7.惹かれあう者


「どうかこのワタクシに処罰を! 首を斬り落として下さい!」


マイカの父親が土下座をして、シンバにそう願う。


「バカ息子の勝手な行動が、ワタクシの命程度で許されるとは思ってませんが——」


「わしが行けと命じたんじゃ」


「は?」


マイカの父親は顔を上げ、シンバを見る。


「わしがマイカに行けと命じた。レオンをよろしく頼むとな」


「そ、それでは——?」


「マイカは勝手な行動をとった訳ではない。エンジェライトの紋章をジプサムに渡しに行き、そのままレオンの傍で、レオンについていくよう命じた。レオンは我が弟、ジプサムの王子と言っても、エンジェライトの血が流れておる。マイカは、その血を守る為、勇敢に、この地を去ったんじゃ。お主等もこの地を去らねばならぬ」


シンバは皆を見て、そう言うと、


「暫し、ここで待っておれ。わし等はネフェリーン王国へ戻り、お主等の為に迎えをよこすよう伝えよう。お主等の居場所も話し合って来る故、路頭に迷う事はない」


と、言うだけ言って、サッサと外に出て、馬に跨る。


別れではない為、別れの台詞は必要ないのだろう。


アスベストも、馬に乗ろうとしたが、


「アスベスト、お主、ここに残れ」


シンバがそう命じた。


「直ぐに向かえをよこすと言うても数日はかかるじゃろう、その間、ジプサムの兵が来んとは言い切れん。お主は、この者達を守り、迎えと共に戻って参れ」


「わかりました」


頷くアスベストに、


「アスベストさんがいない間は、アタシが王子をお守りするのでご安心を」


と、頼もしいルチル。


シンバとルチルとジャスパーの3人で、この地を去る。


馬のスピードで行くと、途中、マイカに出会う可能性があるが、足跡は雪でうもれ、辿る事はできないし、出会ったとしても、シンバは馬を止める気はなかった。


無論、止めたとしても、マイカは、見向きもしないだろう。


ルチルは、少しマイカの存在を気にして、キョロキョロと見回していたが、橋を渡る頃には、気にする事もなくなっていた。


もう橋に見張り兵はいない。


だが、昨日のシンバが倒した兵が一人と、逃げ出した兵達の事を考えると、ジプサムの領土へ足を踏み入れ、ジプサムの者を退かせたとなり、これは、こちらからの完全な戦争開始の合図だろう。


それに朱雀まで追い込んでいる事を考えると、そろそろシンバの存在は、ジプサム王の耳に入っている筈。


エンジェライトの王子と名乗る若造に、ここまでやられ、ジプサム王が大人しくしててくれるとは考え難い。


かと言って、こちらは支配する領土がなく、向こうから仕掛けるとなると、やはりネフェリーン王国か、ベリル王国かの、シンバが守ったエリアだろう。


特にネフェリーン王国の姫と婚約をしていると言う情報は漏れている為、狙うとしたら、やはりネフェリーンか・・・・・・。


シンバ達が無事にネフェリーン王国に戻った時、王国は騒然としていた。


戻った報告をする為、王の間に行くと、王と王子がシンバを迎え、妃と姫の姿はなく、妃は兎も角、姫であるマーブルの姿がない事にシンバは不思議に思う。


それに王も王子も、表情が難しく、かなり嫌な空気の流れを感じる。


「・・・・・・無事に戻り何より」


そう言った王に、頭を下げていたルチルが、


「何かあったのですか? マーブル姫はどこにおられるのです? シンバ王子が戻ったのに、姿を見せないなんて変だわ。それに騎士達のアタシ達への殺気は何?」


無礼を承知でそう聞いた。


確かにルチルの言う通り、シンバ達に向けて、騎士達が今にも飛びかかって来そうな勢い。


それに、各国から打倒ジプサムに向けて集まる筈の兵士達の姿も見当たらない。


「・・・・・・申し訳ないが、我がネフェリーン王国は東中央ジプサムと名を変える事になった。シンバ王子には恩を仇で返すような結果になり——」


もごもごと口の中で呟くように、そう言った王に、


「どういう事ですか!!!!」


大声を上げるルチル。その声に騎士達が一斉に剣を向ける。それはまるで反逆者扱い。


ルチルも怒りの余り、剣を抜こうとしたが、その前に、シンバが、


「マーブル殿はどこにおるのじゃ?」


王にそう問うので、


「隠れているのよ! 婚約を破棄するなら、出てきてそう言いなさいよ! 卑怯者!」


ルチルがそう吠えて答えるが、


「ルチル殿、お主に聞いておらん、わしは王に聞いておるのだ! お主も殺気立つのはやめい! うっとうしい!」


と、ルチルを叱る。ルチルはムッとした顔をするが、シンバの仰せの通りと大人しくなる。


「で、マーブル殿はどこにおるのじゃ」


シンバは王を見て、再び問う。


「・・・・・・今は部屋で休んでいる筈だ」


「それはお妃様の方じゃろう?」


「何?」


「ここに来る途中、メイドが薬を持ってローカを歩いておった。具合が悪いのはお妃様じゃろう? マーブルの具合が悪いのであれば、メイドは中庭に向かうローカを歩いておる筈じゃ。マーブルの部屋は離れの薔薇園の王宮じゃろうから」


