4.この世の悪はどこにあるのか


結局、4人は操縦室で、談笑しながら過ごした。


ジャスパーは暗い雰囲気を掻き消すように、笑い話をして、アスベストもルチルも、この時ばかりはジャスパーがいてくれて良かったと、彼の活躍を褒め称えたい程だった。


夜明け、空が明るくなる頃、


「もう進路も真っ直ぐでしょうし、心配なさらなくても大丈夫でしょう、後数時間もすれば、ネフェリーンエリアの港町に着く筈です、王子、少し仮眠をとられては?」


アスベストが言う。


「・・・・・・わしは平気じゃ。子供の頃から余り眠らんでも平気じゃったし」


「王子は努力家ですからね、皆が眠っている頃、一人、頑張って出来ない事を克服するのですから——」


「のう、アスベスト、お主、歳は幾つになった?」


「私ですか? もう38ですね」


「・・・・・・若いのう」


「18の王子に若いと言われても」


と、苦笑いのアスベストに、


「わしも38になったら、船の操縦ができるような男になっておるじゃろうか、お主のように何に対しても対応できる男になっておるじゃろうか、そう考えると、お主は38の若さで、単純に凄いと思うのじゃ」


「ははは、王子、私は船の操縦ができる訳じゃありませんよ」


そんな台詞を笑いながら言うから、ルチルもジャスパーも、えええええ!?と悲鳴に似た声を上げる。


「だって、王子も、後の二人もまだ子供ですからね、大人の私がやらなければ誰がやるって言うんです? 人間、追い詰められると、何でもできるもんです」


「って、アスベストさん! 操縦できないのに、操縦してたの!?」


ルチルはパニックになりそうな程、甲高い声を出し、問う。


「はい。でも何とかできてるようですし、ここまで来れば心配ないでしょう?」


「おいおい、もしもって事を考えねぇのか、俺達を殺すつもりかよ、オッサン!」


ジャスパーも驚いて、そう言うが、


「王子がいるのに私も無茶はしませんよ、ですが、船を出さなければ、漂流し続けてしまう事になるでしょう? それに無事に動かせてるようですし、大丈夫ですよ」


と、アスベストは笑う。船の操縦ができる、できないと言うより、シンバは、


「わし等はまだ子供か」


アスベストが子供ですからと言った台詞の方が引っ掛かり、そう呟いた。


「あ、王子、気になさりましたか、申し訳御座いません、確かに18歳は子供とは言い切れない年齢ですね、だからと言って、大人とも言い切れません。でも私も18の頃は一端の大人だと思いました、ペリドットを出たのは16、そして騎士になったんですよ、そう考えると、18は大人と思うべきでしょうね」


「・・・・・・お主、愛した女はおらんのか」


そんな事を聞くシンバに、アスベストはビックリして、思わず、シンバを見る。


「なんじゃ?」


「い、いえ、王子がそんな事を聞くと思わなかったもので。と言うか、王子にお話できるような恋はありませんよ、私はもっぱら片思いですからね、モテませんから」


笑いながら言うアスベスト。


「片思いか——」


シンバはそう呟きながら、昔、アスベストが、『妃様も、この私が恋焦がれる程、とても美しい方でした』そう言っていたのを思い出す。


「38歳になっても片思いしかした事がないって言うのは嘘臭いわよ、アスベストさん。でも、他人の恋愛を聞くなんて、そういう王子は好きな子いないの?」


と、ルチルこそ、他人の恋愛が気になるようで、興味津々に聞く。


「お主はタルク殿じゃろう?」


そう言い当てるシンバに、ルチルは顔を真っ赤にする。


「そうなのか!?」


と、ジャスパーが食いつく。


「二人、似合うておる。優しいタルク殿と気の強いルチル殿。いい関係じゃ」


「で、でも、アイツ、貧乏じゃん!」


ジャスパーがそう言うと、ルチルはギロリと睨みつける。


「生活できるお金さえあれば問題ないでしょ、それに別にアタシ達、結婚なんて考えてないし! お互い楽しく過ごせればいいのよ、それで!」


ジャスパーは失恋したのだろう、ガックリと肩を落とす。だが、そんな事、気付かないルチルは、


「なんでアンタがそんなに落ち込むのよ!?」


と、意味がわからないと言った表情。そして、シンバを見る。


「アタシの事より、王子の事が聞きたいのよ、村には女の子が結構いたでしょ? 誰かいなかったの? 子供の頃は、王子が小さすぎて、誰も眼中になかったみたいだけど、成長した王子は背も高くて、美形の顔立ちで、変わった喋り方も個性的で、女の子達に大人気だったのよ! 知らなかったでしょう?」


