4.最強の騎士


「とりあえず場所を変え、お主の話を詳しく聞かせてくれぬか。エンジェライトの名が出た以上、わしには詳しく事を知る権利があるじゃろう」


「・・・・・・オレも聞きたい事が幾つかあるから、それに答えてくれると言うならば話をしてもいい」


「いいじゃろう、では、会議室へ行くか」


そう言った王の後について、会議室へ行く。


コーラルはタイガを連れて行くと、タイガの部屋の前に残った。


大きな広い部屋に通され、シンバは、まだ少しアバラが痛む為、背筋を伸ばし、王が座ったソファーと向かい合わせになるように置かれたソファーに腰を下ろす。


シンバはカタナについて聞こうか、ペンダントについて聞こうか、先にどちらを聞くか考えていると、王の方から、


「ユエは生きておると思うか?」


そう聞かれ、これはペンダントの話が先だなと、


「騎士隊長が連れて逃げたんだ、多分、大丈夫だと思う。オレはライフルで撃たれ、弾は懐に入っていたコレに止められ、助かった」


と、懐からペンダントを取り出した。


「割れてしまって、罅が酷いけど、一応、樹脂で修復して、それで気付いたんだけど、この裏にはエンジェライトの紋章が描かれていて、光を鏡に反射させ、壁に、その光を映し出すと、エンジェライトの紋章も光の中、影として浮かび上がる仕掛け鏡になっているんだ。それってエンジェライトのペンダントって事だと思うんだけど、どうしてソレをユエ姫様が持っていたのか、わからなくて・・・・・・エンジェライトの王子と婚約しているからってのが理由だとしたら、ソレをオレに渡す訳ないなと——」


樹脂で張り合わせた鏡を、王は手に取り見て、その鏡の裏側も見たので、


「中央が凹んでて、宝石がとれた所は、銃弾が減り込んだから」


と、シンバは説明する。


王は、鏡を手に取ったまま、ジッと見つめたまま、何か考えているようだ。


だが、王はずっと黙ったまま。


「ユエ姫様とはいつからの知り合いなのか、聞きたい」


シンバがそう言うと、王は鏡から目を離し、シンバを見た。


「タイガが2歳の頃じゃったから、ユエも2歳じゃろうなぁ、この国はいろいろあってのう、新しくエンジェライトが生まれ変わり、わしは、国々に挨拶に行く予定じゃったのじゃが、妻の妊娠がわかり、直ぐに他国に挨拶には行けなくて、タイガが生まれてからも、わしも育児に参加したんで、挨拶まわりが遅うなってのう」


——育児に参加!?


——王が育児!?


「タイガも手が離れ、そろそろ仕事に戻らねばと、他国を訪れ、リーフェルに立ち寄ったのは、一番最後じゃった。ここから反対側とも言われる大陸の全ての異国は、1000年王国の同盟を了承してくれんし、只の挨拶さえも受け入れてもらえんかった。まぁ、若い王に何ができると言うのもあり、またわしの父が起こした事件もあり、エンジェライトとは手を組めんと言うのじゃろう」


——事件ってなんだろう?


——まぁ、他国から受け入れられないと言うくらいだから、何か悪い事でもしたんだろう。


「最後、リーフェルに立ち寄った時、やはり城内には入れてもらえんかったのじゃが、庭で小さな姫がボール・・・・・・いや、なんて言うたかのう、装飾の綺麗な丸い・・・・・・鞠じゃ、確か、鞠と言うもので遊んでおってのう、テンテンと音を鳴らしながら、上手に遊んでおった。まだアイが生まれる前で、タイガが男の子じゃったから、女の子も可愛いのうと近寄ったら、ユエは鞠を高く放り投げて遊び出して、近くの木の高い所に引っ掛けてしもうた。木登りはわしの得意分野じゃから——」


——王が木登りを得意分野だって!?


「木に登って、鞠を取ってやると、大喜びしてのう・・・・・・」


——おいおい、おかしいだろ、使いの者を呼ばず、王自ら木に登るのか!?


「その時にユエが遊ぼうと言うのでな、少し遊んだんじゃ」


——ナイナイ。王が子供に遊ぼうと言われ、何をして遊ぶって言うんだ!?


「綺麗な黒い髪を後ろで結っておって、綺麗な黒い大きな瞳をした可愛らしい子じゃった」


——黒い瞳? ユエ姫様の瞳はサファイアだぞ。


「わしとユエが遊んでおる所をリーフェルの王が窓から覗いておってのう、城から出て来てくれて、同盟には賛同したいが、リーフェルの周辺の国々の王が誰も賛成せぬのに、理由もなく、わしの意見には同盟できんと言われてしもうた。そうじゃな、エンジェライトは遠い。遠くの国の王に賛同するならば、それ相当の理由が欲しいじゃろう。じゃが、遠くの国じゃからこそ、誰かが一人でも賛同してくれねば、話は進まん。もし良かったら、ユエをわしの息子と婚約させるというカタチをとらせてもらえんかと提案した。無論、大人になり、お互いが見合いした時に、嫌じゃと言うならば仕方ないが、結婚すると思えた時は、1000年王国に賛同し、二人の愛をエンジェライトとリーフェルで祝杯しようと話したら、王は快く引き受けてくれたんじゃ」


「・・・・・・二人の婚約が同盟の理由になると——」


「あぁ、そうじゃ」


「・・・・・・おかしな話だ」


「そうか?」


「子供をダシに使って、そこまでして同盟させたいかね。それにその作り話、下手すぎ」


「作り話じゃと?」


「だって、おかしいだろ、王が育児をする? 王が木登りを得意とする? 王が子供と遊ぶ? 有り得ない事ばかりだ」


「そうじゃろうか?」


「それに何より、ユエ姫様の瞳の色はブラックじゃない、サファイアだ」


「サファイア?」


本当に、わからないと言う風な表情の王に、シンバは舌打ちし、


「本当の事を喋ってくれよ、オレはユエ姫様を助けたいんだ、アンタが本当にユエ姫様を攫ってないと言うなら、オレに信用させてくれよ!」


そう叫んだが、王は困った顔をし、


「本当の事なんじゃがなぁ。どうもわしは子供の頃から本当の事しか言うておらんのに、嘘じゃと思われるんじゃ。何故じゃろう」


と、悩み出す。


悩みたいのはこっちだとシンバも頭を抱える。


——この人、本当に王様なのか、相当、怪しくなってきた。


ノック音がし、ドアが開くと、エンジェライトの紋章のスーツを着た男が一礼をし、中へ入ると、沢山の書類を持って来て、


「失礼します、こちら、移住願いの書類でございます、お忙しいとは思われますが、受付が移住したいという民達で混雑しておりまして、書類を早く受理したいと思っております、後は王の印だけですので、よろしくお願いします」


と、書類を王に差し出すが、


「リーフェルの民達なら、移住は認めん。今はリーフェルが大変な事になっておるらしいから、避難と言う形で民達を受け入れ、下の階のホールにでも寝泊りさせてやると良かろう。外で寝られたら凍え死ぬからな。風呂も開放してやれ。食事もな」


王はそう言って、書類を付き返した。


「わかりました、そのように致します、そしてこちらはエンジェライトの民達からの苦情処理願いの書類でございます」


と、今度は別の書類を王に渡した。


「苦情処理!? 苦情が来とるのか!? わしがおらん間に、ジャスパー殿は何をしておったのじゃ!?」


と、王は書類を受け取り、それをパラパラ見ながら、立ち上がると、部屋を出て、


「ジャスパー殿! ジャスパー殿はどこじゃ!?」


そう大声で叫んだ。


シンバは誰を呼んでいるのだろうと、王と一緒にローカに出てみると、


「あ! 帰って来たんだぁ、王様ぁ。そうだ、調度良かった、聞いて下さいよぉ、問題発生ですよぉ、もぉ俺、泣きそうになっちゃう」


と、太った男が何かを食べていた所だったのか、口をモグモグさせながら、ドタバタと走って来る。


やはり、その男もエンジェライトの紋章のスーツを着ている。


「問題発生!? 何があったと言うのじゃ?」


「最近ね、どうも料理長の作る料理の味が落ちたんじゃないかと、厨房に文句を言いに行ったら、最近作っていたのはお妃様だったらしく、俺の立場が悪くなったと言うか何と言うか。どうしましょう?」


「知るかっ! お主、わしがおらん間、町をちゃんと見回りしておったか!? 見よ、この苦情の数々! 公園の水が出ない、吹雪避けの木が倒れそう、雪の重みで壊れたベンチ、様々来ておるぞ! わしがおらん間は、お主が町を守り、民達の声を聞き、苦情が出る前に、町を綺麗に住みやすくしていくのが仕事であろう!!!!」


「い、いや、だから、ほら、料理長の料理がね——」


「わしは料理長の料理もマーブルの料理も満足しておる!」


「あ、そうなの? そうだよね、そうそう、えっと、最近ね、寒くて寒くて、外出らんなくてね、王様は暖かい国にいたから知らないだろうけど、そりゃもぅ大変な寒さ!」


「寒いのは今に始まった事ではなかろう! それとも暖かい国へ飛ばしてほしいのか?」


「え、暖かい国へ行ってもいいの?」


「いい訳なかろう!!!!」


そう大声で怒鳴った王にジャスパーという男はビクッとして、肩をすくめた。


「わしが他国にお主の推薦状を書けると思うか?」


「あ、やっぱり? もぉ、王様ったら俺の事が大好きなんだもんなぁ、絶対に俺を離さないよねぇ、子供の頃から俺に気に入られようと必死だったもん」


ヘラヘラ笑いながら、そう言ったジャスパーという男に、王は溜息。


「・・・・・・で、お主は何故ここに呼ばれたかわかっておるのか?」


「え? ええっと、あ! その書類は王様宛じゃなく、俺宛かな? やだなぁ、こういうのは王様に渡さず、俺に渡してくれなきゃ困るじゃないかぁ!」


と、ジャスパーと言う男は、書類を持って来た男に怒り出す始末。そして、チラチラと王の顔色を伺いながら、


「ど、どれどれ? わぁ、沢山来てるなぁ、全部が苦情じゃないな、きっと、俺宛のファンレターとかも混じってんだな、うんうん! わははははははは、では急ぐので!」


そう言うと、ヘラヘラ笑いながら走り去る。


王は、やれやれと溜息を吐き、書類を持って来た男にも、もう下がっていいと手で合図をして、シンバを見ると、


「すまぬな、話の途中で」


と、会議室に戻り、ソファーに座ったので、シンバもまたソファーに座る。


「・・・・・・あの、リーフェルの民達を移住許可しなくていいんですか?」


「あぁ」


「でも民が増えたら国も大きくなり、エンジェライトは大国へと変わっていくのでは?」


「ここは寒いからのう、民が集まり難い。じゃが、それでもエンジェライトの良さを知って、ここに住みたいと申す者なら、わしは幾らでも受け入れよう。じゃが、リーフェルから来た者達は、そういう理由ではないじゃろうし、何より、リーフェルが元に戻った時に、民達が必要じゃろう、リーフェルという国は——」


