5.受け継がれし者


食事を終え、アスベストが、怪鳥を飼育している場所へ案内してくれる途中、ある部屋の前を通りかかった。


その部屋のドアが開いていて、タイガが、


「エルバイトさん!」


と、部屋の中へ入って行ったので、シンバも一緒に入ったが、そこには、暖かい日が差し込む大きな窓辺の傍で、ゆったりした椅子に座った老人が一人。


その老人がエルバイトと言う人だろう。


部屋の中には、たくさんの絵画が飾られている。


「その声はタイガ王子かな?」


「うん」


と、タイガは頷くと、エルバイトのしわくちゃの手を持ち、自分の顔に持って行く。


エルバイトはタイガの顔を触ると、


「おや、また逞しくなられたな」


と、皺を動かし笑顔になる。


よくわからなそうにしているシンバに、


「目が見えないんです」


と、アスベストが囁いて教えた。シンバはフーンと頷く。


「他にも誰かいるようですな、アスベストさんに・・・・・・誰だろう・・・・・・知らないニオイだ・・・・・・」


エルバイトがそう言うので、


「ボクの友達! お父さんと同じ名前でシンバって言うんだよ」


と、紹介するから、思わず、頭を下げて見せるが、見えないかと、シンバは頬を人差し指で掻きながら、ばつが悪そう。


「そうだ、エルバイトさんは絵描きなんだよ、シンバも描いてもらいなよ」


突然、そんな事を言って、タイガがシンバの手を引っ張るから、


「お、おい、絵描きって、目が見えないのに無理だろ」


と、抵抗しながらも、ずるずるとエルバイトの前に来てしまうシンバ。


「エルバイトさんは、目が見えなくなってから、目で見えるものじゃなく、まだ見えないものを描くようになったんだよ」


「まだ見えないもの?」


「うん、未来! ボクも描いてもらったよ、ボクはね、立派な王様になってた」


ハッと笑うシンバに、


「ボクじゃ立派な王様になれないって思ってるんだな!」


と、むくれるタイガ。


「そうじゃねぇよ、そんなのオレだってわかる未来だって思ったんだよ」


言った後で、しまったと口を押さえる。


何もエルバイトの前でそんな事を言う必要なかったと、思ったからだ。


「ははは、そんなんじゃない、未来は変わる。またタイガ王子を描いたとしても、あの時に描いたものと同じものとは限らない」


エルバイトが、そう言うと、タイガはアハハと声を出して笑いながら、


「じゃあ、ボク、次は王様じゃなくて、犬がいい! ウーッ、ワンワン」


そう言って、ふざけるから、


「タイガ王子、そこ、笑う所じゃないですし、ふざける所でもありません」


と、アスベストが叱るように突っ込む。


「じゃあ、この部屋に飾られている沢山の絵も誰かの未来?」


壁の絵画をぐるりと見ながら、そう問うシンバ。


「いえ、それはまだ目が見えていた頃のワタシの作品。未来が見えるようになったのは、目が見えなくなってからですから」


「・・・・・・未来が見えるってどんな風に?」


シンバは少し興味を持ったのか、小さく日向で座っているエルバイト見て尋ねる。


「その人の体に触れると、ワタシの目蓋には景色が浮かぶ。景色は2つ浮かび、どうやら、1つは遠い未来、もう1つは近い未来らしいです。それを絵に描くんですが、その時のワタシは思考もなく、無心状態でして、絵を描いている気もない。気が付いた時には絵が出来上がっていて、そして、目蓋に見えていた景色も、ワタシの記憶からは消えている為、ワタシは、結局、誰の未来も、知らない状態になるのです」


そんな不思議な能力があるんだなと、シンバはフーンと頷くと、


「シンバも描いてもらいなよ、ほら、エルバイトさんの手を握ってみて?」


と、タイガが進める。


「いいよ、オレは。そういうの信じないし」


「ボクが知りたいんだよ、シンバの未来! ボク達、すごーく仲良くなってるかな」


それは絶対にないと、嫌そうな顔をするシンバの手を持ち、タイガはエルバイトの手と、シンバの手を重ねる。


暫くすると、エルバイトの手が何かを求めるように空を彷徨うので、


「あぁ、スケッチブックとペンですね」


と、アスベストが、テーブルの上に置いてあるソレ等をエルバイトの手に持たせた。


エルバイトはペンで、スケッチブックに何か描き始めた。


それは只、真っ黒に塗りつぶしただけの絵。


真っ黒なのに、まだ黒くしようとペンで白い部分を塗り潰すエルバイト。


「私の未来だったものと同じ未来だ」


そう言ったアスベストを見て、


「これが未来?」


と、シンバが聞くと、アスベストはにこやかに笑い、


「恐らく、これはアナタの意思を受け継ぐ者がいないと言う意味のもの」


そう言って、シンバの肩に優しく手を置き、


「心配いりませんよ、未来は変わります、言ったでしょう、私の未来だったものと同じ未来だと。つまり、私の未来だった、過去形です」


そう説明する。


「今は違う未来になったのか?」


「はい、ルチルさんが、私の全てを受け継いでくれると言った時から」


「・・・・・・」


「エンジェライト王にはタイガ王子が、コーラル王子にもレオン王子にもタイガ王子がいます。そうやって、誰かに自分の魂のようなものを渡せたら、この身が滅んでも、精神は留まれる。受け継いでいく命があるからこそ、人は闇から這い出せるのでしょう。いつか、生まれ変わる事を信じて、その時こそ、この世界が思い描いた素晴らしい世である事を願い、祈り、目を閉じて、闇を受け入れる事もできるのでしょう。きっとアナタにも、そう思い、思ってもらえる出会いがありますよ。アナタはまだまだ若いですしね。これからです」