「わしが大人気?」


不思議に問うシンバは、本当に知らなかったようだ。


「お、俺は!? 俺も人気あったろ?」


「ジャスパー、アンタ、子供の頃は子分のように男の子達を引き連れて、それでかっこいいつもりだったのかもしれないけど、女の子達はその頃から、アンタを嫌ってたわよ」


「えええええええええええ!?」


「当たり前でしょ、偉そうにふんぞり返って、アタシより弱い癖に」


そう言われ、ジャスパーは再び落ち込む。


「ねぇ、王子は誰かいなかったの?」


「わしは女と話すのはルチル殿だけじゃったからなぁ、自分から話に行く事もせんかったし、まさか人気があるとも思わんかったが、悪い気はせんのう」


「話はしなくても、見た感じで、タイプの子が一人くらいいないの? 年下でも年上でもいいじゃない、誰かいるでしょ?」


「・・・・・・わしはネフェリーン王国の姫と婚約をしとると聞いておったから、特に村の女をそういう対象で見ておらんかった」


「王子は呆れるくらい真面目ねぇ。だって婚約って言っても会った事もないんでしょ? どうするの? すごーい不細工なお姫様だったら?」


「別に構わん。わしは他人の顔をとやかく言える程の顔はしとらんし、顔は見てれば慣れる、問題ない」


「あらそう。でも、婚約という運命が障害となる、燃えるような恋を求めたりしない?」


「・・・・・・なんじゃ、それは——?」


わからないと、眉間に皺を寄せるシンバに、くっくっくっくっと喉の笑いを漏らすアスベストが、


「王子はまだ恋愛と言うものを知らないんですよ、なのに、いきなり燃えるような恋はハードルが高いでしょう、まずは初恋から始めないと」


そう言って、ルチルはそうかと納得。


「でもよぉ、恋愛初心者が、ネフェリーン王国の姫と婚約だぜ? 姫に嫌われるんじゃねぇの? だって、女の扱いとか全然わかってねぇだろ」


偉そうにそう言ったジャスパーに、


「なんで女の扱いが全くわかってないアンタが言うの、そういう台詞を!」


と、ルチルに冷たく突っ込まれ、またもジャスパーは落ち込む。


ルチルはタルクと両思いだが、結婚はしないと決め、今は離れ離れ。


ジャスパーはルチルに片思いだが、ルチルにはタルクがいるので、両想いになる事はない。


アスベストは——。


シンバはふぅっと溜息を吐いて、


「恋愛とは難しそうじゃのう」


そう呟く。そんなシンバに、アスベストもルチルもジャスパーも苦笑い。


「王子、女の子はプレゼントに弱いですよ、何か買って行きましょうよ」


ルチルがそう言うが、


「そんな時間はない。ネフェリーン王国にジプサムが攻め入っているかもしれんのに」


シンバは首を振りながら、そう言うと、


「それにわしは無駄に使える金がない」


そう言ったので、ルチルは、


「あら、高価なものじゃなくてもいいのよ、気持ちなんだから。例え野花1本でも!」


と、タルクに野花でももらった事があるのだろうか、笑顔でそう言ったが、


「おいおい、相手はお姫様だろう? お姫様に野花か? お前と一緒にするなよ」


ジャスパーが、突っ込み、更に、


「しかし金のない王子って駄目だろ、婚約はなかった事にって言われそうだな」


そう言って、ルチルに殴られる。


「でも王子、これはネフェリーン王国の姫にいい所を見せるチャンスですよ、ジプサムが攻め入っていたら、王子が戦って、ネフェリーン王国を救い、王子のヒーローぶりに姫は惚れますよ、なんて言ったって、王子は剣を握り戦っている所が一番かっこいいですからね、一番かっこいい王子を見せれるって訳です」


