9.恐ろしい計画


アスベストは一睡もできず、パッチリと目を開けたまま、ベッドで朝を迎え、昨夜の事を思い出しては、何度も恐怖で身震いする。


『王子、エンジェライト王がジプサム王だと言うのなら、これからどうなさるおつもりですか!?』


『無論、ジプサムを倒すつもりじゃが?』


『本当にジプサム王がエンジェライト王なら、お父様を倒すって事になるんですよ!』


『そうなるな』


『大体ジプサム王がエンジェライト王だなんて、どうしてそう思ったんですか!』


『明日、旅立つ前に、話そうと思っておった事じゃ、アスベスト、お主にも聞きたい事があるしな。兎に角、今夜はゆっくり休め。わしはこれからマーブルにおめでとうを言わねばならぬからな、悪いが、お主と話をしとる暇はない』


——ゆっくりなど休めるものか。


——王子は気が狂ったのだろうか。


——私に聞きたい事があるなんて、何を聞こうと言うのだろう。


——誕生日なんて祝っている場合じゃない話なのに・・・・・・。


アスベストは深い溜息を吐いて、今一度、シンバと話をする為、重い体を起き上がらせた。


昨夜のパーティーで、城内は、まだ沢山の人が残っている為、メイド達も朝早くから大忙しで走り回っている。


「おはようございます、アスベストさん」


その声に振り向くと、マーブルの姿。


「おはようございます、姫」


頭を下げるアスベスト。


「お早いんですね、もう出発の準備ですか?」


「あぁ、はい、そろそろ——」


「寂しいです」


「王子と離れるのは嫌ですか?」


「ええ」


「私も・・・・・・です」


「アスベストさんは一緒に旅立たれるのだから、離れる必要はないでしょう?」


と、クスクス笑うマーブルに、アスベストも愛想笑いで、笑顔を作る。


「早いのう、二人共」


シンバとコーラル、その後ろからルチルとジャスパー。


「おはようございます、王子。今、起こしに行こうかと思っていたのですが、王子もお早いですね」


と、アスベストはシンバに頭を下げ、朝の挨拶をする。


「ジャスパー殿のイビキがうるさいと、コーラル殿がうるさいのじゃ」


「あんなうるさいイビキの中、普通は眠れないだろう!」


「ジャスパー殿のイビキは、慣れておる」


「慣れるもんなのか!?」


「じゃが、コーラル殿のワガママは慣れておらん故、うるそうてたまらん」


「僕のどこがワガママだ!? 大体、なんで、みんな一緒の部屋で寝るんだ?」


「ルチル殿とアスベスト殿は違う部屋じゃろう」


「だから、なんで、僕達3人は一緒なんだ!?」


「お主等はわしを護衛する身じゃろう」


「おい、ちょっと待て! なんで僕が護衛する立場なんだ!? 大体、このデブはグッスリ夢の中で、ちっとも護衛になってないだろう!!!!」


シンバとコーラルの言い合いに、マーブルはクスクス笑う。


いつもなら、こんな光景も笑えるのだが、アスベストは笑えない。


「マーブル姫、こんな所にいたのね!」


突然、オニキス国の姫が現れ、


「昨日のわたしを守ってくださった王子様はどこの国の王子様なの!?」


と、マーブルに詰め寄る。


「まだいたの? 早くオニキスに帰りなさいよ」


「だから、昨日の王子様を教えてくれれば、帰るわよ!」


「知らないってば」


マーブルは知らないと言うが、オニキス国の姫は引き下がらない。あんまり、しつこくマーブルに詰め寄るので、


「そ、その王子に、怒っておるのか?」


シンバはダンスを踊れなかった事が、未だ不安で、心配になり尋ねると、


「違うわよ、わたしの事を、体を張って守って下さったんですもの、御礼を言わなければと思って探しているのよ」


そう言うので、シンバは、そんな事かと、ホッとし、顔が緩む。だが、そのホッとした表情に、


「デレデレしないで」


と、マーブルが怒った顔で、睨んだ。


「しておらぬよ」


「してた」


「しておらぬ」


「してたわよ!」


「そこの白髪のアナタ!」


シンバとマーブルの間に割って入り、オニキスの姫がそう吠えた。


「わしの髪は銀じゃ!」


「なんでもいいわよ、髪の色なんて! それよりアナタ! わたしに話しかけておいて、マーブル姫とコソコソお話!? マーブル姫も私語を慎んで、黙ってわたしの話を聞きなさい! あれはね、きっと、わたしの王子様なんだわ、仮面からチラッと見えた青い瞳がとても綺麗で、きっと、あの仮面の下は、夢に見る程の素敵なお方に違いないわ」


うっとり空想の世界を見つめ、呟くオニキス国の姫。だが、


「って、なんで単なる騎士が姫であるわたしに馴れ馴れしく口を聞いて来るの!?」


と、突然、シンバに怒り出し、ジィーッとシンバを見た後、


「そういえば、あの王子様の髪の色も光る銀色だったわね・・・・・・」


そう呟くから、


「そうそう、単なる騎士があなたの王子様だったりするのかも」


と、笑いながら、コーラルが言って、シンバがコーラルを睨む。


「兎に角、その王子様が見つかったら、わたしに報告してね」


と、オニキス国の姫は、王子様を捜し求めに行く。


「早くオニキスに帰ればいいのに」


マーブルは口を尖らせ、そうぼやいた。


「マーブル、わし等はこれからの事を、話し合いたいのじゃが、余り誰も近寄らぬような、どこか空いておる部屋を貸してはもらえぬじゃろうか」


「はい、わかりました」


マーブルは頷くと、メイドに、今、誰も使っていない部屋で、静かな場所はないか聞いて、そこへシンバ達を案内した。


さっきまで、明るい雰囲気だったシンバやコーラルは、部屋に入ると、急に黙り込み、ルチルとジャスパーは、この空気に何も言い出せず、アスベストも黙ったまま。


沈黙が続く——。


だが、アスベストは聞かなければならないと、思い切って、


「王子、昨夜の話ですが」


そう切り出した。


「あぁ、わしの父がジプサム王じゃと言うた事じゃな」


シンバがそう言うと、ルチルもジャスパーも、驚いた顔になる。


「正確には、ジプサムが落としたと言われるクリーダイト、パイロープ、フェルドスパー、リアルガー、そして我がエンジェライト。この5国の王が、ジプサムという国をつくった。そうじゃな、コーラル殿?」


腕を組んで、窓際に立つコーラルは、そう聞いたシンバを見て、


「本当に、その事に気付いてたんだな、知ってるふりしてるだけかと思った」


そう呟き、


「いつから、気付いた?」


そう聞いた。


「ハッキリと悟ったのは、ジプサムの王子が我が弟だと聞いた時かのう、じゃが、元々、妙だとは思っておったんじゃ。アスベスト、お主がわしの傍におる事がのう」


「私が?」


アスベストは、どうして?と、妙な顔でシンバを見る。


ルチルとジャスパーは朝から重い話だと、黙ってソファーに座り、シンバはコーラルとは別の窓際で、アスベストの話を聞く為、黙ったまま、窓の外を眺めている。


その窓から見える庭では、マイカが朝早くから、草花の手入れをしている。


シンバはマイカを見下ろしながら、少し微笑を浮かべたが、アスベストが口を開くと同時に、その表情も難くなる。


「・・・・・・王子、私がどうして王子の傍にいる事が妙なのでしょうか? エンジェライトがジプサムに落とされた時、私は、王の命令により、王子を時が来るまで安全な場所へと、それに従った迄です」