「・・・・・・オレは、別に受け継いでもらうものなんてないし——」


そうは言いながらも、シンバはちょっとショックだと思っている。


——ルチルって女、なんで、最強の騎士を受け継ごうなんて思ったんだ?


——女の癖に。


そうこうしていると、エルバイトはスケッチブックを捲り、次の絵を描き出した。


今度は、近い未来の絵だろうか——。


その絵を途中までで、シンバは叫んだ。


「おい、何描いてんだよ、やめろよ!」


当然だ、その絵は、シンバが月夜烏で、ユエ姫様の胸を貫いている絵。


「やめろって言ってんだろ、クソジジィ!」


と、シンバがエルバイトのスケッチブックを奪い、破り散らし、気が狂ったように、暴れ出す。アスベストがシンバの脇に両腕を入れて、取り押さえ、タイガが椅子から転げ落ちたエルバイトを抱き起こす。


気が付いたエルバイトが、


「な、何があったんです?」


などと言い出すから、


「ふざけんな! このクソジジィ! でたらめ描いてんじゃねぇ!!!!」


と、吠えるシンバを引き摺って、その部屋から出すアスベスト。


うわぁぁぁぁっと大声を出し、アスベストから逃れようとするシンバ。


「落ち着いて下さい! 未来は変わるんです! ましてや占いのようなもの! それに信じないのではなかったのですか!?」


「うるせぇ!!!!! お前に何がわかる!? オレはなぁ! オレは!」


「わかりますよ、私もアナタと同じように、先代のエンジェライトのお妃様を心に想っていますから!」


そう言われ、シンバは力を緩め、ゆっくりと振り向いてアスベストを見る。


アスベストはニッコリ笑い、ソッとシンバを放すと、


「例え振り向いてもらえなくても、例え振り向いてもらえても、結ばれる身分になかった運命に、それでも貫き通す想いも、1つの愛のカタチだと思えば、報われるものです」


そう言った。


「・・・・・・別にオレは——」


「辛いですよね、先の未来は闇で、誰にも自分の意思を受け継いでもらえず、近い未来はとんでもない出来事を予想され、想いだけが募っていくのに、報われないと嘆きたくなる。私もそうでしたから。ですが、未来は変わるんですよ、エルバイトさんが言ったように」


「・・・・・・」


「心配ありません、きっとエルバイトさんの能力は最悪の事態を起こさない為のチカラなのでしょう、アナタは絶対にあっちゃいけない近い未来を見たんです、ならば、そうならない未来を築くだけです。絶対にそうでなきゃいけない未来を見たら、そうなるよう、未来を築くだけ。どちらも、結局は今の自分が足掻くしかない」


黙って俯いているシンバに、アスベストは、


「若い時は苦しみなさい、その胸に痛みを感じなさい、足掻いて足掻いて、悲しんで、手に入れたものが、いつか、大切に想えるまで。誰かにこの想いを受け継いでもらいたいと思えた時こそ、アナタの未来に、光が差し込む筈ですから——」


今はそういう時なのだと言う事を諭らせるように話す。


ドアが開き、タイガが出てきた。


「エルバイトさん、ベッドで休ませたよ。怪我はしてない。大丈夫。シンバの方は平気? シンバはいいって言ったのに、ボクが無理矢理、未来を見てもらったりしたから——」


「謝るなよ!」


「え・・・・・・」


「謝られたら、許さなきゃいけなくなるだろ、今はそんな気分になれない!」


「ごめっ!」


謝るなと言われたので、タイガはごめんと最後まで言えなくて、途中でゴクンと飲み込む。


そんなタイガにも、アスベストは優しく、


「大丈夫ですよ、只、今直ぐに気持ちを切り替えるのは誰だって難しいものですから。それだけの事です」


と、前向きな言葉を言う。


「さぁ、怪鳥の所へ急ぎましょう、ルチルさんがお待ちかねですよ」


アスベストは明るい声に切り替え、シンバとタイガの背を押して行く。


牧場のような策のある草原の場所にクエックエックエッと鳴きながら、馬並みの大きな鳥がウジャウジャ・・・・・・。


羽は色とりどりで、ブラック、ホワイト、オレンジ、ピンク、ブルー、イエロー、様々だ。


「余りよくわからない生物でして、羽の色が違うからと言って、種類が違う訳でもないようです、赤と青の親鳥から白いのが生まれたり、いろいろなんですよね。かと言って、寿命も色に寄って変わる事もありませんし、馬力も、皆、変わりありません。ですから、お好きな色を選ぶとよろしいかと思いますよ」


アスベストがそう説明をした。


「空も飛べるのか?」


説明の中になかったと、シンバが尋ねる。


「いいえ、空は飛べません。翼を持ってますが、空を飛ぶには重いでしょう、あの逞しい二本足を見て下さいよ、蹴られたら痛いってもんじゃありませんよ、全治3週間はいくでしょう。じゃあ、あの翼は何の為に?なんて聞かないで下さいよ、余りよくわからない生物なんですからね。乗り方は馬と同じ、手綱で、操るのも同じです」


アスベストの説明を聞いている内に、隣にいたタイガが、既に怪鳥の背に乗っている。


真っ白の翼の怪鳥を選んだようだ。


シンバはどれにするかなと、ウロウロ。


——ユエ姫様なら、月のようなイエロー?