「そ、そうだな、妻も具合が悪くて寝ているんだ」


「成る程」


頷くシンバに、王はホッとしたが、


「なら、見舞いに、薔薇園の王宮へ行く許可を」


そう言われ、王は言葉を失う。


「無論、わしの見張りに騎士を付けてもろうて構わん」


「な、ならん! ひ、姫にはもう会わせられない!」


「ネフェリーン王国はジプサムの領土となり、わしはジプサムとは敵対しておるからか?」


「そ、そうだ」


「わしがおらん間に、何故、ここがジプサム領土になったのか、教えては下さらぬか」


そう聞いたシンバに、王は、シンバの真横辺りにいる騎士をチラッと見る。


その目の動きを、シンバは見逃さず、成る程と思い、


「マーブル姫は、今、薔薇園の王宮におられるのじゃな?」


再び、そう聞いた。その台詞の意味を悟ったのは、王ではなく、王子の方。


「先程、マーブルは厨房にいたような気がしますよ。アイツは昔から落ち着きがないから、どこにいるのか、わかりません。そんな事より、もうここを去って頂きたい。馬を南側の裏口に用意させますから、真正面から出て行くのも控えて下さい。黙って去って頂く為、必要なものがあれば、なんなりとメイドか執事にでも伝えて下さい、用意させますから」


王子がそう言い放ち、シンバは頷き、王の間を立ち去る。


「ちょっと、王子! いいの、このままで!」


シンバの背にルチルがヒステリックな声を出した。だが、シンバは小声で、ジャスパーの方に耳打ち。


「ジャスパー殿、この城の厨房はどこにあるのじゃ?」


「え?」


「お主、宴の準備の時に、つまみ食いしとるじゃろ」


「な、なんでバレた?」


「厨房は王の間から、ローカも含め、何部屋、離れておる?」


「・・・・・・え? ええ? えっと・・・・・・ローカがあって、図書室、何か骨董品とか置いてある部屋もあったな、ダンスホールに、食事するでっかいテーブルがある部屋だろ、7部屋か?」


考えながら、そう言ったジャスパーに、シンバは、


「ネフェリーンから南、町や村、港を含め、7つの集落を抜けると、そこに浮かび上がるのは元フェルドスパー王国・・・・・・白虎の長がおる城か」


シンバはコーラルを思い出しながら、そう言った。


「どういう事?」


ルチルが思わず、立ち止まって、そう尋ねると、


「止まるでない」


そう言われ、シンバの隣をスタスタと歩く。


「騎士の中に、ジプサムの兵が紛れておった。じゃが、あんな兵如きで、ネフェリーンが寝返るとも思えぬ。恐らく、マーブルは攫われたんじゃ。わざわざ南の裏口に馬を用意すると言う事は南へ行けと言っているようなものじゃろう、しかも厨房など、普通なら有り得ん。食べたいものがあるなら、メイドに言い、持って来させる筈じゃからな」


「そ、そうだったの? それ、直ぐにわかったの? さ、流石王子!」


そう言ったルチルに、シンバは、


「わし一人で行く」


と、誰もいなくなったローカで、足を止めた。


「え!? 何それ? アタシが頼りないから!? そりゃ、姫が攫われた事を悟れなかったけど!」


「声がデカイ。良いか、お主等は今一度、北ジプサムに戻り、アスベストにこの事を伝えるのじゃ。ジャスパー殿、お主は一度、ベリルに戻れ。ベリルにもジプサムの手がかかっておるかもしれぬ」


「わかった、俺はベリル王国へ行けばいいんだな? で、その後は?」


「得た情報の報告はアスベストに。ルチル殿、アスベストと共に、ベリル王国へ。アスベストと共に残っておる者達も一緒に連れて来る為に馬車を用意してもらえ。どこかにメイドか執事がおらぬか」


