月の如く

ソメイヨシノ

1.出逢う運命


世界には幾つもの国があり、その国を治める王達は口を揃え、差別のない世にしようと言うが、そのせいで奴隷制度がなくなり、戦で親を失った者や障害を背負う者達の居場所がなくなった。


民達は格差が開き、貧民達が増えた。


行き場のない者達が住む集落には名もなく、王達はその事を知ってか知らぬか、荒れ放題の地を放置し続けた。


遠い異国の地では、突然現れたジプサムという国が、小さな国ではあるが、5国もの国を堕としたらしく、その5国の中には、小さい国ながらも最高騎士隊と言われる騎士達がいたエンジェライトという国があったとか。


その騎士達がいる国が堕とされたとなってはと、多くの国が騎士の強化を努めたが、国が所有する騎士は、貧民達から生まれた盗賊達が、金持ちの住む町を襲う事に対しては、動いてはくれず、またその賊達のせいで貧民が増えていった。


それでも希望がなかった訳じゃない。


ジプサムが、一人の王子により、終わりを告げたという情報が、この地にも流れ、これで国々の王も安心し、少しでも民達へ目を向けてくれると思っていた。


だが、月日が流れても、何も変わらず、飢えで死んでいく人々。


皆、瞬きをしても消える事のない悪夢を見ていた。


それは終わらない無限ループのようで、この貧しい生活から抜け出す事は一生できないと思っていた。


ある有明月の夜——。


名もない集落に、賊がやって来た。


ここは貧しいながらも、それなりに働いている者達がいる。


殆どの名もない地に集まった者は、働く気力もなく、病で寝込んでいる者や障害を負っている者もいて、動けなくて、そのまま死んでいくような場所だ。


だが、ここはまだ活気がある方で、店を開いている者もいる。


国からの許可がない為、皆、闇ルートで売る方法で稼いでいる。


父は刀鍛冶を営んでいた。


父と言っても血は繋がっていない。


母は死体だったらしく、恐らく、どこかの賊にやられたのだろうと——。


月夜の明るい夜に、仕入れの為に出かけた町は既に賊に荒らされていたと言う。


そして、生き抜こうと母の胎内から這い出た赤子を見つけ、父は持ち帰ったらしく、その赤子がオレだ。


父がつくる剣は、珍しく、滅多に売れないが、只、一本の額が相当な値段なので、一本売れれば、数十年はマシな生活ができる。


今から約15年から20年程前になるだろうか、大雪原という刀が売れた。


その金が、まだ本の少し残っていた事もあり、オレを拾ってくれたらしいが、何故か、今更、その剣の事で、賊が父を尋ねて来た。


大雪原の行方を聞かれたが、父は異国の地に送る為、郵送船に乗せただけであり、金の受け取りも郵送だった為、誰が買ったのかさえ、わからないと言う。


只、その剣は、ジプサムを倒した王子が所有しているらしいという噂はあるが、実際に、ジプサムを倒した王子というのが、どこの誰なのか、謎のまま。


実はジプサムの王というのが、その王子の父親だったとかで、その王子は王殺しの大罪を犯したらしいが、無罪で世に出たという事で、国々の王は、その王子が誰なのか公表しなかったせいだ。