——オレは、その月を引き立たせる夜という闇、ブラックかな。


と、一匹の黒い怪鳥の前に立ち、ふわふわの羽を触ってみる。


黒い羽は艶やかで、まるで、ユエ姫様の髪の毛のようだと思う。


そして、その柔らかい羽の中に入り込むように、背中に乗ると、意外と乗り心地がいい。


「オレ、鳥に乗るのなんて初めてだ」


そう言ったシンバに、ふふふと笑う声が聞こえ、振り向くと、


「今日は初体験尽くしね、女に負けたのも初めてでしょ?」


と、ブルーの怪鳥に跨ったルチル。


「うっせ。誰だって初めてはあるもんだろ、いつまでも勝ち誇ってんじゃねぇぞ」


「あらあら、なんだか、ちょっとご機嫌斜めかしら?」


ルチルはそう言いながら、何かあったの?と、目で、アスベストに聞くように見る。


アスベストは苦笑いしながら、何でもないと首を振る。


「ここから、柵を超えたら、スノーフレークを出られるわ、どうする? もう行く? それとも、もう少しスノーフレークで過ごす?」


ルチルがそう尋ねると、


「行く」


と、シンバは手綱を持ち、黒い怪鳥を走らせた。


シンバに続くタイガとルチル。


「タイガ王子、お気をつけて、ルチルさん、頼みましたよ、皆さん、無理はなさらずにー!」


と、アスベストが遠ざかる3人に叫んだ。


今、シンバの怪鳥が手綱の合図で、高く飛び上がり、空を飛ぶ勢いで大きな柵を超える。


——ユエ姫様、待っていて下さい。


——必ず、助けに行きます!


——この命懸けて、またお守り致しますから、どうか生きていて下さい!


怪鳥は積もった雪の中も、軽快に走る。


ヌクヌクとした羽毛が、乗っている者の体を温め、この寒さには調度いい乗り物だ。


夕刻までには港に着いて、客船に乗る事もでき、金の持っている奴がいるとラクだなぁと、シンバは思う。


怪鳥は大きな檻の中に入れられ、船の中へ運ばれた。


乗船すると、中は広く、優雅なクラッシックまで流れている。


船の先端で、子供と無邪気に手遊びをするタイガ。


そのタイガから少し離れた影の場所で立っているルチル。


そこを通りかかったシンバは、ルチルを見て、影でタイガを見守っているルチルに、まるで自分のようだと思う。


ふと、ルチルが、シンバに気付き、お互い目が合う。


「なぁに? アンタも子供と遊びたいの?」


「冗談だろ、ガキのお守りはタイガで充分だ」


「ふふふ」


「何がおかしいんだ?」


「アタシから見たら、アンタも充分ガキだから」


そう言われ、シンバはチッと舌打ち。


「でも、アタシもね、アンタ達と同じ年齢だったわ、シン——・・・・・・、今のエンジェライト王とコーラル王子と、ジャスパーもいたわね、それからアスベストさん、共に戦った仲間よ。あの頃は、自分を若いとかガキとか思わなかったな、きっとアスベストさんから見たら、こんな風に見えていたのねって・・・・・・」


「・・・・・・アスベストって奴、本当に強かったのか?」


「そりゃあもう! アタシの出る幕全くなし! その上、コーラル王子まで仲間になった時は、もう最悪。アタシ、出番なしで終わったわよ」


コーラル王子が仲間になると、どうして出番なしなのか、シンバにはさっぱりわからない。


シンバにとって、王族が強いとは思わないからだ。


きっと、あの偉そうな態度が、皆を小さくさせ、出番なしにさせていたんだろうなと、シンバは勝手に思い込む。


「あのさ・・・・・・失礼な事、聞いてもいいか?」


「いいわよ、どうせ、アンタの存在そのものが失礼なんだし」


どういう意味だと怒りたくなるが、グッと抑え、


「女なのに、どうして騎士なんてやってるんだ?」


そう聞いた。


「小さい頃から剣が得意でね、うちが道場やってたから父から教わったりしてて。女なのに、アタシ、家事全般、全く才能ないし、好きでもないし、男に生まれてくれば良かったって何度も思ったわ。でも、女なんだもの、しょうがないわよね、それでも、アタシには、剣しかないから」


