2-3 能力社会

 海上都市はセンタービルを中心に、円状に建造されていた。中枢機関、商業施設、そして住宅街。海上都市はエリア1からエリア5まで分けられ、それぞれ七つの海に散らばった。ここはあくまでも国ではなく、単一の共同体であり、センタービルは言語を超越した本来の人類に帰結したことを、聖書になぞられてバベルとも言われた。それぞれの海上都市にはそれぞれの役割があり、そしてエリア1はその中でも政府の重要機関が集まる要所だった。

 私はそのエリア1の住宅街と商業街をまたぐように建てられた三階建ての建物に入っていった。一階はガレージになっており、玄関口は階段を上った二階にあった。認証式の鍵を開け中に入ると、パソコンに向かっていたリアンが振り返らずに声をかけた。


「おかえりなさい」


「街はお祭りムードね」


「それはそうでしょ、五年もじらされて、やっと施行されるんだから」


「これでもう、戦争なんてなくなるわ」


 私がそう言うと、リアンは振り返った。


「さぁね。確かに多くの人間は〝普通〟を受け入れるかもしれない。だけど才能がなくとも、勝手に努力して、勝手に恨みを持つ人間は一定数いるわ。特にいまは芸能も芸術も全て、結果が直結するわけで、事務所のせいでとか、出版社の見る目がとか言ってられない時代だからね」


「人の劣等感は底知れないわね」


「私もその一人かも」


「リアンは才能があるでしょ」


 私はそうって、リアンの露出した二の腕をなぞった。ノースリーブのシャツを着ていたリアンの腕は白くて長い、身長は私よりも高いが、ずっと女性みのある体形をしていた。


「運がよかっただけよ。たまたま才能が開花して、たまたま世間が私の研究を認めただけ。それにノバラに出会えたのも運がよかったからかもね」


 リアンはそう言って、私の腹部に手を当てた。


「今日あたりメンテナンスをしたほうがよさそうね」


「うん」


 戦場でのコンマ一秒は生死を分ける。外部取り付けのVR技術では、そこまでの正確性まで到達することができなかった。そのためフォースギアのシステムとしては脊椎にプラグを埋め込み、そことドッキングすることで、精密さを手に入れ、現地にいるような動きを実現させた。

 さらに脊椎から脳にかけて、電極を埋め込むだけでも、人間の能力は格段にアップした。いくら屈強で鋼鉄な体を持つフォースギアとて、パイロット次第でいくらでも性能の差が生まれた。能力者と無能力者の間には、単なる才能や努力の差に加え、その最新技術を受けいれるか否か、危険と発展という清濁を併せ吞むことができるかにも起因していたのかもしれない。

 兵士はそのためメカニックによるメンテナンスを日々行わななけばならない。戦闘中に脊椎電極に不具合が生じたり、繋がれた状態でショートすれば、最悪の場合、死に至る。ルーミスの自殺方法はまさしくこの応用だった。

 リアンとは軍部の定期メンテナンスで出会い、そしていまでは、私専属の技師として、寝食を共にしている。

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