そして、賊達は強さを求め、チカラをつける為、最強の武器とやらを捜し求めている。


たった一人の王子が、5国の国を堕としたと言われるジプサムを倒したと言う話の中には、最強の剣、大雪原という武器が出てくる。


その大雪原という武器は、賊達にとって、喉から手が出る程欲しい代物となっていた。


賊達は、大雪原の在り処がわからないのならと、父を殺した。


これ以上、最強の剣をつくり、他の賊の手に渡っても厄介だと言う理由もあったようだ。


そして、今、ここにある父がつくった剣も大雪原の兄弟であると、全て持ち去った。


剣だけではない。


父の仇と、その場にあった剣を持ち、賊に向かっていった5歳のオレも持ち去られた。


泣きもせず、剣を握ったオレに、賊の親が、


「いい根性のガキだ、この弱い父の息子とは思えない。いいか、父親が死んだのは、誰のせいでもねぇ、お前の父親が虫けらのように弱いからだ」


そう言い放った。


「何も失いたくなければ、強くなる事だ」


5歳のガキに言う台詞じゃない。


「強くなって、俺の首でもとって、天下でもとってみろ」


無茶を言われたが、オレは心に決めた。


いつか、コイツの首をとってやると——。


それからは、何があっても泣かずに生きてきた。


只、強くなる為に。


賊達がオレを連れ去ったのは、大した理由じゃない。


父がつくった剣はカタナと言われる種類のもので、ソードとは少し違う。


その為、扱い方がよくわからないが、父の傍にいたオレならわかるだろうとの事だった。


ガキなら暴れても持ち運びやすいし、知恵もない為、居場所を失ってしまえば、帰る所がなくなり、逃げる事もないだろうと、そう思ったのだろう。


確かにオレは5歳のガキながらに、カタナをうまく扱える。


だが、絶対に教えなかった。


無論、15歳になった時に教えても問題なかったと気付いた。


賊達に教えても、誰一人としてカタナは扱えなかっただろう。


カタナはスピードを重視とし、軽いが、扱う者の強さに比例して、その攻撃力を変えてしまう。例えば、かなりのパワーを持った者がカタナを持って振り回しても、刃を殺してしまうだけだ。


己の力と剣の力は同等。


精神を統一し、無駄な動きをせず、静かに振り落とす、それが基本。


それにスピードに自信があれば、一心同体となったカタナに速さを兼ね備えると、刃は鋭さを増し、どんなに硬い鉱物でも斬るだろう。


だが、賊と言うのは、強ければいいと、只管、筋肉を鍛え、パワー重視の体を作り、武器を振り回すだけ。


そんな輩が、繊細なカタナを扱える訳がない。


15歳になって、賊の親の首を跳ね、教えても問題なかったなと思ったのだが、賊というのは、かなりの人数と団結力があり、オレは追われる事となった。


賊達が父から盗んだ数多くのカタナは、殆どが刃を駄目にしてしまって、中には錆びてしまっているものも。


だが、その中で、未だ輝きを失っていないカタナが一本——。


月夜烏——。


そのカタナは、父がオレを拾った日につくったと言うカタナで、最低の出来だと笑ったカタナだ。


『なんかよ、月夜の明るい晩に、お前に会えたのが嬉しくてよ、浮かれちまってよ、最低のカタナになっちまった』


と、父が笑って話してくれたのは、確か、まだ3歳程だったかもしれないが、記憶に覚えている。


最低のカタナしか残ってないが、しょうがないと、月夜烏を持ち、賊から逃げた。


オレは刀鍛冶の父に育てられ、父がつくるカタナを使いこなし、その後は賊に育てられ、15という若さで、最高の強さを手に入れていたが、最低の生き方だった。


沢山のカタナの中、月夜烏だけが生き残ったのは、オレの運命を表しているのかもしれないと、暗い夜の森を逃げながら思っていた。


この森を抜ける事ができたら生き延びて、自由になれるかもしれない。


だが、自由が何かわからない。


元々、帰る場所も安らぎの場所も愛する場所もない、自由だったのだから。


木々の間から月の光が注ぎ、立ち止まり、空を見上げるが、生い茂る木の間からしか、月は見えず、だが、今夜は満月だろうと、逃走しながらも、どこかで、もう逃げれないと諦めた気持ちがあったのか、穏やかに立ち尽くしていた。