「悪いが、アスベスト、わしは一番かっこいい自分を見せるより、ネフェリーン王国がジプセムに攻め入られてない事を願う」


「——ご尤もです」


アスベストは浅墓な意見だったと直ぐに反省する。


日は高く登り、光で一杯になる頃、大陸が見え、シンバ達は上陸の準備を始める。


船が着くと、シンバ達の目の前に広がる光景は残酷なものだった。


ネフェリーンエリアの港町は既に焼き払われた後——。


「・・・・・・酷い」


小さな子供の死体を見下ろし、ルチルが呟く。


「やっぱジプサムか!?」


ジャスパーが問うが、誰も答えない。答えなくてもわかるだろう、ジプサムの他にいる筈がない。シンバは、怒りを静めようと必死に拳を握り締めるが、この光景が目の前にある限り、静まる筈もない。


「王子、馬を船から下ろしました」


アスベストが二頭の馬の綱を引きながら、シンバの目の前に立つ。


「そうか、二頭じゃったな。わしとジャスパー殿、アスベストとルチル殿で良いか?」


馬に乗る相手を言うシンバに、皆、頷くが、ジャスパーが、


「お、お、俺もやっぱ行くんだよな!? 次も勝てるよな!?」


と、オロオロしながら問うが、やはり、誰も答えない。


シンバが馬に跨ると、ジャスパーもシンバの後ろに乗ろうとするが、うまく乗れず、転がり落ちる。シンバは少しイラッとしているが、ジャスパーに手を伸ばし、自分の背後に引っ張り上げると、まだジャスパーがシンバに掴まってもいないのに、馬を走らせた。


ジャスパーはまた落ちそうになるが、なんとかシンバに掴まった。


シンバの気迫が恐ろしい。


馬に何度も手綱を叩き、スピードを上げる。


アスベストもシンバを追いかけ、スピードを上げて行く。


砂浜を駆け、森林を抜け、草原を通り、風を切り走る。


やがて、空に黒い煙が上がっているのが見え、ドーンと体に響く大砲の音も聞こえ、


「王子、ネフェリーン王国です!」


アスベストが叫んだ。


「戦いの最中のようね」


アスベストの背に掴まっているルチルが言う。


「城下町だよなぁ? そこで戦ってるって事はまだ敵を城には入れてないって事か!?」


ジャスパーが問う。


「わからん」


シンバはそう言うと、馬のスピードを更に上げる。


「王子、そろそろスピードを落としませんと、止まれませんよ!」


「止まる気はない!」


そう言ったシンバに、アスベストはまさかと思う。


だが、まさかと思う通り、シンバは町の入り口近く迄、馬のスピードを上げたまま走り抜け、そして、飛び降りた。


ジャスパーは突然シンバに払われ、飛び降りられ、馬に振り落とされ、大地に転がり落ちるが、幸運なのか、不運なのか、怪我はないものの、戦いの真っ只中に身を置いてしまう。


赤い鎧を来たジプサムの騎士達。


「・・・・・・赤い鎧、朱雀か」


シンバはそう呟き、大雪原で、その場にいた騎士達を切り払っていく。


突然、現れた何者かもわからぬ者が、ネフェリーン王国の騎士の味方に付いたと、ネフェリーンの騎士団は驚く。


いや、敵か味方かもわからないシンバに、どうして良いのかわからない。


それでもシンバが朱雀達を鎧ごと切り裂いて行く姿に、勝機を感じたか、戦闘の勢いが増す。別方向でも歓声のような声が上がった。アスベストだ。


そしてまた別方向からも声が上がる。ルチルだろう。


そして、3人は朱雀達を斬りながら、走り抜け、今、町の中央に着いた。


そこにはネフェリーン王国騎士隊の隊長がいて、騎士達に指示を出していたが、突然のシンバ達の登場に、指示を忘れ、呆然としている。そして、


「お、お前達は何者なんだ?」


そう聞き、シンバを見るが、その問いに答えたのは、5階バルコニーから見下ろすジプサムの朱雀騎士団率いる長の男——。


「待っていたぞ、エンジェライトの王子!」


赤い鎧で身を固め、顔全体を覆うような兜を被り、重装備で中身が見えないが、野太い声が男だとわかる。


シンバは上を見上げ、


「既に城に侵入されておるではないか!」


と、ネフェリーン王国騎士隊の隊長に言う。


隊長は、エンジェライトの王子!? 誰が!? そう思いながらも、


「王が、町の者を守れと言われたので、我々は城の中へ突入されても、ここで暴れる騎士達を全て倒さなければ、王の次の命令に従えないのです、既に大砲部屋も乗っ取られ、無闇やたらにさっきからドンドンと撃たれ放題でして——」


