5.愛する者の為に
王の広間では、王と王の左側に妃、王の右側に王子、そして妃の左側に姫が、きらびやかなゴージャスな椅子に座り、シンバとアスベスト、ルチルとジャスパーを見ていた。
ネフェリーンの王の前、まずはシンバ以外、皆、跪き、頭を下げる。
そして、皆、頭を下げた所で、シンバも大雪原を床に置き、跪いた。
「いやいや、大活躍で、何と礼を言えば良いのか。所で、本当にエンジェライトの王子なのか? エンジェライトはもう昔にジプサムに落とされた筈だが——?」
「私がお話してもよろしいでしょうか?」
アスベストが顔を上げ、そう聞くと、王は頷いた。
「私はエンジェライト、レグルス騎士隊の隊長を勤めておりました。王はジプサムと戦う為、自ら戦に出向き、そして死を覚悟し、まだ幼い王子を私に託しました。ここへ来たのは、ネフェリーン王国の姫と王子が婚約をしている為でございます」
婚約と言う言葉に、姫は驚いた顔をする。
何も聞かされていないようだ。王も、
「あぁ、いや、その、確かにエンジェライトの王子と我が娘のマーブルと結婚させると約束はしたのだが・・・・・・それは酒の席での事で・・・・・・しかもエンジェライトは小さい国だから・・・・・・そんな国に本気で娘をやるとは考えてなかったし・・・・・・まさか本気にとっているとも思ってなかったし・・・・・・それにエンジェライトが落ち、その約束は無効となったと思っていて、その、今更、王子が現れるとは——」
困ったように、そう言うと、
「それにエンジェライトの王子とは言っても、小さな国さえも持たない王子に、娘をやる訳には——」
小声で、だが、聞こえるように、そう言った。
顔を上げるシンバに、王は目を逸らす。
シンバはチラッとマーブル姫を見ると、マーブルも俯き、目を逸らした。
だが、綺麗な娘だとシンバはマーブル姫を見つめる。
「ですが、お父様、この者は我が国を救ってくれたのですよ!?」
そう言ったのは、王の隣に座る王子。
「しかしだな」
「お父様、彼が助けてくれなければ、僕達は今頃、死んでいたでしょう」
「わかっている、だが、それとこれとは話が——」
ネフェリーンの王子が一生懸命、王を説得している。
そんな王子を、シンバはブルーの瞳に映し、綺麗な服だと思う。
キラキラのプリンスコート、頭の上の王冠、そして、何より、綺麗な指先。
シンバは自分の手を見る。
剣を持ち続け、ゴツゴツと石のように硬くなった手の平は、まるで戦士だ。
そして、血で汚れた自分の服を見て、思わず、情けなくて、笑いが込み上げた。
フッと笑みを零すシンバ。そして、立ち上がり、
「婚約は解消してくれて構わぬ」
そう言った。驚くアスベストと、喜びで笑顔になる王。
「そうか、そう言ってくれると、こちらは本当に有り難い」
「元々、この国の騎士を戦の為に使いたいだけに、婚約を利用しようとしただけじゃ。じゃから、騎士を何人かくれぬか? わしはジプサムを討ち取る為に旅立たねばならぬ。じゃから、騎士さえ、手に入れば、婚約は必要ない」
「そ、そうか、騎士か。そうだな、数人ならばいいが、ジプサムに戦いを挑むならば、幾ら強くても、騎士団となるくらいの騎士達は必要だろう。しかし、我が国も全ての騎士を譲る訳にはいかない。だが、ジプサムを討ち取ってほしいと願う王は他にも多くいる。その王達に協力を得て、騎士を数人ずつ、用意させよう。そうすれば、我が国から数人、他国からも数人ずつの騎士が手に入れば、多くの騎士を手に入れられるだろう」
シンバは頷き、頭を下げる。
「部屋を用意させる。今日はゆっくりと休んでいきなさい。その間に、他国の王に連絡をとってみよう」
その言葉に、シンバ達は頭を下げ、そして、案内された部屋でくつろぐ事となった。
「ていうか、ムカツク! 感じ悪ッ!!」
早速、部屋について、そう言ったルチル。
「なぁに、あの態度! 見た!? ずっと俯いちゃってさぁ! 姫って割りに、全然、可愛くない!」
「そうじゃろうか? 可愛かったと思うが・・・・・・それに綺麗じゃった」
「フン! あんな女は見た目だけよ! 可愛くないって言ったのは愛想がないって意味」
「ルチル殿、何を怒っておるんじゃ? 婚約を解消したのはわしじゃ、姫は何も悪くなかろう」
「ええ、知ってるわ、王子は自分が断られる前に断ったのよね」
「なんじゃと!?」
「断られるのが惨めだと思って、先に自分から断ったのよ! そんな王子にもムカツク!」
「わしは別に!」
「言い訳は余計にムカツク!!!! 友達として言わせてもらうわ、シンバ!」
王子から、突然、シンバと呼び、ルチルは、キッとシンバを睨んだ。
「アンタ、自分の良さを全然わかってない! こんな勝ち方するようなアンタじゃないでしょ!? いっつも逆転大勝利を狙って頑張る奴だったでしょ!? 逃げるのは負けるよりカッコ悪いって知らないの!? 言っとくけどね、アンタ、ペリドット村の女の子の間で、大人気で、一番カッコイイって、みんな言ってた事、私もソレに頷いてたのよ、勿論、タルクが好きだけど、カッコイイって言ったらシンバでしょって、ついさっきまで思ってたわよ!!!! でも、今のアンタ、ジャスパー以下よ!」