「そうじゃな、そう言っておった。じゃが、時が来るまでとは?」


「それは王子が戦える時が来る時までと言う意味だと思います」


「そうじゃな、じゃが、その時、わしはまだ子供じゃったろう? 戦えると言うと、やはり、今の年頃じゃ。あれから10年以上も月日は流れておる。悠長すぎるとは思わぬか」


「・・・・・・しかし、それだけの事で、王を疑うのですか!?」


「いいや、一番引っ掛かっておるのは、さっきも言うたが、お主がわしの傍におると言う事じゃよ。お主はレグルス騎士隊の隊長じゃったな、事実、お主は本当に強い。わしが、ここまで来れたのも、最強の騎士である、お主がおったからじゃ」


「それは絶対に違います・・・・・・ここまで来れたのは王子の運の良さと実力と人を惹き付ける魅力です、全て王子の力で、私の力ではありません」


「いいや、お主がおったからじゃ」


言い切るシンバに、有り難きお言葉と、アスベストは頭を下げる。


「そんなお主を、何故、父は手放した? 有り得んじゃろう。もしわしが、父の立場なら、間違いなく、お主を連れて、ジプサムへ乗り込む。小さな王子一人、他の者に任せても良かろう、その王子が戦える者に成長するか、どうかも、わからんのに、悠長に待っておれん。それに、お主は、エンジェライト王の勝ちに拘る精神が好きなのだと言っておったな? それが我が父ならば、勝つ為に、必ず、お主を連れて行く筈じゃ」


「お言葉ですが、王子! 私は王子と共にいて、ジプサムにも勝てる力があると思いました、小さな王子に私は何度もそう思いました、王もそう感じて、この世界の未来の為、そしてジプサムに勝利する為、私を王子の傍に置いたのだと思っています!」


「有り得ん」


「どうしてですか!」


「わしは父を知らぬ。父もわしを知らぬじゃろう、何故、触れた事もない者に、未来を託せる? しかも何故、勝てると思う? 息子だからと言う理由だけでは、有り得ん」


「・・・・・・しかし——」


「無論、これだけの事では、我が父がジプサム王であると気付く事もなく、何故じゃろうと、只の疑問に終わっておった。その疑問が更に疑問を生んだのは、玄武の長に、わしが名乗った時の反応じゃ」




『わしか? わしはエンジェライト第一王子、シンバじゃ』


『それは何の冗談だ?』


『悪いが、このエリアから退いてもらうぞ』


『何のつもりか知らんが、町の者が勇者気取りで寝ぼけた事を言っていると、痛い目を見るぞ』




「何故、冗談だと? 第一王子の死体など、ジプサムは確認しておらぬじゃろう、わしは生きておるのじゃから。なのに、どうして、最初から冗談と決めてかかったのか。その後、アスベスト、お主が、レグルス騎士隊の隊長であると、玄武達の中におった、エンジェライトの騎士達が騒ぎ出し、お主が、わしをエンジェライト第一王子だと吠えて、皆は、それを信じたんじゃったな。お主は顔が知られておる故、お主の言葉は真実となった」


「王子が仰っている事は、疑問に思えば疑問ですが、只の普通の会話とも言えます。エンジェライトはジプサムに落とされたのですから、玄武の長が、何の冗談かと聞くのは不思議ではありません」


「そうじゃ、だから、この時点では、まだ疑問が膨らんだだけじゃよ。次に白虎の長、コーラル殿と戦った時、わしは、疑問を更に疑問にしてしまい、何も気付けんかった。何故、この時に気付けんかったのかと、自分のバカさ加減が頭に来る」




『わかってないな、それは只の理想。夢と同じ、海の泡のように消える儚い幻想。いいか、平和で素晴らしい世界を築けば築く程、その世界を手にしようとする王は現れる。そして、また戦いが始まる。なら、全ての国をひとつにし、世界で力を持つ者は、たった一人にする、王を一人にすれば、戦いは起こらない。そしてその王は平和主義者では駄目なんだ、野心家で恐ろしい者程、誰も逆らわない。その地位に行きたいとも思わない。王は民から憎まれ、内乱が起きても、王の下の者が処理して行き、反逆者には徹底的な処罰を与える。そうする事で戦はなくなり、大量の死は免れる。王とは悪ではないと、この世界は治まらないと言う事だ! 世界とはそういうものなんだ! 平和な世界を目指すなら、汚い世の流れで生きていくのがいい。小さな争いで済む世が、僕の行き着く場所!』




「コーラル殿が言った事は、わしを挑発しとるのか、わしの考えを否定しとるのか、そう思うておった。じゃが、そうではない。それこそがジプサム計画。5国の王達が考えた計画じゃったのじゃろう」


そう言ったシンバに、コーラルはフッと笑みを零し、俯いたまま。


アスベストは、ジプサム計画!?と、固まったまま動かず。


ルチルは無表情で、ソファーに座ったまま。


ルチルの隣で、あくびを我慢して、鼻を膨らますジャスパー。


「そしてわしは、朱雀の長、リアルガーと、ここネフェリーン王国で戦った」




『これは人と人の戦いだと思うか? そうだな、人は過ちを隠したがる。お前はまだ若いだろう、だから人の大きな過ちを知らない。今、何故、人は殺されるのか、知らない。それは我々が人を無にしたからではない。人が何もなかった事にしたからだ。そう、全てを無にしたのは人間達の方だ』




「正義の味方と言われた戦士リアルガー。奴が言う事は恐らくジプサム計画の根本的な事なのじゃろう、何故、その計画が成されたのか、歴史上、記録を残さずに何もなかった事にされた為の計画じゃとしたら、何を無にされたのじゃろうか。奴は元は奴隷じゃったと言う。恐らく、この計画には、王だけではなく、奴隷達も手を貸しておるのじゃろう。エンジェライトにも奴隷がおったらしいからのう。じゃが、リアルガーの戦いで、わしは未だわからん事がある。奴は、お前はここで死ぬか、ジプサム王に仕えるか、どちらかだと言った。我が王のペットに持ち帰ってやるとも言っておった。わしを殺さず、ジプサムへ連れて行く理由はなんじゃろう」


