10-1 私怨

「これは大きく出たな、ユリサキ。俺の立場を分かってのことか」


「ええ、知っているわ。権力のためなら、なんだってするシスコン野郎だってね」


 フラガは唇を噛みしめる、目を細め、額には青筋が立った。まるで獲物を見つめた蛇のように、その視線を決して離さずに、睨みつけていた。


「ただいまより貴様の行為を公務執行妨害とみなし、逮捕する」


「望むところよ」


 互いが拳銃を向け合い、走り出した。私が放った弾丸は、フラガ拳銃に命中し、吹き飛ばした。それでもフラガは怒りに身を任せ、走ってくる。私の放った銃弾を前腕で受け止めながら、距離を詰めてきた。


「法令違反はあなたも同じじゃない」


 私は拳銃を捨てて、叫んだ。


「法定速度を守るパトカーがどこにいる?」


 フラガの体は違法義体を使っている。これも特殊警察の特権とでもいうのだろか。


「ならあんたの妹は恩赦でもされた?」


「関係ないだろォ!」


 怒りに狂ったフラガの鉄拳が私の頭上をかすめた。大柄のフラガの足元に滑り込み、足をからめとろうとした。だがそれをも弾き返す、強靭な脚力で、私の体は吹き飛ばされた。

 拳銃も打撃も効かない。フラガの体は鋼鉄のように固く、そして人の意識の数秒先を行く速さを兼ね備えている。

 さらに追撃してきたフラガの拳をなんとか避けるが、それでも足を掴まれた。そのまま地面に叩きつけられ、私の意識は混濁した。血が頭に巡り、思考が行き着かない。それでも私は足を掴んだ腕を絡めとり、フラガの太い腕を反対方向を捻じ曲げた。

 フラガはそれでも咆哮の一つも上げず、じっと耐え、反対の腕で、腹を殴りつけるのだった。

 ビルの外装まで飛ばされた私は血を吐きながら、朦朧とした視線を道路に向けた。

 フラガは獲物を追い詰めたかのように、ゆっくりと近づいてくる。


「どうやら化け物になったみたいね……」


「妹のためなら人だってやめられる」


「とんだシスコン野郎だわ」


 フラガは私の首を片手で締め上げ、壁に押し付けた。

 私はそれでさらに血を吐いた。苦悶の表情を浮かべながら、フラガを見下ろす。


「リアンを殺したあんたを許さないわ」


「いったいどうするつもりだ? お前は俺に勝てない」


 私は苦しみの中で、笑みを浮かべた。


「あんただけじゃない。私はリアンを殺すように命じた政府だって許さないわ」


「兵士あるまじき発言だな」


「私は兵士である前に、一人の人間よ」


「なら人らしくこのまま死ね」


 フラガの力がさらに強くなった。呼吸が止まり、全身の裂傷から血が噴き出した。じたばたと抵抗する気力すらもない。ただ静かに眠るように、視界が少しずつ狭まっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る