「・・・・・・なんでリーフェルの事迄、考えて・・・・・・?」


「さっき話したが、遠い異国の国々の王の中で、リーフェルが最初に、同盟に協力をしてくれた。まぁ、婚約という形をとっての話じゃが。それでも、わしは全く同盟に賛同してくれぬ遠い地の者達に絶望しておった所、リーフェルの王に、そしてユエに助けられたと思うておる。国はそうやって助け合えば良い。そうやって、それぞれの国が手を取り合い、助け合えば、民達は一人でも多く救われる。人は平和に生きていける。そう思うておる。それが未来、わしが築こうとしとる1000年王国じゃ」


「・・・・・・助け合う——?」


シンバには、よくわからない理想だった。


現実とは離れすぎていて、でも、このエンジェライトという国にいれば、理想じゃないのかとさえ、思ってしまう。


ここは妙な国だ——。


「とりあえず、ありがとう。リーフェルの民達を避難させてくれて、更に移住許可を出さない事は、ユエ姫様がリーフェルに戻った時の事を考えると、本当に有り難い」


「少しはわしを信じてくれたかのう」


「いや、それは——」


と、またドアにノック音が鳴り、今度はコーラルとタイガが入って来る。


「コーラル殿、このペンダント、見覚えあるじゃろうか?」


王は鏡のペンダントをコーラルに見せると、コーラルは首を傾げ、


「鏡? いいや、見覚えなどないが、ソレがどうかしたのか?」


そう問う。


「ユエがこの者に渡したペンダントらしいのじゃが、これは仕掛け鏡になっておって、光の反射で、エンジェライトの紋章が出るらしいのじゃ。恐らく、このペンダントはレオンのじゃと思うのじゃ」


「レオン?」


コーラルが、そう聞き返すが、シンバも聞き返したかった所だった。


——今度は誰だ、レオンって?


「レオンが黄竜だった頃に持っておったモノじゃないかと思うんじゃ、仕掛けにせぬと紋章がでぬなど、紋章を隠しておるようなもの。わしはエンジェライトである事を隠した事など一度もない。恐らく、父やレオン以外の過去のエンジェライトの者達なども、わしと同じじゃろう、エンジェライトである事を影ながら思っていたとしたら、父かレオン——」


王がコーラルにそう話すが、その説明では、シンバはちんぷんかんぷん。


「成る程。エンジェライトの王子だと誰もがわかっていても、黄竜を率いる長だった訳だから、ケジメとしては堂々とエンジェライトの紋章を持ち歩く訳にはいかなかったしな」


と、コーラルは頷くが、シンバはわからないと顔を顰める。


——エンジェライトの王子って、このタイガって奴じゃないのかよ!?


「ユエが持っておったと言うから、父ではなかろう、父はもう死んだのじゃから。じゃとすると、残るはレオン——」


——いや、だからそのレオンって誰なんだって!


——オレに誰かちゃんと説明しろよ!


その気持ちが通じたのか、王はシンバを見て、


「明日にでもスノーフレークに行くが良い。この鏡のペンダントをスノーフレークの王に見せれば良かろう、こちらからも、連絡はしておく」


そう言った。


「スノーフレークの王に?」


「あぁ、わしの弟のレオンが、スノーフレークの王なんじゃ。わしの弟、つまり、元はエンジェライトの王子。エンジェライトの紋章のモノを持っておってもおかしくはない。それに、もう1つ、ユエと共におるのが、騎士隊長じゃと言うたな? なら、お主は騎士隊長の名や故郷など知らんのだろう? 知っておったら、まずはそっちへ向かったじゃろう、こちらへ来たと言う事は、お主、騎士隊長を、騎士隊長という以外、どこの誰かも知らんのじゃろう? スノーフレークには最強の騎士アスベストがおる。彼なら、世界中の騎士達の事も耳に入っておろう、リーフェルの騎士隊長の事を聞くと良かろう」


「最強の騎士アスベスト?」


「あぁ、尤も、今は騎士を辞め、王の側近をしておるが——」


「ここエンジェライトは昔、ジプサムに堕とされたんだよな? その時、エンジェライトという国は最強の騎士隊がいたから、世界中は、最強の騎士隊がいると言うエンジェライトを堕としたというジプサムに恐れたんだろう? なのに最強の騎士はスノーフレークにいるのか?」


「その最強騎士隊の隊長をしておったのがアスベストじゃ。昔はエンジェライトの騎士をしておったんじゃよ」


「へぇ、騎士隊長を・・・・・・。成る程、それなら、リーフェルの騎士隊長の事も隊長繋がりで知っているかもしれないな。でも今、ユエ姫様を見つけ出せたとしても、今現在のリーフェルをユエ姫様が見られたらどう思われるか。先に、賊を雇い、リーフェルを襲った奴を突き止めたい。そして、ソイツを倒し、リーフェルに日常を取り戻してから、民達が戻ったところで、ユエ姫様を探した方がいいと思う。オレはエンジェライトの王が賊を雇ったと思ったから、ここに来たんだ。王を倒す為に!」


「そんな事をしたら、綺麗な所しか見えぬぞ。ユエは綺麗なものだけを見て、汚いものは目を瞑るじゃろう。それが悪と善じゃとしたら、綺麗なものが必ずしも善とは限らん。もうリーフェルに残る王族はユエだけなのじゃろう? ユエは王族という立場から逃げる事はできぬ。リーフェルを支え、建て直す事ができるのはユエ一人じゃ。じゃからこそ、お主と共に戦うのがユエの使命でもあろう」


「・・・・・・戦う? 王という立場の者が戦うなんて——」


「自惚れるなよ、小僧。強いのは騎士じゃない。王だ。だから、強い騎士も王に跪く」


コーラルがそう言って、シンバを見る。


「ユエ姫様は女だぞ! 一緒に戦える訳ないだろう!」


「何も戦うという意味は武器を持ち、人を倒すだけの事ではない。ユエが自ら出てきて、リーフェルと言う国をどうしたいか、目で見て、民に触れ、判断するべきじゃ。支えてもらうばかりじゃない、誰かの支えになる事もあろう、ユエを信じるならば、まずはユエを見つける事が先決じゃ。万が一じゃが、ユエが死んでおった場合、リーフェルは終わりじゃ、そして、エンジェライトも、リーフェルを堕としたと言う噂だけでは済まぬじゃろう、お主にとっても、エンジェライトにとっても、ユエの生死は運命を握っておる」


——オレにとっても、エンジェライトにとっても・・・・・・。


「タイガ、国の命運が懸かっているようだからな、任務は必ず果たせよ?」


コーラルがふざけた口調でそう言うと、タイガはコクコクと頷き、


「頑張る!」


と、まるで子供が駆けっこ競争でもするかのような返事。


——コイツ等とオレの運命が同じなのか!?


——同じにされたくねぇよ、こんな緊張感のない奴等と!


「今夜はゆっくり休むが良い。装備も明日には新しいものを準備させよう。とりあえず、今日はタイガの服でも借りると良かろう。体調はもう良いのか? 熱がないなら、タイガと一緒に風呂にでも入って、くつろぐといい。タイガ、お主の部屋にベッドを用意させるが、良いか? それともゲストルームが良いか?」


「ううん、ボクの部屋でいいよ、友達はみんなボクの部屋で寝泊りするから」


と、タイガはシンバを見るが、シンバは嫌だと首を振る。


——体調が悪いのも忘れるくらい、なんともないが、寝るのは一人がいい!


——熱もないが、俺は友達じゃない!


そう言いたいが、言葉がうまく出て来ない。なんせ、シンバが寝室は別がいいと言う前に、


「背中洗いっこする?」


と、風呂に入る話をタイガがするからだ。


「風呂ぐらい一人で入れる! つーか、なんで男同士で背中洗いっこするんだ!」


「女の子とはしないよ? それに、お風呂、大きいから、二人で入っても広いよ」


そういう話じゃないと、イライラするシンバ。


どうもタイガとは普通の会話が普通じゃなくなる。


「温泉が湧いててね、城下町の宿屋と同じ温泉水なんだよ、冷え性や肩凝りに効果あるんだって。男湯は雪見風呂で、露天なんだ、女湯は薔薇風呂で、薔薇の花びらが沢山浮いてるんだよ、小さい頃、お母さんと一緒に入ったんだ」


「はぁ!?」


「あ、うちのね、お風呂、みんな使うから、男湯と女湯が分けられてるの。王だけ特別の風呂とかじゃないんだ。使用人や騎士達も使うんだよ。僕、ビックリしたよ、フェルドスパーへ行った時、コーラルおじさんが王族専用の風呂だから、気兼ねなく入れって。聞いたら、王族専用の風呂がないのはエンジェライトくらいだって言うんだもん。ホント、ビックリしちゃった。あ、ビックリって言えば、泳ぎは得意? うちのお風呂、泳げるよ、ビックリするくらい大きいから!」


——オレはお前のその性格にビックリだ。


——まずオレは王族じゃないから、王族専用の風呂だったら一緒には入れないだろ。


——いや、その方が良かった・・・・・・ていうか、王族専用の風呂がない!?


——なんなんだ、この国の王族は!?


「おい、タイガ、風呂で泳ぐなと教わらなかったのか?」


コーラルが怒ったように言うと、


「ジャスパーさんが、泳いでもいいって」


と、タイガが答えるから、


「あの役立たずめ! ろくな事を言わない! 後で説教だ!」


コーラルは怒りの矛先をジャスパーに向けた。その時、ノック音と共に、またエンジェライトの紋章の入ったスーツの男が入って来た。


「失礼致します、フェルドスパーから沢山の食材が届きましたが——」


「届いたか、思ったより早かったな。全部、厨房へ運んでおいてくれ」


と、コーラルは男に命令。男は頷き、一礼すると、部屋を出て行く。


「コーラル殿、食材とは?」


王が不思議に思い、尋ねた。


「いや、エンジェライトがリーフェルを堕としたと言う噂が広がり、僕の城にも情報は入って来たんだが、リーフェルエリアからの港が混雑してるって話も聞いてね、リーフェルの民達が、勝利した王に付こうと考えたんだろうなと思ってさ。案の定、多くのリーフェルの民達はエンジェライトへやって来ただろう? エンジェライトは寒いからな、その民達を外に追い出す事はできないだろうと思ってさ。そしたら、食事の用意もするんだろうなと思い、少ないが寄付のつもりだ」


「いつもすまぬな、コーラル殿」


「エンジェライトが潰れたら、同盟を結んでいるフェルドスパーも危うくなるからな。資金を節約してもらわないと。恐らく、同盟国で、噂など気にもせず、エンジェライトを信じてる国も、寄付を送ってくると思うぞ」


「そうじゃな。有り難い限りじゃ」


「こうやって、手を取り合って、ボク達も仲良くなれたらいいね!」


と、タイガが振り向くと、そこにシンバの姿がない。


「あ、あれ? あれ? あの人いなくなったよ!」


タイガの台詞に、え?と、王とコーラルはシンバの姿を探すが、この部屋から出て行ったようだ。


そう、シンバはタイガと風呂に入るのが嫌で逃げ出していた。


——冗談じゃない。


——オレはベッドじゃなくても眠れるし、その辺で適当に休ませてもらう!