「・・・・・・女は早く結婚して、子供でも生んで、育ててればいいんだ」


「随分と傲慢な男意見言うのね、そうね、でも、それも幸せかもしれない。マーブル妃を見ていると、時々、羨ましくなるから」


「好きな男もいなかったのか?」


と言うか、こんな男みたいな女、誰も好きになってくれないかと思うが、


「いるわよ、相思相愛のダーリンが。ある隠れ村で畑仕事してるの、貧弱な奴だったんだけど、畑仕事のせいか、逞しくなったのよ、ま、アタシより、まだまだだけどね」


なんて言うから、


「は!? だったら、ソイツと暮らせばいいじゃないか!」


と、シンバは、驚いてしまう。


何故、好きな男を置いて、騎士になんてなっているんだと——。


「彼の事は好きよ、でも、やっぱり、アタシがアタシらしく生きていけるのは、剣を持っている時だから。彼もそんなアタシを好きな訳だし。理解はしてくれてるわ」


「・・・・・・そういうもんか? オレがソイツだったら、絶対に嫌だけど」


「そりゃ、アンタと彼は違うでしょ、それにもし、アンタが彼だったら、絶対にアタシはアンタを好きにならないから、安心してくれていいわよ」


「あぁ、そうかよ、オレだって好きにならねぇよ!」


「でしょ? 相性ってあるのよ、彼がアタシを理解してくれて、アタシも彼を理解して、成り立っている事なんだから問題ないでしょ」


「でも只の騎士じゃないだろ!」


「え?」


「最強の騎士アスベストを受け継いだんだろ!?」


「あぁ・・・・・・」


「それって、やめますって簡単にやめれる事じゃない、寧ろ、絶対に、永遠に、やめられない場所、いや、その受け継いだもんを誰かに受け継がせなきゃいけないかもしれない、そんな場所にいるんだぞ、そうだろう!?」


「そうね」


「なんで簡単に引き受けたんだよ、女の癖に」


「簡単に引き受けた訳じゃないし、寧ろ、アタシの方から志願したのよ、アスベストさんの強さを引き継ぎたいって。全てを伝授してほしいって」


「どうして——?」


「失いたくなかったの。なくしちゃいけないものってあると思わない? アスベストさんは今も愛おしい人だけを胸に想い続けている。その想いが、いつ大事に心の奥に仕舞われるのか、わからない。明日かもしれないし、死ぬまで仕舞われないかもしれない。きっと、アスベストさんは、心の奥に仕舞い込むまで、結婚なんてしないと思うの。何度かレオン様のご命令でお見合いなどをしてるけど、結局、断ってるし。融通きかないのよね、別に心に誰かを思ってても、リアルでは妻を大事にして、子供でもつくって、その子供にアスベストさんの強さを引き継がせればいいのにって思うけど、そういうの、アスベストさん、できないのよ、根っからの真っ直ぐな忠誠心の強い騎士だから」


アスベストが、


『わかりますよ、私もアナタと同じように、先代のエンジェライトのお妃様を心に想っていますから!』


そう言っていた事を、シンバは思い出す。そして、


『例え振り向いてもらえなくても、例え振り向いてもらえても結ばれる身分になかった運命に、それでも貫き通す想いも、1つの愛のカタチだと思えば、報われるものです』


そう言っていたなと、悲しい恋をしているんだなと、シンバは俯く。


「レオン様に仕えているけど、あの人はエンジェライトに何かあったら、例え、レオン様に背いてでも、全てを捨てて、エンジェライトに駆けつけると思うわ、それぐらい、エンジェライトの騎士なの、未だに」


「・・・・・・」


「凄い事だと思わない? そこまで騎士である事に誇りを持ち、たった一人の人を想い続けられる強さと揺ぎない信仰。誰でもできるような事じゃない。ソレを失っちゃいけない、この世の一握りの中に入るような人の何かを残したい。そう思ったの」