そう怒鳴ると、ルチルは、部屋を出て行った。
扉を力一杯バンッと閉めて——。
広い部屋で、大きな広いベッドで転がっていたジャスパーが、
「こぇぇ。っていうか、ジャスパー以下ってどういう意味だって突っ込めねぇ、怖すぎて」
と、呟き、アスベストも、ポカーンと口を開け、ルチルの気迫に呆然。
シンバは頭を掻きながら、溜息を吐いて、
「わしにどうしろと言うんじゃ」
と、苛立ちを口にする。
「王子、本当にマーブル姫との婚約はよろしかったんですか?」
「アスベスト、お主までなんじゃ」
「いえ、確かに騎士が揃うなら問題ないのですが」
「なら良いではないか」
「でも王子は婚約者がいるから、村の娘達を恋愛対象にはしなかったのでしょう?」
「じゃからと言って、婚約者に会って、直ぐに恋愛になる訳でもなかろう。それに今さっき、ちらっと見ただけじゃ、情もない。じゃから婚約を解消しても何とも思わん」
「でも綺麗だったよな! すっげぇ美人! やっぱ村の女とは違うな」
ジャスパーが笑いながら言うから、シンバも笑いながら、
「わしも美人じゃと思うた。じゃが、着ているドレスのせいかもしれぬ。王子も男の癖に綺麗じゃと思うたからのう」
そう言うから、
「なんだよ、男でもオッケーかよ! つーか、お妃様っつーの? あれもすっげぇ綺麗だったぞ、て事は、俺は年増でもオッケーだ!」
と、ジャスパーはゲラゲラ笑う。
シンバとジャスパーがくだらない会話で笑っているのを見て、アスベストは、溜息。
そして、ネフェリーン王国はジプサムを追い払ったと言う事で、騎士達が宴を開き、シンバ達は英雄として、まるで祭られるかのように、祭壇に乗せられ、豪勢な料理が並び、夜遅くまで大騒ぎとなった。
ルチルもジャスパーも、いい気分で酔い始め、アスベストは酒が強いという騎士と、どちらが先に酔い潰れるかと、酒を浴びるように飲み、競争している。
シンバは酒を飲まないので、宴から抜け出し、中庭に来ていた。
通された部屋の窓から見える中庭の中央に大きな木があり、その木を間近で見たくなったのだ。幼い頃、登ったあの木に似ている気がしたから——。
「・・・・・・星が綺麗じゃな」
中庭を歩きながら、空を見上げ、独り言。
夜の散歩には、調度いい風が流れている。
揺れる草花に、戦で多くの人に踏まれただろうに、強いなと感心する。
大きな木の前に立ち、木を見上げ、木に手を伸ばそうとした時、
「あの」
声をかけられ、振り向くと、そこにはマーブル姫の姿。
俯いたまま、黙って立っている。
「・・・・・・わしに何か用か?」
「あの、気を悪くされたのではないかと思って——」
そう言われ、何が?と思うが、直ぐに、ピンッと来て、
「・・・・・・あぁ、別に、そんな事はない。そちらこそ、気になさるな」
シンバはそう言った。だが、マーブルは俯いたまま。
「逆にわしが婚約を解消しても構わんと言って、気を悪くなされたか?」
「いえ! 解消してくれて助かりました!」
思わず、顔を上げ、本音を言ってしまい、言い終わった後、しまったと口を押さえるマーブルに、シンバは笑ってしまう。
「ご、ごめんなさい」
「構わん。わしがお主じゃったら、同じように思うたじゃろう。お主は綺麗じゃからな、わしのような男は嫌じゃろう」
「・・・・・・野蛮な方は苦手なので」
一度、本音を出すと、本音しか出てこないのか、マーブルはそう言った。
「わしは野蛮か」
「あ、いえ、その」
「慌てんで良い、怒ってはおらぬ。確かに野蛮じゃな」
と、シンバは自分の手の平を見る。
人殺しの手だと、シンバは思い、そして、その手をグッと握り締める。
「あの、アナタは本当に王子なのですか? だとしたら、どうして王子様が戦うんですか? そういうのは戦士という職業の者に任せるものなのではないでしょうか?」
「わしは国を失ったんじゃ。国を失うと言う事は何もなくなると言う事。金もない。戦士を雇う事もできぬ。何より、王子じゃからこそ、やらねばならぬ事じゃろう。只、国をつくるだけでは意味がない。また直ぐにジプサムに潰されてしまう。じゃから、取り戻すんじゃ、チカラを——」
「チカラ?」
「今はエンジェライトを潰したという事実がジプサムのチカラの1つとなっておる。じゃが、わしはエンジェライトの名を背負い、ジプサムに挑み、勝ってみせる。そして、エンジェライトが世界の頂点であると人々に広め、いつか、世界の王となるチカラを手に入れるんじゃ」
「世界の王・・・・・・」
「そうじゃ、そして、わしの理想郷をつくる」
「アナタの理想郷とは?」
そう聞いたマーブルに、シンバは微笑み、
「お主、木登りはできるか?」
そう聞いた。
「え?」
何の話かと、マーブル首を傾げる。
シンバは直ぐ真上にある太い枝にジャンプし、ぶら下がると、ぐるんと逆上がりするように、回転して、枝の上に立った。
まるで山猿のようだと、マーブルは驚く。
そんなマーブルに手を伸ばし、
「そこに窪みがあるじゃろう、そこに足を置いて、手をよこせ、引っ張り上げてやろう」
そう言った。マーブルは首を振るが、