——風呂だって、別に入らなくても死ぬ訳じゃないし!


——ユエ姫様の傍にいる訳じゃないんだ、特に綺麗にしている必要はない!


——あぁ、クソッ! カタナの事、まだ聞いてねぇや。


それにしても、シンバという不審者がウロウロしていると言うのに、普通に行き交うエンジェライトの使用人達。


ひとつの国というより、只の町のようだとシンバは思う。


——普通の金持ちでも、もう少し、警戒心というものがある。


——王が王なら、その下の者も、民達も、暢気というか、ふざけていると言うか。


「料理長さん!」


その声に、振り向くと、コックらしい男が、数人のオバサンに声をかけられている。


どう見ても、そのオバサン達は町の者と言う感じ。


「人手が足りないでしょ? お手伝いに来たわよぉ」


「いいんですか?」


「何言ってんの! 王様にはいつもお世話になってるのよ、この前もね、うちの亭主が腰を悪くして寝込んでた日、大雪が降って、困ってたら、王様が、雪掻きをしてくれたのよ! そんな事しなくていいって言ったのに、気にするなって言ってさぁ!」


「あら、うちもよ、うちは屋根が雪の重さで壊れちゃって。うちは旦那もいないし、男手がなくて困ってたら、王様が近くの木にスルスルっと登って、屋根の上にぴょーんって! それであっという間に屋根を修理してくれて」


「うちも助かってるのよ、息子に障害があるでしょう、その分、働けないだろうからって国に納める額が安いし、聞けば、他国よりも民が国に払う金が一番安いのはエンジェライトだって言うじゃない! なのに、王様の働きっぷりったら、ボランティアみたいなものじゃないの!」


「ホントよねぇ、王様は私達のヒーローよ!」


「そうそう、それに王様の愛妻家ぶりには、ホント、素晴らしくって。憧れちゃうわぁ。うちの旦那も見習ってほしいくらい! ほら、この前のスープ事件! お妃様が作ったスープを、みんなに配って、みんなが一口飲んで、不味くて固まった時!」


そう言ったオバサンが突然、王の声真似と身振り手振りをし始め、


『マーブル、これはお主が作ったのか?』


そう言うと、その隣のオバサンが、恐らく妃の真似だろう、し始めた。


『ええ、寒い日が続きましたから、皆様に温まってもらおうと、一生懸命つくりました』


『そうか』


『料理長さん、私の分もよそって下さい』


『いや、お主は飲むな。皆の者も、悪いが回収させてくれぬか』


『どうして?』


『マーブル、お主が作ったもの、勿体のうて、誰にもあげたくないんじゃ』


『まぁ! でも鍋の中、こんなに一杯ありますよ? それに皆さんもスープを飲みたいでしょうし』


『2日もあれば、わし一人で平らげられる。料理長、悪いが、皆の者に早急でスープを作って来てくれぬか?』


そこまで真似ると、オバサン連中はきゃーっと悲鳴をあげ、


「王様、素敵過ぎるわぁ」


と、王を褒めちぎる。


「で、結局、2日かけて、本当に平らげたらしいわよ、あの不味いスープを! お妃様はその後、あのスープが不味かった事を知って、未だ料理の練習をしているって言うけど、どうなのよ、料理長さん!」


突然、話をふられ、料理長はあたふたしながら、


「え、あ、はい、お妃様は時々、料理を作っておられます、アイ姫と一緒にお菓子なども作っておられ、今度こそ、美味しい物を皆さんにご馳走したいと、日々、頑張っておられます」


そう答えた。またも、オバサン連中はきゃーっと悲鳴をあげ、


「お妃様も素敵よねぇ」


と、妃を褒めちぎる。そして、


「タイガ王子とアイ姫の成長が楽しみよねぇ」


今度は子供の話になり、料理長は、仕事を手伝ってくれるのか、話をしに来たのか、わからないオバサン連中に、困った顔。


「タイガ王子はお妃様に似て、可愛らしい顔をしてるけど、少し頼りない気がするのよね」


「アイ姫は王様に似て、美人よ。ちゃっかりと言うか、シッカリしてるし。でも性格が少しキツイ気がするわ」


「まぁねぇ、アイ姫はいいとして、何れ、エンジェライトを継ぐタイガ王子が頼りないって言うのは問題よねぇ。優しくてイイ子なんだけど、逞しさに欠けると言うか・・・・・・」


「うんうん、明るくて、常に笑顔はいいんだけど、ピュア過ぎて、穢れを知らないのよねぇ、何て言うか真っ直ぐ過ぎるって言うか、騙されやすそうなのよねぇ」


「そうねぇ」


そう言ったオバサン達の背後で、


「ボクの話?」


と、タイガが立っている。既に料理長は頭を下げている。


「あ、あら、タイガ王子!」


と、オバサン達はビックリした顔で、更に、


「褒めてたのよぉ、優しくって、可愛くって、イイ子だって」


「そうそう! 純真で真っ直ぐで、明るくて、笑顔は最高!って」


と、褒めた所だけを言い出す。そんなオバサン連中に、ニッコリ笑い、


「ありがとう」


と、言うタイガに、シンバはガクンと体の力が思わず抜けた。


タイガはシンバを探して、ここまで来たようだ。シンバを見つけると、オバサン連中にバイバイと手を振って、仔犬のように駆けて来る。


「探しちゃった。城の中なら案内してあげるのに」


「・・・・・・あのババァ達はお前を頼りないって言ってたんだぞ」


「うん、聞こえたよ」


「聞こえてて、聞こえないふりか?」


「ふりじゃないよ、褒めてくれてたのもホントでしょ。ちゃんと聞いてるし、ちゃんとしようと思う。いつか、僕の事、頼りがいのある王子だって思ってもらえるよう、頑張るよ」


ニッコリ笑いながら言うタイガに、シンバはフゥーンと思う。


——どうなんだろうな、コイツのお気楽な性格は。


——もっと悔しがったりするもんじゃないのか。


——そうじゃないと、いつか、なんてナイだろう。


——それとも、民達に愛される完璧な王がいるから、白旗あげるしかないのかな。


「こっちが図書室で、あっちは中庭に続くローカ」


結局、タイガに案内されるシンバ。


タイガの後ろをトボトボついて行きながら、シンバは、タイガのユルい感じに溜息。


「で、ここが浴場。つまり、お風呂。ハイ」


と、突然、着替えを手渡されるシンバ。


「え?」


「お父さんが、食事の前に入っちゃえって」


「は?」


「早く早く!」


「や!?」


やめろと言う前に、タイガはシンバの腕を持ち、脱衣室へと転がり込んだ。


ここまで来て、嫌だと頑なに断ると、余計に変な感じになる気がして、シンバは諦める。


「その黒い衣装、洗濯してもらおう。このカゴの中に入れておくと、洗濯してくれるよ。ついでに破れたトコも綺麗に直してくれるんだ。このカゴは僕の洗濯物用だから、僕のと一緒にしておくといいよ」


「・・・・・・あぁ」


頷いて、服を脱ぎ、カゴに入れると、


「どうしたの、その傷!?」


と、シンバの背中の大きな傷に、タイガは驚いて声を上げた。


「・・・・・・別に」


「痛くない?」


「治ってんだから痛い訳ないだろう」


「でも、痛かったよね?」


「・・・・・・覚えてない」


「アスベストさんの体みたいだ。騎士の勲章って奴?」


「・・・・・・違う。コレは——」


「コレは?」


「ユエ姫様をお守りした勲章」


そう言ったシンバに、タイガは目を輝かせ、


「カッコイイ!!!!」


と、また声を上げるので、シンバはガクンと体の力が抜ける。


「あのなぁ、お前、その妙なノリ、やめてくれないか?」


「ノリ?」


「その思いも寄らない台詞を返すとこだよ」


「え? そう? 気をつけるね?」


そうは言うものの、全くわかっていないタイガ。


シンバの体は背中の大きな傷だけではない、目立つのはその傷だが、よく見れば身体中、あちこち傷だらけ。


貧民だった頃、賊だった頃、傷は絶えなかった。


それに比べ、タイガは綺麗な体をしている。


——コイツ、結構いい筋肉ついてるなぁ。


——もっとナヨッとしてるかと思った。


——しかも傷ひとつない真っ白で綺麗な体してやがる。


そんな事を気にしてもしょうがないと、シンバは服を全部脱ぐと、大きな浴場へと向かう。


脱衣場も広かったが、浴場はもっと広く、流石に大勢の人が入るだけあると感心する。


しかも更に扉があり、その扉を開けると露天で、雪を見ながら入れるという、これが雪見風呂かと、シンバは思う。


体を洗い、二人は雪見風呂で、温まる。


ゆっくり風呂に浸かると言う事が初めてのシンバは、なんだか落ち着かない。


チラッとタイガを見ると、指で水鉄砲と作り、ピューッとお湯を飛ばして、一人でニコニコしている。


「・・・・・・お前さぁ」


「何?」


「プレッシャーとかないのか?」


「何の?」


「だって、お前、次期王なんだろ? あの王の後を継ぐ事にプレッシャーとかあるだろ」


首を傾げるタイガに、シンバは少し苛立ちながら、


「あんな風に民に愛され、優秀にも優秀すぎるような王の後なんて継いだら、前の王は良かったとか、前の王なら違ったとか、何かと比べられ、嫌な事を言われるんだぞ」


わかりやすいように、教えた。そして、


「王以上にならなければと言うプレッシャーに、潰されそうになる時くらいあるだろ」


そう言うと、タイガはニッコリ笑い、


「そんな風に思うより、お父さんって凄いなって思うばかりで。お父さん以上になろうじゃなくて、僕もお父さんみたいになれたらいいなって。プレッシャーになる前に、尊敬の方が大きくて、圧倒されて、終わってる」


