がお前だから」
真っ直ぐにタイガを見て、そう言ったシンバ。
嘘ではない。
タイガはコクコク頷き、わかったと、背を向け、扉へと向かって歩き出す。
今、愛するユエ姫様の元へ、自分ではない男が行こうとしている。
自分が望んだ事だが、こんなにも苦しい胸の痛みを、今直ぐに何とかしたい!
「タイガ!」
呼び止めると、タイガは扉を目の前にして、振り向いて、シンバを見た。
「お前に言いたい事がある、ずっと言ってやりたかった」
「なに?」
「綺麗事だけじゃ飯は食えない。優しさだけじゃ傷は癒せない。他人事みたいに笑えない。オレはそうやって生きて来たんだ。お前とは絶対に仲良くなれない」
「・・・・・・」
「綺麗事がなけりゃ理想は実現しない。優しさがなけりゃ前向きになれない、他人事みたいに笑えないからこそ、笑って、本気で手を差し伸べるんだ。お前はそういう奴だよな。オレとは正反対で、オレが生きて来た世界の中には、絶対にいない人種だよ、お前は」
「・・・・・・」
「ユエ姫様がリーフェルに戻って、またいつもの日常に戻れたら、リーフェルにも、お前みたいな人が増えるかな。エンジェライトみたいな国に、なれるのかな」
「・・・・・・わかんないけど、シンバが望むなら、ボクは全力で力を貸すよ」
「ハッ! また綺麗事言いやがって、それが優しさのつもりか? その笑っとけばいいやって笑顔も気に食わない。本心は、ユエ姫様と婚約がうまくいかなかった場合の保険だろ、エンジェライトの同盟に賛同させる為の——」
「関係ないよ、同盟は国と国の話。夢や理想を追いかけて求めるシンバに協力するのは、友達してだから。ボクも言っておくけど、絶対に仲良くなってるから、ボク達!」
言い切るタイガに、シンバはフッと笑みを零し、早く行けと手で合図。
タイガはバイバイと手を振り、扉に手をかけた。
扉が開き、中にタイガが入るのと同時に、シンバは目を閉じた。
ユエ姫様とタイガがうまくいきますようにと、祈る為に——。
タイガは薄暗い部屋、天窓を見上げているユエに近寄って、
「何見てるの?」
と、声をかけた。ビクッと体を大きく揺らしたユエ。
「あ、ごめん、ノックしなかった。でも、入ってきたのも気付かない程、何を見てたの?」
「・・・・・・アナタ、エンジェライトの王子——」
「タイガって言うんだ、よろしくね、ユエちゃん」
「ユエちゃん・・・・・・!?」
そう呼ばれたのは初めてのユエは、思わず、その呼び名をリピートし、聞き返していた。
「何見てたの?」
と、タイガはユエの隣に立ち、丸い天窓を見上げると、ぽっかりと浮かぶ月。
「わぁ、綺麗だ」
「・・・・・・アナタは何しにここに? フェルクハイゼン王がここを通したの?」
「ううん、ユエちゃんを奪いに来たんだ」
「ワタクシを奪いに? もしかして、勝手に城内に入り込んだの!?」
「うん」
笑顔で頷くタイガに、
「帰って」
と、呆れたように言うユエ。
「あ、それと、これをシンバから預かってきた」
タイガは鏡のペンダントをユエに渡す。
「・・・・・・シンバは?」
「扉の向こうにいるよ」
「・・・・・・そう、シンバはいつもそうやって傍にいてくれた。壁一枚向こう、それがシンバとワタクシの距離。何かない限り、シンバからは絶対にワタクシに近付かない」
「フゥーン、なんか大変そうだね」
「アナタも王子ならわかるでしょ?」
「ボクの国では、そんな距離ないから。騎士も使いの者も、普通に接してるよ。悪戯したら、身分関係なく、その場にいた大人に頭小突かれるしさ。たまには敬語もなくなるし、堅苦しい話より、笑える話のが多いかな。でも、ちゃんとした場面になると、急にみんな、キチンとして、丁寧な言葉遣いになって、頭を下げてる」
