2.どうか死なないで


チリリリリン・・・・・・



薄っすらと目を開けると、天国かと思うような場所にいて、ユエ姫様がオレを覗き込んだ。



生きているのかと、起き上がるが、激痛が走り、ふわふわの雲のような布団の中に沈む。



「無理しないで。背中の傷、かなり深くて生きているのが不思議だと医者が——」



綺麗な流れる声で、そう言って、オレを見つめる。



「傷が治って、元気になったら、ここにいる騎士隊長さんに、いろいろと教わって?」



どういう事だろうかと、自分の頭の回転の悪さに、イラッと来る。



「ずっとお祈りしてたのよ、どうか死なないでって。きっと全能なる神様が願いを聞いてくれたんだわ。そうよね、だってワタクシは洗礼を受けた月の女神なんですもの、そのワタクシの願いを聞いてくれない筈はないわ」



ユエ姫様がオレの為に祈る?



そんな訳ないだろうと、自分の耳を疑うと、ユエ姫様が神に何を願ったのかも、わからなくて、ここがどこなのか、ユエ姫様は何をしているのか、もう、何が何だかサッパリで、黙って、只、ジッと、ユエ姫様の喋る声を聞くしかできなかった。



「あ、名前は?」



名前——。



父からもらった名を名乗るべきか、それとも賊の親からもらった名を名乗るべきか。



「わからないの? それとも名前がないの?」



どちらの名を名乗ればいいのか、迷っているだけだったが、



「なら、ワタクシの専用の騎士ですから、ワタクシが名付けてよろしいかしら?」



疑問や不安など吹き飛んでしまう程の笑顔を見せられ、綺麗な人だと見惚れていると、



「シンバ。アナタは今日からシンバよ」



もう決めていたかのように、迷う事もなく、そう名付けられた。



「後は任せたわ」



と、ユエ姫様が部屋から出て行くのを名残惜しく見ていると、ゴホンと咳払いした騎士隊長が、



「くれぐれもユエ様に妙な気を起こさないようにな」



まるで心を見透かされたかのような台詞を言った。



「お前の素性には興味ない。どう生きてきたかなど、どうでもいい。今のお前に過去など必要ない。記憶がないなら、それでいいだろう、記憶があるなら忘れろ。大切な思い出なども捨てて、今日から、新たにここで生まれたと思え」



今迄のオレを知らない癖に、簡単に全否定してくれる。



「体が回復したら、影として学んでもらう」



「・・・・・・影?」



「いいか、お前はユエ様の為だけに生きるんだ。常にユエ様を影で見守る、それがお前の存在理由。お前はユエ様の影となるんだ。寝る事もできんぞ、影はずっとユエ様を見守り、守護し続けるのだからな」



そこまでして守護するのは、誰かに狙われているからだろうか。



「影は本体がなくなれば消滅する。つまりユエ様がお亡くなりになるような事があれば、お前は死ぬだろう、そして、ユエ様の体に傷がつけば、お前の体にも傷が付く。お前とユエ様は一心同体となるんだ。ユエ様の痛みは自分の痛み。だが、影が傷を負っても、ユエ様は傷を負わない。その分、痛みは半分だ」



「・・・・・・」



「今、世界は割れている。1000年王国という平和の国を築こうとする国と、その国に同盟していない、我等のような国。恐らく、近々、同盟は交わされるだろうが、今はまだ同盟できない理由がある。1000年王国は遥か遠い地の国が言い出している事。こちら側の地では、誰もそれに賛同していないのだ。我が国だけが賛同する訳にはいかない。何か理由でもない限り、そう簡単に同盟は交わされないだろう」



何か理由でもない限り・・・・・・?



どんな理由が必要だと言うのだろう。



なのに、近々、同盟は交わされるのか?