と、自分の立場の危機感は全くない台詞。


「お父さんみたいになれたらって、お前には野望とかないのか? 折角、王になれるんだぞ、国を手にするんだぞ、お前の好きなように国を動かせるんだぞ」


「野望? 夢ならあるよ」


「あるんじゃねぇか、なんだよ、その夢って。やっぱ国を大きくするって事か?」


「ううん、お父さんの夢を叶えたいって言うのが僕の夢」


「はぁ!?」


「お父さんの夢が、お父さんの代で叶えられたら、その夢を夢に戻さないよう、現実の夢のような国を継続していく事。それが僕の夢だよ」


「・・・・・・受け継ぐって事か? それ、夢なのか? 普通に受け継ぐのはお前なんだから、それを夢だって言うのは違うだろ。それに王の夢を叶えたいって、お前の夢とは違うんじゃねぇのか? オレにはよくわかんねぇけど」


「夢なんて、よくわからないもんだよ」


ヘラッとそう答えたタイガに、


「フゥーン」


王族の夢なんて、本当にわからないシンバは、頷くしかできなかった。


「お前、本当にオレと一緒にユエ姫様を探すのか?」


「うん」


「言っておくけど、オレはお前の護衛じゃないからな。助けねぇぞ」


「うん」


「金がねぇから、いろいろと出してもらうかもしんねぇけど」


「うん」


「いざと言う時は見放すし、見殺しにもするからな」


「うん」


勝手な言い分なのに、ニコニコと笑顔で頷くタイガに、シンバは、本当にわかってんのかな、コイツ・・・・・・と、色々と不安になる。


「お前、そんなんでいいのか?」


「え? そんなんって?」


「だから、何でもうんうんって、ユエ姫様の事だって、お前、何も知らないだろ、なのに行き成り婚約とか、抵抗ないのか?」


「お父さんがね」


——またお父さんかよ。


「お母さんを凄く愛してて、鈍いボクが見てもわかるくらい、凄く凄く愛してて。でも、お父さんとお母さんは親が決めた婚約者同士だったんだって。親の恋愛とか、ボクは余り興味ないんだけど、アイちゃんが興味津々で、二人に聞いてた時があって、その時に、聞こえたんだけど・・・・・・お母さんが、最初はすごーくお父さんの事、嫌だったらしいんだ。でもね、そんなの信じられないくらい今の二人って愛し合ってるんだよね。そういうの見てるから——」


——見てるからなんだって言うんだ。


——自分もそうなれると思っているのか。


——お気楽だな。


チラチラと雪が降り出し、火照った顔に、気持ちがよく、苛立つ気持ちを抑えてくれる。


「ねぇ、ボクも質問していい?」


「あぁ」


「どれから聞こうかな」


「そんなに沢山あるのか」


「沢山って程じゃないけど、ユエ姫様って人がどんな人なのか聞きたいし、脱衣所で見たんだけど、お父さんと似た剣を持ってるよね? その剣の事も聞きたいし、名前も聞きたいし」


タイガが指を折りながら、そう言っていると、シンバはザバァと湯から出て、


「熱い」


と、風呂から出て行く。


「え、ちょっと待って、ズルイよ!」


と、タイガもシンバを追いかけ、脱衣所へ。


「ユエ姫様は綺麗で美しくて、お淑やかで——」


シンバは、濡れた体をタオルで拭きながら、話す。


「——小鳥が好きで」


「アイちゃんと同じだ」


「——読書が趣味で」


「アイちゃんもだよ」


「——バイオリンが得意で」


「アイちゃんとかぶるね」


「さっきからお前の妹と一緒にするなよ!」


「ごめん、でも一緒なんだもん」


「ユエ姫様は夜、そっと涙を流す繊細な方なんだぞ!」


「同じ同じ! よく夜泣きするんだよ、未だに。有り得ないよね。まぁ、今は部屋が違うから、夜泣かれてもいいんだけどさ。だって、うるさいでしょ?」


「有り得ないのはお前だ!」


「なんで?」


きょとんと首を傾げながら、タイガは服を着る。


「ユエ姫様はな、月が好きだ! これなら、一緒じゃないだろう」


「アイちゃんもだよ」


「このエリアは月なんて滅多に見えねぇじゃねぇか!」


「スノーフレークは、よく晴れる事が多くて、夜空が綺麗でね、星が沢山見えるんだよ。月も見える。だからアイちゃんは月が好きなんだよ。レオン叔父さんがまだ結婚してなくて、もしこのまま子供もつくらないようなら、アイちゃんがスノーフレークの姫になるんだって。それでアイちゃんはよくスノーフレークに行く事が多いんだ。それにしても、ユエ姫様って、アイちゃんみたいなんだね。ちょっとガッカリ」


「全然違う!!!! ていうか、ガッカリってなんだ、お前にガッカリしても、ユエ姫様にガッカリする事なんて何一つないぞ!」


「酷いなぁ」


「酷いのはお前だ!」


これ以上、ユエ姫様の話していても苛立つだけだと、月夜烏の話をする。


「オレの育ての親が刀鍛冶をしていたんだ。そのオヤジが創った幾つかの中、残ったのが、コイツ、月夜烏。今となっては、オヤジの形見かな」


と、タイガの服を借りて着たはいいが、風呂上りにしては、キッチリとした服装で、なんだか堅苦しい。


「おい、オレは王子じゃないんだから、こんな服装じゃなくてもいいだろう?」


「ボクの持ってる服はそんなのばかりだよ」


「・・・・・・そうだよな」


「寝る時は、肌着で寝るから、そんなに畏まらなくても平気だよ」


「・・・・・・あぁ」


面倒な服を着せられたなぁと、シンバは腰に月夜烏を装備する。


なんだか位の高い騎士になった気分だと、慣れない服装に、顔を顰める。


脱衣所を出ると、調度、王が入れ替わりで、お風呂に入る所で、


「なんじゃ、もう出たのか。今からわしも入ろうと思っておったのに」


と、優しい父親らしい笑顔を見せる。


「じゃあ、もう一回入る?」


タイガがそう尋ねるので、シンバは、なんでだよと、呆れ顔で、首を振る。


「おい、シンバ」


その声で、振り向くと、コーラルが、


「僕は一度フェルドスパーに戻る、また明日の朝早くに来るよ。タイガの旅立ちを見送らないとね」


そう言って近寄って来る。シンバは不思議そうにコーラルを見ながら、


「なんでオレの名前、知ってるんだ?」


と、呟きで問う。


「えー! コーラルおじさん、帰っちゃうの!?」


タイガには、その呟きが聞こえなかったのだろう、只、残念そうにコーラルに言うだけ。


だが、王は聞いていたらしい。


「お主、今、なんと?」


「え?」


「お主の名前、誰も知らんじゃろう?」


「え? いや、だって、今、シンバってオレを呼んだから」


「お主、シンバと言うのか?」


「そうだけど」


それには王もコーラルもタイガも、皆、驚いた顔で、シンバを見る。


「な、なに? そんなに変な名前か?」


「わしもシンバじゃ」


「は?」


「わしの名もシンバじゃ」


「はぁ!?」


顔を歪め、有り得ないと聞き返すような返事をするシンバと、大笑いするコーラルと、驚いた顔のままのタイガ。


そして、王は、


「頼むぞ、その名を堕とさぬようにな」


そう言うと、浴場へと入って行った。


——本気で!?


——エンジェライトの王と同じ名前!?


——ユエ姫様、どういうつもりで、この名前をオレに付けたんだ!?


「お父さんと一緒の名前だなんて呼びにくいよぉ」


と、嘆くタイガ。


「いい名前もらったじゃないか。最強の騎士になるぞ、お前。アスベストよりもな」


と、笑うコーラル。


——最強の騎士?


——名前でなれたら苦労しない。


——ホント、ここの連中はお気楽すぎて、付いて行けない。


それからは、お妃様にも会い、団欒のような食事をし、タイガの部屋でくだらない話を聞き、就寝したが、ふかふかのベッドのせいか、それとも、こんな風に時間を過ごしたのは初めてだからか、シンバは眠れなかった。


スースーと隣のベッドで寝息をたてるタイガ。


——コイツ、よく名前しか知らない奴の隣で寝れるな。


——しかも、オレ、武器を持って、ここにいるのに・・・・・・。


シンバは、ベッドの横に立てかけてある月夜烏を手に持つと、


「眠れないの?」


さっきまで寝息をたてていたタイガが、突然、声をかけて来たので、驚く。


「寝てたんじゃないのか!?」


「寝てたよ。でも、物音がしたから」


「物音!? オレが剣を持っただけの音で起きたのか? それ物音じゃなく、気配だろ」


「トイレ行ってくる」


目を擦りながら、起き上がり、ベッドから出るタイガに、なんだトイレで目が覚めたのかと、シンバは溜息。


その後は眠れなくても、明日の為に、目を閉じて、体を休ませた。


朝、王と妃、コーラル、アイ、ジャスパーなどに見送られながら、城を出る。


「タイガ、背中のソード、似合ってるぞ」


コーラルがそう言うが、シンバは似合ってないだろと思っている。


そのソードを納める鞘と柄には、白い虎が彫られていて、ホワイトタイガーをイメージするソードだ。


確かにホワイトタイガーと言えば、雪をイメージし、肌の白いタイガに合うだろう、名前もかぶっているとしても、タイガが虎のように強く逞しいイメージは全くない。


「タイガ、お前は僕の戦闘の全てを受け継いでいるんだ」


コーラルのその台詞に、シンバは本当に笑ってしまいそうになる。


——おいおい、王族の戦闘ってどんなだよ。


——そんなもん受け継がされても本場の戦いに意味ないだろ。


「いいか、タイガ、その武器は竹刀とは違う。命を奪うものだ。人を斬ろうと思った時、一瞬でも躊躇うな。躊躇ったら、お前が斬られる」


「はい」


「悪い奴は死んで、いい奴に生まれ変わる。その為に悪を斬るんだ」


「はい」


「だが、善と悪は同じ。人には善人も悪人もない。だから国の王が法を決める。法に従う事が善であると」


「はい」


「お前はエンジェライトの王子、タイガだ」


「はい」


「エンジェライトの法を守り、善を貫けばいい」


「はい」


「善か悪か、迷った時は、どうするんだ? いつもお父さんから聞いてるんだろう?」


「はい、これが正しいって胸張って言える道を選びます」


「その通りだ」


と、コーラルはタイガの頭をクシャクシャ撫でる。


——なんだあれ?