「だから・・・・・・受け継ぎたいって?」


「そうよ、でも、まぁ、いろんな人がいるから、それを良く思わなくて、最強って肩書きが欲しかったんだろとか言われるけどね。女の癖にってのも、しょっちゅう言われるわ」


「・・・・・・もう言わない」


小さな声で呟くように、そう言ったシンバに、ふふふとルチルは笑う。


——アスベストって奴、笑ってたな。


——普通に笑顔見せてた。


——悲しいなんて感情を抱えてるようには思えない。


——寧ろ、幸せそうだった。


——それに引き換え、オレはいつだって、自分だけが悲しいし辛いと言うような面だ。


——この女だって、偉大な想いを受け継いでも、苦しみとかなさそうな顔で笑ってる。


今、子供にバイバイと笑顔で手を振っているタイガが目に入った。


——もしかしたら、タイガも、そうなのかな。


——アイツ、いつもヘラヘラニコニコしてるけど、悲しかったり苦しかったりするのかな。


——ああいう風に笑える奴こそが、本当に強いって意味なのかな。


「あ、シンバ! ルチルさんも! こんな所で何してるの?」


シンバとルチルに気付いたタイガが駆けて来る。


「いえ、そろそろ食事に行きませんか? レストランを予約しておきましたから」


ルチルがそう言うと、タイガはわぁいと嬉しそうに飛び跳ね、


「シンバ、シンバ、ボクね、船で食事って初めてだ! いつも船に乗っても、数時間ぐらいだったから、食事までした事ないんだ。それに客船って言うのも初めてだ」


と、嬉しそうな声をあげて、まるで小さな子供のよう。


「王は一般の船にも乗られますが、タイガ王子は、いつもエンジェライトの船でお出掛けですものね」


「うん! フェルドスパーの船にも乗るよ」


「そうですね、スノーフレークの船にも。それから、ネフェリーンの船にも」


「うん! だから客船初めてで嬉しい!」


「そうですね、タイガ王子は昔からお出掛けがお好きでしたから」


「それはアイちゃん! ボクは船が好きなだけ。なんかカッコイイ乗り物だから」


「そういえば、タイガ王子の部屋には船の模型があるとかお聞きしましたわ、後、世界地図や羅針盤もあるのでしょう?」


「うん、今度見せてあげるね、海兵になった気分になるよ! それより、この船、カジノがあるって! 行ってみようよ」


「子供が行く所ではありません」


タイガとルチルの会話を聞きながら、シンバは二人の後ろを付いて行く。


タイガとルチルの身長は、同じぐらいだ。


お互い、同じ目線で、歩いている。


こんな風に、王族と騎士が、仲良く共に歩いて行けたら、そしたら——。


——オレも、ユエ姫様の隣で笑って過ごせる時があるんだろうか。


——こうして共に歩き、共に笑い、共に見つめ合い、お互いの言葉を交し合う。


——そうするには、どうすればいいんだろう。


それはエンジェライトを訪れたシンバになら、考えなくても、わかる事だった。


——国自体を変えなきゃ駄目だ。


——賊を増やさない為にも、民達がせめて人として暮らせるようにならなきゃ駄目だ。


——だが、この格差はどうしたらなくなる?


——全てを失ったリーフェルにはどうする事もできない・・・・・・。


本当にそうだろうか、一度は全てを失ったエンジェライトにできて、リーフェルにはできないなんて、只の諦めではないだろうかと、シンバは、タイガのくだらない話しを聞きながらも、ルチルの笑い声に合わせるように笑みを浮かべながらも、食事中も、シャワー中も、ベッドの中でも、船に揺られながら、ずっと考えていた。


そして、船を乗り換え、3人はどんどんとエンジェライトから離れ、目的地へと向かう。


船の中では、タイガも笑顔を見せていたが、リーフェルの港町に着くと、流石のタイガも笑顔ではいられなかった。


シンバも、あれだけ混雑していた港が、今は船に乗れなかった貧民達が、あちこちで寝転がっていたり、座り込んでいたり、ここも活気溢れる町ではなくなった事に、下唇を噛み締める。


貧民を初めて目にするタイガは驚きを隠せないようで、少し動揺している。


「タイガ王子、金目の物はアタシが全て預かりますわ」


ルチルが、3匹の怪鳥の手綱を引っ張りながら、そう言うと、タイガに向けて手を出す。


「え、どうして?」


「全てあげてしまいそうですから」


「・・・・・・ボクのおこづかいだよ」


「駄目です」


「・・・・・・ボクのお金だから、ボクが好きに使っていいんだよ」


「駄目です」


「・・・・・・でも」


まだ何も言っていないのに、ルチルは、


「駄目です」


キッパリと言い切り、タイガに向けて、更に、手の平を向けて出す。


その手の平を、ムゥッとした顔で、タイガは見ている。


「タイガ、言う通りにした方がいい」


シンバがそう言うので、タイガは、ちょっと拗ねた感じに唇を尖らせながらも、ルチルに金を全て預けた。


「なるべく、目を合わせるな。特に子供とは——」


「・・・・・・シンバはそれでいいの?」


「何言ってんだよ、いいも悪いも、ここはそういう所なんだ」


「・・・・・・でもさ」


「いいか、お前の小遣いが、どれだけあるのか知らないが、この港を出ても、コイツ等のような貧民は沢山いるんだ。その都度、金を渡せるのか? 全員を救えるのか?」


「・・・・・・救えないよ」


「だったら、目を合わせるな、声を聞くな、絶対に触れるな」


「・・・・・・わかったよ」


俯いたまま、小さく頷くタイガ。


こんなタイガは初めて見ると、シンバは、悲しくなる。


——この国は、お気楽な奴さえ、こんな顔をさせてしまう場所なんだな。


——コレが普通だとオレは思って、普通に育って来たんだってタイガに言ったら・・・・・・


——泣くかもな。


先に歩き出すシンバに、タイガが付いて行き、その後ろをルチルが行く。


綺麗な格好をした3人に集まり出す貧民達。


シンバは腰の剣をいつでも抜ける体勢をとり、威嚇しながら進むが、タイガは俯いたまま。


今、タイガの手をギュッと握る小さな男の子の手に、ビクンと大きくタイガの体が揺れ、


「タイガ王子! 手を振り解いて!」


ルチルが叫んだ。


だが、タイガは、目を落とし、小さな男の子と目が合い、そして、その小さな温もりに触れてしまい、動けなくなる。


「タイガ! 言う事を聞けよ! 手を振り解け! 目を見るな!」


「・・・・・・」


「おい、タイガ!!!!」


「・・・・・・」


返事のないタイガに、シンバは舌打ちをし、その小さな男の子を蹴りつけた!