「早うせい、勿体無いぞ」
何が勿体無いのか、全くわからないが、そう言われ、マーブルは仕方なく、足を木の窪みに置き、シンバに手を伸ばし、手を握った。
引っ張り上げられる力に、きゃーと悲鳴を上げ、気がつけば、木の枝の上、シンバと一緒に立っている。
「今宵の風は気持ちいいじゃろう、こうして木に登ると、風が木の葉の音を聞かせてくれるのが、ようわかる」
カサカサと小さく揺れる葉に、耳を澄ますシンバ。
マーブルも、シンバと同じように耳を傾けてみると、葉が風で揺れる音が、まるで妖精がヒソヒソと話をしているように聞こえ、思わず、振り向いて、妖精を探してしまう。
「誰もおらぬよ」
「でも、小さな声が聞こえたわ」
「風が攫う木の葉の音じゃ」
「それって妖精じゃなくて?」
「妖精? 成る程。風が流れる音と思うより、そう思う方がいいのう」
「アナタの言う通りだわ、木に登らなければ、妖精の声が聞けないままで、本当に勿体無かったわ、思い切って登って来て良かった」
「わしも、お主が登って来てくれて良かった、これが妖精の声じゃと知る事ができたから」
そう言ったシンバを、マーブルは見つめる。
シンバの横顔はとても綺麗だ。
プリンスコートも、王冠も、宝石も、何も身につけてないが、月のように美しい銀色の髪、青い瞳が夜を映し、より一層、美しく光り、真っ白な肌は透けてしまいそうな程に——。
本当にこの人が、朱雀を退かせる程の強さを持っているのか、マーブルは不思議に思う。
「・・・・・・アナタは、とてもお強いのに、優しいんですね」
「わからぬな、その台詞は。強いから優しいのじゃろう、違うか?」
「いいえ、その通りですわ、心が強い人は、とても優しい。でも、アナタは心だけではなく、本当にお強いですわ」
「わしは強うない。わしが強くおれるのは、アスベストの御蔭じゃ。あれは最強の騎士じゃからな」
「ええ、確かに、強かったです、あっという間に朱雀達を——」
「怖かったじゃろう」
「え?」
「じゃから、眠れんで、散歩しておったんじゃろう?」
「・・・・・・ええ」
「その気持ち、ようわかる」
シンバはそう言うと、空を見上げ、
「本音を言うと、怖くてたまらん。怖くて怖くて、眠って、目を覚ましたら、また全て消えてしまうんじゃないかと思うてな」
初めての弱音を吐いた。
「エンジェライトがジプサムに襲撃を受けたのは夜中じゃった。わしは眠っておった、目が覚めたら、火の海でな、逃げるようにバルコニーに出たら、町も人も、全て炎に飲まれておった。隣の部屋におる筈の弟の泣き声が聞こえたが、直ぐに聞こえんようになって、わしは煙で咳き込みながら、気を失って、気がついたら、アスベストに背負われておった」
「・・・・・・」
「あの日以来、わしは眠るのが怖いんじゃ」
「・・・・・・」
「じゃが、起きておっても悪夢は続く。本当は、ジプサムの騎士と戦いとうない。誰も殺したくないんじゃ。どんな者であろうとも、その者の全てを奪いとうない。じゃが、戦わねばならぬ。誰の為に? 何の為に? 常に自問自答の葛藤じゃ」
「・・・・・・」
「こんな話、何故してしもうたか。変じゃのう、今迄、誰にも話した事がなかったんじゃが、ここへ来て、急に弱気になってしもうたか。情けない」
「・・・・・・アスベストさんにも話してないのですか?」
「あぁ、誰にも話しておらん。自分が弱い所は見せれぬ」
「・・・・・・誰にも?」
「あぁ、友達にも話してはおらん」
「友達・・・・・・? にも・・・・・・?」
「あぁ、お主、知っておるか? 友達とは平等なんじゃ。わしは、この世を友達で一杯にしたい。それがわしの理想とする世界じゃ。お主を木登りに誘ったのは、わしと友達になってほしかったからじゃ」
「・・・・・・友達ですか?」
少し戸惑って聞くマーブルに、
「やはり友達も無理か、わしとお主じゃ、何にせよ、不釣合いじゃな」
と、シンバは参ったなと言う風に笑う。
「そうじゃありません、友達にも話さない事を私には話して下さるのに、友達ですか?」
「・・・・・・?」
マーブルが何を言いたいのか、わからず、シンバは首を傾げる。
「あ、別に何でもありません。それより、あの、どうやって下りるんでしょうか?」
「わしは飛び降りるが、お主は・・・・・・待っておれ、直ぐに梯子を持って来る」
と、シンバはそこから軽く飛び降りた。
マーブルはシンバの身軽さに、本当に驚き、
「本当に、お猿さんみたい」
と、呟く。
暫く、木の枝に座り、シンバを待っていたが、全然、戻って来ないので、マーブルは下を覗いて、高さを確認する。
「・・・・・・そんなに高くはなさそうだけど」
だが、飛び降りるのは怖い。それでも何とか下りなければと、木にしがみついてみるが、下りれそうにない。
こうなったら、長いスカートのドレスが邪魔になる。
高いヒールの靴も、不安定だ。
「庭師はもう帰っている時間だし、ジプサムが来た騒ぎで、メイド達も、今日は実家に戻った筈だし、騎士達は宴中だし、あの人、誰にも聞けず、梯子が見つからないんだわ」