——まるで師弟愛ゴッコだ。


——こんなヌルイ奴、城の中に閉じ込めておけよ。


——大体、タイガなんて、戸惑う前に既に斬られてるよ。


——外に出して、本当に殺されても知らないからな。


馬鹿馬鹿しいと、コーラルとタイガのやりとりを見ているシンバ。そして、是非、敵が来た時に、タイガの戦いぶりを見てみたいものだと、シンバは鼻で笑う。


——どうせ慌てて逃げるに決まっている。


「タイガ、お前は僕の全てを受け継いだけど、僕にはない強さを持ってる」


「コーラルおじさんにはない強さ?」


「あぁ、お前は恐怖を知らない。恐怖を知らないと言う事が最大の武器だ。真っ直ぐに自分を信じぬけ。お前の雪のように真っ白い純粋な心は絶対に闇に染まらない!」


言い切ったコーラルの背後で、


「わしからの言葉はいらぬな。全部、コーラル殿に言われてしもうた」


と、不満そうな王を、妃がクスクス笑いながら、宥める。


「おにいちゃんばっかり、ずるーい! コーラルさん、アイにも何か言ってよぉ!」


何がずるいのか、謎の発言で、コーラルに絡みつくアイ。


「わしには絶対に言うてはくれぬ台詞じゃな」


と、悲しそうな王を、またも妃がクスクス笑いながら、慰める。


「タイガ王子、ルチルによろしくな」


偉そうなジャスパーに、タイガは笑顔で頷く。


「タイガ」


「お母さん」


「気をつけて」


「はい!」


そして、その他大勢のエンジェライトの使いの者達が、タイガに敬礼。


大きくバイバイと手を振りながら、エンジェライト城から離れていくタイガ。


そんなタイガを見つめるコーラルに、


「おにいちゃんって、パパより強い?」


アイが聞いた。


「多分ね。僕とシンバの、それにレオン、三人から学んだんだ。アイツは僕達から全てを吸収した。そして、エンジェライトの血を受け継いでいる。その血も精神も肉体も、全てにおいて、間違いなく、最高級の血統書を持ってるって訳だ、後はアイツ自身で強くなるしかない」


いつまでもタイガの背を見つめているコーラルの顔を覗き込むアイに、


「アイちゃん、久し振りに、バイオリン、聴かせてよ」


と、コーラルはそう言って、優しい微笑みを見せる。


シンバは振り向いて、遠ざかる城を見ると、まだタイガを見送っている人達に、大袈裟な見送りだなぁと思う。


「なぁ、どうせこの辺は賊がいないんだろ、剣は必要なさそうだな」


「うん」


「ホームシックになんかなるなよ、面倒は嫌だからな」


「うん」


「スノーフレークで怪鳥って乗り物をくれるって、エンジェライト王が言ってたけど、それって馬みたいなもんか?」


「うん」


にこにこと頷くだけのタイガに、シンバは苦笑い。


——コイツ、少しは気を遣えよ。


——オレが気を遣って話しかけてやってんのに。


城下町を抜け、更に北へ向かう。


暖かいコートをもらったが、雪の中にいるってだけで寒い。


だが、来た時の事を考えたら全然マシ。


ブーツもザクザクと音を鳴らし、雪を掻き分けて行く。


アバラも調子が良くて、痛み止めを幾つかもらって来たので、大丈夫だろう。


チラチラと降っていた雪も、4時間ばかり歩いて来た所では、止んでいる。


大地に雪は積もっているが、空は晴れていて綺麗な青空が広がっている。


その光に反射して、雪はキラキラと光輝く。


「あれがスノーフレーク」


白い息を吐きながら、タイガが指差した先には、エンジェライトより小さめだが、立派な城が建っている。


城下町へ入る入り口にはスノーフレークの紋章。その紋章の右斜め下に小さなエンジェライトの紋章も刻まれている。


「なんでエンジェライトの紋章が? 親戚関係になるからか?」


「違うよ、同盟国だからだよ。エンジェライトと同盟を結んでくれた国は、その国の紋章の下にエンジェライトの紋章が刻まれているんだ」


「・・・・・・世界中でエンジェライトが増えてるようなもんじゃねぇか」


「うん、そうだよ」


「騙されてる気がする」


「なんで?」


「同盟って言うけど、それじゃあ、エンジェライトの天下じゃねぇか」


「だってエンジェライトが天下統一する為の同盟だもん」


「平和同盟じゃねぇのかよ!?」


「だからエンジェライトが世界を統一して、平和にするんだよ」


「お前の国が世界を平和にできると思ってんのか!?」


「うん」


即答で頷くタイガに、何か言い返してやりたかったが、確かにエンジェライトと言う国は、お気楽で、平和だったなぁとシンバは思う。だから、


「変なの」


と、子供みたいな事を言い返すしかなくて、


「変じゃないよ」


と、子供みたいに直ぐに言い返してくるタイガに、コイツと同レベルな会話をしてしまったとシンバは自己嫌悪。


スノーフレークの城下町も民達の笑顔が溢れ、エンジェライト同様、気楽なニオイがする。


城へ入ると同時に、


「タイガ、よく来たな、待っていたぞ」


と、頭に王冠を乗せた男が現れた。


その姿から、間違いなくスノーフレーク王のレオンと言う奴だなと、シンバは思う。


そして、レオンもシンバを見ると、


「エンジェライトから連絡は受けている。リーフェルが大変な事になっている事も。とりあえず、寒かっただろう、中で暖まりなさい」


と、奥へと通される。


——エンジェライト王の弟だって言ってたよな。


——似てないな。


——なんか、この人、言葉に余り感情が感じられないし、暗そう。


——でも、どっちかと言うと、この人の方がオレは好感が持てる。


——わざとらしい善人面は好きじゃないから。


「レオン叔父さんがわざわざ出迎えてくれるなんて、よっぽどだよ」


と、タイガがシンバに耳打ちする。


「よっぽど?」


「よっぽど、ボクに会いたかったのかなぁ」


その台詞に、シンバはガクンと力をなくす。


「だから、その予想外の台詞を吐くのをやめろって言ったろ!」


「え? 今の予想外?」


「お前、真面目に、空気読めない奴だろ」


「そんな事ないよ」


レオンが入った部屋に入ると、そこは暖炉があり、温かい飲み物と焼き菓子が用意されていた。そして、一人の男が、ペコリと頭を下げると、


「タイガ王子、お久し振りです、また立派になられましたね、若かりし王にそっくりだ」


そう言った。


「そうかな、でもお母さん似だよ、ボク」


「ははは、昔、王にも同じような台詞を言われましたよ、王にそっくりだと言ったら、わしは母親似じゃとね」


「アスベストさん、お父さんの口真似そっくりー!」


と、笑うタイガに、コイツが最強の騎士アスベストかとシンバは思う。


「で、そちらが、リーフェルの姫専属の騎士・・・・・・?」


シンバを見て、アスベストが尋ねると、


「うん、シンバって名前なの、お父さんと同じ名前でビックリだよ」


と、タイガが紹介してくれたので、シンバは軽く頭を下げた。


「その名はユエが付けたのか?」


俯いたまま、そう聞いたレオン。そして、ソファーに座ると、


「俺がユエに兄の話を沢山したからな。あのジプサム王を、たった一人で倒した最強の男だと——」


そう言った。


——ジプサムを倒した?


——どういう事だ?


——エンジェライトはジプサムに堕とされたんだよな?


アスベストが、タイガとシンバをソファーに座るよう、招き、そして、二人はレオンと向かい合わせで座る。


「タイガ、お前は父親から聞いているかもしれないが、俺はジプサムの騎士団長を勤めていたんだ。お前の祖父にあたる男はジプサム王だった。兄は、ここにいるアスベストと共にエンジェライトを取り戻す為、ジプサムに戦いを挑んだ。そして、兄は勝利した——」


その話を聞き、思わず、シンバは立ち上がり、


「じゃあ、エンジェライト王の腰の鞘にあった剣は大雪原!?」


そう吠えた。


「ええ、そうですよ」


と、頷いて答えたのは、レオンの後ろで立っているアスベスト。そして、


「アナタの腰の鞘の剣もカタナですね、それはどこで?」


そう尋ねられた。黙っているシンバに、


「シンバの形見なんだよね? シンバを育ててくれた親が刀鍛冶をしてたんだって」


風呂の時に話した事を、タイガが喋った。


「刀鍛冶? もしかしたら、私が大雪原を買った所かもしれませんね。遠い地の果てには凄い剣をつくる人がいると聞いて、私が注文したんですよ。遠すぎて直接は行けなくて、船で輸送してもらって。あの時は驚きました、素晴らしい剣が届いたので。大金を払って、とんでもないモノを送られたらどうしようかと思っていましたから」


「・・・・・・父は貧しかったけど、そんな事しない」


「そうですね、すいません。それで、その方は今は——?」


「殺されたよ、賊に」


「賊に?」


「最強の武器、大雪原の在り処を聞かれ、何も知らない父は殺されたんだ」


そう言ったシンバに、皆、黙り込み、重い空気が漂う。


「父から剣を買わなければ、今頃、父は生きていただろう。確かに大雪原は、剣としては素晴らしいが、只のカタナだ。なのに、ジプサムを倒したと言うだけで最強の剣と言われ、賊が手に入れようと、それはまるで兵器扱い。そのせいで、父の命は奪われ、オレは・・・・・・オレは・・・・・・なんだよ、全部、エンジェライト復活の為かよ・・・・・・」


「違いますよ、エンジェライト復活の為だけでなく、世界の平和の為に——」


アスベストは、怒りで支配されそうなシンバに、そう言うが、それは火に油を注ぐようなもの。


「何が平和だよ・・・・・・結局さ、自分の国の為だけだろ、自分の国が平和ならそれでいいんだろ、お前達は知らないだろ、リーフェルエリアには、貧民が多い事や賊が町を荒しまくっている事なんて! ここから遠いからな、他人事だろ!」


怒鳴るシンバに、


「知っている。どうにかせねばと、だが、全ての貧民達を救うには資金が足りず、募金活動もしている所だ。そう直ぐに全てを解決するのは難しい。この国も、エンジェライトも、全てに手を差し伸べられる程、まだ大きくはない」


レオンがそう言った。そして、


「見せてくれないか? 鏡のペンダント」


と、シンバを見る。


シンバは、冷静になり、あの時、父が死に、賊に拾われ、賊と戦い、ユエ姫様を守った運命があるからこそ、ユエ姫様の傍にいられたんだと思い出す。


そして、シンバは、呼吸を整えると、懐から、鏡のペンダントを取り出し、レオンに手渡した。レオンはペンダントを受け取ると、手の平に置き、見つめ、


「間違いない、これはユエにやったものだ」


そう言った。そして、シンバを、タイガを見ると、レオンは話し始めた。


「リーフェルエリア、その付近の大陸・・・・・・こちら側からすると、海峡ライン向こうは、国がまとまっていない。その為、法もバラバラ過ぎて、人が暮らす世にしては安全とは言えない。民達の格差も激しく、貧民が増え、そこから賊が増え、だが、王の許可なしに勝手に国を出る事は許されず・・・・・・民達を救えるのは、王達が協力し合い、一つずつ、解決して行くしかない。だが、法も文化もバラバラの国達が協力すると言う事は本当に難しい。だからこそ、1000年王国の同盟も結んではくれない——」


