4-1 暗転
面会を終え、ビルから出ると、いま階段を上がろうとしてくる男と目が合った。お互いを意識していたが、自然に目を反らし、何事もなかったかのように交差した。
だがすれ違う耳元で、その男はぼそりと呟いた。
「同郷のよしみか」
「それ人種差別?」
そのとき同時に振り返った。階段の中断で、先ほどと上下か入れ替わった状態で再び目を合わせる。
「よせよ、ユリサキ。そんなことをいうものじゃない」
「それはあんたよ、フラガ」
フラガは身長二メートル弱の大男である。肩幅も私の二倍近くあったし、まるで筋肉の塊のような男だった。シグマ少佐の部隊に配属されてからの仲であるが、プライベートで顔を合わせたのは今日が始めてだった。
「あんたも少佐と面会?」
「あんなクソ野郎の顔なんてもう二度と見たくないね」
「妹さんは元気そうでよかったわ」
私がそう言った瞬間、フラガが胸倉をつかみ上げた。私の体は数センチだけ宙に浮いた。
「軽口を叩くなよ、ユリサキ」
その時である。背後で車の走行音が止まった。フラガの視線がその車の移り、手を離した。私もフラガの視線に誘導され、振り返ると、そこには車の窓から銃口を向けて、微笑むリアンの姿があった。
「それは私の女よ」
「恐いメカニックを持ったものだ」
「じゃあ、また会いましょう」
私はリアンの車に向かいながらそう言った。
「それができるだけ先になることを祈るよ」
フラガのメカニックは妹だった。両親に虐待された過去があり、妹と二人でずっと暮らしていた。それゆえにフラガは人との繋がりや、文化的な行動を嫌った。本当の自分の気持ちを打ち明けたのは妹だけだったのかもしれない。
だが妹は後に、違法製造の罪で捕まった。フラガの身体強化に違法なインターフェイスを用いていたのである。フラガはそれが自分の指示であること、妹は関係ないことを訴えたが、その訴えは届かなかった。
この場合は兵士の方が逮捕されることもよくある。だがフラガは優秀だった。
現代の優劣の判断は能力に依存していた。私も同じ立場だったら、どうするだろうか、その事件の時は不意にそう思ったが、それでもフラガに同情する気にはなれなかった。
口には出さないが、彼はアジア人に対して、アレルギー反応を持っていることは周知の事実である。
この地球において、最後まで文化や和を残したのはアジアである。欧米諸国はテクノロジーの発展と共に神の存在が問いただされ、そして疑問を持った人間から無宗教へと改宗していった。だがアジアに伝わる仏教や儒学の思想は神の存在を描いたものではなく、人生をどう生きるかを説いたものだった。そこにテクノロジーの発展はあまり関係なかったのだ。ここにきてニーチェのアンチクリストは証明されたのである。肌が黄色いから差別されるのではない、思想の違いによって区別されるのが現代である。
私もフラガの功利主義のような考え方は嫌いだ。
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