「・・・・・・そうよね、だって弟が王子としているなら、今更シンバは邪魔よね?」


ルチルが頷きながら、小さな声で呟き、そう言った。だが、その台詞を掻き消す、アスベストの声。


「王子、王は生きておられると言う事ですか!?」


「・・・・・・知らん。後はコーラル殿に聞くしかないじゃろう」


「王子、こんな話、全て憶測でしょう!?」


「・・・・・・アスベスト、お主に聞きたい事がある」


「なんでしょう?」


「お主は、ジプサムがエンジェライトを襲撃した時、何をやっておったのじゃ? 誰かと戦ったのか? どうやって、わしを助けたのじゃ?」


「それは——」


突然、黙り込むアスベスト。


「話すと、わしの考えが真実になるか?」


「・・・・・・あの日、私は騎士達の部屋にいました。その日は暦上、エンジェライトに厳しい冬が来る前に、備えある為の休日で、王がエンジェライト城で働く者達に休暇を与え、皆、実家に帰っていました。勿論、騎士達も。それは毎年の行事で、城に残るのは、実家に帰れぬ理由のある者達だけになり、手薄になります。ですが、その行事はエンジェライトだけの事なので、外部に漏れる事はない筈。私は、ベリルエリアのペリドット村の出の者ですので、勿論、帰る事はできず、毎年、エンジェライトでのんびり過ごしてました。あれは、夜も更けて、私は騎士達の部屋で寝転がり・・・・・・」


そこで話が止まったので、皆、アスベストを見た。


アスベストは、黙ったまま、難しい顔で、俯いている。


「・・・・・・どうしたのじゃ? 寝転がり、何をしておった?」


「・・・・・・」


「言えんのか?」


「・・・・・・」


「言えないって事は、アスベスト、アナタも実はジプサムと何らかの繋がりがあるとか?」


そう言ったコーラルを、アスベストはキッと睨み、


「私はジプサムと繋がりなどない!!!!」


そう吠える。コーラルは、溜息を吐いて、あっそと、また視線を窓の外に向ける。


「アスベスト、真実を話してくれぬか?」


「・・・・・・真実ですか」


「わしの命令じゃ」


「・・・・・・はい、わかりました。でも王子、どうか、誤解しないでほしいのです」


「・・・・・・ようわからんが、誤解などせぬよ」


と、シンバは頷いてみせる。アスベストは、暫く黙っていたが、俯いたまま、話し出した。


「騎士の部屋にいたと言うのは嘘です、城から離れた騎士の訓練場にいました、午前中、お妃様が、わざわざ騎士達の部屋に来られ、話があるから、今夜、騎士の訓練場で待っていてほしいと、それだけ言うと立ち去られ、私は、お妃様をお待ちしておりました」


「そうか。で、母は何の話じゃったのじゃ?」


「それが、お妃様が来る前に、ジプサムの襲撃に——」


「何の話もなにも、誤解もない。恐らく最近の王の不審な動きに、妃は最強の騎士に相談したかっただけだろ」


そう言ったコーラルに、アスベストは、そうなのだろうかと、俯いたまま。


「まぁ、わからなくもない。美しい女が、話があるからと城から離れた場所に呼び出し、しかも夜指定で言われると、自分に気があるのかもと思って当然だしな。誤解してほしかったか?」


半笑いしながら、コーラルがそう言うと、


「やめぬか、そんなふざけた言い方! 本当に母はアスベストに気が合って、呼び出したのかもしれぬじゃろう」


と、シンバが怒鳴り、コーラルは、眉間に皺を寄せ、


「それは自分の母親のふしだらさを認めるような台詞だぞ?」


そう言った。確かに、そうかもしれないが、シンバは、アスベストが、妃を好きだった事を、なんとなくだが、感じている。


「・・・・・・もし、母がアスベストに気が合ったとしても不思議はない。アスベストはそれだけ、カッコイイと、わしは思う。父がどんな人じゃったか、ようわからぬが、父にも勝るものを、アスベストは持っておるのじゃ」


そう言ったシンバを、王子は優しいなぁと、まるでお妃様のようだとアスベストは思う。


だが、アスベストは、首を振り、


「いいえ、お妃様は、王だけを見ておられましたから。きっと私に相談があったのでしょう、それを私が勝手に浮かれていたのです」


そう言うと、常に王だけを見ていた妃が、王の不審な行動に気付くのも当然かもしれないと、アスベストは、シンバの憶測に過ぎない考えに、少し納得する。


「私はお妃様を待っていました、すると、夜更けだと言うのに城下町がやけに騒がしい事に、窓を開けました。訓練場から見える町は、何やら明るくて、それが炎で覆いつくされているのだと、気付くまで、時間がかかりました。急いで、鎧を身に付け、城へ向かいました。城内は既に炎と煙で一杯で・・・・・・幾ら離れにいるからと言っても、この騒ぎに、私は何も気付けなかったのです・・・・・・」


自分の情けなさに、アスベストは苦い気持ちを胸に押し込めて、再び話し出す。


「王は寝室だと思い、そこへ向かっていたのですが、王は既に一階フロアにおられ、煙に咳き込んでおられました・・・・・・」


アスベストの瞳に映る、あの日——。




『大丈夫ですか! 王! しっかりなさって下さい!』


『アスベストか、ジプサムが・・・・・・』


『ジプサム?』


『ジプサムが我が国に攻め入った!』


『攻め入った!?』


私は耳を疑った。


何故、何も気付けなかったのか。


このエンジェライトの最高騎士隊であるレグルスの隊長を勤めている私が、何故、何も気付けなかったのか。


ジプサムの静かな襲撃は、まるで、何も見えない闇が忍び寄るような——。


『ジプサムは、最近、小さな国々を襲っていると、聞いていたのだが、まさか我が国が落とされるとは——』


『いいえ、王よ、私が今から戦います! まだエンジェライトは落ちてなどいません!』


『アスベスト、敵はもう撤退した』


『撤退した!?』


敵が去った事さえ、気付かず、私は、何をしているのだろうか。


『だから追わなければならない』


『それなら私が!』


『アスベスト、お前は王子を守ってほしい』


『しかし!』


『見ろ、エンジェライトの姿を!』


炎が踊り狂い、煙が辺りを暗く遮り、それはまるで地獄のよう。


『今、この城に残っている騎士はアスベスト、お前だけだ、最強の騎士であるお前が守らなければならないもの、それはこれからのエンジェライトだろう』


『しかし私は——』


『アスベスト、王子を時が来るまで安全な場所へ!!王子を頼んだぞ』


王はそう言うと、私を払い除け、去っていき、私は呆然と立ち尽くしていた。


炎が舞い上がり、煙を吸い込んで、咳き込んだ事で、我に返り、王子を探す為、城内を駆け回っていると、ドーンと突然、爆発音が鳴り、天井がバラバラと崩れ、壁が落ちて来て、私は瓦礫の下敷きになり、そこから這い出ると、また大きな爆発音。