シンバは怒ったような怖い顔で、レオンの話を聞いている。


タイガは真剣な眼差しで、レオンの話を聞いている。


「今回、リーフェルの王が死んだと直ぐに情報が流れ、リーフェルエリアの民達は許可なく、国を出る事ができ、エンジェライトに押しかけた。その騒ぎもあり、本当に情報が流れるのが早かった。今、世界中で、エンジェライトがリーフェルを堕としたと話題になっている。コツコツと、兄が、一度は潰れたも同然のエンジェライトをここまでにして来たが、今回の事で、エンジェライトから手を引く国も少なくはないだろう。こうなったのは、俺の責任だ」


「どうしてレオン叔父さんの責任になるの?」


タイガが不安そうな声で聞いた。


「向こう側エリアへの同盟交渉は俺の任務。さっきも言ったが、向こう側は安全とは言えない。兄は強いが、家族がいる。だから無茶をさせられない。その為、俺が、その任務に名乗り出た。リーフェルはタイガとユエの婚約の事もあり、略、同盟に賛成しているようなものだと、安心しきって、その他の国への交渉で頭が一杯だった。恐らく、そのあからさまな態度が、リーフェルが同盟に賛同したと他国にバレたのだろう。もっと慎重に行うべきだった。こんな事になってしまった事、まずは詫びたい。本当に申し訳なかった」


レオンが頭を下げるので、タイガはどうしようと困ったように、シンバを見るが、


「頭を下げりゃいいってもんじゃない」


シンバのキツイ台詞。レオンは頭を上げ、頷き、


「確かにそうだ。こうなってしまった以上、これからの事を話さなければならないな」


と、再び、シンバと、タイガを見る。そして、その目線はシンバに絞られる。


「ユエ専属の騎士のシンバと言ったな、何故ユエ専属の騎士に?」


「・・・・・・オレは元々、死体の女から生まれた所を刀鍛冶の父が拾い、育ててくれたが、父が賊に殺された時に、その賊に飼われた。ガキの頃は逃げれなかったが、成長し、賊から逃亡中に、ユエ姫様に出会い、賊達がユエ姫様を襲おうとした所をオレが助け、その後、ユエ姫様に拾われ、騎士隊長の訓練後はユエ姫様の影という騎士を務めた。オレの強さを買って、リーフェルの騎士にと考えたのは騎士隊長だと聞いているが、実際に聞いた訳じゃないから、よくは知らない」


「そうか。お前を騎士として雇う事は、リーフェル王に許可はとってあったのか?」


「さぁ? オレは王と話した事はないし、影という存在だったから、常に闇に身を隠し、ユエ姫様を見守っていたし、ユエ姫様の部屋は城の天辺で、王が来る事はなかったから」


「そうか。まず、お前が影としてユエをお守りすると言う事に疑問がある。ユエ姫様専属の騎士と言うが、ユエが誰かに狙われていたという様子はあったか?」


「・・・・・・いや、特には。賊に襲撃に合うまで、全く何もなかった」


「だろうな。向こうエリアは賊が多い為、城の警備はそれなりだろう。それに王族も、何かない限りは外には出ないだろう。それをわざわざユエ一人だけ特別に騎士を付けるとなったら、完璧にユエを狙っている何者かがいるという事になる。ユエがそれを感じ取り、自分に護衛を付けるように言ったとしても、その理由を騎士隊長は聞くだろう、また騎士隊長自ら、ユエの為の護衛として、お前をユエの傍に置いたとしたのなら、ユエが誰かに狙われていると知っていたのだろう。どちらにしろ、騎士隊長はリーフェルが襲撃される事を知っていた・・・・・・かもしれない——」


「どういう事? 騎士隊長が黒幕って事か?」


「わからない。アスベスト、リーフェルの騎士隊長の素性は調査済みか?」


と、王は、後ろのアスベストに振り向いて問う。アスベストはコクンと頷き、


「リーフェル騎士隊長、名をシャハル。出身はアーセントと言う町。両親は亡くなられていますが、双子のシャフルという弟が、やはり、フェルクハイゼンで騎士をしています」


そう話した。


「フェルクハイゼン?」


怖い顔で問うシンバに、アスベストは頷き、


「はい、リーフェルと同じ大陸にある国です。リーフェルとは文化も似てますが、同盟は結んでおられず、調度、リーフェルと、フェルクハイゼンの中央にアーセントと言う町があり、その町の所有権は両方の国にあり、町は南と北に線が引かれ、南側がリーフェル、北側がフェルクハイゼンのものとなっているようです」


そう説明する。


「少し前、リーフェルエリアに月天子帝国というものが造られているという話を耳に挟んだ。それはフェルクハイゼン王の承諾があったのだろうか?」


レオンにそう問われるが、シンバは何もわからない。


「同じ大陸に国が2つあると言う事は、例え自分の所有するエリアだとしても、新たな町や城を築く場合、相手国に報告し、承諾をもらわなければならない」


「そんな事、オレが知る訳ないだろう」


「そうだな。とりあえず、リーフェル騎士隊長の事はわかっただろう、次に俺の知っているフェルクハイゼン王について話そう」


レオンがそう言うので、シンバは、フェルクハイゼンが怪しいと踏んでいるんだなと悟る。


「フェルクハイゼン王は、俺的には嫌いじゃない。なんせ、俺の父に似た手段を選ばない勝ち気な男だ、人を余り信用せず、我が力が最高だと思っている野心家。それ故に、1000年王国については、かなり反対している。それこそ、他国に反対同盟を求め、強引に結ばせようとするくらいに。合意せざるおえない遣り方だという情報もある。リーフェルは影の1000年王国の同盟国と言ってもいいだろう、だから反対同盟には頷かなかったのだろう、その上、更に月天子帝国。そういうのも含め、フェルクハイゼン王には、リーフェルをエンジェライトの名で襲撃する動機がある」


「じゃあ、騎士隊長はフェルクハイゼンに寝返ったのか!?」


「まぁそう慌てるな、そうとも限らない。騎士隊長の弟のシャフルはフェルクハイゼンの騎士だ。リーフェルの騎士隊長、シャハルがシャフルから何か聞きだし、ユエの護衛にお前を付かせたのかもしれないだろう」


そうかと、ホッとするシンバ。だが、レオンは、


「だが、だとしたらリーフェル王にも影が付いていたのかという事が疑問になる」


と、シンバを見るが、王に影が付いていたかどうかなど、シンバは知らない。


「影が付いていたのなら、ユエの影も、王の影も、両方共が主を守れなかったという事になる。だが、影と言う者は、主の為、身を盾にして死を覚悟し、主を死守するガーディアンだ。ユエのガーディアンである者が、こうして、ここで生きていて、ユエの行方を追おうとしているのに、王のガーディアンはあっさり殺られてしまったと言うのだろうか。ましてや王に付けるガーディアンならば、ユエのガーディアンよりも強い筈——」


「じゃあ、付いてなかったんじゃないのか?」


「だとしたら、騎士隊長は敵かもしれないな、その可能性が高くなる。それに、もうひとつ疑問がある、王が死んだという情報が流れたのが早過ぎた事だ」


「そりゃ、賊達が言いふらしたんだろうよ」


「民達が賊の言う事を聞いて、信用し、更に人々に話すと思うか? 更に、賊達は、わざわざ民達に、エンジェライトがリーフェルを堕としたと言うと思うか?」


「・・・・・・」


「民達に言うとしたら、リーフェルに仕えている者達の誰かだろう。それなら信用もあるし、民達に、一刻も早くエンジェライトへ逃げた方がいいと助言すれば、民達は、急いで、リーフェルからエンジェライトへ向かうだろう」


「・・・・・・それが騎士隊長だと? でも騎士隊長はユエ姫様と逃げたんだ! それにオレを雇い、ユエ姫様をお守りするよう、任務を与えた!」


「ユエを生かしておく必要があったのかもしれない。賊なんて、頭の良い輩ではないだろう、万が一、思い余って殺されては困ると、お前を付かせた」


「何の為に!?」


「そうだな、例えば、リーフェルの生き残りとしての嘘の証言をさせる為の証人。或いは、タイガの婚約者としてのエンジェライトの弱み——」


「人質って事か!?」


「ソレかもしれないな」


レオンがそう言うと、タイガが、シンバとレオンの二人の会話に口を挟むように、


「ソレって事は、別の意味の弱みも——」


そう言って、だが、そこまで言うと、タイガは黙り込んだ。


恐らく、別の意味の弱みもあるのか、そう聞きたかったのだろうが、何故か、聞けずに黙り込み、難しい表情をするタイガに、その横顔は、エンジェライト王に、鏡のペンダントを渡した時の顔に似ていると、シンバは思う。


あの時の王と、今のタイガは、同じ事を考えているのではと、


「おい、何考えてる?」


と、シンバはタイガに聞いた。


「え?」


「今、何考えてた?」


「お腹すいたなって。ぐうって鳴っちゃったから。聞こえちゃった?」


ガクンと力を失くすシンバに、


「聞こえてない? やべ、言わなきゃ良かった」


と、照れたように笑うタイガ。そして、


「だって、もう昼過ぎだよ、お昼食べてない」


チラッとレオンを見て、まるで催促するように言う。


——恥ずかしい奴め!


——なんでオレは、コイツと一緒にいなきゃならないんだ!?