そう説明する。そこへジャスパーがやっと追いつき、息を切らせ、シンバの傍に来る。


皆、揃った所で、シンバは指示を下す。


「アスベスト、お主は捕らわれているであろう王を助けるのじゃ。ルチル殿、お主は大砲部屋を取り返して参れ。ジャスパー殿、怪我をしている町の者達を頼む。わしはわしを呼んでおるアイツの所へ——」


5階バルコニーで見下ろす男を睨み上げ、そう言ったシンバに、アスベストとルチルとジャスパーは頷く。


城の門へ向かって走るシンバとアスベストとルチル。


シンバ達をよく知らないネフェリーンの騎士達は新たな敵かと、剣を振って向かって来る。


「どけぇ!!!! わしはネフェリーンの味方じゃ!!!!」


シンバはネフェリーンの騎士の剣を受け流し、そして、一人の大きな騎士の肩に飛び乗ると、そのまま勢い良くジャンプし、2階バルコニーの手摺りに掴まり、攀じ登る。


そこからはデコボコしたレンガが壁となるので、シンバは壁を登る。


「アレ、俺様がガキの頃に教えてやった木登りの成果だぞ」


と、ジャスパーはネフェリーンの騎士隊長に自慢気に言うが、隊長は開いた口が塞がらず、


「な、何者なんだ、本当に」


そう呟くばかり。


シンバは5階バルコニーまで登ると、手摺りに立ち、朱雀騎士団の長を見る。


間近で見ると、かなりの大男。


その長の背後には数人の朱雀の騎士達が、シンバに剣を向けている。


「なんて奴だ、まさか、壁を登って来るとは!」


「よくも槍やら剣やら落としてくれたのう、御蔭で頬に掠ってしもうた」


上から武器を落とされ、シンバはそれを避けながら登ってきたのだ。


シンバの頬には一筋の血で滲んだ赤い傷跡。


だが、只、それだけ。


「化け物め!」


シンバにそう呟き、大きな鉈を構える朱雀の長。


シンバは手摺りから、バルコニーに降り立つと、大雪原の柄を握り、


「聞き捨てならぬ台詞じゃな。わしはお主等のように無駄に人を殺してはおらん。化け物とは心外じゃ。化け物はお主等の王じゃろう」


冷静な口調で、淡々と、そう言った。


「我が王が化け物? いいや、違うな、ジプサム王は神だ。この世に神として君臨するお方。お前のような小者は化け物で充分な地位だろう。どうだ、飼い慣らされてみないか? 我が王に。神のペットに化け物は調度いいだろう、それに我が王は神だからこそ、くだらない人間共のように差別はしない。化け物こそ、可愛がってくれるお方——」


「・・・・・・神か。ならわしが何れ神の世に帰してやろう、ここは人の世じゃからな」


「帰す? それはどういう意味だ?」


「わしが、ジプサム王を、この世から消し去ってくれると言う意味じゃ」


お互い、攻撃に出る瞬間を見極める為、間合いを開けて、睨み合うまま言葉を交わす。


朱雀の長の背後にいる騎士達も剣を構えたまま、動かない。


「ほぅ、我が王を倒せるとでも思っているのか?」


「・・・・・・」


「高が玄武や白虎に勝ったからと言って、ジプサム王にも勝てると?」


「・・・・・・」


「ジプサム王がどんな力を持っているか、知っているのか?」


「・・・・・・」


「無知とは恐ろしい事だなぁ」


さっきから無言のシンバに、朱雀の長はそう言うと、くっくっくっと笑った後、キッと鋭い眼力でシンバを睨みつけた。


「調子に乗るなよ、クソガキ。何がエンジェライトの王子だ。エンジェライトなど、昔に我等に焼き払われた国ではないか。この世から消えた国の王子が今更、ノコノコ現れ、我等に逆らい、我等の王に勝利宣言など、甚だしいにも程があるぞ! 今直ぐに跪かせ、その額を地に擦り付けてやる! 泣き喚き、許しを請えば、許してやろう。さっきも言ったが我が王のペットに持ち帰ってやる。王も手土産があり、喜ぶだろう」


「・・・・・・泣き喚き、許しを請うても、わしは許さん」


シンバはそう言うと、踏み込んだ。


長ではなく、長の後ろにいる騎士達の構えている剣を一気に弾いて行き、力強く弾かれた剣は空高く舞い上がり、瞬間、シンバは身を低め、背後から飛んでくる鉈を避けながら、大雪原を横に流すように振り切り、騎士達の鎧を裂いて行く。