「ちょっと待ってよ、どうしてベリルへ!? 王子は元フェルドスパー王国へと向かうのでしょう!? ならアタシもアスベストさんと一緒にそっちへ向かうわ!」


「ベリル王国がジプサムの手にかかっておったら、ジャスパー殿一人ではどうしようもなかろう、アスベストと共にベリルへ向かえ。わしも直ぐにベリルへ向かう故——」


「でもアタシは王子をお守りしなければ!」


「わしの命令を聞けぬのか!」


そう言ったシンバは、背筋がゾクッとする程、冷たい瞳をしていて、ルチルもジャスパーも、こんなシンバを見たのは初めてだった。


「わしは必ずマーブルを助け、無事にベリルへ向かう故、お主等も、わしに再び会う迄、無事でいろ」


シンバはそう言うと、背を向け、裏口から外へ出て行く。


馬に跨り、一人、南へと向かう。


元フェルドスパーは、今は南東ジプサムとなっており、白虎の住処となっている。


シンバは昼夜問わず、延々と馬を走らせる。


やがて、大きな川がシンバの目の前に広がる。


崖に沿うように流れる川。


その川を渡れば、南東ジプサムエリア。


だが、その川は簡単に渡れない。


流れも速く、幅も広く、橋をかける事もできない大きな川だ。


渡るとしても、崖をおりなければならない。


昔はフェルドスパーへ行くには、海を渡った。


だが、ジプサムに乗っ取られてから、どこの港町でも、フェルドスパー行きの船を出していない。


今現在、ネフェリーン王国がジプサムに乗っ取られている事を考えれば、ネフェリーンエリアの町は全てジプサムの手にかかったも同然。


港町で船を出してもらう事は無理だろう。


シンバは川の流れが緩やかで、尚且つ、川の幅が狭くなる所はないかと、川上へと馬を走らせる。


そして、川の流れが緩やかな場所を見つけるが、緩やかとは言っても、命綱なしに渡るにはかなり無理がある。


シンバは馬から降りて、崖の下を覗く。


植物のツルが覆われていて、下へ降りるには調度いい。


シンバはツルを掴んで、崖を下りていく。


そして、下まで降りると、頑丈そうなツルを引き抜いて、ツルと小石を括り付ける。


うまく括り付けれなくて、意外に不器用だと、自分に思う。


やっとツルに小石を括り付けると、今度は向こう岸の木に、その小石を投げ始めた。


流れの速い川の上、小石は跳ねずに、流れに呑まれ、落ちてしまう。


シンバはツルを引っ張り、落ちた小石を引き上げる。


もっと小石に力を与えなければ、強い流れに負けてしまうと考え、力一杯投げるが、それでは、直ぐ近くで二度、三度、跳ねて終わるだけだ。


それに、向こう岸の木に当てるのではなく、巻きつけたい。


そんな事、できるのだろうか。


「くそっ! どうしたらいいんじゃ!!!!」


頭を抱えるシンバ。


『王子』


誰かが呼んだような気がして、ふと、周囲を見渡す。


誰もいない。


川の流れる音か、風で植物が揺れる音か。


『王子』


「・・・・・・爺」


シンバは、空を見上げ、そう言った。


どこからか聞こえる幻聴。


だが、パミスの声がシンバの耳に届いているようだ。


「爺。わしはどうしたらいいんじゃ。本来なら、アスベストと共に、ジプサム本土へ行くのがいいじゃろう、なのに、マーブルを助けに向かっておる。こんなの敵の思う壺じゃろう、白虎の長コーラルはジプサムの駒に過ぎぬ。恐らく、コーラルを使い、時間を稼ぎ、戦いの準備を始める気じゃ。守備を固められたら、少数のわし等が勝つ確立は奇跡に近いじゃろう。今なら、まだ、戦に備えのない今なら、わし等が勝つ確立が高くなると言うのに、わしはこんな所で——」


一気にそこまで話すと、シンバはフゥッと深呼吸。そして、落ち着いたように、穏やかな顔になる。


「でも、わしは負けも悪くないと知っておるんじゃよ、爺が教えてくれたから。勝って、世界を統一し、全ての人々に平和を与えるより、負けても、只一人のマーブルを助けたいんじゃ。その為なら、負けも悪くない。それこそ、本気の誰かの為じゃから——」


なのに、この川を渡れない。


それだけで時間は刻々と進んでいく。


「爺、マーブルはな、こんな何もないわしと結婚すると言うたんじゃ。愛する事に努力していくと言うたわしに、マーブルは、努力しなくても、わしを愛せると思うと迄、言うてくれた。そんなの、その場だけの言葉かもしれん」


シンバの脳裏に浮かぶマーブル。


『戦う意味がわからなくて、辛くなった時、私の為に戦っていると思ってはくれませんか?何の為に敵を倒すのかと、苦しくなった時、愛する者の為と、私を思い出してはくれませんか? そう思うよう努力できませんか?』


「その場だけの言葉かもしれんが、わしが、努力すると頷いたのは、その場だけじゃない返事じゃった。間違いなく、わしは、何を捨てても、マーブルを助けに行かねば、自分の気持ちに嘘を吐く事になるじゃろう。なのに、こんな所で、足止めか!!!!」


シンバは悔しさの余り、下唇を噛み締めたが、強く噛み過ぎて、唇に血が滲む。


『王子』


「爺。マーブルも助けられん負け方は絶対に嫌じゃ」


『王子』


「・・・・・・爺?」


『王子の周囲には王子の力になるものがおる事をお忘れのないよう——』


その台詞は覚えている。


だが、シンバは、立ち尽くし、空を見上げたまま、無言で、流れる雲を見ている。


暫く、立ち尽くしたままだったが、突然、何かに憑かれたかのように、シンバは動き出す。


この周囲にある植物。


長いツルや木の枝を幾つも集め、カタチのいい小石を探す。


そして、シンバがそれ等で作ったモノは、弓と矢だ。


弧になる枝とバネのあるツルで弓。


長細い真っ直ぐな枝は矢。


矢尻は石、矢羽になる部分には長いツルを付け、シンバはその弓と矢を構えた。


標的は向こう岸の木。


弓など触ったこともなければ、勿論、扱った事もない。


だが、シンバはその青い瞳で、風を読み、矢を向こう岸ではなく、空へ向ける。


——爺。


——いつまでも爺に頼ってばかりで、すまぬな。


矢を空高く放つ。


高く高く舞い上がった矢は、ひゅるひゅるとツルを空へ引っ張って、円を描くように、ゆっくりと落ちて、向こう岸の木に引っ掛かった。


グッと引っ張ると、木の高い部分の枝がグッと動く。


シンバは、ツルを自分の体に巻き、そして、思いっきり、ツルを引っ張る。


ツルが切れたら、もう一度、やり直しだ。


シンバはゴクリと唾を飲み込みながら、ツルを引っ張り続ける。


向こうの木の天辺がグググッと斜めになり、シンバは手を離した。すると、引っ張った力の分、跳ね返り、シンバの体が宙を飛ぶ。


そして、思いっきりツルを引っ掛けた木の上に落ちて、枝の上、引っ掛かるように倒れる。


「・・・・・・成る程」


かなり無茶だったと、理解したようだ。


体中に木の葉をつけて、擦り傷だらけの手や顔で、木から降りると、渡れた事に、


「ありがとう、爺」


と、空に向かって呟く。


馬は向こう岸に置き去り。


ここからは歩きだ。


だが、ここからが南東ジプサムエリア。


シンバは崖を登り、そして、草原を見渡し、遥か遠くにある元フェルドスパー城、今は南東ジプサム城を見つめる。


風がシンバの額を通り抜けて行き、草を横倒して行く——。




その頃、南東ジプサム城では、コーラルが、王の椅子に座り、シンバの登場を待ち構えていた。


「恐らく、奴は港で船を手に入れ、アスベストと共に来るだろう。船の操縦はできるみたいだからな。ところが、こちら側の港は白虎騎士団が待ち構えている。しかも元エンジェライトの騎士達だ。この騎士達が、アスベストに寝返る事はできない。なんせ、ジプサム王子直々のご命令だからな」


