14-1 対面

「君の目的はなんだ? この娘の解放か」


「それはいま這い上がってくるお兄さんの目的よ」


 私がそう言うと、ミアは悲鳴に似た声を上げた。


「え……お兄さんが」


「それは私の仕事じゃないわ」


「ではなぜ政府を裏切った?」


「あんたの進めるマーキュリー計画を止めるため、それは少佐。妹を助けるため、それはフラガ。自由な国家を作るため、それはアギフ。被差別民を救うため、それはメンフィス。私はそのどれとも違うわ」


「まさかただ単純に殺された科学者の復讐か」


 パドロフは神妙な面持ちで言う。だがその目の奥にはほんの少しの嗤いと好奇があった。


「それは行為であって本質じゃない。私の願いはただ一つ、私という人間が人間として生きるためよ」


「そんな利己的な考え方で、何千人、いや何万という人間を巻き込んだというのか」


「それを言う資格はあなたたちにはないわ」


「戯言を言いやがって……マーキュリー計画でたくさんの人々は救われる。この世から戦争は消え去るんだ。貴様のように自己中心的な人間がこの地球を荒らしてきた。だからそれを終わらせる。人は次の次元にアップデートしなければならない」


「そんなことのためにミアを利用するつもりか」


 私の背後から声が聞こえた。振り返ると屋上の淵に太い指が見えた。そしてそこからフラガが上がってくる。


「お兄さん!」


「ミアを開放しろ。人間の在り方を説く前に、約束くらい守ったらどうだ? 平気で噓をつき、人を裏切るのが、あんたの言う人間のアップデートっていうのか」


「それを人が言うか」


パドロフは憐憫な表情で呟いた。


「交渉の余地なし、なら力づくで取り返してやろうか」


「分かった取引だ。フラガ・バレン」


「なんだ? 言ってみろ。妹のためならなんだってやってやる」


「受け入れろ」


「は?」


「新時代を受け入れるんだ」


「妹を返してくれるなら、なんだってやってやるよ」


「フラガ、多分まずいわ」


 私がそう言うと、フラガは苦虫を噛みしめたような表情で睨みつけてきた。


「お前は黙ってろ。これは俺の問題だ」


一言で私を一蹴すると、向き直って真剣な眼差しで答えを返した。


「いいだろう。そいつがなんなのかは知らないけど、受け入れてやるよ。だからとっととミアを返すんだ」


「ふっ、分かった。もう君はお役御免だ」


 パドロフがそう言うと、ミアの手錠のロックが外れた。

 私は眉をひそめた。パドロフはずっと腕を後ろで組んだまま喋っている。なにか手錠を遠隔操作できるスイッチを持っていたのか、それともパドロフは指を動かすことなくニューロチップを操作することができるのだろうか。


「お兄さん……」


 ミアがフラガの元に駆け寄ってきた。二人は抱き合い、感動の再開と洒落込んだ。


「お前はどうする? ユリサキ・ノバラ」


「なぜ私の名前を知っている?」


 フラガの名前を知っているのは分かる。だがなぜ私まで認知されているのだ。ニューロチップで私の情報を調べたというのか。いったい何のために? いやこの男は先ほど羅列した名前をみんな知っている。そんな表情で聞いていた。

 すると彼はそれが当たり前かのように、こめかみを指さして言うのだった。


「私の頭にはエリアだけではない、この地球全土に住まう人間の情報が入っているのだよ」

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