大雪原の鋭い斬れ味に、長も騎士達も驚くが、それ以上にシンバの動きの速さに驚く。


「お主等は重い鎧で動きが鈍い。わしは身軽じゃからな」


そう言うと、シンバは飛んでくる鉈を飛び越え、そして、その鉈の上に立ち、長を見る。


長は大きな鉈を構え、その上に乗ったシンバを見上げる。


「流石のパワーじゃのう、わし一人分の重さくらい容易いか?」


そう言ったシンバを落とそうと、鉈を振り回すが、シンバはとっくに、華麗に宙を舞い、地に足を付けている。鎧を裂かれた朱雀達は、頑丈な鎧を失い、次は肉を切り裂かれてしまうと、逃げてしまい、今、バルコニーには、シンバと長の二人きり。


これで大きな動きができると、シンバは大雪原を振り上げ、長が持つ鉈に振り落とし、何度もガンガンと鉈にぶつけるように迫り行く。


「お主等が殺した人間は昨日まで笑うておったじゃろう、人が生きていく場所を、まるで無にするように、そこから何もかも奪うのは許される事ではない。これ以上、人から何もかも奪い、笑顔も涙も、怒りさえ、消し去るのをやめるよう、王に伝えるのじゃ!」


そう吠えながら迫ってくるシンバに、長は後退しながら、チッと舌打ちすると、鉈に大雪原をぶつけてくるタイミングを計り、次に大雪原をぶつけてくる瞬間、うまく弾き返した。


弾き返されたパワーは、大雪原を伝い、シンバの手にビリビリと痺れを感じる。


一旦、離れ、シンバは大雪原を持ち直し、朱雀の長も鉈を持ち直し、お互い、見合う。


「人が生きていく場所? なら聞くが、人じゃない者はどこで生きる?」


「人じゃない者?」


「人として認められぬ者は、人として扱われず、生きる場所を奪われ、生きる為、守ろうと人に立ち向かえば殺され、その罪はないのか? それこそ無じゃないか」


「・・・・・・何の話じゃ?」


「人がしている事を我等は普通にやっているだけだ、それを人に責められる筋合いはない」


「・・・・・・お主等も同じ人じゃろう」


「これは人と人の戦いだと思うか? そうだな、人は過ちを隠したがる。お前はまだ若いだろう、だから人の大きな過ちを知らない。今、何故、人は殺されるのか、知らない。それは我々が人を無にしたからではない。人が何もなかった事にしたからだ。そう、全てを無にしたのは人間達の方だ」


「・・・・・・さっぱりわからん。わしにも、わかるよう話したらどうじゃ」


シンバは眉間に皺を寄せ、そう言ったが、話す気はないのだろう、鉈をぐるんを振り回し、構えると、朱雀の長はシンバに向かって攻撃を仕掛けた。


ヒラリと身をかわし、シンバは攻撃から逃れるが、直ぐに長は体を回転させ、鉈を振り回す。シンバは高く舞い上がり、長の顔面目掛け、飛び降りて、大雪原で、長の兜を割る。


兜が真っ二つに割れ、長の顔が露わになった。


「・・・・・・お主は——」


「我が名はリアルガー」


「・・・・・・知っておる。本で見た顔じゃ」


驚愕の表情で、シンバはそう言った後、


「旅の戦士リアルガー。正義の味方と言われた戦士じゃろう?」


そう聞いた。


「フン、人間の都合のいい解釈だ、金で買われ、主人に仕える只の用心棒。そして更に真の姿は、只の奴隷だよ。本になる程、有名になったのは、我が奴隷でありながら、旅の戦士とまで成り上がったからだ。だが、事実は只、主人から逃げていたに過ぎない。そして人々を助ける事で、奴隷から介抱される事を考え、気付けば、勇者とまで謳われた。それまでは奴隷であり、人ではなかった。生きる場所もなく、だが、生きる為、仕方なく、人を救う旅をしていた。そうだな、その昔、20年ほど前か、まだ若かった頃、ひとつの国を救った事もあった。その国は我に救われた後、我の名を国に名付けたが、その国もジプサムに滅ぼされ、今はなくなったが——」