近々、理由ができると言う事だろうか。



「お前、年齢は?」



「——15」



「子供だな、だが、育てるにはいい年齢だ。これから言葉遣い、全ての学問、剣の稽古、王への接し方、そして影として生きる事など、城へ入る為、色々と覚えてもらう。わかったら、サッサと回復しろ」



そう言うと、騎士隊長は部屋を出て行った。



オレには、断る権利がなかった。



無論、断る理由もない。



数週間後、背中の怪我は大きな傷跡を残したが、完治すると、毎日が難しいような面倒のような事を覚えさせられた。



騎士達のようにピカピカの鎧ではなく、黒装束を身に纏い、腰には月夜烏を装備した。



オレの髪は金髪だったので、それを黒く染められ、白い肌は褐色に塗られ、本当に影のように真っ黒になった。



流石に瞳はそのままだったが、真っ黒の姿に、金色の瞳が不気味で、そんなオレを騎士隊長は、御伽噺の月夜に出て来るウルフマンのようで、それだけで敵は恐れて逃げ出しそうだと笑った。



こうして、オレはユエ姫様の影となり、生きていく事となる。



ユエ姫様が庭で小鳥と遊んでおられれば、木の影で、ユエ姫様を見守り、ユエ姫様が図書室で本を読んでおられれば、本棚の影で、ユエ姫様を見守り、ユエ姫様がバイオリンを弾いておられれば、その音色を聴きながら、扉の向こうで、身を潜め、常にユエ姫様のお傍にいた。



だからオレは、ユエ姫様の事なら、何でもわかった。



意外と癇癪持ちで、嫌な事があると、イライラを物にぶつけ、高価な代物を壊し続けたり、一人になると大声で喚いたり。



頑固で強情。



教育係に叱られても、直ぐに素直には聞けず、だが、一度、叱られた事は二度としない。



だが、そんな顔も、人前では消え、お淑やかで、優しく、美しく、穏やかに微笑み、優雅に舞い、人々の目に王族という神々しさを見せ付けた。



ユエ姫様が眠る時は、ユエ姫様が眠っておられる部屋のバルコニーで、窓越しにユエ姫様の寝息を感じながら月を見上げていた。



時折、寝ながら涙を流しているユエ姫様に、何の悲しみがあるのだろうかと思った事もある。



オレは食事も簡単に手で食べられるものを食べ、体を休ませる為に静かに時間を過ごす事があっても、眠る事はせず、それこそ排泄でさえ、一日に一度、数秒だけで済ませる日々だった。



誰かと言葉を交わす事は殆どない。



ユエ姫様が誰かと喋っているのを見て、自分がその誰かと喋っているのだと思い、ユエ姫様が笑っているのを見て、自分が笑っているのだと思っていた。



それが影というもの——。



だが、ある夜、ユエ姫様はバルコニーで出て来られ、オレは一番隅の方へ移動し、月明かりの影となる闇の場所で、跪いていた。



「わぁ、まん丸ねぇ、綺麗な満月」



チリリリリンと鈴のピアスを揺らしながら、空を見上げ、そう言って、オレを見たので、オレは深く頭を下げて黙っていたが、



「ね?」



更に問われ、影が本体と喋っても良いのか、わからなかったが、黙っているのも失礼だと、



「満月は明日でございます、今夜は小望月。満月の前夜でございます」



そう言った。ユエ姫様は、ジッとオレを見つめるので、何も満月を否定する必要なかったかと、俯くようにして頭を下げると、



「詳しいのね、月は好き?」



そう聞かれ、顔を上げると、ユエ姫様は優しく微笑んでいた。



オレは好きかどうか、わからなかったので、少し首を傾けた。



月の名などは、刀鍛冶の父が、カタナに付ける名として教えてくれたものだった。



只、それだけだったので、好きかどうかは、わからない。



だが、過去は捨てなければいけないのだから、月の名も全て忘れるべきだろうか。



「ワタクシは詳しくないけど、好きなの。だって、暗い夜を明るくしてくれるから、闇も怖くなくなるでしょ、でもね、最近は月が雲に隠れていて、真っ暗な夜が来ても、その闇が怖くなくなったの。どうしてかわかる?」



