8-2 帰宅

「その少佐の言っていたインターフェイスについてなんだけど、私もあれから調べてみたわ」


「なにか分かったことある?」


「私の大学の同期で、神経系に作用するウイルスソフトについて詳しい人に相談を持ち掛けたんだけど、そんな話は聞いたことないって、だけど確かに私の推論通り、理論的なあり得るそうよ。現に違法だけど、その技術は存在している」


「まさか人格を操作する技術がすでに発明されているの?」


「直接的ではないけど、その理論を用いたのが、違法義体よ。重要個所の筋肉系を義体にして、脳に直接、電波信号を送り、制御する。これは人格操作の前段階と言えるわ」


「なるほどね。確かに違法義体の性能に必須なのは、脳の制約の解除であり、それは結果的に脳をいじっていることと同じということね」


「だけどそれをわざわざ政府が行うメリットはないわ」


「なぜ?」


「それは肉体というものに固執した結果だから。肉体をもって行動する人間はほんのごく一部で充分、なら他の人たちはどうなるのか」


 リアンはそう言いながら、側頭部に指を突き立てた。


「脳だけで生活をする」


「私たちを電子空間に永久に閉じ込めるということ?」


「ええ、人々の人格を制御するよりも、ずっとその方が効率的で、コストもかからない。おまけに万が一の事態への制御がしやすいしね。そもそも政府が人類の電子化に注力しているのは事実だわ」


「でもそんなことを人々が納得するからしら」


「いまノバラはここが夢じゃないって証明できる?」


 そう言われた私は頬をつねった。


「夢じゃないわ」


「なら痛覚がある夢なら」


「そしたら……」


「どこからが夢で、どこからが現実か。そもそも私たちの見ている世界は利己的で一次元的な世界よ。外部取り付けインターフェイスなんて誰が見てもわかるような方法をとるよりも、よっぽど現実的だわ」


「じゃあ少佐は嘘をついたってこと?」


「いまとなっては闇の中ね」


 嘘と真実、夢と現実、私たちの生きる世界は曖昧で、その真理なんて一生分かりやしない。だけどこの世界がどこかへ向かっていることだけは分かった。そしてそれを感じても、嘘だと、夢だと分かっても何もできない自分の姿だけは容易に想像がついた。

 シリアルを食べ終わった私はボウルを食洗器の中に入れた。食洗器の普及率はいまや九〇パーセントを越えている。この世界で経済を本当に回しているのは、エリアの中でも上位数十パーセントだろう。他は働くために働いている。人のアイデンティティを守るために、そしてそこからあぶれた人間がエリアの外に出て、生活をしている。もはやそこでの暮らしは世界経済とは何の関係のないことだった。

 だがそういった人々すらいなくなったら、私の仕事すらもなくなるだろう。リアンもその一人だ。天才的な頭脳を持ち、若くして学会に先遣した彼女ですら、いまでは世界経済の外にいるのだ。

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