「お昼、ちゃんと用意してあるんですよ、そうですね、先にランチにすれば良かったですね、気が付かなくて申し訳ありません」


と、苦笑いのアスベスト。


「いや、俺が話を急かしたせいだ。すまないな、タイガ」


と、真顔のレオンに、話が先でいいんだよと突っ込みたくなるシンバ。というか、誰も突っ込まないなら突っ込むしかないと、


「飯など一食抜いても死にはしない! それぐらい我慢できないのか、子供じゃないだろ! 空気読めよ! 今、そういう雰囲気じゃないだろ!」


と、タイガに怒鳴ると、タイガは、コクコク頷き、


「ごめん、わかったよ」


と、謝るので、


「話を続けて下さい」


と、シンバはレオンを見た。


「そ、そうか? では、食事は後でという事にして、話を続けよう」


シンバの気迫に、レオンも頷いた。


「リーフェルの騎士隊長が敵かもしれないと話してきたが、ここで味方かもしれないという考えも話しておこう。フェルクハイゼンの弟、シャフルと、入れ替わっている事も考えられる。二人は双子だ。考えられなくはないだろう。その場合、本物の騎士隊長は殺されているか、もしくはフェルクハイゼンの牢獄に入れられているか。どちらにしてもユエにとっては最悪のパターンだな。だが、予想はどれも外れ、リーフェルの騎士隊長がユエと逃げ切れていたのなら、敵もユエを探している筈。だが、騎士隊長が裏切り者なら、ユエは既に敵の手の中。そして敵がフェルクハイゼン王ならば、もしかしたらユエは、フェルクハイゼンにいるのかもしれない」


「そこまで言うなら、何パーセントの確率でフェルクハイゼンが黒幕だと思うか聞かせてもらいたい」


「勿論、100パーセントの確立でそうだろうと思っていての話だ。この鏡の凹み、賊が打った銃の弾だろう、そんな武器を持てる賊など、バックにどこぞの国が付いている証だ。そして賊という輩を手懐けるとしたら・・・・・・俺の知っている王達の中で、父を除き、フェルクハイゼンしか知らない。尤も父は手段を選ばないと言うだけで、賊は相手にしないかもしれないが——」


——100パーって事はフェルクハイゼンで疑いようはないって事か。


——なら、後はフェルクハイゼンの尻尾を掴むしかないって事だな。


「フェルクハイゼン城の中はどうなっているのか、騎士はどのぐらいいるのか、夜の警備なども教えてもらえると有り難いんだが」


「潜り込む気か?」


「そうするしかないだろう」


「そんな事をせずとも、中に入れるだろう、タイガがいるのだから」


レオンがそう言って、タイガを見る。タイガはボク?と首を傾げる。


「そうか、エンジェライトの王子として、フェルクハイゼンに訪れると言う訳か、オレは王子の付き添い、いや、王子の護衛か」


そう言ったシンバに、成る程とタイガは頷く。


「タイガ、フェルクハイゼンには、お前と同年齢のルーノ王子がいる。お前とは正反対のような王子だ。つまり、お前の父と、俺のような、な」


「お父さんとレオン叔父さんのような?」


「あぁ。そのルーノ王子も、ユエの婚約者として立候補したんだが、ユエは幼い頃から、タイガとの婚約が内密に決まっていた為、ルーノ王子の婚約は断っている。恐らくルーノ王子は、お前にいい印象はないだろう」


「それって友達になれないって事?」


その質問に、シンバはガクンと力をなくし、コイツ、どんだけオレをずっこけさせる気だと、タイガを睨む。


「そうだな、友達になれないかもしれない。それ以前に、この事件の真相をルーノ王子は知っているかもしれない。まずはフェルクハイゼンに行き、王に会い、リーフェルをエンジェライトが襲ったという事件を王子として調べていると言えばいいだろう。だが、王よりも王子の方が扱いやすいかもしれない。王子とも会話をしてみるといいだろう、好感は持たれてなくても、王子同士、話す事もあるだろう、そうすれば、何らかの手掛かりが手に入るかもしれない」


タイガはコクコク頷く。


「本当は一緒に行きたいが、こっちでの仕事が残っていて——」


レオンが残念そうにそう言うが、来なくていいとシンバは思っている。


「変わりに、アスベスト、お前が行ってくれないか?」


レオンがそう言うので、シンバはムリムリと首を振ると、その願いが叶ったのか、


「申し訳ありませんが、私も王へ渡す前に確認する書類が溜まっております」


と、残念そうに答えるアスベストに、シンバはホッとしたのも束の間、


「ですが、これは緊急の事態。それに賊などがおられるエリアにタイガ王子を行かせるのは、とても心配でしょうし、不安でしょう、なので、ここはルチルさんにお願いしましょう、彼女は、今、現在の最強の騎士ですから」


そう言われ、誰かが付いて来るのか!?と、シンバは冗談じゃないと立ち上がる。


「勝手に話を進めるな! コイツならオレ一人で大丈夫だ、オレが守る」


「いざという時は見放すし、見殺しにするって言ったよね?」


——こういう時ばっかり突っ込み早っ!?


「そ、それは、そう言っただけで、本当は守ってやるよ」


「ホント? わぁ、嬉しいなぁ」


ニコニコ笑い出すタイガ。だが、アスベストが、


「いいえ、タイガ王子を心配で不安と言うのは、只の親心のようなもの。実際はそんなに心配も不安もありませんよ、只、賊というものは団結力もありますし、仲間意識も強く、厄介な連中です」


——知ってるよ、オレは賊だったんだから。


「なので少しでもこちらの戦力を上げといた方がいいと言う意味で、もう1人騎士をつけましょうと言う事なんです」


と、説明をしてくれるが、シンバは納得がいかない。


——そりゃ、オレはユエ姫様を守りきれなかった。


——だが、こんなヌルイ空間で育った連中、何人いたって意味ないだろ。


——それに平和を唱えるエリアの騎士なんて、役立たずもいい所だろ。


——何が最強の騎士だ。


——こんなエリアだったら、間違いなく、オレだって最強になってる。


「シンバ、そんな顔したら駄目だよ、怒られちゃう」


「はぁ!?」


突然、意味不明発言するタイガに、シンバの顔は余計不機嫌になり、タイガを見ると、タイガは後ろ後ろと小さい声で囁くので、後ろに何があるんだと振り向くと、


「坊や、いい顔ね、このアタシがそんなにご不満?」


と、鎧を来た女が立っている。


「いつの間に後ろに!?」


驚いて、そう聞くと、


「ずっといたよ? ボク達がソファーに座った時くらいから」


と、タイガ。


「ずっといましたが、なにか?」


と、怒り露わの顔の女。


「紹介しましょう、私の愛弟子のルチルさんです」


と、アスベスト。


「タイガのお供にルチルなら、問題ないだろう」


と、レオン。


——ちょっと待て。


——いつ背後にいたって?


——全く気付かなかったのは、オレが話しに夢中になっていたせいか?


——それより女じゃねぇか!


——無理無理無理! 絶対に無理!!!!


「オレは! これ以上、オレより弱い奴と一緒にいたくない!」


シンバはそう吠え、レオンを見た。


「オレの重荷になるとは思わないか!? タイガでさえ、オレ一人で面倒みるんだぞ!」


「お金の面倒はボクがみるけどね」


——ボケっぱなしじゃなく、そういう突っ込みはできるんだな。


「確かにそうだけど、それ以上の働きを、オレはしてみせる!」


「いいわ、だったら、スノーフレークの騎士、5人抜きで、アンタを認めてあげるわ。その代わり、5人目の最後の相手はこのアタシ。このアタシがアンタに勝ったら、アタシを認めるってのはどう?」


「・・・・・・面白ぇ女だな、オレに勝てると思ってんのか?」


「どっからその自信がくるのかしら? 坊や」


「テメェこそ、どっからその自信が来るんだ、あぁ!?」


「やるの? やらないの?」


「やるに決まってんだろ、クソババァ!」


「あーら、嬉しいわ、話にノッてくれて」


シンバとルチルは、お互い睨み合いながら、凄い剣幕。


「二人共、顔が怖いよ、もっと仲良くしてよ」


と、タイガはムゥッとした顔で、シンバとルチルの間に入る。


「じゃあ、レオン様、アスベストさん、タイガ王子、このクソガキをお借りしますわ」


と、ルチルはにこやかに言うと、また顔を怖くして、シンバを睨み、


「ついてらっしゃい、騎士の訓練場へ行くわよ」


と、キツイ口調で言うと、部屋を出て行った。


「ボクも一緒に行くよ」


タイガがそう言うと、


「私も一緒に行きます、レオン様はどうなさりますか?」


と、アスベストがレオンに問う。


「あぁ、折角だから、ユエ専用の騎士だったというチカラを見せてもらおうかな」


と、レオンも立ち上がり、結局、そこにいた皆、騎士達の訓練場へ向かった。


王様が突然現れたと、訓練をしていた騎士達はどよめく。


「ねぇ、誰か、この坊やと戦ってやろうって奴、4人程、手を挙げてもらえないかしら? この子、ある国のお姫様の護衛をしていて、相当、腕には自信があるようなの。で、このスノーフレークの騎士達5人抜きに挑戦してもらおうと思ってるんだけど、5人目はアタシだから、その前の4人が必要なのよ」


ルチルがそう言うと、直ぐに何人かが手を挙げた。


「そうね、じゃあ、アナタとアナタとアナタと・・・・・・アナタ!」


ルチルは手を挙げた者の中から4人を直ぐに選んだ。そして、竹刀をシンバに差し出し、


「試合だから真剣じゃなく、これで」


そう言ったが、


「逆刃で斬るから」


と、竹刀を拒否。


「逆刃?」


「この月夜烏の背面の峰の部分は刃がない。そこなら斬る事はない。だが、そちらは全員、ソードを持ってくれて構わない。峰打ちと言っても、鉄の棒で叩くようなもんだ。それを竹刀で受け止める事は難しいだろう。無論、受け止めるのは盾だけなら、平気だろうけど」


「でも、こちらはソードだから、両刃なのよ」


「いいよ」


「斬られちゃうわよ?」


そう言ったルチルに、シンバはハッと笑いを零し、


「やれるもんならやってみろ」


そう言った。


スノーフレークの騎士達の顔色が変わる。


クックックッと喉を鳴らし笑っているのはレオンだ。


不思議に思ったアスベストが、


「レオン様が声に出して笑うなんて珍しいですね、何がそんなに楽しいのでしょうか?」


と、尋ねた。


「いや、なに、アイツ、俺にそっくりじゃないか?」


「そうでしょうか?」


「無闇に自分の力に自信だけはあり、勝ち気だが、それが裏目に出る事を知らない。オレはそれで兄に負けたんだ。タイガ、よく見ておけ、お前もああならないようにな」


「ボクが?」


「お前は、兄のタフさやコーラル王子のパワー、俺のスピード、全てを持っているだろう」


「そりゃ、ボク、頑張ったもん」


と、笑顔で頷くタイガ。


「タイガの中には全てが受け継がれているんだ。だが、それを過信し、自分は誰よりも強いんだと思い込んだら、どうなるか、わかるか?」


そう聞かれ、タイガはポカーンとした顔で、レオンを見る。


「自分にはないものを見せ付けられると、動けなくなるぞ、罠にかかった獣のようにな」


レオンがそう言ってシンバを見るので、タイガも目線をシンバの方に向けると、


「一人一人なんて面倒だ、5人まとめて来いよ。本当の戦闘に、一人一人なんて有り得ねぇんだから。練習の練習なんて意味ないだろ、本番の練習しなきゃさ」


と、余裕の台詞を吐くシンバ。


「あら、ありがとう、では、そうさせてもらおうかしら」


と、ルチルが先に行けと4人の騎士達に目で合図。


騎士達はどれもこれも体格は様々で大きいのもいれば、小さいのもいる。


皆、剣を抜き、構えるが、シンバは月夜烏を抜かない。


柄にさえ、手を置いていない。


ルチルは戦いに参加せず、腕を組み、ニヤニヤしながら、試合を見ている。


アスベストも、腕を腰に置き、シンバを見ている。


レオンも、興味深く、騎士達を見ている。


タイガも、思わず、興奮しながら、


「シンバ、頑張れぇ!」


そう声援してしまい、シンバの力がガクンと抜け、ギロッとタイガを睨むと、


「お前なぁ!」


と、その時、タイガが、


「危ない!」


そう叫んだが、シンバは、ヒョイッと騎士からの剣を避けながら、


「空気読めよ、お前の突拍子もない発言に、オレはどんだけ振り回されるんだ!?」


と、タイガに言い放ち、ルチルはひゅーっと唇と鳴らし、


「やるじゃない」


そう呟く。アスベストも、これはなかなかの動きだと、シンバに感心し、レオンも、頷いている。


シンバは月夜烏を抜かない。


向かって来る騎士達の剣をヒョイヒョイ交わしながら、一人の騎士の懐に入り込み、肘打ちで、腹部を叩いた。騎士の鎧に罅が入り、前のめりになって、ヨダレを垂らし嗚咽を漏らす騎士。シンバは再び剣を避けながら、剣を振り上げた騎士の、これまた腹部を思い切り蹴りつけた。その衝撃で、ズザーッと後ろへ後退し、壁にぶつかり倒れる騎士。