炎が何かを爆発させたか、或いは、まだ敵の襲撃にあっているのか、全くわからず、私は、只、王子を無我夢中で探し続けた。


『誰かおらぬかー!』


その声に、まだ城に残っている者がいると、私も、


『誰かいるのか!? おーい、誰かいるのかー!?』


大声を出した。


黒い煙の中から現れた影は、パミス爺さんだった。


あまり接点のない私達はお互いを知っている事と言えば、肩書きだろう。


私はエンジェライトのレグルス騎士隊、隊長のアスベスト。


パミス爺さんは、元学者の旅人で、今は王子の教育係。


その肩書きしか、わからないが、敵ではない事は確かだ。


パミス爺さんはシンバ王子を抱いていた。


『死んでるのですか!?』


『縁起でもない事を抜かすな! じゃが、ここを脱出せねば、ワシ等共々、王子も——』


そう、もう、逃げ場はなかった。


崩れた瓦礫は行く手を阻み、炎は天井まで舞い上がり、必死で身を低め、煙を吸い込まないようにしても、煙は床の方まで漂っていて、火が笑うように踊り狂い、私達を取り囲んでいた。


城の造りは、大抵は石だ。


エンジェライト城もそうなのだが、何故か、火の回りが速く、幾ら、最強と言われる私も炎相手に、どうしようもなく——。


そして、学者だったパミス爺さんも、その天才的な頭脳を持っていながら、炎相手に、どうしようもなく——。


『王子だけは何としても!』


パミス爺さんがそう言った時、私の中に、王のお言葉が鳴り響いた。


『今、この城に残っている騎士はアスベスト、お前だけだ、最強の騎士であるお前が守らなければならないもの、それはこれからのエンジェライトだろう』


これからのエンジェライト、それを背負うのは王子だ。


王子だけは何としてもお守りせねば!


『パミス爺さん、私は王から王子をお守りするよう、命じられました。これからのエンジェライトを背負う為の王子を、時が来るまで安全な場所へと導かなければなりません。その王の命令をここで終わらす事はできないんです!』


その願いが叶ったのか、それとも王子の運命はここで終わるようなものじゃなかったのか、その時、瓦礫が崩れ落ちて、出口となる道が出来た。


直ぐにその瓦礫から、パミス爺さんと王子を守るように、私は二人の上に覆いかぶさった。


私の鎧は砕けて、すっかりボロボロとなって、エンジェライトの紋章が入った鎧は、聖なる輝きを失くすと同時に、私の体も守り、そして、私は、力を出し切るように、大きな瓦礫を投げ倒すと、パミス爺さんから、シンバ王子を奪うように、抱き締め、走った。


気がついたら、パミス爺さんも、私も、無事に城から抜け出す事が出来て、少し離れた小高い丘の上の一本の木の下、エンジェライトが燃えていくのを見つめていた。


気を失っている王子を見つめ、これからどうするのか、ぼんやりと考えていると、


『夜が明ける』


パミス爺さんの声に、ふと、顔を上げ、見ると、空が明るくなって行くのを目にし、涙が溢れ出て——。


『一体、エンジェライトに何が起こったと言うんじゃ、この夜明けは夢ではないのか』


『エンジェライトはジプサムの襲撃にあったんです』


『ジプサムの襲撃じゃと!?』


『・・・・・・私はこれから王子をペリドットへ連れて行きます』


『ペリドット? ベリルの隠れ村か?』


『知っているんですか?』


『ワシは旅人じゃったからのぅ、いろんな場所を見てきた。若かりし頃、エンジェライトに立ち寄り、先代の王がワシを気に入ってのぅ』


『先代の王が・・・・・・』


『お主は、今の王のお気に入りの最強の騎士アスベストじゃろう?』


『あ、申し遅れました、レグルス騎士隊隊長のアスベストです』


『何故ペリドットへ?』


『私の故郷ですから。その前に、エンジェライトの騎士達が城に戻ってくるかもしれませんから、一度、城に戻らなければ——』


『その必要はなかろう、あっち方角はウレックサイト。エンジェライトエリアで尤も大きな町じゃが、立ち上る煙が見えるじゃろう、恐らく、ウレックサイトもやられたのじゃろう、ウレックサイトがやられたなら、インカローズもやられておるじゃろう、エンジェライトの騎士達は、皆、エンジェライトエリアの腕の立つ若者達——』


『・・・・・・そんな・・・・・・みんな、休暇だったから鎧も剣もなにもかも城に置いて、実家に戻っているんです、そんな所を、襲撃に合えば、武器もなく、どうやって戦うと言うんです、今頃、皆——』


『先代の王から、多額の金を預かっておる』


『は?』


『その金で、王子を育てるのじゃ』


『・・・・・・なんですって?』


『ペリドットじゃったな? あそこなら、身を隠すのに悪くない。ワシは金を預けておる場所へ向かい、その後、ペリドットへ行く。金を持っておるから、ワシは船を使うが、お主等はその格好で、船にも乗れんじゃろう。ましてやエンジェライトの紋章の鎧を着ておるんじゃ、その鎧がズタボロ。他のエリアの者が見たら、何事かと思われ、下手をすれば、エンジェライトを落とす、いい機会じゃと、王子の命も狙われるかもしれん。何とか、身を隠し、ペリドットまで来れるかのう?』


『ちょっと待って下さい、王子を育てるって?』


『お主、これからのエンジェライトを背負う為の王子を、時が来るまで安全な場所へと導かなければならぬと申したじゃろう、それは王子を立派に育てると言う事じゃろう』


『そ、そうですけど・・・・・・』


『幸い金はある。お主も王から、何かあった時の金を用意されとるか?』


『いえ・・・・・・』


『お主自身に金があるのか?』


『いえ・・・・・・』


『金もない者に、王子を預けるとは、王は随分じゃな』


『まさかの事態でしたから、何の準備もしてなかったのだと思います』


『まぁ良い。ペリドットには、お主の両親がおるのか?』


『い、いえ、妹が、息子と二人で住んでいます、村の一番奥にある小さな家です』


『ワシは、先に行って、お主の妹さんに説明をしておこう』


『あの、どうして先代の王から金を? 準備万端過ぎやしませんか?』


『・・・・・・聞きたいか?』


『・・・・・・はい』


『アスベストと言う名の疫病神がエンジェライトにはおる故、何が起こってもおかしくはない。多額の金を預ける故、何かあった場合の為、どこかに保管しておけと命じられたんじゃ、ワシは命令通り、金を大事に保管してあり、その金を今こそ使うべきじゃと思うておる』


『・・・・・・この悪夢は私のせいでしょうか』


『まさか。只、先代の王は、アスベストという病が流行った時代を生き抜いた人じゃったからのう』


『それを言うなら、パミス爺さんもそうでしょう』


『病など怖がっておったら、旅はできんじゃろう、ワシは世界中を巡ったんじゃぞ』


パミス爺さんは、そう言いながら、今、持っている金を全て、私に渡すと、


『途中、馬を買うと良い。それぐらいの金しか、今は持っておらん』


と、背を向けて、行ってしまった。


私も王子を背負い、逃げるように、身を隠しながら、ペリドットへと向かったのです——。




「つまり、エンジェライト王の自作自演にまんまと引っ掛かったって訳だ。実家に戻った騎士達も、奴隷達の反乱だと思っただろうなぁ。まさか城まで炎上しているとは思いも寄らなかっただろう。だが、一番、今現在、驚いているのは、エンジェライト王だと思うぞ、だって、その炎の中で死ぬ筈だったアスベストが生きて、しかも、命令通り王子を助け出して、シッカリ育て上げていたんだからな。大きな誤算は先代の王の隠し金があったって事だ」