わからなくて、また少し首を傾けると、



「シンバがいるから」



そう言われ、なんとなく、オレは体中の血液が頭にのぼるのを感じていた。



肌は褐色に塗られているから、わからないだろうが、きっと、耳まで真っ赤だろう。



いや、闇に潜んでいるのだから、顔色まで見えはしないか。



「うふふ、騎士隊長さんが言った通りね、本当にウルフマンみたい。金色の瞳が月を映して見ている狼のようだわ、本当は髪も、その瞳のようにゴールドに光るのでしょう? でもその衣装は狼と言うより蝙蝠みたい。蝙蝠も月夜に飛ぶわね、どちらにしろ、シンバは月が似合うわ。でも影になったせいで、きっと綺麗な髪だったでしょうに、肌も真っ黒にされちゃって、ワタクシのせいね、ごめんなさい」



何故か謝るユエ姫様に、



「とんでもございません! ユエ姫様のお傍で常にお守りできる事を光栄に思っています! その為なら、真っ黒だろうが、なんだろうが! 狼だろうが、蝙蝠だろうが、なんにだってなります!」



大声でそう叫んだ。ユエ姫様は驚かれたようで、目を丸くして、オレを見ているので、しまったと口を押さえると、



「ありがとう、嬉しいわ」



と、優しく微笑み返してくれた。



オレは益々、顔が熱くなって行く。



何か言わなければと思うが、もう言葉なんて浮かばない。



俯いて、下を向くだけ——。



「シンバ、家族は?」



黙っているオレに、それ以上、ユエ姫様は何も聞かない。



「シンバ、只、そうして聞いてくれてるだけなら、ワタクシの秘密も聞いてくれるかしら?ワタクシはリーフェルの一人娘として姫の座にいますが、本当はリーフェルの王と妃の娘ではありません」



何の冗談だろうかと、顔を上げ、ユエ姫様を見ると、ユエ姫様は月を見上げていた。



その横顔は美しく、冗談など、忘れてしまう程、只、只、魅入ってしまう。



ユエ姫様が月の下に出られると、月の光さえ、スポットライトのようで、ユエ姫様以外は只の闇に見える程。



「ワタクシは、名もない場所で生まれた貧民の子だったのです」



「・・・・・・」



「ワタクシの母は盗賊に殺されました。小さなワタクシが、死んだ母の傍で泣いていたら、盗賊達が、新しく手に入った剣を試そうと言い出し、ワタクシも斬られそうになった所を、ある方が助けて下さって・・・・・・その方はリーフェルへ行く途中だったようで、ワタクシも一緒にリーフェルに連れて行ってくれました」



「・・・・・・」



「その頃、リーフェルの王と妃の間で生まれた娘が、病死し、妃はずーっと寝込んでしまっていたんです。調度、ワタクシと同じ年齢の娘だったようで、妃はワタクシを見た途端、娘だと勘違いし、ワタクシをユエと呼び、抱き締めたんです」



「・・・・・・」



「そうして、ワタクシはこの国の姫になったと言う訳です」



「・・・・・・」



ユエ姫様は月を見上げたまま、話し続けていたが、黙っているオレに、顔をこちらへ向け、



「信じますか?」



そう聞いた。



「・・・・・・その話には矛盾があります、ある方という人が、賊から救ったと言うならば、その方は、かなり強い方でしょう、恐らく、騎士か、または別の賊か。そんな方が、リーフェルへ来て、王と妃に直接お会いになる事が可能だとは思えませんし、ましてや寝込んでいた妃が起きてまで、その方に会われたと言うのは、少し、無理があるかと——」



