10-3 私怨

 そこは私の知っている町ではなかった。倉庫と倉庫の間に幕を張り、日光を避けているような場所である。テクノロジーのかけらもなく、それぞれが自給自足で暮らしている。トタン屋根には太陽光パネルが取りつかれていて、簡易的な照明とエアコンで、生活最低限の設備は整ってはいるものの、現代に生きるにはあまりにも旧文明的な場所である。

 ほんの一か月前に降下した旧カザフ領のほうがずっと現代的で、テクノロジーも使いこなしていた。まさかこのような場所がエリアの中にあるなんて、私は知らなかったし、想像もしなかった。

 ゆっくりと車が中に入ると、子供たちが集まってくる。


「おかえりメンフィス」


「あれ後ろに誰か乗っている?」


 メンフィスは窓を開け、肘を突きながら答えた。


「安心しな、危ない人じゃないよ」


「ここはどこなの……?」


「難民キャンプさ」


 すると隣に座っていた女の子がヘッドレストに手を突きながら言った。


「もう降りていい?」


「ああ、いいとも」


 すると少女は車のドアを開け、集まってきた子供たちと合流した。


「いまあんたの隣にいたあの娘は、05作戦の時に捕虜になって娘だよ」


「05作戦って……少佐が捕虜を殺した作戦ですよね……」


「ああ、そうだ」


「外部取り付けインターフェイスが首をあって……」


 するとメンフィスはバッグミラーを見つめた。


「それは嘘だよ、ノバラ。あの娘が生き証人だ。私もリアンにそれを聞かされて、当時のことを色々調べたんだ。そしてあの娘にたどり着いた」


「どういうことですか、嘘って……」


「そんなものは存在しなかった」


「じゃあ少佐が一方的な虐殺をしたということですか」


「いや違う、それは捕虜たちの望みだったんだ。ノバラは捕虜が捕まって、エリアに移送された後、どうなるか知っている?」


「職業訓練学校へと行くんじゃないですか」


「はなからそんなのは存在しないよ。誰でもわかるでしょ、エリアの外にいる人間はみんな教育プログラムに順応できなかった者たちだよ。それを集めて、それに大人になってから再教育をしたところで、その技能を習得できるわけがない。確かに捕虜たちは学校に移送されるよ。でもそれは生徒としてじゃない、教材としてよ」


「教材として……まさか人体実験をしているとでもいうのですか。そんな二十世紀のSF小説じゃあるまいし……」


「いやこの世界はもうSF小説だよ。オーウェルの『一九八四年』の世界となんら変わりないじゃない。この世界は一部の能力主義がはびこる、全体主義よ。それに人体実験なんて中世から現代までずっと行われている。倫理という嘘をかぶって、形を変えて行われ来た。だけどその覆われていた倫理が少しずつはがれつつある。それはなぜか、倫理が暴走したから。この地球が丸いように、全てのものは丸くなっている。だから行き過ぎた倫理、正義、尊厳はすべて反転するのよ」

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