しょうがないと、マーブルはヒールを脱ぎ捨て、裸足になる。そして、木にしがみつき、自力で下りようと頑張ってみる。だが、足を置く場所がわからず、
「きゃー!!!!」
悲鳴を上げ、木から落ちた。だが、危機一髪の所で、シンバに受け止められていた。
目を開けると、焦った表情のシンバが、マーブルを抱きかかえ、
「待っておれと言うたじゃろう、お主が怪我をしたら一緒におったわしが責められるんじゃ。余り無茶をするな」
と、安堵の溜息を吐きながら、そう言って、マーブルを地に置いた。
「折角のドレスが破れてしもうた」
「・・・・・・別に構いません」
「なら良いが」
そう言うと、途中で捨てた梯子を拾い、
「片付けて来る」
シンバはそう言って、梯子を背負い、行ってしまう。
そんなもの、そこに置いておけば、明日にでも庭師が片付けるのにと、マーブルは思うが、きっとシンバは、それでも片付けるのだろうと思い、何も言わず、シンバを見送る。
ヒールを履き直し、マーブルは木を見上げ、登れたんだと少し感激している。
「そろそろ部屋に戻った方が良いのではないか?」
その声に振り向くと、シンバが立っている。
梯子を片付けて、今度はあっという間に戻って来た。
「私の部屋は離れの宮殿になります、薔薇園を通って、噴水のある小さな宮殿です」
シンバはそうかと頷く。
「送って下さい」
「え? あ、あぁ、そうじゃな」
シンバはそういうもんか?と、とりあえず頷き、マーブルの後を付いて行く。
「そうか、お主、護衛がおらぬのか」
「ええ、宴に参加してますから」
「じゃから、わしがお主の護衛変わりに送らされるんじゃな」
「嫌なんですか? 私を送るのは」
「い、いや、そうではないが——」
嫌ではないが、送る意味がわからなくて、その理由を探していただけだった。
だが、なんとなくマーブルの機嫌が悪そうで、なんて言っていいのやら、全くわからず、シンバは無言になり、マーブルも話しかけてこないので、会話もなく、二人、黙々と歩く。
裏庭をまわり、奥の細道を通ると、風が薔薇の香りを運んでくる。
そして、目の前に美しい薔薇園が登場し、シンバは驚く。
薔薇のアーチを潜り、薔薇のベンチ、薔薇のテーブル、薔薇のブランコ。
可愛いクマやウサギのカタチをした木に、薔薇が覆われ、美しい花を咲かせている。
「これは凄いのう」
「祖母のお気に入りの場所なんです、祖母はもう亡くなってますが・・・・・・」
「そうか。じゃが、これはお主の祖母じゃなくても、誰でも気に入るじゃろう」
「ええ、私も気に入って、だから、この薔薇園が近くにある宮殿をもらったんです」
「成る程、気に入ったからか。それで離れの宮殿におるのじゃな」
ふと、シンバはマーブルの、マーブルはシンバの頭を見て、お互いに頭に手を伸ばす。
マーブルの頭に、木登りした時の葉がついていた。
シンバの頭に、風で飛んできた薔薇の花がついていた。
お互い、それを取り、そして、それを見せ、笑い合う。
「・・・・・・もし私がアナタの——」
マーブルは、何か言いかけた言葉をやめて、
「なんてお呼びすれば?」
そう聞いた。
「シンバで良い、わしはなんて呼べばいいんじゃろう?」
「マーブルです」
「マーブル殿、ここは戦にやられんで、綺麗なまま残っとるようじゃ、良かったのう」
「マーブルです!」
「は?」
「マーブルの語尾に余計なものはいりません! マーブルとお呼び下さい!」
「あ、あぁ、そう・・・・・・? か・・・・・・?」
突然、怒ったようになるマーブルに、シンバは意味がわからず、首を傾げる。
「もし私がシンバとの婚約を知っていて、お受けしていたら、どうしました?」
「わしに断る理由はない」
「でも突然会った私を愛してはないでしょう?」
「愛する努力はしていくつもりじゃ」
「愛に努力は必要なんでしょうか?」
「わからん。じゃが、わしは努力する。いつかその愛が本物になるように——」
「・・・・・・努力もなく、一目見て、愛する人が現れたら?」
「その気持ちを忘れる努力をする。そして努力して愛そうと思った人を愛し続ける」
「そんな簡単に気持ちを押さえつけたり、変えたりできるものでしょうか」
「簡単じゃなかろう、じゃが、わしは一人を精一杯愛していく努力をする」
「・・・・・・」
「お主は・・・・・・マーブルは、好きな男でもおるのか?」
「え?」
「そんな質問をしてくるからのう、おるんじゃろう? おってもおかしくはない」
「・・・・・・シンバは?」
「わしはおらぬよ、ずっと・・・・・・」
シンバは、言葉を止める。
マーブルを婚約者として考えていた為という台詞を止めたのは、その台詞で、マーブルが負担になるかもしれないと、思ったから。
「ずっと?」
「いや、お主こそ、わしが、もし、婚約は絶対に解消せんと言うたら、どうするつもりじゃった?」
「多分、ずっと部屋で泣いていたわ、今頃、泣いて泣いて、凄い顔になってそうだわ」
「・・・・・・正直じゃのう」
と、笑うシンバに、
「ご、ごめんなさい」
謝られるから、余計惨めになる。
「いや、お主は正しい。わしがお主じゃったら、わしなど絶対に嫌じゃ」
「・・・・・・どうして?」