「・・・・・・なんだ、つまらないわ、信じると思ったのに」



「しかし・・・・・・」



「え?」



「ユエ姫様が寝ながら涙を流す理由は、今、現在、お妃様が妊娠しておられるからでしょうか?」



どうやら、この質問は地雷だったらしい。



「寝てる時までワタクシを見張らないで!」



怒った声で、叫ぶと、ユエ姫様は、部屋へと入って行き、ここはいつもの静かなバルコニーとなった。



もし、ユエ姫様と、王と妃の間に血の繋がりがなければ、次に生まれてくるのが姫であった場合、ユエ姫様の立場はどうなるのだろう。



まさか、ユエ姫様の冗談に決まっている。



真剣に考える事じゃない。だけど——、



『・・・・・・なんだ、つまらないわ、信じると思ったのに』



何故、その台詞を言う前に、間が空いたんだろう・・・・・・。



ふと、そんな事を思いながら、オレは小望月を見上げた。



明日は満月。



ユエ姫様と初めて会った日と同じだと思った瞬間、あの日、何故、騎士達はユエ姫様を身を挺して守らなかったのかという疑問が浮かんだ。



「・・・・・・シンバ?」



チリンと鈴の音をさせながら、小さな声で、オレを呼ぶユエ姫様は、またバルコニーのドアを開け、



「さっきは怒鳴ってごめんなさいね、ワタクシの傍にシンバを置いたのはワタクシなのに」



そう言うと、首から鏡のペンダントを外し、影で跪いているオレの首にかけた。



「あの? ユエ姫様?」



「さっきのお詫び」



「いえ! そんな! お詫びを貰う事など何も!」



「いいの、受け取って?」



「しかし!」



「ワタクシの命令が聞けないとでも?」



「いいえ! とんでもございません! ですが、これはいつもユエ姫様の胸元で光輝いていたもので、外した所など見た事がありませんから、余程、大事なものかと!」



「只のお守りです、ワタクシの身を守って下さるだろうと、常に肌身離さず付けていただけの事。でも、ワタクシをお守りするのはシンバでしょ? だからワタクシには必要がなくなったから、シンバに差し上げます」