クックックッと喉を鳴らし、そう言ったコーラルに、


「次はお主が話す番じゃろう」


シンバがそう言った。


「僕の話が聞きたいって? いいよ、何から話す?」


「ちょっと待って下さい、王子! もしも本当に王子の言う通りならば、何故、王は、そんな事を!? それに、王は、私に、王子をお守りするよう命じたんですよ」


そう言ったアスベストに、答えたのはコーラル。


「わからない奴だな、いいか、アナタは王に殺されたんだよ。炎に呑まれた場所で、王は既に出口近くにいたんだろう? そこにやって来たアナタを城の中に留めて置く為に、王子を守れと命じた。アナタを殺す為に——」


「王が私を殺す? 有り得ません。王は私の全てです!」


「だが、アナタは王の全てではない」


「そ、それはそうですが・・・・・・しかし王子は王の全ての筈です!」


「違うね、エンジェライト王が思う全ては勝利だから」


「勝利?」


「始まりは、多分、アスベストが流行った時代に遡る。僕の祖父はフェルドスパー王として、小さいながらも素晴らしい国を築いたが、力のある大きな国々から、アスベスト患者を引き取れと連絡が来た。奴隷を扱っている国は、まだ発展途上国だったフェルドスパーと、エンジェライト、そしてリアルガー、クリーダイト、パイロープ。その5国に、力のある国から圧力がかかる。つまり、奴隷部屋に感染する病を持った奴等を置いておけと言う命令だ」


「病気なんでしょ? 病院とかじゃないの?」


驚いて、思わず口を挟むルチル。


「患者は増える一方で、感染する病だから、隔離する場所が足りなくなったんだ。僕の祖父は断った。奴隷もタダじゃない。病気で死なす訳にいかないだろう、だが、国々は、治療法が見つかる迄の間だけだと、無理矢理、感染者を送りつけて来た。その患者達を放り捨てる事は国々の王からの命令に逆らう事になり、力のないフェルドスパーは患者を受け入れる他なかった。恐らく、エンジェライトも、リアルガーも、クリーダイトも、パイロープも、そうだったのだろう。兎も角、僕は幼い頃、まだ祖父が健在で、父が祖父の補佐として国を一生懸命、立て直そうとしていたのを見てきた。そして、見たのは、祖父や父の大変さだけじゃない。奴隷部屋となる隔離された部屋で、多くの人が死んでいるのを目にした。僕は子供ながらに、それがとても恐怖だと悟ったんだ——」


コーラルは、そう言って、目を伏せた。


二度と、そんな光景は見たくないと、顔を苦痛で歪ませる。


「アスベスト患者も治療法が見つかり、薬も出来たが、フェルドスパーは多くの死者を出し、国の発展はなく、小さき王国のまま、時は祖父が死に、父が祖父の意思を受け継ぎ、王となり、世界の王は平和を唱えるようになる。そんな時、エンジェライト王から連絡が来る」


「お主はまだ子供じゃったろう? 覚えておるのか?」


「あぁ、僕は父の傍に常にいたからな」


「そうか」


「エンジェライトでは、アスベストウィルスに感染した者が未だいると言う。僕も父も驚いたよ、もう治療法は見つかっている筈だし、それに、感染してから、数ヶ月もすれば死に至る病なのに、何故、今更、生きた者がいるのかと。まさか新たな感染者かと、不安さえ覚えた。もう二度と恐怖を見たくなかったから、僕は早く助けてあげてと、叫んだのを覚えいてる。だが、その生存者は、アスベストに感染しながら、今現在も生きていて、しかもアスベストウィルスを自分の力にしている化け物なんだ。名をジプサムと言う——」


その話には、シンバも驚いたのだろう、目を見開き、コーラルを見ている。


勿論、アスベストもルチルも、驚いて、コーラルを見る。


ジャスパーだけが、キョトンとした表情をしてるが、それでも、何やら大変な事なのだろうと、口を開けっぱなしで、コーラルを見ている。


「ソイツはエンジェライトにいた奴隷らしいが、アスベストに感染し、苦しんでいたものの、突然、通常の健康状態に戻り、だが、アスベストウィルスは体から抜けてないままで、何故、そうなったのか、薬の副作用か、或いは遺伝子の障害を用いての事か、何らかの免疫があった為に死に至らなかったのか、まだ、その理由はわからないが、ウィルスが体に定着し、突然変異したようだ」


「変異?」


シンバが聞くと、


「化け物にだよ」


何度も言わすなとばかりに、コーラルが吐き捨てるように答えた。


「体は健康そのものだが、見た目が焼き爛れたように、酷い有様で化け物そのものだ。それだけじゃない、何故かパワーは増して、焼け付くような息を吐き、大地の奥底、地獄と言われる地層に眠るマグマを操る如く、奴が吠えると大地震が起こる。間違いない、僕はソレを一度見ている」


「・・・・・・アスベストウィルスはマグマに眠るウィルスじゃったな」


「あぁ、多分、化け物ジプサムの体の中にあるウィルスと、この星の奥深く眠るマグマが共鳴しているんじゃないかって話だ、その共鳴に大地が震える」


「・・・・・・そのジプサムと言う者は、今はどうしておるのじゃ」


「薬で眠らせている。じゃなきゃ、今頃、国々は化け物一匹に全滅だ」


「・・・・・・成る程」


頷くシンバに、コーラルは話を続ける。


「エンジェライト王は、このジプサムという化け物を使い、世界の頂点に立たないかと、僕の父に話を持ちかけた。ハッキリと覚えているのは、エンジェライト王が、『父のように小さな国で終わらせたくない、世界を自分達が動かしていると勘違いしている国の王達に、わからせてやるんだ、真の支配者は誰なのか、誰が世界を動かす者なのか、その為に世界を手に入れよう』そう言った事。身震いしたよ、まだ子供だった僕が、この王は敵にまわしたくないってね」


コーラルはそう言うと、シンバを見て、


「この僕に、敵にまわしたくないって思わせたのは、エンジェライトの者ばかりだな」


と、呟いた後、再び、話し出す。


「他のリアルガー、クリーダイト、パイロープも、エンジェライト王から持ち上がった話に賛成した、当然だな、この5国はアスベストウィルスに犯された患者達を送りつけられ、そのウィルスで、国が潰れる所だったんだ。復讐を考えてもおかしくはない。しかも、そのアスベストウィルス感染者で復讐できるなら、願ったり叶ったりだ、そうして、生まれたジプサム王とは、その5国の王達の事だ。勿論、化け物ジプサムを持っているエンジェライト王がトップの地位にあり、その為、黄竜という最高騎士団長にエンジェライトの王子レオンを。次にエンジェライト王の話に直ぐ頷いたクリーダイトがあり、青竜の騎士団長をクリーダイト王の意思を受け継ぐ者が。そして、リアルガー、朱雀の騎士団長をリアルガー王の意思を受け継ぐ者、次にフェルドスパー、僕の白虎騎士団があり、最後、パイロープとなり、玄武騎士団の団長をパイロープ王の意思を受け継ぐ者がなっていると言う訳だ」


