4-4 暗転

 私は兵士であるがゆえに生まれたままの状態から機械技術によって体中の約半分をクローム化していた。単純な擬態化とクローム化の違いは、その腕が外部から取り付けられた腕であるが、それとも神経系からして人工的に作られた腕かの違いである。

 つまり人体の中枢たる脊椎は完全に私のものではなかった。そのことに恐怖心を感じたことは一度もない。だがいま改めてその恐怖を実感する。私はこの現代だというサイバネティクス社会ではないと、指一本すら動かすことのできない存在であるということに。

 だがリアンは違った。リアンは強化クロームの研究に従事していたが、自分の体にメスを入れてなかった。そのためこの静寂世界で、リアンだけが自由に動くことができた。


「ノバラ、大丈夫だから落ち着いて」


 かろうじて動く視線のみで、うなずく。リアンは車がロックされていることを確認すると、大きく息を吐き、私の肩を抱いてくれた。


「また戦争が始まるわね」


 その時である。再び体の自由が取り戻された。たった数秒間、息が止まったようだ。私は何度も深呼吸して、リアンの肩をつかんだ。


「もう大丈夫よ」


 恐怖におびえる私をリアンは何度も慰めた。


「なにこれ……電磁バルスってどういうこと?」


「何個か衛星がやられてるわ」


 リアンはそう言って、窓の外を指さした。

 するとまるで流星群のように、空に真っ赤な線が無数に引かれている。何者かによって、人工衛星が破壊され、それが隕石のように地球に降り注いでいるのだ。


「テロ……いや宣戦布告……?」


 一方、反対側の窓の外を見ると、そこにはパニックなった人々でごった返していた。ほんの数秒間であったが、世界は確実に止まった。現在、一切の擬体化、もしくは内部的なクローム化を行っていない人間はそう多くない。人類のほぼすべてが、機械医療に頼り、生活もそのテクノロジーとAIに依存していた。

 すぐに復旧したとはいえ、そのすべてがほんの数秒でも止まれば、計り知れない経済損失とパニックが起こる。車道に飛び出た人で、AIタクシーにも大規模が渋滞が起こっていた。自分の体が動くようになっても、タクシーが前に進む気配は一切なかった。

 タクシーという狭い箱の閉塞感よりも遥かに勝る、社会そして現象の檻に息が詰まりそうだった。助手席のヘッドレストに手をつき、震える膝を見つめていると、私のニューロチップに通知が届いた。

 それは軍部からの緊急メッセージである。


「リアンごめん、私いかなくちゃ」


「どうやって行くの? この渋滞から抜け出すには時間がかかりそうよ」


 リアンもそのメッセージがどこからのものなのかは言わずとも分かる。


「ここからなら走っていった方が速いも」


 シートベルトを外し、ドアに手をかけた。


「ノバラっ」


 その声に振り返ると、リアンは不安を塗りつぶした笑顔で、こう言った。


「くれぐれも気を付けてね」


「大丈夫よ、どんなことがあろうとも私はルーミスみたいにはならないわ」


 リアンは深くうなずき、私はタクシーから飛び出した。逃げ惑う人をかき分け、国連軍特別施設を目指して、ただひたらすらに走った。クローム化している足は生身よりもずっと速い。だがそれはこのテクノロジー社会の限定であり、圧倒的な強さと共にその脆弱性も兼ね備えていた。


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