9-4 暴走
「私はどちらにせよ、もう遅いわ」
「脳さえ残っていれば、いつでも復活できる。諦めちゃだめよ」
私の頬にリアンは手を置いた。生暖かい血が、涙と溶け合って、頬が滲んでいく。いつになく凛々しい表情で、そして弱々しい声で言った。
「私のわがままを許して」
私は頬に充てられた手を握りしめながら言った。
「そんな……いやだよ。リアンと離れるなんていやだ」
「数々の人々の肉体を改造してきた。内臓を機械化し、神経に人口電圧をかけ、脳に電極を差し込んできた。これは私のわがままよ、それでも私は自分勝手にこのまま死にたいの」
それは科学者の自己中心的な考え方だ。医者や製薬会社の社長が西洋医学の薬を投与しないと同じではないか。
だが私はリアンのわがままに首を縦に振るしかなかった。それが彼女の望みなら、私は彼女を強引に生かすことに、何の意味があるのだろうか。それは私のエゴだ。死にゆく人、死を決意した人の体を切り開き、大脳皮質を取り出し、それをプログラミングに組み込んだとて、それはその人を思ってのことなのだろうか。
そしてそうまでして、生かした彼女は本当の私の知る彼女か。私の認識の上ではリアンだけど、いまのリアンの認識として、それは本当にリアンなのだろうか。
私はその手を離した。
「ありがとう、科学者のエゴイズムを聞いてくれて」
私は望んで、軍部に志願し、そして望んで自らの体にインプラントした。そしてリアンは望んで、科学の道へ進み、数多くの人々をインプラントで助けた。そしてリアンは自分が完全に肉体のままの死ぬことを選んだ。それが私の望まぬことだとしても。だから私もリアンの復讐を必ずする。それがリアンの望まぬことだとしても。
私は涙を拭きながら、大きく頷いた。
リアンを車内に独り残し、炎上が始まったドアを蹴破った。怒りの灯った瞳でフラガを睨みつける。
着陸したヘリコプターから部隊が降りてきて、私に銃口を向ける。するとフラガが大きく手を挙げて、指示を出した。
「この女はいい。お前らは、リアン・リーの身柄を確保しろ」
指示を受けた部隊は拳銃を車に向けた。
私はフラガの以外には目も向けずじっと歩いた。背後では、息を飲むような緊張感と車に駆け寄る足音が鳴り響く。
そしてその足音が止まった瞬間、爆発音が聞こえ、熱風を背中に感じた。その風に乗った金属片が肌を切り裂くが、痛みは感じなかった。
あの車には自爆装置のようなものがついていたのだろう。リアンは周到な人だった。だから最悪の事態も想定しているはずだ。その爆発音がリアンの叫び声にも思えた。
――こっちは大丈夫だから、思う存分やりなさい。
そう言われた気がした。
路地から出た港町の開けた道路は封鎖され、爆発に巻き込まれた数名の遺体と、リアンの亡骸、炎上した車とヘリコプター、そして私とフラガだけがそこに立っていた。
私は銃口を向ける。
「謹慎中に拳銃の所持は規則違反だ」
「保身のための治安なんてクソ食らえだわ」
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