「そりゃ嫌じゃろう、わしはジプサム王と変わらん。所詮、人殺し。それに王子とは言え、受け継いだのはエンジェライトの血だけ。何も持っていないわしに、誰が惚れるか」
シンバは自分の手の平を見つめる。
「・・・・・・違うと思います、アナタはジプサム王とは違うわ」
「同じじゃ」
「志が違うわ!」
「いや、同じじゃ。ジプサム王も良い世界を築こうとしておるのじゃろう、わしもそのつもりじゃ。じゃが、結局は殺し合い。わしは人を殺し、天下をとろうとしておる」
「違うと思います! アナタはきっと天下などとらなくても、世界が良きものに変わるなら王族である事すら捨ててしまう人よ! 戦わなければならないのは、ジプサム王が例え、良い世界にしようと思っての事だとしても、小さな命さえ奪っていくからよ! ジプサム王は天下などとらなくても、良い世界を築けると知っても、天下をとる為、戦うわ」
マーブルはそう言うと、シンバの手をそっと握った。
「戦って来た手ですね」
労わる様に触れるマーブルの手は、柔らかくて、滑らかで、温かくて——。
「・・・・・・お主みたいな人が世に増えればいいのう」
「え?」
「お主には、いろいろと教えてもらってばかりじゃな。風で揺れる木の葉の音を妖精の声じゃと教えてくれたし、ジプサム王との違いも教えてくれたし、優しい手の温もりも教えてもらえた。わしはお主に会えて良かった」
言いながら、シンバはマーブルの手の中から、自分の手をスルリと抜いて、背伸びしながら、歩き出す。そして、振り向いて、マーブルを見ると、
「また頑張れそうじゃ」
と、笑顔を見せ、またクルリと背を向けて、宮殿へ向けて歩き出す。
「あのっ!」
突然、大きな声を出すマーブルに、シンバは足を止め、振り向く。
「あの、婚約解消って、なしにしませんか?」
「・・・・・・は?」
「だから、婚約解消はなしで、婚約者同士って事で・・・・・・」
言っている意味がわからず、シンバは首を傾げる。
「だから! 私と結婚して下さい!」
「・・・・・・何故じゃ?」
「何故って、何故とか聞きますか、普通!?」
「いや、何がどうなって、そうなっておるのか、サッパリわからん。何か無理をさせるような事を、わしが言うたんじゃろうか」
「無理などしてません!」
「嘘でわしを騙そうとしとるのか?」
「どうしてそんな事をする必要があるんですか! それに私、正直ですから!」
「た、確かに、正直じゃが・・・・・・」
「もういいです! 婚約解消のままで!」
「い、いや、ちょっと待ってくれぬか、何故そう話を急かせるのじゃ、もっと解り易く話してはくれぬか。お主、好きな奴がおるのじゃろう?」
「好きな人がいるなんて、一言も言ってませんよ、アナタが勝手に言ったんですよ、ソレ」
「・・・・・・そ、そうじゃったか? しかし、わしと結婚など嫌なんじゃろう?」
「野蛮な方は嫌なんです。アナタは・・・・・・野蛮ではありません。少なくとも、私はそう思います!」
「じゃが、わしじゃぞ?」
「ええ、アナタです」
「わかっておるのか? わしは——」
「わかってます! そんなにしつこく確認されると、遠まわしで、私とは結婚したくないと聞こえます!」
「い、いや、そうではないが、そうではないのじゃが、わしはお主を、愛しておらぬぞ?」
「努力して下さるんじゃないんですか?」
「も、勿論、そうじゃが、お主は、それで良いのか?」
「ええ。言っておきますけど、私もアナタを愛してはいませんから!」
「そ、そりゃそうじゃろう」
「でも、きっと愛します、私は努力しなくても、アナタを・・・・・・シンバを愛せると思います。だって、凄いと思いません? アナタを見た時はとーっても嫌でした、なのに、少しだけ一緒にいただけで、とーっても嫌から、ちょっと素敵な人だなぁと思っちゃったんですよ、それって凄くないですか? このままずーっといたら、ちょっと素敵な人から、結構イケてるかも?って思って、結構イケてるかも?の疑問系がイケてると確信になって、次はかなりカッコイイかも?なんて思ったりして・・・・・・って聞いてます!?」
「い、いや、この薔薇園が、お主をそうさせたんじゃろうか。場所が場所なだけに、お主、勘違いしておるんじゃないか? しかも夜じゃし、辺りは暗いし、薔薇の良い香りと景色に囲まれて、傍におるわしを・・・・・・素敵じゃと思うただけじゃろう」
「いいえ、アナタを素敵だと思ったのは、ここじゃありません、木の上ですわ」
「・・・・・・」
「私は、アナタと共に戦う事はできませんが、アナタが弱くなった時、傍にいて、アナタの弱音を受け止める存在になりたいんです。友達ではなく、特別な存在として」
「・・・・・・」
「戦う意味がわからなくて、辛くなった時、私の為に戦っていると思ってはくれませんか? 何の為に敵を倒すのかと、苦しくなった時、愛する者の為と、私を思い出してはくれませんか? そう思うよう努力できませんか?」
「・・・・・・努力します」
シンバが、そう答えると、マーブルは嬉しそうに微笑み、
「おやすみなさい!」
と、王宮へと駆けて行く。
「え? いや、あの、なんなんじゃ・・・・・・?」