地面に転がる小さな男の子に、タイガはハッとして、シンバを見ると、


「お前、ふざけんなよ」


と、物凄い怒った顔で、タイガを睨みつけ、月夜烏を抜くと、


「どけぇ、邪魔だ、お前等にやる金はねぇぞ!!!!」


大声で叫びながら進んでいく。貧民達は道を開けて行くが、


「おっとぉ、通行料は払って行ってくれるんだろうなぁ?」


と、現れたのは、身形からして賊。


たまたま、ここに現れたか、それとも、こうして港に降りた者を狙っているのか。


貧民達は、賊が現れたと、急いで遠くに逃げる。


そして、賊の一人が、


「あれ? お前、ロンじゃねぇか?」


と、シンバを指差した。


ロン?と、タイガとルチルはシンバを見るが、


「オレが賊だった頃の名だ。ここら一帯の賊達の間ではオレは有名だからな、親殺しのロンってな。だが、その名で呼ばれても、今更、ピンと来ねぇよ、人違いじゃねぇのか?」


と、シンバは賊を睨みながら、言い放つ。


「言ってくれるなぁ、おい! だが、人違いだと思う程、見違えたじゃねぇか。そう言えば、噂で、リーフェルの騎士になったとか聞いた事がある。リーフェルは堕とされ、今となっては廃墟の城だがな。それにお前が着ている服についている紋章はリーフェルじゃねぇなぁ? 確か、ソレはエンジェライト——」


また別の賊の一人が、そう言って、一歩前に出ると、シンバを上から下までジロジロ見た。


「オレがどうやってここにいようが、どんなものを身に纏ってようが、テメェ等に何の関係もねぇだろ、どけよ、先を急ぐんだ」


「おっと、そうはいかねぇよ、お前はリーフェル城で死んだって噂もあるんだぜ? それが生きて現れたんだ、俺様達にとったらラッキーだ。お前の首はいい金になるからな」


「・・・・・・いい金? 死体がなかったオレは、賊の間で賞金首にでもなってるってか?」


「察しがいいなぁ、流石、元賊のロン様だ」


「オレの首は誰が賞金を懸けたんだ?」


「知りたいなら、その首を俺様達の手の中に入れた時に教えてやるよ! 尤も、そうなったら聞こえやしねぇか、死人だからな!」


と、ぎゃははははははと笑う賊達に、


「そうか、教える気はないか。ま、どうでもいい事だ、賊から得る情報なんて、いい加減なものだ、信用もできない。お前等と関わるだけ時間の無駄だ、通らせてもらうぞ」


と、シンバはツカツカと賊達に近付き、そして、賊の一人が、シンバの肩に手を置こうとした瞬間、月夜烏を抜き、その賊の手を手首ごと刎ねた!


一瞬で、噴射した血が辺りを赤く染め、賊達は、ザッとシンバから身を引き、腰や背中のそれぞれの武器の柄を握り締める。


手首を斬り落とされた男は、悲鳴を上げながら、その場に蹲り、それを見下ろしながら、


「汚い手でオレを触るな」


と、シンバは、男の手首から流れて止まらない血が、地面を血の海に変えていくのを見つめ、これがオレが生きてきた世界だと、フッと鼻で笑う。


「貴様ぁ!!!!! なめやがってぇ!!!!」


と、シンバの背後を、棍棒を振り上げ、襲ってくる男の腹部に、シンバは振り向き様、蹴りを入れ、左と右から剣を振り上げて向かって来た男に、素早く身を交わそうと思ったが、咄嗟に左側の男に向き直り、その男の剣を月夜烏で受け止めた。


右側から来る男の剣を、タイガがソードで受け止めたからだ。


今、タイガと背中合わせのシンバは、冷静な顔付きだが、内心、タイガの動きに驚きを隠せなかった。


——なんだコイツ。


——速いなんてもんじゃないぞ。


——瞬間移動でもしたんじゃないのか!?


——気付いたら、俺の右側に立って、剣を構えていた。


——賊の連中、誰も、コイツの動き、目に見えてないぞ。


——オレが見えなかったぐらいだ。


——敵だったら、オレは気付かない内に、隣に立たれ、斬られていた!?


まさかのタイガの動きに、シンバは、何故か舌打ち。


「アタシ、もしかして、またも出番なし?」


と、賊達に囲まれているシンバとタイガに、ルチルは苦笑いで、3匹の怪鳥に呟く。


賊達はガキ二人だと、勢いに任せ、雄叫びを上げながら、二人に襲い掛かるが、あっという間に、シンバとタイガに斬られていく。


——マジでなんだコイツ!?


——戦闘になると、こうも豹変するのか!?


——白い仔犬だったのが、今は、まるで野生の白い虎だ。


——獲物を逃がさず、一瞬で、牙と爪を入れるかのように。


——斬る瞬間、全く躊躇いを見せない。


——しかも、完璧に急所を一突きにし、賊達は死んだ事さえもわかってないだろう。


——戦で、苦しまず殺すって、絶対にできないんだぞ!