「よくわからないけど、自分の国を失ってまで、復讐なんてするの?」


ルチルがそう聞くと、


「失う? 失わない為の計画なんだよ」


と、コーラルは不敵に笑った。


「ジプサム王とは、5国の王の事だが、その王達は死んだとなっているだろう、だからジプサム王とは架空の王となる。その架空の王が世界を統一する。悪の象徴ともなるジプサム王は、誰も近付けないし、誰も逆らえない。勿論、架空の王が無茶な事を言う必要はない。只、世界の王となれれば、それでいい。世界で力を持つ者は、たった一人ジプサム王。全ての国をジプサムの支配下にする事で、大きな戦争は免れる。内乱は起きるだろうが、その都度、厳しく罰する事をすれば、いや、反逆者には死刑を与えればいい。多くの死を出すよりは、それがいいだろう。例え、また手に負えない病が流行ったとしても、ジプサム王は、こう命じるだろう、他国へ感染者を運ぶ事を禁じる。それぞれ、国々、責任を持ち、感染者を隔離せよってね」


「それのどこが失わない為の計画なの?」


首を傾げるルチルに、コーラルは話を続ける。


「ジプサムに落とされた5国は、今はジプサムの領土になっているだろう? だが、5国の国の王は身を隠しているが、その血族者や、王の意思を受け継ぐ者達が、生きて現れ、5国を取り戻す予定なんだ。その為、僕達は騎士達に指示を与えれる者として、騎士団の長を務める事になった。それが玄武、白虎、朱雀、青竜、黄竜、その5騎士団となる。嘘を真実にする為に、僕達は強くならなければならない。あのジプサムから城を奪い返せる程の強さがあると思わせる為にね。その為の騎士団の団長と言う地位って訳だ」


「でも、そしたら、他の国の王から、それだけ強いなら、ジプサムを世界から退かせろって命じられるんじゃないの?」


また首を傾げるルチルに、今度は首を振るコーラル。


「ジプサムから城を奪い返せる程の強さなんだよ、そうなったら、立場はこちらが命じる側だよ。誰も怖くて、命令などできない。現に、シンバは、強いってだけで、待遇がいいだろう?」


「でも、アナタ達はジプサムの騎士団の団長でしょう? その顔を変えない限り、王子として戻れないんじゃないの?」


ルチルがそう言うと、コーラルはフッと笑みを零し、


「僕達、長の顔など、誰も知らなかったんだよ。シンバが現れるまでは」


と、シンバを見た。シンバもコーラルを見ている。


「長が出て行く幕などなかった。それはエンジェライト、レグルス騎士隊の強さを、皆、知っているから。レグルス騎士隊は世界で尤も強いと言われ、小さな国でも、それが売りで、最強の騎士隊に守られると、あんな寒いエリアでも民達が集まったんだろう。だが、ジプサムは、その騎士隊がいるエンジェライトを落としたんだ。そんなジプサムに自ら喧嘩を売らないだろう? 長が出て行く必要があるか? 出て行くとしたら、完璧に、その国を落とす時、王の首を取る時だろう」


「じゃあよぉ、玄武が、ベリル王国を襲ったのは、完全に落とす為だったのか?」


黙っていたジャスパーが聞いた。


「あぁ、この計画は10年以上前の話。僕はまだ子供だったし、長になるには時間が必要だった、それに、騎士団をまとめるのも簡単じゃない。皆、長になる為、必要な知識や強さなどを叩き込まれた。そして、ようやく、それなりになった時、そろそろ、大きな国をひとつ、潰しておく必要もあると、人口が少なく、兵の強さも然程ない、ベリル王国が選ばれ、玄武が行く事になった。玄武の長はパイロープの王の意思を受け継いだ者、パイロープ王に子供は生まれなかったからな。国々の王達は、ずっと大人しくしていたジプサムに油断もしていただろう。この戦いでジプサムに敗北はなかった筈だった。だが、そこにシンバが現れた。計画は崩れ始める——」


「崩れ始めた割には、その時点で、お主はまだ自信満々に白虎の長じゃったが?」


「おいおい、僕はシンバがジプサムに勝てると思ったから、ここにいる訳じゃないし、ジプサムに勝利あると思っていたから白虎の長だった訳でもない。白虎をやめた今だって、僕はシンバに勝利はないと思っているよ」


「なら、何故、わしの傍におる? 幾ら友達になろうと言われても、負け戦に参加などせんじゃろう」


「・・・・・・駒って言ったろ?」


「あぁ、お主の事をか」


「燃える父の肖像画を見ながら、確かに駒だなぁって思ったよ。父も僕も——」


「・・・・・・そうか」


コーラルは、シンバが言った台詞を思い出す。




『わしはお主が言うた通り、根っからの王子体質じゃからな、わしの思う通りになる為なら、わしの目の前に立ちはだかる者、わしの上に立とうとする者、わしの大事なものを奪う者、それが誰であろうと、全て退かせてやるわ』




「シンバは一人で立ち向かって、勝てもしない戦いに挑もうとして無謀だけど、負けても、誰の駒にもならず、自分自身で動いてる事を誇りに思い、それは、誰にも従わず、自分だけを信じて、ある意味、本当の王と言う者であり、勝ちなんじゃないかって——」


シンバを認める台詞を吐いてしまった自分に、コーラルは少し苛立ち、


「おい、ちょっと話は変わるが、さっきから気になっていたが、あの庭師の男は、昨日のナイフの男じゃないのか!」


窓の外を見て、怒った声色で言う。


「マイカ殿じゃろう、ここで雇ってもらえる事になってな。今朝からよう働いておる」


「そういう所が駄目なんだよ!」


「そういう所とはどういう所じゃ?」


「大体、アイツに聞いたのか? 誰の差し金でナイフ持って刺しやがったのか!?」


「刺しておらぬ。それに聞く必要なかろう、見当はつく故」


「何にしろ罰しろよ! 甘すぎるだろ!」


「甘い? 城も焼き払うわしがか?」


「そうだ、僕に対しては、その仕打ちで、あの男は何のお咎めもなしか!」


「マイカにとって、エンジェライトではない国で働く事が、罰のようなもんじゃ」


「なんだそれは! 僕はシンバのそういう所が、この戦で負ける原因だと言っているんだ」


「どういう意味じゃ」


「シンバは本当に自分の父を倒せるのか? その前に弟もいるんだぞ、それに、ジプサムという化け物は、アスベストウィルスの被害者。それを利用しようとしている事に、悪を感じても、化け物のジプサム自身に哀れみを感じて、戦う事などできないんじゃないのか」


