10-2 私怨

 これが死ぬという感覚なのだろうか。苦しさを超えると、ついに楽になってきた。頭がぼうっとしてきて、何も考えらえない。周囲の音が籠って、少しずつ聞こえなくなる。だが耳は聞こえなくなっても、心臓に響く振動は確かに読み取れた。

 何かが近づいてくる。私の直感がそう叫んだ瞬間、体が軽くなった。地面に落され、朦朧としていた脳内に一気に酸素が供給される。開けた視界、もやが晴れた聴覚……


「あなたがノバラね。早く乗って」


 私の目の前に車が止まっていた。脇を見ると、車に轢かれたフラガがいまにも起き上がろうとしている。


「さぁ早く」


 私は何が何なのか分からないが、すぐにその車の後部座席に乗り込んだ。

 アクセル全開で、その場を後にする車のリアガラスからフラガの姿を見つめた。彼は悔しそうにこちらを見つめているだけで、追いかけてくるそぶりは見せなかった。

 そしてふと隣を見ると、そこには少女が座っていた。

 いったいこれは誰の車で、どこに向かっているのだろうか。何もかも把握できず、戸惑っていると、バックミラー越しにこう言われた。


「リアンから聞いてるわ。もう大丈夫よ」


「あなたはいったい……」


「私はメンフィス・ジーンよ。リアンとは大学からの仲かしら」


 私はそれでも疑いの目を向けた。

 なぜなら彼女の羽織っていた上着の胸元にはバッチがあったのだ。そのマークには見覚えがある。それは紛れもなく、エリアの省庁に務める官僚たちがつけるバッチである。つまり彼女は政府側の人間ということである。

 私の疑いの表情に気が付いたのか、メンフィスはすぐにそのバッチを手に取った。


「私も政府を追われた身ということよ」


「じゃあなぜバッチをまだつけているの?」


「あなただって同じでしょ、政府から与えられた技能を使っている」


「それとバッチは違うわよ」


「同じよ、どちらも使えるから使っているだけ。このバッチがあるだけで何かと便利なのよ。どれだけ情報化が進んでも、人は目の前の視覚情報のほうが優位に働くわ。現にあたなが疑ったように、逆を返せば、エリアで動くときに疑われにくい。そういうことよ」


「いったい何者なの? そのバッチは拾ったわけじゃないでしょ」


「ええこれは正真正銘、私のバッチよ」


 するとメンフィスは振り返った。


「私は復興庁の事務次官よ。まぁ元だけどね」


「事務次官……そんな人がなんで……」


「リアンと同じよ。私も用済みになったってこと。いや私は少し知り過ぎたのよ。いろいろなことを」


 すると隣に座っていた少女がいきなり喋り出した。


「あっ黄色い旗だ」


「そうね、この町に新しい人が来るのは久しぶりよね」


「ここは……」


「ここまで来ればもう大丈夫よ。政府機関が手を出すことはできないから」


 車は港に集まった人々で形成された見知らぬ集落へと入っていった。

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