——そんな戦い方、普通に考えて無理なんだぞ!


——理論的に無理な事を、やってるって言うのか!?


——どれだけのパワーとスピードを要すると思ってんだ、有り得ねぇ!


ふと、シンバはタイガの台詞を思い出す。


『ボクの知ってる強い人達と匹敵する強さのシンバに、ドキドキしたよ。こんな奴がいたんだって、同い年で!』


——ふざけんなよ、オレはお前の強さにドキドキなんてできねぇよ!


『その強さを手にするのに、辛い事も一杯あったよね。ボク、シンバに会えて良かった。辛いのは自分だけじゃないって、お父さんの言った事は本当だったんだ! シンバは最強の騎士だよ!』


——どれだけ辛い思いしたって言うんだ!?


——どんな苦悩を乗り越えて、その強さを手にしたって言うんだ!?


——それがお前が受け継いだものなのか? その有り得ない脅威的な強さを!?


——なのにお前は笑うのか? 笑顔でオレを最強って言うのか?


——オレを最強と笑えるくらい余裕があるって、今頃、気付いたオレもどうなんだよ!


——なぁ、王子なんだろ? ヘラヘラ笑って、頼りなさそうにしてさ。


——なんで笑えるんだよ? 強いからか? 強いから笑えるのか?


——それが本当の強さなのか?


——オレ、お前を心の底でバカにしてたんだぞ。


——オレの喋り口調でわかるだろ?


——オレが敬語も使ってない事、何も言わないのは弱いからだと思っていた。


——そうじゃなくて、オレと同等の立場に目線を落としてくれてるのか?


——冗談だと、誰か、言ってくれよ。


——クソッ、どいつもこいつも! ムカツク事ばかりだ!


あっという間に、賊達は全て、地に落ちた。


シンバが倒した賊達は、地面の上、大量の血を流しているが、タイガが倒した賊達は、最小限の傷で済みながら、呼吸を止めた為、どいつもこいつも綺麗な死体のままで、今直ぐにでも起き上がってきそうだ。


「次はいい人に生まれ変わってね」


そう呟いたタイガと、今、シンバの目が合う。


少し汗を掻いたタイガが、下手な笑顔を作って笑って見せるので、シンバも笑って見せた。


そして、シンバは月夜烏を仕舞うと、


「おーい! コイツ等の死体、片付けといてくれよ、きっと、どこぞで奪った金、たくさん持ってるだろうから、懐に入れちまえー!」


と、大声で言うと、隠れていた貧民達が顔を出し、恐る恐るこちらへ向かって来る。


シンバは、賊の死体から、金品を探し、金貨を一枚見つけると、


「チッ、しけてんな」


とは言うものの、金貨一枚で、2、3日は食べて行ける。


今、それをピンッと空に向けて飛ばし、キャッチして、タイガに向かって投げた。


タイガはそれをキャッチして、シンバを見ると、


「やるよ、戦利品だ」


そう言うから、タイガはキョトンとした顔で、首を傾げる。


「いちいち言わなきゃわかんねぇ奴だな、それならやってもいいんじゃねぇの? オレが蹴ったガキに」


オレが蹴ったガキと言う最後の台詞は聞こえ難い程、小さい声で言うシンバが、タイガは、なんだか嬉しくて、大きく頷いて、いつもの無邪気な笑顔で、子供の所へと走り出した。


ルチルは、シンバとタイガを見ながら、二人の距離が縮まったなと、


「身分も、性格も、状況も違うけど、あの頃のシンバ王子とコーラル王子のようだわ、アスベストさんが見ていた景色を、今、アタシが見ているのね」


あの頃を思い出し、呟いた。


港町を出ると、砂漠とまではいかないが、砂地が広がる。


「フェルクハイゼンは、確か、こっちの方角——」


と、怪鳥に乗るシンバ。


「待って、シンバ。ボクはまずリーフェル城が見たいんだ」


「・・・・・・なんで?」


「ちゃんと確かめたい。自分の目で。今、リーフェル城がどうなっているのかを」


「・・・・・・わかった」


シンバは頷いて、リーフェルへ向かう為、怪鳥を走らせる。


そして、無事に到着すると、怪鳥を下りて、焼けた木の所に、手綱を括り付けて、怪鳥をその場に置き、城下町へ入って行く。


リーフェルは城下町も、あの時まま、酷い有様。


シンバは、下唇を噛み締め、苦い気持ちを呑み込む。


何か、別の事を考えたいと、後ろを、トコトコと付いて来るタイガに、


「なぁ、お前、なんであんな強いの?」


と、振り向いて話しかけてみた。


「小さい頃から鍛えられたからだよ」


と、笑顔で答えるタイガ。タイガの後ろでルチルが頷いている。


「鍛えるって、只ならぬ鍛え方じゃないと、ああはならないだろ。誰に鍛えられたんだ?」


「最初はお父さん。無茶難題言うんだよ、コレが。氷を薄くはった池を作って、その上を、氷を割らずに渡れとか、朝の白く凍った城の外壁を素手で登れとか、手の平とか足の裏とか、皮膚が捲れたからね、痛くて泣いたら、男が泣くなって怒るんだもん」