二人の関係がどうなったのか、ハッキリわからないと、シンバは立ち尽くし、足取り軽く駆けて行くマーブルの背を見続ける。
シンバは意味がわからないまま、複雑な表情で来た道を戻り、中庭に戻ると、
「王子! 王子ー! シンバ様ー!!!!」
アスベストの呼ぶ声。
「王子、ここにおられたんですか、探しましたよ」
「すまぬ」
「王からお話があり、他国の兵がこちらへ向かっているとの事です」
「そうか」
「エンジェライトの騎士として集まってくれる者達に、早く会いたいですね」
「・・・・・・わしのような者に集まりたいじゃろうか」
「王子?」
「わしなら、絶対に嫌じゃ。今はもうない国の王子など、得体が知れぬ。ようわからん奴の為に戦いとうない。そうじゃろう?」
「大丈夫ですよ、それは最初だけです、王子に接すれば、きっと、すぐに王子の為に戦える事を誇りに思いますから」
「・・・・・・お主、宴に参加したんじゃろう? かなり酒臭いが——」
「すいません」
と、口を押さえるアスベスト。
「酔うておるのか?」
「いえ、素面です」
「じゃが、そのニオイは、かなり飲んだじゃろう?」
「はい、ですが、私は酔いません。私が酔ってしまったら王が怒りましたからねぇ」
「王が? わしの父がか?」
「はい、全員を酔い潰すまで酔うな、酔ったら負けだと言われましたから。だから私は全員を潰す迄、酔いませんし、潰しても酔わなくなりました」
「お主、皆を酔い潰したのか!?」
「はい、ネフェリーンの騎士達は眠ってます」
笑いながら言うアスベストに、シンバは、呆れる。
「何も酒まで勝ちに拘らんでも良かろう」
「酒だけではなく、王は何に対しても勝ちに拘るんですよ」
「父は・・・・・・負けるのも悪くない事を知らぬのじゃな。わしは爺から負ける事も教えてもろうた。それでも、わしはやはり父の子なのじゃろう、負けは嫌じゃ」
「それは王も王子も負けを知っているからですよ、人は弱さを知って強くなりますから」
「・・・・・・明日朝一で発つぞ」
「え? しかし、王子、他国から来る兵はどうなさるのですか?」
「直ぐには来ぬ。待っておる間、ここで何もせず待機しておっても仕方あるまい。わしは先にエンジェライトへ向かう」
「わかりました」
頷き、頭を下げるアスベスト。
「先に部屋で休む。お主も宴が終わったのなら、早めに休め。ルチル殿とジャスパー殿にもそう伝えるのじゃ」
「はい」
とりあえず頷くが、ルチルもジャスパーも酔い潰れている為、伝えるのは無理だなと、去っていくシンバの背を見ながら、アスベストは思う。
見る度に大きく成長するシンバの後姿。
確実に王としての誇りを背負い、前へ進み、階段を登る王子。
いつか、本当に、エンジェライトが世界を治めるだろうと、アスベストは確信している。
夜が明け、シンバは大雪原を腰に携え、アスベストとルチルとジャスパーを引き連れ、ネフェリーンを発とうとしていた。
王はまだ休んでいるだろうと、挨拶を手紙に託し、それを誰かに渡そうと考えていたが、
「お早いんですね」
と、マーブルが現れ、調度いいと、シンバは手紙を渡そうと思っていたが、
「お主も早いな」
「ええ、早速、お父様にシンバとの事を話さなければと、朝早くお父様、お母様、お兄様を起こして、王の間で待っていてもらっているんです、だから調度、シンバを呼びに行こうと思ってた所です」
と、言うから、シンバは王が起きているのなら、手紙の必要はないかと思う。
その前に、
「わしとの事とは?」
そう聞いたシンバに、
「私と結婚する話です」
ニッコリ笑い、そう答えるマーブルに、ジャスパーが悲鳴に似た声を上げ、二日酔いの為、自分の奇声に頭を押さえ、床に蹲る。
「王子、マーブル姫との婚約は破棄されたんじゃないのですか!?」
驚いたのはジャスパーだけではなく、アスベストも同じようで、声を引っ繰り返して、そう聞いた。
勿論、ルチルも驚いてはいるが、二日酔いで、ジャスパーの奇声に頭をガーンと響かせてしまい、難しい顔で何も言えない状態。
「シンバ、何も話してないの?」
「いや、わしは、その、昨夜はお主が正気ではないのかもしれぬと思うてな、その、あの」
「・・・・・・それで、こんな朝早く、どこへ行くつもりでしたの?」
「そ、それは、その、王に会いに! お主との事を話す為に! そうじゃろう、アスベスト! わしはマーブルと結婚の話を王にする為にこれから向かう所じゃったな!?」
焦りながら、そう言ったシンバに、アスベストは、
「え?」
まさか自分に話題をふられるとは思ってなくて、だが、シンバの焦り具合に、すぐに、
「え、ええ、ええ、そうです、そうでした」
と、頷いて見せる。
マーブルは、少し首を傾げて、不思議そうな顔で、
「話してなかったんじゃないの?」
そう聞いたので、シンバはギクッとした顔になり、機転をきかせたアスベストが、
「聞いてましたよ、聞いてました! 王子から聞いてます! はい!」
叫ぶようにそう言った。
マーブルはますます不思議そうな顔をするが、それでも、一応、納得したのか、
「なら、一緒に行きましょ」
と、ニッコリ笑うので、シンバもニッコリ笑って見せる。