「・・・・・・」


「シンバ、お前の登場で、計画は崩れたと言ったろう? だからジプサム王は計画を変更した」


「変更?」


「この戦いは長く続かない。全世界がジプサムに平伏す時が、もうすぐ来る。ジプサムがアスベスト山の火山を噴火させる時が、もうすぐ来るんだ」


「なんじゃと?」


「全てはアスベストウィルスが人々に感染した時から、始まったんだよ。もし、誰もウィルスに犯されなければ、小さな国が大きな国の圧力に負ける事もなく、そして今も尚、ウィルスに突然変異を起こした化け物がマグマを目覚めさせる事もなく、アスベスト山は死火山として、静かに眠っていただろうに」


「閉鎖されたアスベスト山に入るのか? 火山を目覚めさすのか? そんな事をしたら、再びウィルスが灰となり、世界に飛ぶかもしれんじゃろう」


「それが狙いなんだろう。灰を集め、あちこちで撒けば、アスベストウィルスは再び世界に恐怖を与える。しかし、あの時に開発したワクチンは使えない。ジプサムの体の中に巡るウィルスは進化しているんだ、アスベストウィルスとは進化するウィルスだ。つまり、マグマの中のウィルスも進化している」


「皆、全滅するではないか」


「いいや、ジプサム王は、特効薬を持っている。化け物ジプサムの血液は進化したウィルスの特効薬になる。全ての人間に効くとは限らないし、年寄りや子供は危険な賭けとなるだろうが、人々は、その薬に縋るしかないだろう。シンバは、その人々を救う事ができる王を倒そうとしている。世界の悪は、シンバとなるんだ——」


シンと静まり返り、今、ジャスパーの生唾を呑み込む音が、ゴクリと響いた。


「もう1つ、疑問に思っていた事を教えてやろう、リアルガーが、シンバを殺さず、ジプサムへ連れて行こうとしたのは、王達が、シンバが本当にエンジェライト第一王子なのか、ご自分の目でご確認したかったってだけだ。玄武の長が、シンバの話をしたが、誰も信用しなかった。そこで、もしもエンジェライト第一王子ならば、ネフェリーンへ向かうだろうと、エンジェライト王は言ったんだ。アスベストにシンバがネフェリーンの姫と婚約をしていると話した事があるとな。そしてリアルガーに、とりあえず殺して首を持ってくるか、生け捕って連れて来るか、どちらかにしろと、命じられた。リアルガーがネフェリーンへ着くまで、僕は時間稼ぎの為、シンバ御一行様を船で待ち伏せた。僕は帰って、シンバの事を話したよ、エンジェライトのお妃様によく似た顔立ちで、王子として申し分ないチカラを持った恐ろしい男だったってね。その後、朱雀達が持ち帰ったのはリアルガーの首。エンジェライト王は、間違いなく我が息子だと、そう言ったよ」


「そうか。間違いなく、我が息子か・・・・・・。コーラル殿、何故、父は、わしを置いて行ったのじゃろう」


シンバは、ポツリと疑問を呟いた。


「何故、弟のレオンじゃったんじゃろうか」


俯いて、悲しげにそう言ったシンバに、アスベストも、何故だろうと疑問に思う。


ましてや、あの炎が舞う城の中で、アスベストを殺す為に、王子を守れと言ったのであれば、アスベストと共にシンバも殺すつもりだったのだろう。


パミスがいなければ、もしかしたら、今頃、ここにシンバもアスベストも存在していないかもしれない。


「どうして悲しい顔をするの? いいじゃない、そんな恐ろしい計画に手を貸さなくていいんだから」


ルチルはそう言うが、シンバは頷けない。


父が、自分を選ばなかった理由が何なのか、知りたくて、シンバは納得できない。


「僕はその辺の事は知らない。知りたいなら、直接、聞くんだな」


コーラルにそう言われ、シンバはそうかと頷いた。


「・・・・・・王が生きておられ、王子や王の意思を受け継ぐ者達も生きていたとなると、お妃様も生きておられるのですか?」


アスベストがそう聞くと、コーラルは目線をまた窓の外に移し、庭で働くマイカを見ながら話し出した。


「ジプサム騎士団の騎士達は、それぞれの騎士団である長に従っているだけで、別の騎士団の長が何者なのか知らない。そうなると、勿論、ジプサム王が何者なのかも知らない。只、ジプサム王という者が支配していると言う事だけを知っているんだ。だが、青竜、朱雀、白虎の騎士達は、黄竜の長がエンジェライトの王子である事を知っている。ジプサム王に、エンジェライトの王子が従っていると言う事で、エンジェライトの騎士達は逆らわない。だが、玄武の中にいた、元エンジェライトの騎士達はレオン王子が黄竜の長だと知らない。言う必要がなかった。エンジェライト、ゾズマ騎士隊の者が、玄武に配属されたが、ゾズマ騎士隊なら、白虎と朱雀で充分、倒せるから、反乱が起きたとしても、僕がどうにか出来るだろうと——」


「その話、少し妙じゃな、何故、エンジェライトに限り、反乱が起きるのじゃ? 他の国の騎士もジプサム王に仕えるのは嫌じゃと思う者が現れてもおかしくないじゃろう?」


「・・・・・・エンジェライトのお妃様は・・・・・・ジプサム王に最後まで反対して・・・・・・死刑になったから・・・・・・」


言い難そうに、途切れ途切れ、コーラルはそう言った。


再び、シンと静まり返る。


「僕の母も、リアルガーの妃も、クリーダイトの妃も、パイロープの妃も、王の考えは絶対と従い、王達と共に身を隠している。だが、エンジェライトの妃は違った。一人、反対し、牢獄に閉じ込められた。しかも、恐ろしい事に、その牢獄には化け物ジプサムがいて、更に恐ろしい事に、化け物ジプサムの薬がきれて、目が覚めた時、エンジェライトの妃になら、心を開き、化け物が優しくなった。それを知った王達が、このままでは化け物ジプサムをエンジェライトの妃が手懐けてしまうと、死刑を言い渡したんだ。騎士達にも見せしめにと、皆の前で、ジプサムの反逆者として捕らえた者と言う事で、エンジェライトの妃は・・・・・・」


「・・・・・・嘘だ」


アスベストは小さな声で否定するが、その声は、まだ誰にも届いていない。


「そのせいで、エンジェライトの騎士達は反抗的で、だが、黄竜の長がレオンと言う事で、皆、大人しくしているようなものだ。玄武に教えなかったのは、玄武には何事も多くを伝えないようにしている。それは、玄武の下に属する下級兵達が、元は奴隷達で、騎士と言うよりは労働者と言う感じだから、話好きな連中で、玄武ともよく交流があったから、万が一、その事が玄武から下級兵に伝わり、それが、どこかで人々に洩れる可能性を防ぐ為、そして、さっきも言ったが、反乱が起きても、僕か、もしくはリアルガーがどうにかできただろうから——」


