2-5 能力社会

「そんな……考え過ぎじゃない?」


「確かにそうかもしれないわ。でもこれが、この世界でラジオを聞いている人間だけに向けらえたメッセージだとしたら?」


 私はその言葉を聞いて、ゾッとした。戦争はまだ終わっていない。地球のどこかで私と同じように古典主義の人間が、その者にだけ分かる暗号文を使っているとしたら。暗号の発展は戦争の歴史である。私はその裏に渦巻く、ネット社会に反旗を翻そうとしている者たちを想像した。

 その瞬間、再びノイズが走る。


「ノバラ、ノイズのパターンを頻度分析してみるわ」


「解読できるの?」


「これがシーザー暗号のようなアルゴリズムがあり、一種の言語体系を用いているものなら、量子コンピューターの演算から頻度分析で算出することができるわ。仮に法則性が解けなかったとしたら、これはただのノイズ……そういうことでいいでしょ」


 リアンはラジオの音声を自分のニューロチップにダビングした。

 そのデータをもって彼女はデスクへと向かっていった。私はその後姿を見ながら、ベッドに寝転び、重くなったまぶたの重力に耐え切れずにいた。

 昨日はそのまま眠ってしまったらしく、気が付いたら朝になっていた。目を開けると、昨晩の最後の記憶から変化がなく、リアンはデスクに向かっていた。

 私はベッドから降りると、そのスプリングの音で気が付いたようだ。


「おはよう、ノバラ」


「朝までやっていたの?」


「ちょっと早く起きただけよ」


「結局、ラジオのノイズはどうだった?」


 するとリアンは笑顔で振り返った。


「ビンゴよ」


「解けたの?」


「ええ、ノイズ音が示していたのは座標よ。経度、緯度、そして高さ」


「高さ?」


「高軌道国際刑務所。プリズンスカイよ」


 国連のよって建設された高軌道国際刑務所は上空、五十キロの成層圏の超えた先にあった。宇宙エレベーターの技術を用いて建設されたこの施設は、脱獄不可能の刑務所として知られている。

 それもそのはず、牢獄の外は酸素すらも存在しない宇宙空間なのだ。この施設は地球の遠心力が引力の役割を持っている。内部構造は地上と鏡合わせになるように作られているのだ。つまり外が宇宙空間である上に、外に出た瞬間、地球の重力とは反対方向に飛ばされる。

 そして通称スカイプリズンとも言われるこの場所に、服役している私の知り合いは一人しかいない。


「シグマ少佐……」


「行くの?」


「これは少佐が私に送ったメッセージかもしれないわ。すぐに面会の手続きを始めないと……」


「ノバラっ」


 急いで支度を始める私に対し、リアンはその名を呼んだ。


「くれぐれも気を付けてね」


 静かに頷き、上着に袖を通す。なぜだろうか、いますぐに行かなくてはならない気がした。少佐と会うのは五年ぶりである。あのルーミスの墓前の前で会った日から時間は経ち過ぎていた。

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