一体、どういう事なのか、アスベストもルチルもジャスパーも問いたいが、今はマーブルが傍にいる為、問う事はできず、只、話を合わせるしかない。
シンバは、王に違う意味で挨拶しなければならなくなり、緊張している。
振り向いて、チラッとアスベストとルチルとジャスパーを見るが、この3人は何もわかっていない為、頼る事はできない。
シンバは深い溜息を吐いたが、そんなシンバを隣でジッと見るマーブルの視線に気付き、苦笑いして、誤魔化す。
——参ったのぅ。
——本気でわしと結婚する気のようじゃ。
——こんな事になるなら、昨晩の内に王への挨拶を考えておくんじゃった。
「シンバ、私からお父様に話すから」
「そ、そうか?」
「うん、シンバは私の隣にいてくれるだけでいいわ」
それは助かると、シンバは再び溜息。
これは安堵の溜息だったが、やはりマーブルがジッと見るので、シンバは苦笑いする。
そして、王の間——。
王の前、頭を深く下げるシンバとマーブル、そして、その後ろで待機するアスベストとルチルとジャスパー。
「こんな朝早く、どうしたのだ」
寝起きが悪いのか、王は不機嫌な声だ。
「お父様、私達、結婚する事にしました」
そんな直球な!と、シンバはビックリするが、一番驚いているのは、王だ。
「な、なんだと!?」
と、王は、椅子から立ち上がり、声を裏返らせた。
「別にいいでしょ?」
いい訳ないだろ、理由も述べないで!と、シンバは首を振るが、
「いい訳ないだろ!!!! 昨日は嫌がっていたのに、どうしたのだ、突然!」
と、王も首を振る。
「駄目なの?」
「駄目だ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって、お前——」
「だって、彼はこの国を救ってくれた英雄よ?」
「そ、そうだが、それとこれとは違う話だ」
「元々婚約してたんでしょ? 私達」
「そ、それはなくなった話だろう!」
王とマーブルの話が続く中、妃と王子も、王の隣に座りながら、オロオロしている。
「お父様が何と言おうと、私はシンバと結婚します!!!!」
そう叫んだマーブルの手を持ち、シンバはマーブルの身を後ろへ引かせた。
マーブルはどうして!?と、シンバを責めそうになるが、シンバが、マーブルを見つめ、首を振るので、マーブルは黙ってしまう。
シンバは王を見る。王もシンバを見ている。
「わしは生きて帰れるか、わからぬ身。そんな男と結婚など、王がご心配するのは、ご尤もな話。じゃが、わしも姫と結婚したいと思うておる。どうじゃろう、わしが無事に帰還し、ジプサムを倒せて、世界の頂点に立った時、この結婚を正式なものにすると言うのは」
そう提案するシンバに、王は黙り込む。
シンバは振り向いて、マーブルを見る。
「元々、わしは兵がほしくて、婚約者がおると言う、この国に来たのじゃが、婚約をなしにしても兵の手配もしてくれる故、直ぐに結婚をせぬとも、何の問題もない。寧ろ、わしは万が一、わしが戻って来んかった場合、お主を独りにするのは嫌じゃ、どうせ添い遂げるのであれば、一生を共にしたいじゃろう、じゃから、わしが戻らんかった場合、他の男と結婚する事を考えれば良い」
「どうしてそんな事言うの!?」
「お主が好きじゃから」
「え?」
「幸せになってほしい。必ずわしが幸せにしてやると、今は言えんじゃろう、わしは明日、死ぬかもしれん男じゃ。じゃが、もし、死ぬ場面が来るとしたら、その瞬間、わしはお主を思い出し、死に物狂いで生きよう。わしを待っておる、お主を独りにせん為に——」
「・・・・・・シンバ」
「じゃから、結婚はわしが天下をとり、戻って来た時じゃ。それで良いな?」
言い聞かせるように、そう言ったシンバに、小さくコクンと頷くマーブル。
シンバは再び振り向いて、王を見る。
「王よ、わしが戻って来た時は、わしはエンジェライトの血族と言うだけでなく、天下を手に入れた王の中の王となるじゃろう、それなら、文句はなかろう、じゃから、その時に、マーブルとの事は、また挨拶をさせてもらってもいいじゃろうか」
王は少し考えて、ふぅっと溜息を吐くと、
「・・・・・・いやはや、エンジェライト王ソックリの勝ち気な性格だな」
と、シンバを見て、そう言って、偉そうな髭を触りながら、
「その時は娘をよろしく頼む。だが、帰らぬ場合、そして天下をとれなかった場合、娘は別の王国の王子と結婚させる。元々、婚約など、酒の席での話で、本気ではなかったのだ。こちらは小さな国の王子などに娘をやるつもりもない。それをわかった上での約束だ」
そう言った。シンバはコクンと頷く。
「きっとジプサムを倒して無事に帰って来るわ! ね? シンバ!」
と、シンバの腕を掴むマーブルに、
「マーブル、将来の伴侶となる者を呼び捨てるとは、どういう事だ、様をつけろ、様を!」
王は、叱るように、そう言った。
「いや、わしがシンバで良いと言うたんじゃ」
「そうよ、今時、古臭いのよ、お父様は!」
と、マーブルは、シンバを見て、ねーっと言うから、シンバは頷けないと、首を振る。