「・・・・・・変な国ね、エンジェライトって」
「そうかな? よくわかんないや」
と、悪戯っぽく笑うタイガ。
ユエは手の中の鏡のペンダントを見て、そして、タイガに差し出し、
「シンバに、返しておいて」
そう言った。だが、タイガは受け取らず、
「シンバに全てを押し付けて逃げるのは卑怯だ」
そう言った。目を丸くするユエ。
「シンバは、ユエちゃんが姫であると信じて、一人で頑張ってエンジェライトに来た。そして、ここまでやっと辿り着けた。なのに、影である事を貫き、ここへ入りたい気持ちを抑え、扉一枚向こうで、ユエちゃんを信じて待ってる。ちゃんと応えてあげるべきだ」
言葉が何も出て来ないユエ。
只、タイガを見つめるだけ。
タイガは真剣な表情で、ユエを見つめている。
「王の為に頑張ってくれた者を、王は突き放したり、見捨てたりしちゃ駄目なんだ、ちゃんと応えてあげなきゃ、王として、信じてくれている者達に!」
「・・・・・・」
「強くならなきゃ、王族は勤まらないよ、ユエちゃんは王族である証を持ってるんだから」
「・・・・・・アナタ、ワタクシが王族じゃない事をご存知なの?」
「うん」
「レオン様から聞いたの?」
「ううん、そうじゃないよ、多分、その鏡のペンダントをレオン叔父さんがユエちゃんにあげたって事は、ユエちゃんは王族ではないんだろうなぁって思って、お父さんも勘付いてると思う。だってね、その鏡のペンダント、エンジェライトの紋章なんだろ?」
「ええ」
「お父さんがさ、小さい頃、王族である証の紋章を持ってなくて、王族である証明ができなくて、大変だったって言ってたんだ。王子だって言っても嘘だって言われちゃったって」
笑いながら話すタイガに、ユエは何の話?と首を傾げる。
タイガは、ユエの手の中にある鏡のペンダントを指差し、
「それはね、レオン叔父さんが王族である証なんだよ。それをレオン叔父さんがユエちゃんにあげたんだ、ユエちゃんはそれを持っている以上、間違いなく、王族なんだよ」
そう言った。
「・・・・・・ワタクシは貧民の子だったの」
「フゥン」
「賊達に襲われている所をレオン様が助けて下さったの。リーフェルへ行く途中だったようで、ワタクシも一緒に連れて行って下さって。どこか安全な場所へワタクシを保護しようと思っていたのでしょう、でも、リーフェルでは、ユエ姫様がお亡くなりになられたばかりで、貧民の子を保護する余裕もないと王が言ったんです、その時、姫の死後、体調を崩されたお妃様が、レオン様に会う為、起きて来られ、ワタクシをユエ姫様だと思い込み、ワタクシを離さなかったのです。ユエ姫様は、ワタクシと同じ年齢の小さな女の子で、黒髪の黒い瞳の子だったそうですが、ワタクシの瞳はサファイア。お妃様は、小さなワタクシを抱き締め、『今迄どこへ行っていたの? こんなに汚れて、どうしたの? あぁ、きっと高熱でも出していたのね、目の色が変わってしまって、病のせいね』と——」
「フゥン」
「姫になんてなれないって泣きながらレオン様に訴えたわ、だって、ワタクシは貧民の子よ、王族なんて想像もできない。そしたら、このペンダントをくれたの」
「フゥン」
「でもね、お妃様の妊娠がわかって、もうそのペンダント、ワタクシには必要がなくなったから、シンバにあげたの」
「・・・・・・」
「リーフェルに、本当の王の血を引いた姫が生まれ、やっと解放されると思ってたわ。だって、王族だなんて、ワタクシには重荷過ぎて——」
「で、その本物のお姫様は?」
「・・・・・・殺されたわ、王も妃も、みんな殺された」
「・・・・・・」
「なにもかもエンジェライトのせいよ!」
突然、ヒステリックに声を上げるユエ。
