4-3 暗転

 私はその話を聞いて、背筋が凍るようだった。

 まるで都市伝説だ。陰謀論じみている。だがもう都市伝説と現実の区別などつきはしない。世界の国々がエリアに統一される中、自由国家へと変貌する途上で、情報は湯水のように流出した。それは都市伝説ではなく、事実として私たちの耳に届いた。

 もはやこれを単なる都市伝説だ。考えすぎただと、一蹴することができないほどに世界は狂っている。


「脳を操作するなんては簡単だわ。その技術は一五九〇年代のアメリカではすでにあったとされている。まだ同性愛が精神疾患だと思われていた時代よ」


「そんな昔から?」


「ええ、私たちの脳は電気信号で動いている。それだけではない、筋肉もATPというリン酸の一種がAPDに変化する化学反応で起こっている。これらはすべて電子と電子、または電子と原子核によって起こるため、電磁気力の運動といえるわ。一九五〇年に行われた実験は、同性愛者の脳に細い電極を刺し込み、異性と触れある瞬間に快楽中枢を刺激するというものだったわ。すると彼は見る見るうちに異性に興奮するようになった。これは人の感情を意図的に動かすことに成功した一例よ」


「そう考えると、私たちが使っているフォースギアやニューロチップも同じような技術なのかしれないわね」


「脳を制御するという点では同じだけど、人の感情を動かすとはわけが違うわ。私がさっき言った実験もずっと闇に葬られてきた。感情を制御する行為はもはや医療とは言えない。それはプログラムよ」


 私はこのプログラムという言葉に大きな嫌悪感があった。そしてその言葉はしばらく鼓膜にへばりつき、蝸牛官をぐるぐると反響し続けたようだった。少佐も言っていたこの言葉に深い虚無感と、恐怖心を覚えた。


「そう考えると、人とロボットの差って何だろう」


 私がそういうとリアンの視線が止まった。少し驚いた表情で、笑顔になる。


「あなたがあなたであるという意思よ」


「それじゃあ私という単位でしか、分からないじゃない」


「人間の本質は、我思うゆえに我ありなのよ。この世界では他人が偽物ではない確証を持つことはできないわ。でもノバラは自分がロボットではないことを知っている。そして私もロボットではないことを知っている。これが人である理由よ。事実ではなく、意思が大事なのよ」


 リアンはそう言いながら、二つ目の飴玉を手の上で転がしていた。

 その時である。車が急停止し、私たち二人の体は前につんのめった。こんなことは初めだった。AIタクシーが急ブレーキをかけることは滅多にない。互いに一つの媒体で統合され、コントールされている。一人じゃんけんで、意図せず負けるようなものだ。それならコンピューターに不具合が生まれ、何かしらの事故が起こったのか。だが大きな音は聞こえない。いや聞こえなさすぎる。先ほどまでの喧騒がぴたりと止み、一瞬して自分が宇宙空間に投げ出されたようだった。そしてさらに体が動かなかった。

 何が起こっている?私はパニック状態になりながら、視線をリアンに移すと、冷静な口調で彼女が呟いた。


「電磁パルスよ……」



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