アスベストはよくわからないが、とりあえず、良かったと、微笑む。
「なんで? どうして? どういう事?」
と、ジャスパーは、シンバとマーブルに納得いかない様子。
「うーん、ま、王子は逆転大勝利の男だから、当然の結果かな」
と、ルチルが言うが、ジャスパーは納得しない。
「こんなの簡単に逆転大勝利できる事じゃないだろう!」
「あら、子供の頃から自分ができもしない難題を与えていたのは、どこの誰かしら? 高い木の上から飛び降りろとか?」
「うっ・・・・・・」
「向こう岸の看板を石で叩き割れとか?」
「それは俺が言ったんじゃねぇよ、王子が、言い出した事だっつーの」
「でも、簡単に逆転大勝利できる事なんて何もなかったと思うけど?」
「うっ・・・・・・、そ、そうだけど、これは努力とか練習とかで、どうにかなる問題じゃないだろうが!」
「でも不思議じゃないわ、言ったでしょ、王子は村の女の子達に大人気だったって。ジャスパー、アンタが姫に気に入られていたら、不思議だけどね」
「なんだとぉ!?」
ジャスパーが吠えた時、
「わしはこれから元エンジェライトへ向かう為、ここを発とうと思います」
と、シンバが王に話し出し、ルチルもジャスパーも静かになる。
「他国から、わしの為に兵が来たら、わしが戻る迄、ここで待っておるようにしても構わんじゃろうか」
「それは良いが、元エンジェライトの領土は、今はジプサムの領土だぞ」
「そうじゃが、本土のジプサムとは遠く離れておる場所じゃから、戦にはならぬと思う。わしは自分の目で確かめたいんじゃ、今、エンジェライトがどうなっておるのかを——」
「・・・・・・いいだろう、集まった兵達は、ここで待機させておこう」
「有難う御座います」
シンバは、自分勝手な行動を許してくれた王に、深く頭を下げる。
「じゃあ、もう出発なさるの?」
シンバの横で、寂しそうな表情をしながら、そう聞くマーブルに、シンバは頷いた。
城の外まで出て、王も妃も王子も、勿論、マーブルも、シンバの出発を見送ってくれる。
馬もルチルとジャスパーの為に、新たに2頭、用意してくれた。
「何から何まで世話になる、申し訳ない」
と、シンバは頭を下げるが、王は、
「何を言うか、世話になったのはこちらの方だ、ネフェリーン王国を救って下さった事、一生、忘れはしない」
と、深く深く頭を下げた。
シンバは馬に跨り、アスベストもルチルもジャスパーも、馬に乗ろうとしたが、シンバが、再び、馬から下りたので、どうしたのかと、馬に乗れないまま——。
「マーブル」
シンバはマーブルに駆け寄り、栞を差し出した。
「お主の頭についておった木の葉じゃ。昨夜、栞にしたんじゃ」
「・・・・・・」
「すまぬな。お主に、何かプレゼントをと考えても、わしに出来るモノと言ったら、こんなもんじゃ」
マーブルはジッと栞を見つめ、そして、ふるふると首を振り、
「とても嬉しいです」
微笑み、そう言った。シンバはその笑顔にホッとする。
「大事にします」
「せんでもいい。そんなもの」
「大事にします」
「・・・・・・うん」
少し照れたシンバの横顔を、アスベストは微笑ましく見守る。
——王子にも大事な人ができた。
——戦う理由ができた。
——王子は幸せ者だ、友がいて、愛する者がいる。
——人はそれだけで、充分、生きる価値がある。
——正義だろうが、悪だろうが、愛する者の為に、人は生きて行く事ができる。
シンバとマーブルの遣り取りに、ジャスパーはぶちぶち口の中で文句。
「なぁに、ジャスパー、王子に恋人ができた事、気に入らないの?」
そう聞いたルチルに、
「あぁ、気に入らん! だって、あんな美人! すっげぇ美人! めちゃくちゃ美人! 美人じゃなくても俺だって!!!! 俺だってぇ!!!!」
泣きそうになりながら、そう言ったジャスパーに、ルチルは苦笑い。
「シンバ、私もアナタに何か差し上げたいわ、そうだ、これを——」
と、マーブルはネックレスを外し、シンバに渡す。
それは金のロザリオ。
シンバは手の中で光る十字架を見て、マーブルを見る。
「町の教会で売られているもので、高価なものではないのですが、小さい頃から、毎晩、そのロザリオを胸に、お祈りをしてから眠るのが日課になっていて、それが癖になってるせいか、ずっと外した事がないんですけど、良ければ、もらって下さい」
「そんな大事なモノをもらう訳にいかんじゃろう、今夜から、祈りはどうするのじゃ」
「今夜から、栞を胸に星に祈るわ、シンバの無事を」
そう言って微笑むマーブルに、シンバは安らいだ気持ちになる。
シンバは、マーブルの事は嫌いではない、寧ろ、普通に好きだ。
だが、それが恋愛や愛情の好きなのかと、問われると、わからないだろう。
それでも、きっと、この安らぎは愛だと、シンバは思う。
そして、きっと、帰って来る場所があるとしたら、マーブルの傍だろう。
「・・・・・・なら、わしは誓おう、このロザリオとお主に」
「何を?」
「無事に帰ると。お主の為に——」
「はい」
マーブルはコクンと頷いた。
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