「ワタクシとの婚約を条件に、1000年王国の同盟に賛同していたリーフェルは狙われたのよ! 賛同なんてしなきゃ良かったのよ! 知らない男と婚約なんて嫌よ! 全ては1000年王国なんて夢物語を唱えたエンジェライトが悪いのよ!」
「・・・・・・」
「レオン様もレオン様よ、ワタクシが貧民の子だとわかっていながら、本物の姫じゃないのに、アナタとの婚約の話をずっと進めていたわ、ワタクシが姫であると偽ってでも、1000年王国を実現したいのかしら、王族の考える事は全くわからないわ! そんなに国が大事? 民を蔑ろにして、国を守って、大きくしたい訳? それで誰が幸せになるって言うのよ!!!!」
「・・・・・・何を犠牲にしても、実現したい夢がある。只、それだけだよ——」
「くだらない夢の為に、多くの民達が犠牲になってもいいと言うの!?」
「何か勘違いしているようだね」
「何を勘違いしてるって言うのよ!」
「1000年王国は、国を大きくするって意味じゃないよ、人々が平和に笑って過ごせる王国を築くって意味だよ」
「・・・・・・そんなの、消えてしまう儚い夢よ」
「そうかもね、だから1000年って時間を決めてるんだと思う。いつまで続けられるか、わからないより、区切りをつけた方が、そこまでなら頑張れるって思えるでしょ? 一人でも多く、幸せな日々を送ってもらえるように、王族であるボク達がまずは頑張らなきゃ」
「・・・・・・」
「シンバはもうその気だよ」
「え?」
「リーフェルをエンジェライトみたいにしたいって言ってた。全力で力を貸すって言っちゃった。急がしくなりそう。で、ユエちゃんは?」
「ワタクシ?」
「ここでフェルクハイゼンのルーノ王子と結婚して、何も変わらない日々を送る? それとも、ボクの手を取って、ここから逃げ出して、一人でも多くの民を救う為、頑張る?」
黙っているユエに、タイガは手を伸ばしてみる。
「駄目・・・・・・アナタの事なんて信じられないし、ワタクシはここから逃げれないから・・・・・・」
そう呟くユエに、タイガは手を引っ込め、
「どうして逃げれないの?」
尋ねた。
「ワタクシが貧民の子だった事、フェルクハイゼン王もルーノ王子もご存知よ、もし、ワタクシがアナタと逃げたら、貧民の娘とエンジェライトの王子が婚約していたと、世界中に広めるわ。もしくは、貧民の娘なんかと婚約していた事を広められたくなければと、エンジェライトを脅すわよ!」
「あぁ、なんとなく、それは予想してたけど、ユエちゃんは王族の証を持っている以上、王族なんだって、ボクも、お父さんも、思うから問題ないよ、そんな脅しに負けて屈服するエンジェライトじゃない。それに広めたければ広めればいいんだ、只のくだらない噂で終わっちゃうよ、そんな事」
「それだけじゃないの、ワタクシがアナタと一緒には行けない一番の理由は・・・・・・ワタクシが本当の姫じゃない事をリーフェルの騎士達や使いの者は知っていたの。でも騎士隊長さんだけは、知っていながら、ワタクシを本物の姫のように扱ってくれた。それに、唯一、リーフェルで、心を許せる方だった。でもワタクシがルーノ王子と結婚しなければ、騎士隊長さんが殺されてしまうの・・・・・・」
「フゥン、そういう事か」
「わかったら帰って。それから申し訳ないけど、エンジェライトがリーフェルを襲ったと言う証言は撤回しない。フェルクハイゼンはエンジェライトより、大きくなるのよ。1000年王国に反対同盟を組む国は、これからもっと増えるわ。フェルクハイゼンが全ての国と契約できたら、ワタクシと騎士隊長さんを解放してくれる約束をしたから。そして、他国との契約金で全ての貧民達を保護する事も約束してくれたから」
「フゥン」
「わかったら帰って」
「エンジェライトの夢は信じないのに、フェルクハイゼンの夢は信じるんだね」