そう言うと、ユエ姫様はニッコリ笑い、



「何があっても、ワタクシを守って、そして、どんな戦いも勝って、生き抜いて、どうか死なないで」



囁くように、オレの耳元でそう言うと、



「おやすみなさい」



と、部屋へと戻って行った。



オレは、鏡のペンダントを手に取り、ジッと見つめる。



鏡の裏はキラキラの宝石が散りばめられていて、こんなものを頂いていいのだろうかと、困惑する。



返せと言われるまで、預かると思えばと、首から下げたまま、服の中へ入れて、大事に胸元を押さえた。



それから、月日は流れ、鏡のペンダントは、あの時のままオレの懐にあり、そしてリーフェルには、第二の姫が誕生した。



だが、第二の姫の誕生を、王は公表しなかった。



妃様が妊娠なさっている事すら、誰も知らなかった事だった。



姫が15歳になり、洗礼を受けるその時が来る迄、第二の姫の存在は隠す事にしたらしい。



その理由は、オレにはわからない。



オレは相変わらずユエ姫様の影として、ユエ姫様を見守り続けるが、これと言って、何事もない日々が続く。



あれ以来、ユエ姫様がオレに話しかける事もなく、オレを見る事もなく——。



後は、リーフェルエリアに、月天子帝国と言われるものが建てられ、何れ、第二の姫が15歳の洗礼を受けた後に、皇帝として、その国に君臨する計画が進められていた。



恐らく、近い未来先、このリーフェルはユエ姫様が受け継ぎ、そして、その月天子帝国は第二の姫様が築いて行く為だろう。



ユエ姫様は月天子帝国の建設を反対しておられたが、ユエ姫様の意見は何一つとして王に聞き入れられる事はなかった。



王は、月天子帝国が出来る事で、多くの労働者が必要となり、貧民達も減ると言うが、ユエ姫様は無駄な資金だと言う。



そんな資金があるのならば、貧民達を、その金で救うべきだと言うが、王は、結果的に救う形になるのだから問題ないと言う。



オレはユエ姫様の意見に賛成だ。



貧民達はろくに食べ物もなく、飢えで、動けない者や病を持って地面に寝転がって動かなくなっている者、障害を持っている者などが殆どで、その者達に労働は無理がある。



それに、賊となった者達が、今更、地道に働き、金を稼ぐ事をするとは思えない。



なら、月天子帝国を建てるより、貧民達を一人でも救う為に金を使った方が良いのではと思うからだ。



だが、これは貧民達の為の計画ではない。



リーフェルエリアに住む民達は、貧民も含め、皆、新しい国が素晴らしい時代を築くと噂しているが、これはまだ誰も知らない第二の姫の為の計画。



第二の姫が、このエリアの神となる為の——。



それが素晴らしい時代を招くかもしれないが、一番いいのは、ユエ姫様と第二の姫が共にリーフェルを盛り立て、少しでも多くの貧民を救う事じゃないだろうか。



だが、影のオレが口出しできる事ではない。



オレは、只、ユエ姫様を見守るだけ。



そして、このリーフェルに来てから、3年の月日が流れ、オレは18歳になっていた。



ユエ姫様は益々綺麗になられ、美しく成長し、その姿だけで女神そのものだった。



特に何も起こらないままの日常が、オレに油断を与えたのだろう。



ユエ姫様の部屋は城の最上階部分にあり、下で騒ぎが起きても、直ぐには気付けない。



だからこそ、オレのような影が、一刻も早く異変に気付き、行動せねばならなかったのに。



空には上弦の月。



つまりまだ夕方という時刻で、夜という静かな時間帯ではなかったと言えば、言い訳になるだろう。



なんせ、下では、リーフェルに賊達が押しかけ、賊と騎士達との戦闘が広げられていたのだから。



賊達の目的がわからないまま、城内へ入り込まれ、リーフェルの騎士達は苦戦していた。



まるでリーフェルエリアの賊達が全員、集結したかのような人数で、騎士の人数を大幅に上回る。



それに、そもそも賊というのは剣の正式な戦い方で戦闘をする訳ではない。



それこそ喧嘩のような、予想もできない攻撃に出る。



だからだろう、この戦いに騎士達が苦戦しているのは。



そう思っていた——。



騎士隊長が、王と妃、第二の姫、それから大臣や側近達を安全な部屋へと連れて行き、オレもユエ姫様を安全な場所へと連れて行こうとした時だった——。



「何をしていたんだ! こっちの道はもう賊達が攻め入って来ている!」



と、別の通路を使って逃げようと言う騎士隊長と、



「すいません! 最上階まで何も聞こえず、つい先程まで、何も知りませんでした!」



謝り、言い訳をするオレと、オレの後ろにいるユエ姫様。



見ると、騎士隊長の右手が血塗れだ。



「隊長、どうしたんですか? その手!? 斬られた傷じゃなさそうですけど!?」



まるで潰されたかのような右手。



「あぁ、いや、やられたんだよ」



「やられたって、どうやって、そんな風に!? 右手だけですか!?」



だが、今は、ゆっくり会話をしてる場合じゃない、そして、騎士隊長の右手を気にかけている暇もない。



兎に角、今は安全な場所へユエ姫様を連れて行くのが先決。



騎士隊長に付いて行き、ユエ姫様を守りながら、通路を走り、広間に出た所で、賊達に囲まれてしまった。



剣を左手で抜く騎士隊長と、ユエ姫様を背に、月夜烏を抜くオレ。



この時、賊達の持っている武器に、オレは目を見開いた。



手に、ライフルを持っている奴等が数人いる。



有り得ないだろう、賊がそんな高価な武器、どこで手に入れる!?



ライフルを持っている者を襲って、それを手に入れたとしても、逆に撃ち殺されている筈だろう。



いや、この人数で襲えば、手に入らないものなんてないのか!?



だが、そんな武器、狙いを決めさせず、引き金を弾かせなければいいだけの事!



オレには、そのスピードがあると、月夜烏を構えるが、ユエ姫様はどうする!?と、身動きできない事に気が付いた。



ユエ姫様を置いて、この場所を一歩も動く事はできない。



どうすればいい!?