「嘘だ!!!!」


大声でそう叫んだアスベストに、皆、ビクッと体を強張らせた。


強い気を放ち、今にも目の前に立つ者を斬る勢いのアスベスト。


「王がお妃様を殺す筈はない! 死刑など、絶対にない!!!!」


と、そう吠えると、アスベストはキッとコーラルを睨み、


「全て嘘だと言え」


そう言った。そして、更に、吠える。


「恐ろしい計画も全て作り話だと言え。そして真実を語れ。これ以上、エンジェライト王を侮辱するならば、王子が止めても、私はお前を斬る!」


怒りで我を失っているアスベストは、城内だと言うのに、ソードを抜いて、構えた。


冗談だろと、コーラルはシンバを見る。すると、


「嘘じゃと言うたら気が済むのか、アスベスト」


冷静な声で、シンバはそう言った。


本当は冷静ではいられないだろうが、王子であるシンバは、何事も取り乱す訳にはいかない。


だが、今のアスベストに、シンバの今の心境など考える事もできず、


「こんな勝手な事を言わせておいていいのですか、王子! 全て嘘です、こんな事!」


そう叫んだ。


「わしかて、嘘じゃと言うてほしい。じゃが、コーラル殿は嘘などつかぬよ」


「どうしてわかるのですか!」


「コーラル殿はわしの友達じゃ。友達は友が傷つく嘘など言わぬ」


シンバはそう言うと、アスベストはガクンと力を失くすようにして剣を下ろした。


王と自分の関係は深い絆で繋がっていると思っていた。


言うなれば、友。


上下関係はあるものの、そういうものだとアスベストは思っていた。


生気が抜けた表情で、アスベストは、その場に佇み、


「王子は・・・・・・王と戦うのですか・・・・・・」


小さな声で呟く。


「どうするかのぅ、ジプサム王と戦えば、特効薬は手に入らん。かと言って、このままジプサム王の都合良く事が運び、世界を手に入れさせる訳にもいかぬ。負けても勝っても、わしは世界の頂点には立てぬと言う訳か。じゃが、コーラル殿、お主、まだ何か知っておろう? これは事を急ぎ、時間がない話のようじゃが、昨夜のパーティーを出席したり、わしをゆっくり休ませようとしたじゃろう、それは何故じゃ?」


「あっちは予想外の出来事ばかりで、困惑もしている筈だ。エンジェライト第一王子シンバ登場だけでなく、この僕もジプサムを裏切った。まさかの出来事だろう。白虎は全員、ジプサムを出た事になる。朱雀はシンバが壊滅させたも同然だろう、それだけで、かなりの戦力を失っている。向こうも少しは出方を考える時間が欲しい筈だ。それに化け物ジプサムが目覚めるには、まだ時間がある。食事に薬を混ぜ、眠らせるのだが、一度眠ると数週間は起きない。この前、食事を与えたばかりだから、目覚めるには、まだ時間がかかる」


「成る程」


「僕の考えでは、とりあえず、化け物ジプサムを倒せば、こちらにも勝利があると思っている。まずは化け物ジプサムを倒し、火山の噴火を防ぐ。そうすればウィルスが空気中に舞う事もないだろう、あの山は、これからも火山活動をさせない為にも、静かに死火山として、眠りを起さないようにすればいい」


「成る程」


「只、化け物ジプサムは剣では斬れない。アイツの体の中にはウィルスが巡っているんだ。斬って、返り血でも浴びてみろ、アスベストウィルスに犯されてしまう」


「成る程」


「撲殺って訳にもいかないだろう、血が出る可能性があるし、数時間に及ぶリンチは残酷すぎる。かと言って、絞め殺すとしても、ヨダレや尿にもウィルスはあるんだ、万が一を考えれば、その殺し方もやめた方がいいだろう。瞬時に首の骨を折るなども、絞め殺すのと同様、ヨダレなどがこちらに付着した場合の危険を考えた方がいい。まぁ、そんな簡単に殺せる訳ないけどな、化け物だから」


「成る程」


シンバが頷くと、同時に、


「じゃあ、どうやって殺すんだよ! 打つ手なしじゃねぇか!」


と、ジャスパーが声を上げた。


「言ったろ、僕はシンバが勝つとは思っていないって。これは化け物ジプサムを倒せれば、勝利があるって話だ」


「そうか」


シンバはいつものように、一言、そう言うと、


「とりあえず、出発しよう、その化け物ジプサムを見てみたい故、その者が隔離されておる場所に、案内してくれぬか、コーラル殿」


まるで立ち止まると言う事を知らないかのように、前へ進むシンバ。


コーラルは、勝機を失うかと思っていたが、全くその様子のないシンバに呆れるのを通り越し、頼もしくさえ、思ってしまう。


「全く、無謀なのか勇気なのか、馬鹿なのか天才なのか。わからない奴だ」


コーラルはそう呟くと、


「化け物ジプサムは無人島だった小さなビーンズ型の島の牢獄にいる。普段は下級兵士が見張りについているが、2週間くらい間をあけて、騎士団が食事を運ぶ。さっきも話したが数週間に一度、目を覚まし、食事をするのだが、一度にかなりの量を食べる。白虎がこの前、大量に食料を届けたばかりだから、次は朱雀の番だが、誰かさんが朱雀の長の首をとっちゃったから、今、朱雀は存在しない。生き残った朱雀の騎士も、活動する事なく、とりあえず、見張り兵のような事をしている。だから次の食事当番は青竜って訳だ。もしかすると、はちあうかもな。だが黄竜と会うよりマシか?」


まるで他人事のように楽しんだ表情で、そう話した。


「青竜か。長は、クリーダイト王の意思を受け継ぐ者じゃったな?」


「あぁ」


「とりあえず、行くか」


「聞かないのか? 青竜の長の事を」


「人から聞いて人を判断するより、わし自身で、人を見て、感じて、判断する。剣を交えれば、強さもわかる故、聞く必要もなかろう。嫌でも剣を抜く事になるじゃろうから」


シンバは、そう言うと、壁に凭れ掛けた背を起こした時、


「王子、私に時間を下さい」


アスベストがそう言った。


「今直ぐに、私は王子と共に、戦う事はできません。私に考える時間を下さい」


「・・・・・・」


「王が、本当に、そんな恐ろしい計画を立てているなど、そして、愛するお妃様や王子を手にかけるなど、私には想像もできません」


「・・・・・・考えがまとまったら、共に来れるのか?」


「わかりません、ですが、このまま王子に付いて行く事もできません」


「・・・・・・わかった。アスベスト、お主はわしから離れ、自由になるが良い。無理に考える必要もない。お主が信じておるエンジェライト王を汚す必要もない。恐ろしい計画をたてておるのはジプサム王。エンジェライト王ではない。それで良い」


優しいシンバに、アスベストは、目を伏せる。


まるでお妃様を思い出させるシンバの微笑み。


だが、このままシンバに付いて行く勇気はない。


どんなに恐ろしい計画を知っても、アスベストは、シンバに手を差し伸べれない。


今は、この全てが只の悪夢であり、目が覚める事を祈るだけ——・・・・・・。


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