チリリリン・・・・・・


微かに聴こえる妙な音色。


その音色に耳を傾け、視線をやると、坂の下の向こう、草の中から、柔らかい光が見え、なんだろうと、光に向かって歩き出す。


ポワーッと不思議に光るそれは、長い列になり、まるで狐の嫁入りのようで、御伽噺の世界に迷い込んだのかと、真剣に思った。


その光はランプで、ユエ姫様の洗礼後の帰路途中の長い列だった。


ユエ姫様と言うのは、この地の王国、リーフェルの娘だ。


リーフェルの娘として生まれた子は、15歳になると、満月の夜に、ムーンレイクと言われる湖で月の女神の洗礼を受ける儀式がある。


そうする事で、リーフェルの姫は、この地の月の女神となる。


その昔、この地は満月の夜になると狼が現れ、人々を襲ったが、狼は、月の神様の守り神とされ、下手に手は出せず、若い娘を生贄に出したと言う。


その風習の名残が、洗礼の儀式。


つまりリーフェルの王と言うのは、昔、娘を生贄に出した者であり、それで月の神様の怒りが治まったと思った人々が、生贄を崇め、それがそのまま今に至る地位と言う訳だろう。


オレは木の影で、馬に乗り、俯いているユエ姫様に見惚れていた。


ランプの柔らかい光と、空から注ぐ月の光が、ユエ姫様を照らしているようで、それはもう、この世の者とは思えぬ美しさ——。


初めて王族というものを目にしたが、こんなにも美しい人間がいるのかと、改めて王族というものの凄さを知った。


一目見て、惹かれてしまう程の引力。


なんて凄いのだろう、王という者は。


目が全く離せない——。


漆黒の長い髪をサラリと下に落とし、小さな銀のティアラが頭上の中央で光っている。


光に浮かび上がる白い肌と、黒く長い睫毛、それから、淡いピンクの唇。


体にピッタリとした白いドレスを身に纏い、その細身の体は馬に揺られながら、落ちないように、うまくバランスを保っている。


チリリリンと、時折、奏でるのは、鈴のピアス。


小さな銀色の鈴が、ユエ姫様の耳で揺れる度に、綺麗な音を出す——。


あれは物の怪じゃないだろうかと思う程、恐ろしい位に、惹き付けられてしまう。


ユエ姫様の胸には銀色の丸いものが光っている。


それが鏡だと知るのは、月の光が、そのペンダントに反射して、オレの目に光った時だった。眩しくて、一瞬、目を閉じて、次に目を開けると、ユエ姫様がオレを見ていた。


サファイアの瞳に、オレを映し、オレも、ユエ姫様を瞳に焼き付けるように見ていた。本の一瞬だろうが、時間が止まったようにさえ思えた。


ガサッと言う音で、オレは賊達に囲まれている事に気付いたが、賊達は、オレ目当てで、ここまで追って来たが、オレよりも、いい獲物だとユエ姫様を狙う事にしたらしい。一人二人と、雄叫びを上げながら坂を転がるように降り出すと、一気に賊達が、それに続いて、坂を駆け下りる。リーフェルの騎士達が剣を構えるが、人数でいくと、賊の方が多い!


オレは無我夢中で、ユエ姫様を守る為、戦っていた。


月夜烏で——。


今の内に逃げればいいものを、何をしているのだろう。


一人の騎士が、ユエ姫様を馬から下ろし、避難しようとしたが、賊に囲まれ、そして、あろう事か、オレは、ユエ姫様には義理もなければ恩もないのに、今、ユエ姫様に斬りかかる奴の前に出て、ユエ姫様を抱き締めていた。


オレの背中に熱いものが広がる感覚。


痛いと言うより、苦しかった。


腕の中、細く小さなユエ姫様が、何故か、とてもとても愛おしく——。


目が少し合っただけの女なのに、お守りしなければとオレの本能が動いた。


最後に、ユエ姫様をお守りできた事が、せめてもの、オレの幸せのような気がして、今迄、生きてきて、こんな気持ちになった事はなかったから、これでいいかと、死を受け入れ、ソッと、ユエ姫様を腕の中から解放すると——。