迷っている間に、ライフルの銃口が、オレに狙いを定めた。



こうなったら、逃げれない。



つまり、オレの死は確定したと言う事だ。



少しでも時間を稼ぎ、ユエ姫様に逃げるチャンスを与えなければと頭をフル回転に使おうとするが、誰かを守る為に戦ったのは、たった一度、ユエ姫様と最初に出会った時にだけ。



だから、どうすればいいのか、しかも時間稼ぎなどと言う、そんな小賢しい事がわからなくて、パニック寸前。



「アナタ達の狙いはなんなのですか!?」



オレの背後で、ユエ姫様が叫んだ。



「そ、そうだ、お前達は誰の差し金でここに来たんだ!? 親玉は誰だ!?」



ユエ姫様に便乗するように、オレが吠えると、



「俺達はエンジェライトの王様のご命令で動いてんだよ」



嫌な笑いをしながら、一人の賊がそう言った。



——エンジェライト?



——えっと、なんだっけ? ここに来て習ったよな? 確か遥か彼方、遠い北の方の大地。



——雪降る大陸にある国だったような・・・・・・。



——そんな国の王が何故!?



「エンジェライトの王のご命令だと!?」



聞き返す騎士隊長。



「あぁ、ほら、これを見ろ」



と、懐から出して見せた紙には、エンジェライトの紋章が記され、『我が国と同盟を結ばぬ国を世界から排除させる』と、書かれている。



「そんな! そちらこそ、同盟の印を求め、やって来る筈だったのでは!? こちらはいつでもと、お待ちしておりましたのに!」



そう吠えるユエ姫様に、同盟は結ぶ筈だったのかと思う。



そういえば、近々、同盟は交わされるだろうと言う話を騎士隊長がしていた。



そして、何か理由でもない限り、そう簡単には同盟は交わされないだろうとも話していた。



その理由とは——?



只、待つだけで、理由ができるものなのか?



難しい事はよくわからないが、只、ひとつ、どうしても、納得できない事がある!



「おい、何故、エンジェライトの王が、賊を使うんだ!? 戦を仕掛けるなら、自分の所の騎士を使えばいいんじゃないのか?」



確かに、国を持つ王ならば、その高価な武器も納得がいくが、だとしても、何故、賊を使い、戦を仕掛けるのか、納得がいく説明がほしい。



「知らねぇよ、王様の考える事なんてなぁ! 俺達は金さえくれれば、誰にだって忠実に従うさ。それだけだ。ま、所詮、手を汚したくねぇってだけだろ」



そう言うと、男は弾き金を弾いた。



銃弾の音は、高く響き渡り、ユエ姫様の悲鳴と重なるようだった。



オレは景色がスローモーションのように見えていて、後ろに倒れ行く。



オレの背後にいたユエ姫様が、倒れるオレを受け止めようとするが、オレの重みに耐えられず、一緒に後ろへ倒れ込み、それでもオレを抱きかかえてくれているユエ姫様は、今迄、見た事もない顔で、泣き叫んでいる。



綺麗な顔が、しわくちゃになって、サファイアの美しい瞳からは、信じられない程の大粒の涙が落とされていて、その大粒の涙がオレの頬にポタポタと落ちて来て、そして、悲鳴に似た声で、シンバと呼び続けている。



シンバって誰だっけ?



オレか?



そうか、ユエ姫様がオレをそう名付けたんだっけ。



どうして、オレに、シンバって名付けたのか、聞いてみたかった。



ユエ姫様、どうか、死なないで——。



オレを撃った事で、賊達は少し大人しくなったのか、周囲の殺気が消えたような気がした。



騎士隊長が、逃げるチャンスだと、泣き叫ぶユエ姫様をオレから引き離し、オレに手を伸ばすユエ姫様を引っ張って走り去る姿を見ながら、オレは目を閉じた——。



死ぬと言うのは、あっけなく闇に沈むんだなぁと感じながら、ゆらゆらと揺れる波間を彷徨うような感覚に、身を委ねた——。


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