4-2 暗転

「嫌な感じね」


 私が車に乗るとリアンが呟いた。


「思想観の違いよ」


「そうとも言い切れないわ。嫉妬かもしれない」


「まさか」


 車のメーターの数値が一つ上がった。

 現在、マイカーを所有している人間は、旧車会か大富豪くらいだろう。自分で運転をする行為はもはや競技や趣味の領域をでない。街中を走る車の九割以上が、自動運転によるAIタクシーである。ガソリン代や維持費を考えれば、タクシーを使うのがもっとも効率的である。衛星から監視され、コンピューターに制御されているため、事故は決して起こらない。交通法はあるが、それを取り締まる警官も全く見なくなった。

 人件費が浮いたことで、より安価でタクシーに乗ることができ、さらに町のいたるところに待機所があるため、その待ち時間も五分となかった。

 もちろん、リアンも私も運転免許は持っていない。キャッシュデータ一つで、どこへでも行くことができた。


「思想観ね……でもバレン博士は偉大だったわ」


 私は眉を上げ、リアンの横顔を見つめる。

 ミア・バレン。フラガ・バレンの妹である。


「リアンが褒めるなんて意外ね」


「あのこは天才だった。天才ゆえに逮捕されたわ」


「リアンも興味あるの?」


「私は別に……でも一人のメカニックとして言わせてもらえば、それはこの上ない到達点であるわ。でもそんなのは科学の陶酔ですかない」


 リアンは頬杖していた手を外し、私に向き直した。


「で、少佐と何を話したの?」


「事件の真相よ」


 私は車の中で、少佐の話を要約して話した。リアンはそれを一度も遮ることなく、じっくりと聞き終えると、腕を組んで、口を開く。


「外部型のインターフェイス……ね」


「心当たりあるの?」


「これは一種の都市伝説のようなものよ。戦争の捕虜は職業訓練施設を移送された後、脳内にチップを埋め込まれる。それを取り付けられた人はどんなに素行が荒くても、みな一様に大人しくなると」


「人格操作ってことね」


「これはあくまでも都市伝説の域を出ないわ。でも私が現役で学会にいた頃、研究の最先端はやはりブレインマシンインターフェイスとメタバースだった。もし本当に政府が少佐の言う、プログラムを実行しようとしていても、おかしくない」


「でもそんなインターフェイスを世界中の全員の首に取り付けるなんて、不可能でしょ」


 するとリアンはドリンクホルダーに置かれていたガラス瓶から飴玉を一つ取り出した。それを口に入れると、舌で転がしながら言った。


「これよ」


「噓でしょ」


「十分あり得るわ。こういった実験は昔から行われてきている。これは無料の飴だけど、スーパーやレストラン、コンビニ、はたまた自動販売機にまで、人々が口にするものの全ては私たちの目には入らない製造ラインを通って来ている。そしてその製造ラインのすべてを担うのは人間ではない。それは絶対に忠実で、内部告発なんてしないAI。人は一人もいない工場に潜入取材の記者が入ろうものなら、一発でバレる。もしチップのリスクが一ミリもない人がいるとすれば、それは槍も持って狩りをしている原始人くらいね」


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