チリン・・・・・・


ユエ姫様はオレを見つめた。


ユエ姫様の香りが、心地良く、思考が逆流していく。


死を受け入れたんだ、生きようなんて思わない。


生きてきて、良かった事なんてなかった。


ユエ姫様を守れた自己満足だけの幸せで、これから先も、これ以上に幸せが訪れる事はない。


帰る場所もない、貧民の、最低の人間のオレが、待ち受けているのは、苦痛だけだ。


無理に生きても、心も体も、痩せ細って、動けなくなって、蛆やら虻やらが集り、異臭を放った塊になる運命なんだ。


そんな運命が待ち受けているだけなのに、これ以上、無理をして生き抜くのか。


父の形見となる剣も、この最低の月夜烏だけとなり、これからの行く末を暗示しているじゃないか。


そう、このまま、美しいものを目に焼き付け、目を閉じて、月でも見上げながら、苦痛のない世界へ旅立ちたい。


なのに、


『何も失いたくなければ、強くなる事だ』


賊の親が言い放った言葉が、蘇る。


そう、無力だから失う。


チカラがないから、何も守れない。


オレは生きる為に強くなった訳じゃないだろう!


何も失いたくない為に強くなったんじゃないのか!


ここで死んだら、ユエ姫様を一瞬だけ守れただけに過ぎない!


コイツ等を全て倒さなければ、今宵の月が消えてしまう——。


オレは背中を斬り付けられていたが、チカラを振り絞って、戦い抜いて見せた。


騎士達のチカラもあり、賊達は何とか一掃できたものの、多くの騎士達は無傷ではなく、中には死んだ者もいる。


だが、騎士達は、オレにも剣を向けた。


当然だろう、身形からして、オレは盗賊だ。


「おやめなさい、その方はワタクシをお守りしたのですよ」


ユエ姫様が、剣を向ける騎士達に、そう言って、オレの傍に来る。


ユエ姫様の声は、今迄聴いて来た綺麗だと思う音の中で、一番綺麗だ。


恵みの雨よりも、蝶の羽の瞬きよりも、グラスがカチンと鳴る音よりも——。


歩く姿も、美しい。


「しかしユエ様! コイツは賊の仲間に違いありません! 我々の味方だと思わせ、何か企んでいるのでしょう!」


そう言いながらも、騎士達はオレに近寄るユエ姫様を止めようとはしないのは、オレがもう死にかけだからだろうか。


そんなオレは、何か言い返せるチカラさえなかった。


もう充分だ、何も失わなかったんだ、これで満足だと、オレはその場で、後ろ向きにドサッと倒れた。


結構、血が流れてしまったのだろう、もう指一本動かせない。


後は、殺されるか、このまま死ぬのを待つだけ。


木々に遮られた月の光が、綺麗だなぁと、目を閉じた時、


「ユエ様のご命令だ、剣をしまえ」


誰かがそう言った。


「しかし隊長!」


「確かに、コイツは賊かもしれんが、ユエ様を、身を挺してお守りしたのも確か。それに何より、深手を負いながらの戦いにしては強かった。コイツを我が騎士に入隊させる」


「隊長!? 本気ですか!? どこの誰かもわからない奴を!?」


「素性などよりも大切なのは、ユエ様に対しての気持ち。残念だったよ、我が騎士隊の者が、誰一人として、コイツのように、ユエ様の為、身を盾にする奴がいなかった事が——」


その台詞後、誰もが、口を閉じ、オレを皆で、リーフェル城へと運んだ事に、この時のオレは既に気を失っていて、何も知らなかったんだ。


ユエ姫様が、オレを騎士として学ばせた後は自分の傍に置くよう、命じた事も——。


刀鍛冶の父がオレを拾ってくれなければ、オレは死んでいただろう。


賊の親がオレを殺さず、持ち帰らなければ、オレは強さを手に入れてなかっただろう。


全てはユエ姫様と出逢う為、そして、お守りする為の運命だったのではと、オレは思うんです——。



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