1-3 予見
私たちは痛みを知らなかった。だが虐殺してゆく、人々は部分的に義体化をしているとはいえ、フォースギアのような技術も持ち合わせていない。国連という地球規模が定めた正義の名のもとに蹂躙していく様は、まさしく痛快なアクションゲームのようだった。歴史を紐解けば、一方的な虐殺は数多く起こって来た。
だがこの戦争はそのどれとも違う。
いくら圧倒的な武力を要していようと、それが生身の戦闘であるがゆえに、私たちの命は天秤にかけられてきた。死の恐怖と、殺人の罪悪感の二つが戦争を取り巻き、世論と重なってブレーキをかける。だがフォースギアなら死ぬことはない。怪我をすることもない。ただし目の前で四肢が飛び散る少年兵の返り血はレンズを覆い、鮮血で視界が失われることはよくある。
そしてこの海上都市にはそれを批判してくれる人すらもいなかった。地理的な国家体制が失われ、国は思想集団に成り代わった。つまり世論は一つに収まり、ある意味では格差の中で、思想による民族の反発は広がっていった。
衝撃の便りの翌日、ルーミスの遺体は埋葬センターの地下に遺骨として葬られた。この時代、誰も宗教など信じていない。葬式のような儀礼はすべて廃止され、人の死は生命機関の停止のみを表した。
自殺率が格段に上がったのは、そのせいもあるかもしれない。自殺をしても、地獄に行くわけではない。そこには永遠の無があるだけだ。私はそれでも、死者を壊れた部品のように、気にせずに忘れ去ることはできなかった。
献花を片手に、埋葬センサーの遺骨安置室へと向かった。数日もすれば、ここに安置された遺骨も消却されてしまう。そしたらもう二度と、亡くなったルーミスに花向けをすることはできない。
「少佐……」
「君も来たのか」
「ルーミスにはお世話になりましたから」
少佐の手にも私と同じように、花があった。ここらでは中々手に入れることのできない、彼岸花だった。
「天国はあると思うか」
「いえ……」
「いまじゃ誰も、そんなものを信じていないからな」
「だけど私たち、残された者には、ルーミスを見送る使命があります」
私がそう言うと、少佐は息を飲むようにして、言葉を返した。
「ルーミスは人として生きることを選んだんだ。私たち人間に許される最小限の自由は生死の権利だ。昔は神様が見ているから、人を殺せなかった。そしてその神は国家に成り代わり、法律の名のもとに人を殺せなくなった。だがこれからは人を殺すことそのものができなくなるだろう。私たちはシステムに守られ、ナイフを突きつけようとすると、その手からナイフのプログラムが消え去る」
「ええ、そうですね」
「そんな世界でも君は花を向けることができるのか」
「私は古臭い人間ですから」
ここまでが僅か、戦争が終わってから三日で過ぎ去った。そして四日目にシグマ少佐は逮捕された。現地での捕虜の扱いに対する審問を受け、それから数か月後に有罪が判決された。埋葬センターのルーミスの遺骨の前での会話が、私と少佐との最後の会話となった。
その遺骨も少佐が司法省に送還される頃には、化学技術でドロドロに溶かされ、この地上から完全に消え去っていた。私と少佐が置いた花はゴミとして処分されただろう。ルーミスの遺骨が消却されるまでの間、私は何度かルーミスの元に出向いたが、彼の家族と会うことはなかった。
まだそこに魂があり、四十九日間の旅路に出るのを見守るのは私だけだ。
そしてすぐに私は違う部隊へと、編成されるのだった。
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