1-2 予見
「え? どういうことです?」
「死にたい、死にたいと言うことは良いことだ。なぜなら口に出したとき、人はそれを一度、想像し、シミュレーションをすることで留まる。だけどルーミスは違った」
シグマ少佐はそれ以上、詳しいことは言わなかった。私がその言葉の真意を問いただしても、唇が溶接されたように、かっちりと噤み、ただ助手席から見える、流れゆく車窓に目を落としながら、頬杖をつくだけだった。
私はこの時、少佐の考え過ぎだと思っていた。ルーミスと自殺はまるで結びつけることができなかった。
だが、その予見は当たった。
それから数日後、ルーミスからの連絡は途絶え、自宅で遺体となって発見された。電脳や擬態としても生き返ることを避けるため、首元のジャックに高圧電線を繋ぎ、脳を焼ききったそうだ。あまりにも壮絶な最期だが、マンションの近隣からはその悲鳴すらも聞こえなかったらしい。
私は事件を疑ったが、保安官は自殺と断定した。部屋には争った形跡もなく、ルーミスはソファの上で安らかに眠っていたのだ。
なぜあんなに明るく、死とは無縁に見えたルーミスが自殺を選んだのか。それは至極簡単な理由だった。
私とルーミスが最初に出会ったのは士官学校の卒業の日だった。その日に国連軍の配属先が決定する。そのとき、隣でその発表を聞いていたのがルーミスである。彼は私の二つ下だが、同期だ。元々、あまり他人と懇意にする性格ではなかったし、どこか根暗で、士官学校時代も友達と呼べる人は一人もいなかった。
私はそれでも孤独とは感じなかったことを明言しておく。一人が好きだったし、他人とプライベートで関わりを持つこと自体、あまり好きではなった。特に男性と関わりを持つことはまずなかった上、過去に恋人はいたが、皆、女性であった。
そんな私が持つ、男性に対する壁を軽々と踏み越えて来たのがルーミスだった。それからなんとなくルーミスと訓練を共にしているうちに、私の交友関係は大きく広がることとなる。基、少佐とこうして、同じ車に乗るなど、ルーミスがいなければ絶対になかったと言えよう。人懐っこい性格で、年上の懐に入るのが得意だった。
いずれ私たちは友軍部隊に選抜される。そこで少佐と出会うのだ。
戦争が始まってから五年、気が遠くなるような長い時間に思えた。
とはいえ、本戦争は一方的な虐殺である。私たち国連軍が直接、戦地に出向くことはなかった。フォースギアと呼ばれる遠隔操作型ロボットがその代わりを担い、私たちの戦場は、遠く離れた異国の地ではなく、銃弾の飛んでこない国連軍の涼しい施設の中だった。まるで棺桶のようなコックピットに入り、神経系が現地のフォースギアと繋がる。
見方によってはVR式のFPSゲームと似ているのかもしれない、だが引き金を引く感覚はある。ゲームと違う点は引き金を引けば、人が死ぬということだった。
第二次世界戦時にて、前線にいた兵士の発砲率はわずか一割だったそうだ。人が人を殺すことの罪悪感は自分の命がかかっていても、その引き金を躊躇わせる。国連軍に死者は一人も出なかったが、間接的に多く兵士の命が失われた。
皆、その罪悪感を耐えきれず、自ら命を絶ったのだ。
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