コーラルは言いながら、足を組み変え、縛られて身動きできないマーブルをジッと見ている。マーブルは口を縛られ、手を後ろに縛られ、床に座らされている。


「所詮、王子と言っても、黄竜率いる長ってだけだがな。その黄竜と言うのが、ジプサム最高の騎士団だが、エンジェライトの最高騎士隊レグルスという部隊の連中が殆どって言うんだから、元エンジェライトの王子様は戦い難いだろうな」


楽しそうにクスクス笑いながら、そう言うから、マーブルはとても怯えた目をする。


「心配しなくても、戦いはそう長くは続かないよ。全世界が直ぐにジプサムに平伏し、我々に跪くのだから。知っているかな、今は閉鎖されているアスベスト山。その山は火山でね、そのマグマの中に、ウィルスが含まれているんだ。かの有名なアスベストウィルスがね。そして、近々、アスベスト山は噴火する。アスベスト山は火山と言っても、その活動はなく、噴火は一度もない。火口がある為、研究に降り立った者が、マグマの火の粉を浴び、ウィルスに犯されなければ、今も尚、何の恐怖もない、只の死火山だった筈だ」


コーラルは、全てはあのアスベストウィルスが人々に感染した時から、始まったんだと、遠い瞳をしたまま、震えるマーブルを見つめる。


「アスベストは最強の騎士。奴はそう言っていたな、確かに、そうだな。いや、騎士というよりは、最強の化け物だ」


さっきまでは、マーブルに聞かせる為に話していたが、コーラルは独り言を呟き出す。


もう瞳にマーブルの姿も映っていない。


どこを見ているのか、ぼんやりと、目の前の光景を映しているだけ。


「僕はまだ見た事がないんだけど・・・・・・マグマって言うのは、固まると黒い岩みたいになるらしいよ・・・・・・いや、白い岩みたいになる場合もあるって聞いたな・・・・・・」


「その独り言は何の意味があるのじゃ」


その声に、ハッと我に返り、見ると、コーラルの目の前、シンバが立っている。


掠り傷だらけのシンバ。


いつの間にか、マーブルの縄は解かれ、どこかに隠れているのか、先に逃げたのか、この場にいなくなっている。


「思った以上に来るのが早いな。一人か?」


「そうじゃ」


「アスベストは一人、港で戦っているって訳か」


そう言ったコーラルに、眉間に皺を寄せるシンバ。


そのシンバの表情を見て、


「・・・・・・どこから来たんだ? 港からではないのか?」


そう問うと、


「成る程。お主、わしが港から来ると思い、騎士を待機させておるな? 通りでこの城は手薄じゃと思うた」


シンバがそう言うから、港からではないのかと、コーラルは焦る。


他のルートで来るなんて不可能だ。


もしや、シンバを支持する大きな存在があり、その者の助けで、ここまで来たのかと迄、深読みしすぎてしまう。


「どうやってここまで?」


「くだらぬ質問をするな」


「まぁ、いいだろう、一人で来たと言う事は、あのご自慢の騎士はどこかで死んだか、仲間割れしたか、だろう?」


「アスベストはわしの命令で別の場所におるだけじゃ」


「・・・・・・本気で、ジプサムエリアの、しかも、この白虎の場所に一人で来たのか?」


「そうじゃ」


「僕に勝てると思っているのか?」


「勝てぬと思うても、来なければならぬじゃろう。マーブルをとられては」


「・・・・・・ははは、婚約者がそんなに大事か?」


「当然じゃ」


「そんなにエンジェライトを守りたいか? そんなに自分が王子である事を自慢に思いたいか? 見た事もない女と婚約させられていて、それを忠実に守り、命をかけて、その金と権力のある女を守るのは、未来、エンジェライトの復活の為の資金の為だろう? ジプサムと戦うにしても兵が必要だしな。そこまでして、王子として伸し上がりたいか?」


「お主はどうなんじゃ」


「僕?」


「お主はそんなに自分を守りたいか? 自分が王子である事を嘆きたいか? 白虎などと言う中等兵の長などに納まり、悲しみや苦しさから目を背け、なのにジプサムに乗っ取られた城で、人に頭を下げなくて良い王の座に、座れる事に甘んじる。そこまでして、自分だけを守りたいか?」


「言ってくれるじゃないか」


「お主は、世の中から全ての悲しみを取り除く事など、絶対にできないと言うたが、それは当たり前じゃ。人間とは感情がある故、些細な事でも悲しむ。怒りも憎しみも、当然じゃろう。笑顔だけの世界を思うのは、確かに理想じゃ。じゃが、理想だからこそ、笑顔だけで良いではないか。思い描いた世界が悲しみで溢れておったら、そんな場所に向かいとうないじゃろう。わしは笑顔だけの世界に近付きたい為に、ジプサムと戦うんじゃ」