「・・・・・・これは凄い。体術という程ではないが、喧嘩慣れしているからパワーが半端ないな。挙げ句、相手の視界から消える場所へ移動する動きが速い。影へ影へと身を置くよう、これはかなりの訓練をして来たな。細身の体をフルに使う為、一時もスピードを落とさず、上げていく。その反動でパワーを高めている。人間業じゃない、まるで狼だ」


アスベストがそう言うと、


「そのようですね、しかもまだ剣を抜いてませんよ。つまり牙を見せていない。本気じゃないと言う事でしょう。これではアタシが負けてしまうかも」


ルチルはそう言うと、タイガを見て、


「タイガ王子、是非アタシの応援をして下さいね」


と、ニッコリ笑って言う辺り、余裕が感じられる。


レオンはふむっと考えながら、


「しかし、騎士隊長がユエを守るよう厳しい訓練をさせたとなると、騎士隊長は白かもしれないな。黒なら、ここまで強くなるのは想定外だったのか? だとするとコイツ自身の戦いのセンスに気付かなかったか。確かにセンス的なものかもしれない野生的な動きをするしな、だが、これでは罠にかかった狼だ」


そう呟いたので、タイガはレオンを見ると、


「自分の弱さを知らない。アイツはやられるぞ」


と、レオンはシンバを見ているので、タイガもシンバを見る。


だが、シンバは最後の一人を殴り飛ばし、余裕の表情で、ルチルを見ている。


ルチルは、拍手しながら、シンバの目の前に行き、


「凄いわね、坊や、オネエサン、ちょっと怖気付いちゃったわ」


と、不敵にニヤリと笑う。


「後はオバサンだけだな」


と、シンバもニヤリと笑う。


「かかって来てもいいわよって言っても、アンタからは来なさそうね、剣さえ抜かなかったものね」


「武器を使う相手じゃないと判断したんでね」


「じゃあ、まずは剣を抜いてもらおうかしらね」


と、ルチルが動いた。瞬間、シンバはサッと避けたが、背後に回られたのが早くて、殆ど、勘で避けた事だった。


——速い!


——しかも、コイツ、オレの影に向かって動いた!?


——オレの動きを真似してやがる!?


——まさかな。少しばかりオレの動きを見たからって真似れる訳がない。


そんな事、考えている暇などなかった。ルチルの動きがわからない!


速すぎて目で追えるのは途中迄。


後は勘で避けるしかない。


——くそっ、影から影へと移動しやがって、オレの逃げ道さえ塞いでくる!


——なっ!?


ルチルの剣先が、シンバの横腹に入りそうになり、シンバは思わず、月夜烏を抜いて、ルチルの剣を弾き返した。


「やっと本番開始かしら?」


と、ルチルが言うので、シンバは悔しそうに、奥歯をギリッと鳴らした。


「ババァ、オレに剣を抜かせた事、後悔させてやるぜ」


「その減らず口、塞いであげるわ」


とは言うものの、ルチルは、剣を持ったシンバの動きを知らない為、少しばかり手に汗を握っていた。


シンバから仕掛けた!


ルチルの背後に周り込み、月夜烏を横に振り切る。


だが、ルチルは一瞬の差で、身を低め、攻撃を避ける。


チッと舌打ちし、シンバは低くなったルチルの頭を蹴り上げようとするが、ルチルはソレより早く飛び跳ねて、身を後ろへ引く。


だが、シンバは連続攻撃で、月夜烏を振り切りながら、ルチルを追う。


ルチルは、逃げるだけでは駄目だと、月夜烏を剣で受け止めようとするが、月夜烏の動きが早く、受け止められない!


只、剣を前に出しただけに過ぎないルチルに、シンバは更に踏み込み、追い込むように迫り、このまま壁に背をつかせてやると勢いが途切れない。


「・・・・・・凄い、スピードが上がればパワーも上がる。それでいて両方が安定していて、剣に力を兼ね備えた攻撃力。お父さんやコーラルおじさん、レオン叔父さんと匹敵する強さだよ、シンバは——」


タイガが目を輝かせ、シンバのパワフルな動きに興奮しながら呟く。


「だが、闇の動きだ、見ろ、前へ前へと向かっているように見えるが、相手の目に見え難い場所へと身を置いている、影に成りきっているのは流石だが、成り過ぎていると、弱点もある。そう、こうも自分の動きを真似されては、影同士、影を踏む事すら困難。それ以外に、更に大きな壁もある」


レオンがそう言うので、タイガは壁?と首を傾げる。


「真っ直ぐなものには慣れてないでしょうね、正々堂々とした戦いを知らない。光に弱い」


アスベストがそう言い終わると同時に、ルチルが、壁際に追い込まれ、これで最後だと、シンバが月夜烏を大きく振りかぶった瞬間、ルチルはクルリと身を捻り、シンバの背後へ回り込んだ。だが、シンバは、


「オレの真似事のつもりか、いちいち視界から外れる動きばかりしやがって勘に障る奴だ! だが、それももう終わりだ!」


と、動きは読んでいたとばかりに振り向くが——。


シンバは振り切ろうとした月夜烏を振り切らず、そして、踏み込もうとした足を踏みとどまらせて、まるで金縛りにあったように、一気にスピードを止め、体を停止させた。


そこには剣を下ろし、只、真っ直ぐに見つめてくるルチルの姿があった。


只、只、真っ直ぐな瞳に、シンバは何故か動きを止めてしまった。


今、スッとルチルの剣が上にあがり、シンバの喉の辺りで止まる。


ハッと気付いたシンバに、


「アンタの負けよ、坊や」


と、ルチルは笑う。


「な!? なんでだよ、今のは、お前が動きを止めて、立ってたからだろ!?」


「だから?」


「だから、降参したのかと、オレは——」


「誰も降参するなんて言ってないわ、アンタが勝手に動きを止めたのよ」


「卑怯だぞ!」


「あら、これは本番の練習じゃなかったの? こんな事で、本番も卑怯だなんて言う気?」


「お前こそ、本番でもああやって剣を下ろすのかよ!?」


「ええ、時と場合によっては。あれはちゃんとした戦闘法。眼力というの。アンタは私の目に動きを止めたのよ。そもそも、アンタは4人の騎士を倒したと自分の力を過信したでしょ、それこそがアタシの思惑通りのシナリオだったのよ、つまり、アンタは最初っから、アタシの罠にはまったって訳」


「な!?」


「アンタの動きを知る為、そして、アンタに無意味な自信を与える為、その曇った目を更に曇らす為。そしてアンタの動きを真似る事で、アンタは自分自身と戦っているような錯覚にさえ陥った筈。なのに、突然、真っ直ぐに見られたら、そのご自慢のスピードも止めちゃうわよねぇ。ホント、生意気言っても、まだまだ子供なんだから」


「くっ! くそっ!!!!」


悔しさの余り、シンバは鼻の頭に皺を寄せ、奥歯をギリッと鳴らす。


「アタシに勝とうなんて1000億万年早いわ、アタシはあのエンジェライト王にさえ、勝った女なのよ」


と、高らかに勝利宣言を笑うルチル。


「ルチルさん、勝つと必ずあの台詞言うよね」


と、クスクス笑うタイガ。


「ええ、あれさえなければ、最高の弟子なんですが」


と、苦笑いのアスベスト。


「1000億万などという数字はないと、教えてやった方がいいだろう」


と、溜息を吐くレオン。そして、悔しくて、体に力を込めて立ち尽くすシンバの傍に行き、


「驚いた、かなりの強さだ。流石ユエの護衛だな」


優しく、話しかけるが、シンバは、


「慰めは結構。別に傷付いてる訳じゃない、苛立っているだけだ、自分の不甲斐なさに!」


と、レオンを拒否。


こういう奴なんだなと、レオンは頷き、


「約束だからな、ルチルをお前達と共に行かせるぞ」


そう言うと、シンバはムスッとしたままの顔で、黙ったまま、頷いた。


よしっと、レオンは、シンバの肩をポンポンと叩くと、振り向いてタイガを見る。


「食事にしようか、タイガ」


「やったぁ! ご飯だぁ!」


ジャンプして喜ぶタイガに、シンバ以外は、皆、大笑い。


——くそっ! くそくそくそくそっ!


——なんで、こんなユルい奴等に負けるんだ!


——なんでオレはいつも、ここぞと言う時に負けるんだ!


『何も失いたくなければ、強くなる事だ』


賊の親が言った台詞が、脳裏から離れない。


——どれだけ強くなれば、何も失わずに済むんだ。


——どんなに強くなっても、最強にはなれないのは、なんでだ!?


——オレがガキだからか!?


——オレが未熟だからか!?


——オレが貧民だったからか!?


「シンバ」


その声に俯いていた顔を上げると、


「シンバはリーフェルで最強の騎士だったんだね」


眩しい笑顔でタイガがそう言った。そして、


「ボクの知ってる強い人達と匹敵する強さのシンバに、ドキドキしたよ。こんな奴がいたんだって、同い年で! その強さを手にするのに、辛い事も一杯あったよね。ボク、シンバに会えて良かった。辛いのは自分だけじゃないって、お父さんの言った事は本当だったんだ! シンバは最強の騎士だよ!」


と、意味不明発言に、シンバはイラッと来るが、


「最強の騎士は、そこのオネエサンだろ」


と、ルチルを見て、素直にそう言った。ルチルはふふふと笑うと、


「ありがとう」


なんて優しい笑顔で言われ、シンバはチッと舌打ちし、また俯く。


——ここにオレの居場所なんてない。


——ここは日の当たる場所だ。


——オレが存在していい場所じゃない。


——夜が長い所へ戻りたい。


——僅かな月の光だけで、充分なんだ、それだけでオレは大事なものを見つけられるから。


——眩し過ぎると、何も見えないから。



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