「あの王様がか!?」


「そうだよ、怖いんだから、結構」


「嘘だろ?」


「ホントだよ、朝早くか、夜遅くの、お父さんが仕事に行く前と、帰って来てからが、ボクの修行時間。だから、寒いってもんじゃないんだよ、氷の上、裸足で立たされるんだから。雪がチラチラ降る時は、まだいいんだ、吹雪いたら最悪。雪が肩に積もらないように動けとか言うんだよ、吹雪いてんだよ!? 普通に動いてても積もるから! その次はコーラルおじさんがボクを鍛えてくれたんだけど、やっと剣を握れたと思っても、違う、そうじゃない、何を教わってきたんだって、ボクを竹刀でバシバシ叩くんだよ、身体中が青痣だらけだったよ」


「あの人がか!?」


「そうだよ、厳しいんだから、かなり」


「嘘だろ?」


「ホントだよ、一週間、寝かせてもらえず、叩かれっぱなしって事もあったよ。袋に砂を大量に入れた重りを体に縛って、走らされたり、城の天辺から落とす重りを下で受け止めさせられたり、骨なんてバキバキに折れたから!」


「虐待じゃないのかソレ? ていうか、お前を殺そうとしてたんじゃないのか?」


「一番最悪なのはレオン叔父さん。言う事が全くわかんないの。具体的に説明してくれないんだよね、言葉数が少ないのに、更に象徴的表現で言い出すんだよ、流星のように動けとか! 意味わかんないでしょ? ご飯なんて、一ヶ月、食べさせてもらえなかった事もあるんだよ、水とちっちゃな豆1個だけとか! 飢えを知れとか言ってさ」


「・・・・・・貧民より酷い生活だな」


「それで生きられないなら、生きる資格がないとか言い出すんだよ!」


「あぁ・・・・・・まぁ、そういう事、言いそうな人だった、スノーフレークの王は」


「そうでしょ? 見た通りの人なんだから、絶対」


「なんで平和を唱えるのに強さに拘るんだ?」


「王になるからって。王は、守らなきゃならないものが一杯あるからって。それに正しい事をするにも、悪い事をするにも強さが必要になるからって」


「・・・・・・そうか」


「アイちゃんなんて、お父さんに何言っても、怒られないし、いっつもお母さんと一緒に温かい部屋で楽しそうに過ごしててさ、ワガママも聞いてもらえて、コーラルおじさんやレオン叔父さんにも可愛がられてて、羨ましかったよ。ボクって愛されてないんだなぁって何度思った事か」


溜まっていたものを吐き出すように言うタイガに、


「ていうか、大袈裟に言ってるんだろ?」


と、シンバが言うが、それに答えたのはルチル。


「口で言うより、もっともっと厳しくて、大変だったのよ。でも最後まで逃げ出さないで、タイガ王子は遣り抜いたのよね、流石、あの王様の息子だわ」


「あのね、お父さんが、最後に言ったんだ、できない者に、できない事をしろとは言わないって。ボクは逃げ出さなかったんじゃなくて、できた事だったんだよ、当たり前に。みんな、それをわかってたし、ボクもそれがボクの為なんだって、本当はわかってた」


笑顔で言うタイガに、シンバはそうかと思う。


苦しい事も悲しい事も、それを乗り越えた後、嬉しい事があると、人は前向きになれる。


評価されると、人はまた頑張れる。


認められると、人はまた生きようと思う。


どんな困難も、苦悩も、全て糧になって、人は強くなる。


そうやって受け継いだものを、また誰かに受け継がせていくのだろうか。


自分の為だったんだなと、思えるようになるには、また大きな壁が立ちはだかる。


どれだけの人がソレを、受け入れられるのか。


苦しさに、どれだけの人が耐え抜けるのか。


それでも受け継いでもらいたい想い、受け継ぎたい気持ちがあり、人は受け継ぐ力を持っている。


シンバはエルバイトが最初に描いた真っ黒な絵を思い出している。


——タイガは幼い頃に、全てを悟ったのか?


——オレには、そういうの、本当にないんだろうか、受け継いでもらいたい想いとか・・・・・・。


——いや、オレには、受け継ぎたい気持ちがないのだろうか。


——でも、誰の何を受け継ぐ?


——オレは何もないまま、今、ここにいるのか・・・・・・?


タイガは全てクリアして、今、ここにいるんだなと、チラッと見ると、タイガもチラッとシンバを見て、目が合うと、ヘヘヘッと子供みたいに笑うから、シンバはチッと舌打ち。


そんなシンバを、タイガは思っている。


この酷い有様となり、終焉を迎えるようなリーフェルの最後の希望はシンバなんだと。


姫を助けられる最後の光。


全てのリーフェルの祈りを、受け継がれし者なんだと!


その後は、途中から崩れているリーフェル城の中も、ウロウロとして、タイガは、何を言う訳でもなく、シンバも何を聞く訳でもなく、またルチルも、只、その光景を目に映し、そこを去った。


そして数時間後、シンバ達はやっと辿り着いた。


シンバの目の前に聳え立つ、フェルクハイゼン城——。


そこでシンバは、最愛の人と再会する——。


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