そう言ったシンバに、船の上で、シンバが言った台詞をコーラルは頭の中でリピートする。


『——わしが行く先は、ジプサムが治める世界ではなく、エンジェライトが治める世界じゃ。エンジェライトに賛同し、全ての国がひとつになり、命を繋ぎ、笑顔が溢れ、美しい世界が広がる、そんな世界を目指し、わしは戦う。その為にたくさんの血が流れるが、わしも命を賭けておる』


あの時の信念は、今も変わりなくかと、コーラルは鼻で笑う。


「僕も変わりないんだよ、平和で素晴らしい世界と言うものが、戦いを招くと言う事に」


「・・・・・・」


「平和で素晴らしい世界を築けば築く程、その世界を手にしようとする王は現れる。そして、また戦いが始まる。なら、全ての国をひとつにし、世界で力を持つ者は、たった一人にする、王を一人にすれば、戦いは起こらない」


「・・・・・・聞いた台詞じゃ」


「そしてその王は平和主義者では駄目なんだ、野心家で恐ろしい者程、誰も逆らわない。その地位に行きたいとも思わない。王は民から憎まれ、内乱が起きても、王の下の者が処理して行き、反逆者には徹底的な処罰を与える。そうする事で戦はなくなり、大量の死は免れる。王とは悪ではないと、この世界は治まらない」