確かに、20年も遡る程、リアルガーは本で見るより老けている。


今、現在、40代半ばか、後半、と言う所だろう。


「人間は都合が悪い事は全て隠す。何もなかった事にし、無にして、笑う。お前は人間の笑顔を守りたいと思うか? 悪いが、人間の無邪気な笑顔程、邪悪なものはない。我が王、ジプサム王は、この世を美しくしたいと願っている。それはこの世の人間を排除する事だ」


「・・・・・・わしもこの世を美しくしたいと願うておる。じゃが、人を排除するのは違うじゃろう、お主も人ではないか! 何故、お主自身、自分をも否定するんじゃ」


「我は人ではない」


「・・・・・・人ではない?」


わからないとシンバは鸚鵡返す。


「我はジプサムから参った朱雀騎士団の団長、リアルガー! 人を消し去る為に生まれた騎士。人である事を捨て、我が王に仕え、この世を変えてみせる!」


リアルガーは鉈を振り回し、シンバに向かって、攻撃を繰り出す。


シンバは前から何度も突かれるように来る鉈を避けながら、何故なんだと思う。


——何故、人が人を捨てるのじゃ。


——何故、自ら、無になるのじゃ。


——何故・・・・・・いや、元々、人は人を殺し、人は人を憎む。


——わしもその一人じゃ・・・・・・。


——ひとつの国を救い、勇者として、本になる程の功績を残した戦士。


——じゃが、その実態は、人を憎み続けておる。


——それ程、人は過ちを犯し、多くの国が悲しみを持っておるんじゃ。


——わしはそれを受け止められるのじゃろうか。


——エンジェライトを築いても、誰も悲しむ事もなく、憎しみを生む事もなく。


——そんな国を築けるのじゃろうか。


「どうした!? その変わった剣に迷いが出ているぞ!」


そう言われ、シンバはキッとリアルガーを睨み、


「わしは人じゃから、迷う事もある!」


キッパリとそう言った。その台詞に、カチンと来たリアルガーは、更に激しい攻撃を繰り出して、シンバを襲う。


——人が人を捨てる事はできぬ。


——わしは、どう足掻いても、永遠に人じゃ。


——そこで悩んでもしょうがない。


——確かに人は、人を、人とも思わぬ時がある。


——奴隷か。


——その深い傷は癒されぬじゃろう。


——それでも、人は過ちを犯し、この世で生きていくんじゃろう。


——この世しか、生きていく場所はないのじゃからな。


——他に良い場所があれば、そして人の心が見え、良い心悪い心の持ち主がわかれば。


——人も良い者と悪い者に分かれ、生きていけるじゃろうに。


——わしにできる事は、真剣に、人の為に戦う事じゃな。


——例え、どんなに悪人じゃろうが、どんなに善人じゃろうが。


——わしは人を守る為、戦うしかできぬ。


シンバは鉈を避けながら、ちらちらとリアルガーを見る。


もっとちゃんとリアルガーの表情を見たいが、鉈を避ける事で精一杯。


だが、リアルガーはシンバの視線が気になり、何か大技でも使って来るのかと、一旦、身を引き、鉈を構え直した。


突然、退いたリアルガーに、シンバも身を引き、大雪原を構え直し、そして、


「お主、最近、笑うた事はあるか?」


そう聞いた。何の質問だと、リアルガーの眉間に皺が寄る。


「答えよ、お主は最近、笑うた事があるか!?」


「ある」


「それはどんな時じゃった?」