「・・・・・・もう帰って!」
「じゃあさ、騎士隊長さんを見つけて、救い出せば、ユエちゃんも一緒に来てくれる?」
「無理に決まってるでしょ!」
「まだ何もしてないのに、もう無理だって決めちゃうの?」
「もう帰ってよ! 幾ら優しい声出して、優しい事言っても、信じないから!」
「だって、美人には優しくしないとって」
笑って言うタイガに、今、笑うとこでも冗談を言うとこでもないとユエは溜息。
「何、その下らない教え、お父様からでも教わったの?」
「ううん、コレは・・・・・・ボクの本能?」
ふざけて笑った顔が、途端、真面目な顔になり、そう言うから、ユエはフッと笑い、
「変な人」
そう呟いた。
「よく言われる」
と、また屈託のない笑顔になるタイガ。その時、ガシャーンという音が鳴り響き、タイガはビックリして辺りを見回すが、変わった様子はないと、何の音だったんだろうとユエを見ると、
「帰ってって何度も忠告したのに! もうアナタ逃げれないわよ」
俯いて、ユエがそう言った。そして、
「今の音は扉の上から、更に鉄の扉でシャッターされた音」
そう言われ、タイガは扉を開けようとしてみるが、ビクリとも動かない。
「しょうがない、とりあえず、出直してくる」
「だからもう帰れないのよ」
「天窓があるから」
と、タイガは、懐から小型銃を取り出し、扱い慣れてない手で、こうかなと、構えてみる。
「ええっと、まず、弾の確認、それから、これが安全装置で、これが弾き金・・・・・・よしっ!」
今、月目掛けて、発砲!
丸い天窓のガラスがバラバラバラと降り落ちて、月の光でキラキラ光る。
「次来る時は騎士隊長さんも一緒だから」
「ちょ、ちょっと待って、どうやってアソコから逃げる気?」
その問いは、タイガがヒョイッとジャンプして、窓の手摺りに掴まり、腕の力だけで自分の体を引き上げて、出て行ったのを見たのが答えとなった。
「・・・・・・嘘でしょ、天井まで、結構高いのに、軽く飛んだ?」
簡単に、月の中へ入って行ったようなタイガに、ユエは驚いて呟く。
そうなっているとは知らないシンバは、突然、扉が鉄の扉になった事に驚いていた。
「おい、なんか銃声が聞こえたぞ! タイガ!? 返事しろよ、どうなってんだよ!」
鉄の扉をドンドン叩くが、向こう側には何も聞こえていないようだ。
「タイガ!? タイガ!」
ふと、窓の外、キラッと光る何かが視界に入り、見ると、向こう側の塔で、騎士の一人がライフルをこちらに向かって構えている。
「オレ・・・・・・? 違う、銃口はもっと上を狙ってる・・・・・・」
何を狙っているんだろうと、シンバはぼんやりと、見ていた。
窓はそのままガラスが埋め込まれていて、開かない為、上を覗き込む事もできない。
今、ライフルの弾き金が引かれ、ドーンという鈍い音がシンバの胸を貫くように鳴った。
そして、上から人が落ちてきた——。
大きな窓ガラス、シンバは両手を広げ、下を覗き込もうとするが見えない。
「タイガ・・・・・・?」
確かに、上から落ちてきた人はタイガだった。
「タイガァーーーー!!!!」
なぁ、タイガ、オレ、どこで間違ったんだろう。
お前を絶対に死なせる訳にはいかないのに、どこで運命を間違ったんだ?
ユエ姫様には、オレが会いに行くべきだったのか?
オレとお前が出会ってしまったからか?
オレがエンジェライトへ行ったからか?
オレがユエ姫様を守りきれなかったからか?
『何も失いたくなければ、強くなる事だ』
賊の親が言った台詞が過ぎる。
また、オレは失ったのか——。
大事なものを——。
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