「・・・・・・それも聞いた台詞じゃ」


「世界とはそういうものだ、平和な世界を目指すなら、汚い世の流れで生きていくのがいい。小さな争いで済む世こそ、素晴らしい世界だ」


「・・・・・・何故、その台詞を聞いた時、気付かなかったんじゃろうか」


「なにをだ?」


「ジプサムという計画にじゃ」


「計画も何も最初から知っているだろう、世界を征服するのはジプサムであると!」


「そうじゃな」


「・・・・・・何に気付かなかったんだ?」


眉間に皺を寄せ、問い返すコーラル。


「所詮、お主は只の駒じゃのう」


「・・・・・・フン、強気に出る為のハッタリか? 適当な事を言って、全て悟ったふりか、いいだろう、僕を只の駒にしたいのなら、その只の駒に跪かせてやる」


コーラルは剣を構え、シンバも大雪原の柄を握り締める。


お互いの剣が交わり、刃が重なり合う度に火花が散る。


やはりコーラルの方がパワーがあるのか、大雪原にソードが当たると、押されてしまい、シンバは一歩二歩と、後ろへ下がっていく。


「アスベストはここに来ていないんだろう? なら、助けてくれる者はいないな」


「それはお主も同じじゃろう」


「僕が助けを呼ばなきゃいけない程か? どう見ても、誰が見ても、どちらが勝つか一目瞭然だろう」


「わしは負ける訳にいかぬ」


「ジプサムにか? 悪いがジプサムに辿り着く事はできない。ここで負けるからな」


「ジプサムなど、今は関係ない!」


「は?」


「わしはお主に負ける訳にはいかぬ。守らなければならぬからな、マーブルを!」


シンバはそう言うと、両手で大雪原の柄をグッと強く握り締め、防御関係なしの捨て身の攻撃を繰り返す。


シンバの動きは隙だらけ。


だが、コーラルはシンバのパワーの増した攻撃と、スピードに、防御するのが精一杯。


後少し、素早く手が動ければ、シンバのがら空きとなる脇や胸、腹部にソードを差し込めるのに、その後少しが、シンバの大雪原で邪魔され、動けない。


シンバも、少しでも油断すれば、防御を無視した動きに、命をとられると、必死。


突き進んで来るシンバに、コーラルが後退し始める。


「何を考えているんだ、ここで終わるつもりか!?」


「終わらぬ! ここで終わったらマーブルを助けられんじゃろう!」


「あんな女一人の為に、全てを捨てる気か!?」


「マーブルはわしにとって、たった一人の女じゃ!」


「金と権力だけの女なら、他にもいるだろう!」


「そんなものの為に命懸けれる訳なかろう!!!!」


そう吠えたシンバの一撃で、コーラルのソードが強く弾き返される。


シンバは一歩下がり、大雪原を構え直すが、コーラルは弾き返された体勢のまま、驚いた顔でシンバを見る。


「・・・・・・何の為に戦っているんだ?」


「マーブルを助ける為じゃ」


「・・・・・・なら、金と権力の為だろう?」


「そんなもの、自分で勝ち取ってこその価値じゃろう!」


「・・・・・・もう愛してるのか?」


「その予定じゃ」


「・・・・・・予定?」


「わしにもわからぬよ! どうでも良いじゃろう! お主に何の関係があるのじゃ!」


「・・・・・・どこからその底知れぬ力が出るのか、知りたいんだよ」


「知る訳なかろう! わしは自分の思う通り、動いておるだけじゃ!」


それが、愛ってものだと、シンバもコーラルも気付く程、大人の経験はない。


コーラルは、ソードを構え直す。


シンバも大雪原の柄を握り締める。


「自分の思う通りか。お互い、根っからの王子体質って訳だな。どんな立場になっても、僕達は王子から抜け出せない」


「・・・・・・」


「僕達は違う道を歩いているが、辿り着く場所は同じだな」


「・・・・・・」


「結局は血塗られた道を歩み、沢山の残骸を見て、歩み続けるしかないんだ。それが自分の思う通りと言い聞かせながら——」


「・・・・・・」


無言のシンバに、コーラルは剣を振り上げた。


シンバは大雪原を両手で握り締め、コーラルの攻撃を弾き返し、更に攻撃に出て、ソードに大雪原を打ち当てていく。


だが、コーラルも捨て身の攻撃に出た。


シンバの大雪原が、ソードではなく、コーラルの肩に入る。


鎧で守られるが、大雪原の刃はその鎧すら、貫通する。


だが、コーラルの肩に大雪原が入って行く前に、コーラルのソードが、シンバの胸を貫こうとしていた。


鎧を着ていないシンバは、ソードが胸を貫いたら、最後——。


シンバはしまったと、大雪原を直ぐに引き抜き、身を引こうとしたが・・・・・・。


だが、コーラルの動きが止まり、シンバは胸を貫かれずに、身を引けた。


「・・・・・・なんだ、この煙?」


立ち込める黒い煙に、コーラルは動きを止めたのだ。


「広間にある肖像画は、フェルドスパーの王と妃か?」


そう聞いたシンバに、コーラルは眉間に皺を寄せる。


「お主の父と母じゃろう?」


「それがどうした?」


「それにマーブルが火をつけたんじゃ」