「我の笑い声が聞きたいのか? もうすぐ笑うだろう、この国を消し去った後にな」


「成る程。戦に勝った時、お主は笑うんじゃな」


「そうだ」


「所詮、お主も人の子じゃ」


「何!?」


「結局、ジプサム王も綺麗事ではないか。美しい国にすると言うが、見てみよ、お主がその巨大な鉈を振り上げ、人を殺し、生まれた世は、美しいと思うか?」


バルコニーから見えるネフェリーン王国の城下町は、血のニオイの風が吹き、死体で大地は覆われ、空は黒い煙が舞い上がり、まるで地獄のよう。


「お主には友と呼べる者がおるか?」


「何の戯言だ!?」


「知っておるか? 友達とは平等じゃと言う事を——」


「平等!? ふざけるな!!!! 奴隷と友達になる者がいたと思うか!?」


「わしは、誰もが友達になれる世を築きたい! お主もそう思わぬか!?」


「思わん!」


「一緒に笑う者が傍におり、皆で世を美しくする。それが、この世を変える一番の近道じゃろう、そう思わぬか!?」


「思わん!」


「そうか。残念じゃ。わしはジプサム王とは違う道を行く」


「違う道も近道もない。お前はここで死ぬか、ジプサム王に仕えるか、どちらかだ!」


「お主もここで死ぬか、撤退し、ジプサム王にわしの言葉を伝えるか、どちらかじゃ」


再び、剣と鉈の刃が交わる音が響き渡る。


シンバはまだ迷っているものの、リアルガーを倒す事に迷いはなくなっている。


ここで勝たねばならない。


どんなに迷っても、誰が悪なのか、わからなくなっても、今、ここで勝たなければ、その答えも見つからないだろう。


鉈の刃が欠け始める。


大雪原は鎧を切り裂いても、刃毀れさえせず、鋭い輝きを失わない。


「・・・・・・その剣、恐ろしい程のチカラを秘めているな」


「わしだけの為に創られたモノじゃ」


「だからか、お前のスピードや動きに見合う剣だ。パワーのないお前に変わり、鋭い刃で攻撃力を高められ、その細い一点に集中された力は、大きな力も弾き返し、その刃に重さはなく、余計な装飾もなく、シンプルで、軽く、お前のスピードを落とさない。良い武器と出会ったな。だが、それはこの鉈も同じ——」


確かにリアルガーのパワーと動きに見合う鉈だ。


大きく太く、重く、だが、リアルガーのパワーに、それは何の障害にもならず。


しかし、そのパワーも当たらなければ意味がない。


当たりそうになっても、大雪原で弾かれてしまう。


籠手で受け止めないのは、パワーが大きすぎて、籠手が壊れ、腕ごと落とされるから。


大雪原ならば、細めの鋭い刃で、力がなくても、鉈の先を狙えば、うまく弾き返す事ができる。シンバはそれだけリアルガーのパワーも動きも見切っている。


そして、シンバは踏み込んだ。


ジャキーンと言う音が鳴り響き、シンバの背後で、リアルガーの動きが止まり、シンバも大雪原を振り切ったままの状態で、静止——。


「・・・・・・その・・・・・・剣の・・・・・・名は——?」


「——大雪原」


「・・・・・・銀世界の化け物め」


「化け物か、それは人ではないと言う事、お主にとって、化け物とは褒め言葉だったんじゃな。その言葉、有り難く受け取ろう」


シンバは、そう言うと、大雪原を腰の鞘に納め、リアルガーはフッと笑みを零すと同時に、鎧に一筋の罅が入り、そして砕けると、腹部から血が噴射し、バタンと前のめりに倒れた。


