9-2 暴走

 リアンが指を鳴らすと、ランプが点灯した。

 そして次々にライトが灯り、重厚感のあるエンジン音が心臓に響く。隣に座っていたリアンはステアリングを握りしめ、助手席に座る私を見つめた。


「なにこれ?」


「改造車よ」


「リアン、免許なんて持っていたの?」


「そんなのないわ。でも運転には自信があるから」


「まさかレース車両を持っていたなんて」


「これはレース車両ではないわ。AI管制システムは搭載しているし、自動運転機能もあるわ。だけどこのAIは私のAIということよ」


 リアンはそう言うと、アクセルを踏み込んだ。それと同時にフロントガラスの先から光が差し込み、ガレージのシャッターが開いた。そこから飛び出した車はタイヤを激しく回転させながら、車道に躍り出た。

 だが車道はすでに特殊警察よって包囲されている。発砲許可も出ているため、容赦なく撃ってきた。


「ノバラ、奴らの牽制は任せたわ」


「拳銃じゃ無理だわ」


「ダッシュボードの中よ」


 そう言われて、慌ててダッシュボードを開けると、そこには発煙弾が入っていた。


「これのこと?」


 リアンは黙ってうなずいた。

 頷き返した私はピンを外し、窓から手を出した。スナップを利かせて、それを空に向かって投げると、太陽の光を反射させながら半回転した。

 車の頭上、ちょうど運動エネルギーが失われ、落ち始めた頃、発煙弾は炸裂し、辺りが真っ白い煙に覆われる。リアンはその煙を巻きたてるようにして、旋回し、包囲の隙に向けてアクセルを踏み込んだ。

 何とか包囲を突破することはできたが、まだ数台の追跡車が迫ってくる。リアンは一般車の脇をすり抜けながら、途轍もないスピードで走行していた。


「どこに行くつもりなの?」


「亡命よ。港に私の知り合いがいるわ」


 リアンはそう言うと、車の制御システムをAIに切り替えた。本来の自動運転なら、法定速度を超えることは決してない。だがリアンのAIは違って、リアンのここまで運転がコピーされたのかのように、一般車両の間を縫って、猛スピードで走行している。

 リアンは自身のニューロチップを開こうとしたが、ステアリングを叩いた。


「クソっ止められているわ。もう私のニューロチップは使い物にならない」


 逮捕状が出ると、逃走を防ぐために口座情報から個人のネットワーク情報まで、そのすべて凍結される。この世界で、ニューロチップが止まれば、それは死んだも同然である。

 リアンは唇を噛みしめると、後部座席に体を捻った。大きなボストンバッグを手に取り、そかからタブレット端末のようなものを取り出した。


「それは使えそうなの?」


「これは政府の無線を介さない。民間ネットワークを介して、通信できるタブレットよ。これなら電話くらいはできるわ」


 リアンは唐突に何者かの電話をかけた。私はリアンの口から出てくるその者の名前を聞いたことがなかった。

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