「え?」


「厨房に行けば火もあるじゃろうからと、マーブルに命じた」


「何考えてるんだ!!!!」


今迄ないくらいに怒鳴り、物凄い怖い顔になるコーラル。


「城は石造りじゃ、火の回りは遅いじゃろう、じゃが、絨毯やカーテンなどに火が行くじゃろうから、わし等もそろそろ逃げた方が良いじゃろうな」


「ここはフェルドスパー城だぞ!」


「落ち着け、ここは南東ジプサム城じゃ」


「どっちでもいい! 王子たる者が、城に火をつけるなど、有り得ないだろう! それを落ち着けだと!? エンジェライトが炎上しても落ち着けるのか!?」


「わしは城になど興味ない」


「興味ない!?」


「城は、また建て直せば良かろう」


「建て直す!? 王が住む場所なんだぞ!!!!」


「そりゃそうじゃろう、こんなとこ、王以外、誰も住まんじゃろう、掃除が大変じゃ」


「くだらない冗談を言っている場合か!」


コーラルはそう吠えると、広間へと走って行く。


シンバは冗談など一言も言ってないのにと、大雪原を腰の鞘に納め、コーラルの後を追う。


広間は炎がカーテンに燃え移り、火が踊るように燃え盛っている。


コーラルは、燃える肖像画の前、立ち尽くしている。


「逃げた方が良いぞ」


そう言ったシンバの声も耳に入っていないようだ。


「船を一艘もらって行くぞ?」


更にそう言ったシンバに、コーラルは、操縦できるのかよと口元が緩む。


その表情からすると、聞こえてはいるが、聞こえないようにしているようだ。


シンバからはコーラルの背中しか見えない為、コーラルが表情を変えた事はわからないが、操縦できない奴に船を奪われても痛くも痒くもないと思われ、振り向かないのではと思う。


だが、マーブルと一緒にネフェリーン王国へ戻るには、来た道を戻る訳にはいかず、やはり、船が必要だと考える。


「コーラル殿、わしは先に行くが、もし、また出会うなら、友達になろう」


その台詞は聞き逃せず、なんだと?と、コーラルは振り向いて、シンバを見る。


やっと振り向いたなと、シンバは勝ち誇る表情。


「わし等の辿り着く場所が同じなら、別の道を行く必要などなかろう? 血塗られた道? 沢山の残骸? そんな道、わしは通りとうない。お主もじゃろう?」


「ジプサムに勝てると思っているのか? まだわからないのか?」


「多分——、わしはもう知っておるよ」


「知っているだと!? 知っていながら、それでもジプサムに楯突くのか!? そんな事できるのか!? できる訳ないだろう! それとも知っているというのは嘘か?」


「わしはお主が言うた通り、根っからの王子体質じゃからな、わしの思う通りになる為なら、わしの目の前に立ちはだかる者、わしの上に立とうとする者、わしの大事なものを奪う者、それが誰であろうと、全て退かせてやるわ」


「・・・・・・ごほっ、ごほごほっ」


コーラルは煙に咳き込み始め、シンバも逃げなければと、背を向けた時、


「——待て」


コーラルが呼び止め、そして、振り向くシンバに、


「船は自動操縦で動くようにもできる」


コーラルがそう教えてくれたので、シンバはコクンと頷き、走って、去っていく。


城を出ると、左へ右へと行ったり来たりしているマーブルが、駆け寄って来る。


「良かった! 出てこないかと!」


そう言ったマーブルの手を握り、走り出すシンバ。


「逃げるぞ、白虎達は港におるそうじゃが、煙を見て、直ぐにここに来るじゃろう。わし等は白虎と入れ違いに港に行き、船で帰るぞ」


「船ですか?」


「心配ない、自動操縦もできるそうじゃ」


「そうなんですか」


よくわからないが、とりあえず、シンバがいるので、大丈夫かとマーブルは頷く。


マーブルはシンバに引っ張られ、シンバはマーブルを引っ張り走る。


白虎に会わないよう、少し遠回りをして、港へ着くと、海には幾つもの白い船。


シンバは、誰にも会わない内にと、近くの船に乗り込み、その船の中に誰もいない事を確認して、操縦室へ向かい、行き先をネフェリーンエリアに設定して、自動操縦にする。


グオオオオオッと船が低い音を出し、身震いするように小刻みに揺れたかと思うと、ゆっくりと動き出し、港を離れて行く。


ホッと一安心と、シンバは船内のどこかにいるマーブルを探す。


仮眠部屋となる場所で、マーブルは眠っていた。


汚れた顔とあちこち破れてしまったドレスと、それから——、シンバはヒールを脱がし、靴擦れで痛々しい足を見る。


「・・・・・・無理をさせてしもうたのぅ」


シンバはそう呟き、疲れきったマーブルの寝顔に、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


そして、キッチンへ向かい、冷蔵庫を開け、食べれそうなものを取り出して、口に入れると、今度は濡れたタオルを持って、仮眠室に戻り、マーブルが起きないよう、ソッと優しくマーブルの顔を拭いて、最後に足を綺麗に拭くと、傷を消毒して、手当てをする。