シンバは振り向き、倒れているリアルガーを見下ろす。


「王子!」


アスベストが現れ、倒れているリアルガーを見て、


「王子、たった一人で、朱雀の長を倒すとは、流石です」


そう言った。シンバはリアルガーを見下ろしたまま——。


「お主の方も片付いたのか?」


「はい! ネフェリーン王、妃、王子、姫、全員、無事です」


「城内の朱雀達は?」


「全て、片付けました、後は城下町の奴等だけです」


「・・・・・・」


「王子、早く、その者の首をとり、城下町の戦をお治め下さい」


「・・・・・・やはり首を斬り落とさねばならぬか?」


「王子? 何か迷っておられるのですか?」


「・・・・・・」


「私が斬り落としましょうか?」


「いや、わしが斬り落とす」


シンバはそう言うと、リアルガーを仰向けにする。


「——まさか!?」


リアルガーの顔を見たアスベストが驚いて声を上げた。


「そのまさかじゃ、勇者とまで謳われた戦士リアルガーじゃ」


「正義の味方と言われたコイツが何故ジプサムの騎士・・・・・・しかも朱雀の長!?」


「アスベスト、聞きたい事がある」


「なんですか?」


「ジプサムが襲った国はクリーダイト、パイロープ、フェルドスパー、そしてリアルガーとエンジェライトじゃったな」


「はい」


「エンジェライトに奴隷はおったのか?」


「え?」


「その国々が共通するものは、小さいと言うだけで、まだ力のないジプサムが襲いやすい為の国じゃったと思っておったが、果たして、本当にそうなのか?」


「王子? 何かあったのですか?」


「アスベスト、わしの質問に答えよ」


「・・・・・・王子、小さな国には奴隷が必要不可欠です」


「そうか」


「小さな国を大きくする為には、コストがかからずに労働者を必要とします、その為、奴隷となる者を買い、働かせるのです」


「・・・・・・それで、エンジェライトには奴隷がおったのか?」


「・・・・・・いました」


隠してもしょうがないと、アスベストはそう答えた。


シンバは舌打ちをし、悲しいような怒っているような表情になると、大雪原を抜き、リアルガーの首を斬り落とした。


そして、リアルガーの首を高く掲げるように持つと、バルコニーの先端に立ち、城下町を見下ろす。


「ジプサムの朱雀騎士団共!!!!」


そう吠えるシンバを、戦っている手を止め、皆、見上げる。


シンバの高く上げられた右手にぶら下がるリアルガーの首。


「わしはエンジェライト王国、第一王子、シンバじゃ。貴様等の長の首はわしが討ち取った! 早々にネフェリーンから引き上げ、ジプサム王に伝えろ! 必ず貴様の所まで辿り着く故、大人しく待っておれとな!!!!」


そう吠えると、シンバはリアルガーの首を投げて、落とした。


確かに長の首だと、朱雀達はざわめくが、その首を大事そうに持った騎士が一人現れ、撤収の合図をかけ、ネフェリーン王国から朱雀達が引き上げた。


ワァッと歓声が上がり、ネフェリーン王国に活気が溢れる。


「王子、ネフェリーン王の元へ!」


「アスベスト」


シンバは城下町を見下ろしたまま、


「この世の悪はわしかもしれぬな」


そう言った。


「王子?」


声色を変え、問うように呼ぶアスベストに、振り向き、


「そんな顔をせずとも、わしは必ずジプサムを討ち取る。もうそれしか残っておらぬじゃろう、わしの生きる道は——」


悲しげな瞳で囁くように言うシンバ。


青い瞳が揺れている。


「王子、何故、悪などと・・・・・・?」


「アスベスト、お主は戦う理由があるのか? わしの母を好きなんじゃろうが、母はもうおらぬ。父を尊敬しておるじゃろうが、父もおらぬ。おらぬ者の為にまだ戦うのか?」


「・・・・・・」


「ルチル殿はタルク殿の為、ジャスパー殿は健在の両親の為、それぞれ、愛する者を守る為に戦う理由があるじゃろうが、わしはどうなんじゃろうか」


「・・・・・・王子は戦う理由を見失ってしまったのですか?」


「この世の悪はどこにあるのか、わからぬようになったのじゃ。ジプサムが正義じゃとは思わぬ。じゃが、わし自身、正義とも思わぬ。わしが勝った所で、果たして悪は消えるのじゃろうか。いや、消えはせん。なら、せめて、わしに、今、戦う理由がほしい」


「・・・・・・王子、私には戦う理由がございます」


そう言ったアスベストを、シンバは真っ直ぐな瞳で見つめる。


「エンジェライトの王、そしてお妃様の大事な宝をお守りするのが私の役目。王子、アナタのお役に立つ事が私の戦う理由でございます!」


「・・・・・・わしが戦うのを止めたら、お主も止めるか?」


「それは・・・・・・それが王子の意思であるのならば、そして、王から受け継がれた王族としての血がそうさせるのであれば、私は王子に従います!」


「わしが悪でも、わしに従えるのか?」


「この世の悪は王子の敵となる者です! 常に悪は目の前にあり、私達の先にあります!」


言い切ったアスベスト。


シンバは、そんなアスベストに、目を逸らすように、俯くと、


「余りプレッシャーをかけるな」


そう呟いた。


「王子?」


「ネフェリーン王に挨拶じゃったな」


シンバはいつもの表情で、そう言うと、城内へと向かった。


アスベストはシンバの背を見つめる。


「王子、大雪原は刀という武器で、腰に携えますが、背中でも良かったのです、たまたま王子が腰に剣を置く構えをしたので、腰に携えるようにしましたが、私はそれで良かったと思うのです。王子の背中に十字架は背負わせたくありませんから——」


アスベストの背に、背負われた大きなソードは、十字架にも見える。


「王子、どうか、自分を責めるのはおやめ下さい。この世の悪はどこにあろうとも、アナタだけは正義であると、私はいつでもどこでも、絶対に言い切りますから——」


願うように、唱え、呟くアスベスト——。



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