2-2 能力社会

 それが戦争の始まりだった。

 大西洋沖に建造された海上都市にテクノロジーの中枢が集まるのに対し、そこから追い出された者たちは、国籍を超えて徒党を組み、反撃の狼煙を上げた。

 一度、統一された各国は、思想によって、能力によって、再び結成された。ここに言語音違いや肌の色の違い、また男女の違いはない。ただ一つ、自分たちを虐げて来た者たちに対する憎悪の念だけが、彼らを突き動かした。

 これは地球規模の革命ともいえる。人々が武器を持ち、ついに民族と国を越えた争いの歴史が幕を開けた。国連や地球の中枢が集まる大西洋側の世論は一つだった。

 それは完膚なきまでの弾圧である。いままでの貴族のように、家柄や財力で物を言わせた者は一人もいない、血のにじむ努力の末に、現状の生活を手に入れた者たちのみで構成されたのが、現代の既得権益者だった。

 彼らは思い出した。学生時代、自分が必死に勉強をしている横で、授業をサボり、居眠りをし、放課後はクラブで踊り明かしていた海の向こうの無能力者たちを。差別意識の根底にあるのは人間の劣等感である。その劣等感が、新たな優生主義が、フォースギアを生み出し、長きにわたる戦争が始まった。

 この戦争は数多くの犠牲者を生んだ。人口は30%も減少したという。第二次世界大戦時は戦死者よりも、餓死や病気による死者の方が圧倒的に多かったが、この戦争の犠牲者のほとんどは戦死が占め、そして次に自殺者だった。

 だが知識人の誰もが現状を甘受しているわけではない。開戦したその日から、終戦へと動き続けている。

 つまり無能力者たちが納得して暮らせる社会。その実現に尽力していた。

 それが「マーキュリー計画」である。

 奇しくもこの名称は有人宇宙飛行計画と重なり、同様に新時代の幕開けを暗示した。その内容は、全人類に補償金(ベーシックインカム制度)を割り当て、さらなる平等へと昇華させるということだった。

 これはマルクスの言った資本主義社会を越えた完全なる社会主義社会である。ソ連や中国共産党がなぜ失敗に終わったか。それは誰も労働をしなくなったからだ。だが現状、世界に無能力者が一人もいなくなったとて、世界はなんら変わりなく回り続ける。そもそも交易もなくなり、通貨すらもなくなった地球に国力などの格差は決して起こり得ない。

 国連の最高議長を務めるパドロフ議長は全地球に終戦の電波を飛ばした。


「我々、人類はついに労働から解放された。争いからも、権力からも、ガイアの元に皆、平等であり、努力をしない選択の自由は、我々政府が保証する。楽園を目指して歩み続けて来た人類史は今日、終止符が打たれる」


 この演説を聞いた者たちは武器を捨てた。戦わずとも、働かずとも、政府がその生活を保障した。働きたければ、働けばいい。他にやりたいことがあるなら、それだけをやっていればいい。納税も労働も人間が果たしてきた義務はすべてAIによって賄われた。

 それが新時代である。

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