手当てが終わると、シンバも眠くなり、マーブルの横で、添い寝するように、目を閉じた。


だが、マーブルと違い、シンバは本当にそこで仮眠をとっただけで、マーブルが夢も見ずにグッスリと眠り、目が覚めたら、馬の手綱を引きながら歩くシンバに背負われていた。


目が覚めても、暫くはぽやーっとした顔で、更にシンバの背に顔を埋めようとしたが、あれ!?と気がついて、ガバッと顔を上げるマーブル。


「気付いたか?」


「シンバ!? ここどこですか!?」


「もうすぐネフェリーン王国に着く」


「え? え? そうなんですか? 私、寝てしまってて・・・・・・」


「良い」


そう言ったシンバに、マーブルはシンバの髪が頬に当たり、くすぐったいなぁと思いながら、シンバの首に再び、そっと手をまわす。


「馬に乗るか?」


「イヤです」


「そうか。では、おりるか?」


「イヤです」


「そうか」


拒否され、シンバはマーブルを背負ったまま。


シンバも疲れているだろう、そんな気遣いは、お姫様のマーブルにはない。


「ねぇ、シンバ、エンジェライトには着いたんですか?」


「あぁ」


「そうですか、それで、ネフェリーンに戻って、私が攫われた事を知ったんですか?」


「あぁ」


「お父様が、シンバの為に集めた兵を解散させ、ジプサムの言いなりになった事も知っておられるの?」


解散させたからいなかったのかと、シンバは初めて知るが、言いなりになっている事は知っていたので、


「あぁ」


と、頷くと、


「怒っておられる?」


そう聞かれ、


「まさか。わしが王でも同じ事をしたじゃろう、大事なマーブルを人質にとられておるんじゃ、下手に動けんじゃろう。兵の事は、これからまた考えれば良い事じゃ」


大事なマーブル、そう言ったシンバに、マーブルは胸の辺りがキュウウっと締め付けられるような感じになる。


「・・・・・・私、怖かったんですよ」


「そうか」


「とても、とても怖かったです」


「そうか」


「・・・・・・それだけ?」


何がそれだけなのだろう、シンバはマーブルの顔が見えない為、どんな答えを求めているのか、よくわからない。


だが、頷くだけでは、マーブルの恐怖は消えないのだと思い、安心させる為、


「お主が誰に攫われようが、大陸の果てに連れて行かれようが、わしが必ず助けに行く」


約束のような台詞を吐いた。


「・・・・・・必ず?」


「必ず」


「・・・・・・いつでも?」


「いつでも」


「・・・・・・どこでも?」


「どこでも」


「・・・・・・どんな時でも?」


「どんな時でも」


「・・・・・・世界の王達が集まる会議中でも?」


そう聞いたマーブルに、シンバは思わずハッと笑いを零してしまう。


王ともなると、そんな大そうな会議があるのかと思ったからだ。だが、


「会議中でも、必ず、わしが助けに行く」


そう答えるシンバに、マーブルは、ぎゅっとシンバにしがみ付き、


「アスベストさんに任せたりしない?」


そう聞いた。成る程、騎士に任せると言う手もあるのかと、シンバは思ったが、


「アスベストには、わしの変わりに会議を出てもらうか」


そう言うから、マーブルは笑う。


「エンジェライトには、素敵な女性はいませんでしたか?」


「女性? おらぬよ」


「本当に?」


「・・・・・・マーブル、お主は雪を見た事があるか?」


「雪ですか? ええ、ネフェリーンの冬は比較的暖かい方ですから、雪が積もる事はありませんが、ごくたまに、空からヒラヒラと落ちる事があります」


「そうか」


「雪がどうかなさったんですか?」


「お主は雪が好きか?」


「ええ、大好きです。だって、天から舞い降りてくる天使みたいで綺麗でしょう」


「成る程。お主は、妖精だの天使だの、そういう世界が見えておるんじゃな」


「シンバはどういう世界が見えているんですか?」


「わしか? ・・・・・・わしはお主と同じ世界が見たい」


「私もシンバと同じ世界を見て、生きていきたい」


背中でそう言ったマーブルに、シンバは、綺麗で美しい世界を築き、そういう世界だけをマーブルに見せたいと思う。


「のう、マーブル、いつか、雪が積もった景色を共に見に行こう」


それは共にエンジェライトへ行こうと言う台詞。


今はないエンジェライトを取り戻すという台詞。


シンバの強い気持ちがこもっている台詞だと知らないマーブルは、只、


「はい」


と、頷くだけ。


満天の星空の下、馬を連れ、マーブルを背負い、歩き続けるシンバ。


ポクポクと歩く馬を横目に、シンバの背に抱きつき、身を寄せるマーブル。


お互い、同じ温度を感じている。


暫く、沈黙が続き、


「眠っておるのか?」


そう聞いたシンバ。


「ううん」


「眠っても良いぞ」


「眠ったら、折角こうして一緒にいるのに、勿体無いから」


「そうか」


「変ですよね、私達、名前以外、何も知らないのに」


変なのか?と、シンバは思う。


「私、シンバの誕生日も知らないし、身長も体重も靴のサイズも知らないんですよ」


そう言うから、そんなもの、何故、知りたいのだろうと、シンバは思う。


「シンバは私の事、知りたくないですか?」


そう聞かれ、知りたいと思うシンバ。


——成る程。


——わしはもう少し、人の気持ちを理解せねばならぬなぁ。


——相手が思う事、それはわしも思う事なんじゃなぁ。


また1つ、大事な事をマーブルに教えてもらったとシンバは思う。


人の心を読むのと、人の心を思う事は違うのだと知り、シンバは、成る程と、呟く。


「不思議ね、何も知らないのに、私、アナタに惹かれてる」


マーブルの台詞に、うまい言葉が浮かばないシンバは無言。


ネフェリーン王国の城下町となる入り口に、誰か立っている。


アスベストとルチルとジャスパーだ。


大きく手を振っているジャスパーに、シンバは両手が塞がれている為、振り返せないが、マーブルが手を大きく振り返す。


すると、ジャスパーは嬉しくなったのか、両手を振りながら駆け出して、途中でドベッと転んだ。


「うふふ、私、あの人、大好き」


「・・・・・・そうか」


「とても愉快で楽しい人だもの、ホント大好き」


そう言ったマーブルに、シンバは複雑な気持ちになる。


今、3人の所へ辿り着き、ベリル王国の方はどうだったのか報告を聞こうとした時、


「遅い!!!!」


と、アスベストとルチルを掻き分け、その後ろから出てきたコーラル。


白い白虎の鎧は脱いで、軽装備のコーラルに、シンバは、


「・・・・・・お主、早いのう」


そう言った。


「そっちが遅すぎなんだろ! こっちはアスベストに説明するのが大変だったんだぞ! 下手したら斬られて死んでいた! 大体、先に出ておいて、何故こんなに遅くなるんだ!」


「すまぬ、川上に馬を置いてあったのでな」


「馬がいるなら、何故、乗って来ない! ゆっくり馬を引きながら、いちゃいちゃしている場合か!?」


そう怒鳴られ、マーブルは、


「す、すいません、私がイヤだと言ったものですから。シンバ、おろして?」


コーラルに怯えながら、そう言うと、


「いや、王宮まで背負われておれ、お主、靴擦れが酷いからのう」


と、シンバが言う。コーラルが余計に苛立って、


「いちゃこくな!!!!」


怒鳴る。何故か、ジャスパーが頷く。


「あ、あの、でも、アナタが私を攫わなければ、遅くも何も・・・・・・何もなかったと思うのですが——」


「フン! ネフェリーンの姫だからと偉そうに僕に説教か!」


「い、いえ、そう言う訳では——」


「マーブルの言う通りじゃ」


そう言ったシンバに、コーラルは余計にイラッとして、


「フン! 仲がいい事だな、所詮、親が決めた婚約者に過ぎないものを、恋愛ゴッコか?」


と、嫌味たっぷりの口調。


だが、シンバは無視して、馬の手綱をジャスパーに渡し、城下町へ入って行くから、


「待て待て待て!」


と、コーラルが追う。


「シンバ、僕と友達になりたいんだろう? なのにその態度か!?」


「お主こそ、わしと友達になりたいと思うから、ここへ来たんじゃろう」


「なんだと!? 僕はシンバが友達になりたいと言うから来てやったんだぞ!」


「なりたい? なろうとは言うたが、なりたいとは言うておらん。お主がわしと友達になりたいから来たのじゃろう、なりとうなければ来るな」


「そんな事を言ってもいいと思っているのか!? 僕はネフェリーンの王子だぞ!」


「わしはエンジェライトの王子じゃ!」


「金も城もないのに王子か!」


「それはお主も同じじゃろう!」


「おい、姫、コイツはやめた方がいい、王子とは思えぬ強さで、恐ろしいぞ!」


「それもお主と同じじゃろう!」


「ハン! 姫、コイツは絶対にやめた方がいい」


「いちいちマーブルに話しかけるのはやめい!」


口喧嘩のような、仲の良い友人のような、よくわからない会話をして行く二人を見ながら、


「・・・・・・王子がもう1人増えるのかよ」


と、ジャスパーが嫌な顔をする。


「ホントよねぇ、王子は一人で充分だわ、偉そうな男って苦手なのよねぇ」


と、ルチルも苦い顔。


「どこの王子が増えようとも、我等が王子は只一人。シンバ・エンジェライト、彼が私達の王子だ。それよりも、あのコーラルと言う青年を、あそこまで変える王子のチカラに私は頭が下がるよ、やはり王子は人を惹き付ける力を持っている」


そう言ったアスベストに、


「昨日の敵は今日の友ってね」


と、ルチルが笑うから、


「昨日の友は今日の敵じゃなかったっけ?」


と、ジャスパーが言い、二人、そうじゃないだの、そうだの言い合いながら、歩いて行く。


皆の後姿を見ながら、アスベストは、一人、空を見上げる。


月が高い位置にあり、手を伸ばしたくなる。


「王よ、私達もあんな風に歩いて、語り合い、笑い合った時がありましたね」


アスベストは月に想い出を重ね、見つめる——。



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