3.辿り着く場所


皆に見送られ、ベリル王国を出て、港へと向かうシンバとアスベスト。


「王子、どうなされました? さっきから難しい顔をしてますよ」


パカラパカラと馬を走らせながら、アスベストがシンバを見て、聞く。


「見送りの時に、ルチル殿とジャスパー殿がおらんかった。そういえば、皆が笑っておる中で、ルチル殿は怒っておるような顔をしておったが、何故じゃろう」


「恐怖でそういう顔になっていたのでは?」


「あの気の強い女が、恐怖で顔を強張らせると思うか?」


「気が強くても女ですからね、そりゃあ、戦いを目の前に恐怖を感じてもおかしくありませんよ、私でも最初の戦は恐怖で足がすくんだものです」


「アスベスト、お主がか?」


と、シンバは笑う。


「ええ、王子。これからもっと恐怖が待っていますよ。玄武騎士団にいた者達が言ってました、白虎、朱雀、青竜、それからジプサム最強部隊、黄竜には、ジプサムに落とされた国の最強の騎士達が集まっているとの事です。本当に騎士達をベリルの兵士として置いて来て良かったんでしょうか」


アスベストは不安を表情に出すが、シンバはあっけらかんと、


「アスベスト、見ろ、海じゃ」


と、遠くを指差して、笑っている。


港町に着くと、


「遅い!」


と、待っていたのはルチル。


「ルチル殿、何をしておるのじゃ」


「何って、王子を待っていたのよ」


「わしを?」


「アンタ、やっぱり嘘吐きよね」


「そうか?」


「どう見ても、アンタ、アタシより強いじゃない。下手したら、そこにいるアスベストさんよりも。それに親子じゃなかったし」


「わしは最初から親子とは言うとらん、王子じゃとも言うておったじゃろう」


「じゃあ、アタシより強いのは?」


「・・・・・・お主は剣士として充分に強い。それでは駄目なのか?」


「駄目。アンタよりアタシの方が強かったという真実が嘘になるのは駄目」


「どうしろと言うんじゃ」


「アンタ、態とアタシに負けたんでしょ? 許さないわよ」


「そうか」


「そうかじゃないわよ、ハイ、これ、アスベストさんに」


と、ルチルはアスベストに手紙を渡す。アスベストは手紙を受け取り、ルチルを見ると、


「父から」


そう言われ、封筒を開けて、手紙を取り出して黙読する。シンバも横から手紙を覗き込み、アスベストと共に手紙を目で読む。


——親愛なるアスベスト。


お前の息子が、まさかエンジェライトの王子だったとは腰を抜かしたよ。


オレの娘と結婚させたかったのだが、王子様相手に村人の娘では無理な話。


それに娘にはもう既に心に決めた男がいるそうなので、しょうがない。


だが、娘はまだ結婚はしないそうで、相手の男も結婚はまだ考えていないとの事。


結婚もまだ考えられない相手やめておいて、他を探せと言ったんだか、どうやら娘はオレが思っているより、いい女ではないらしい。


剣の腕はいいが、女として、家事全般は何もできず、男を立てる事もできない。


つまり、娘はまだ結婚もできなければ、相手がいない為に子供を生む事もできない訳だ。


家で家事手伝いをさせようとしても、人には向き不向きがあり、何故、息子じゃなかったのかと思うよ。


では、娘に向いているのはなんだろう?


剣だ。


間違いない。


だが、残念な事に、どこの国も女剣士は兵士として認めてはくれない。


だから、どうだろう、アスベスト、娘をお前と共に行かせると言うのは。


お前の役に立つだろう、どうか使ってやってくれ。


勿論、お前と共に行かすと言う事は、王子様をお守りするという事。


娘は、自分の剣の力を発揮できて、剣を握って生きていけるなら、王子様の為に死ぬ覚悟もあるそうだ。


好きな男に別れも済んでいるようで、この手紙をお前が読んでいる頃、娘はスッキリした顔をし、お前の前に立っているだろう。


シンバとアスベストは、そこまで手紙を読むと、ルチルを見る。


確かにルチルの表情は、迷いのない真っ直ぐな瞳で、何かを断ち切ったようなスッキリした顔をしている。


再び、シンバとアスベストは手紙を読み始める。


アスベスト、娘をよろしく頼む。


邪魔だと言うのなら、その場で斬り殺してやってくれ。


それ程の覚悟の上で、ルチルはオレにこの手紙を書かせ、お前の元へ行ったのだから。


相手にされなかったからと帰って来ても、オレが斬り殺すぞとも言ってある。


「脅迫じゃな」


そう呟くシンバに、アスベストも頷く。


娘は、必ず、お前の役に立つ。


そして、必ず、王子様をお守りする。


娘はオレにそう約束をしたんだ、必ず、約束は果たすだろう——。


手紙はそれで終わっている。


シンバとアスベストは、ルチルを見ると、ルチルはニッコリ笑い、


「よろしく」


と、言うから、困り果てる。


「あら、そんな顔しないでよ、大体、王子、アナタはアタシに嘘を吐いたのよ、許される事じゃないわ。許してほしかったら——」


ルチルはそこまで言うと、シンバの前に跪き、


「どうかアタシに王子の護衛をさせて下さい。アスベストさんの仕事が1つ減る程の活躍をしてみせましょう」


そう言った。シンバは溜息を吐いて、


「で、ジャスパー殿はどこにおるんじゃ?」


そう聞いた。ルチルは顔を上げ、


「船の準備に。ジャスパーはベリル王のご命令で、王子をお守りするみたいですよ」


ニッコリ笑い、そう言うので、通りで、二人揃って、見送りもしない訳だと、


「成る程」


と、シンバは疲れた表情で頷いた。


「どうしますか? 王子」


アスベストも困った表情で、シンバに尋ねる。


「まぁ、良いじゃろう、足手纏いになる二人ではない・・・・・・とは思う」


遠くで、船のキャプテンと言い合いをしているジャスパーを見つめながら、シンバはそう言う。そのシンバの視線を辿り、アスベストとルチルはジャスパーを見つけ、苦笑い。


「王子、アタシが馬を——」


と、シンバが持っている手綱をルチルは受け取り、馬を引っ張りながら、船へと向かう。


ジャスパーとキャプテンが言い合いをしている中へ、シンバが入り、


「どうかしたのか?」


そう聞いた。


「あ、シンバ、聞いてくれよ・・・・・・あ、いや、王子、聞いて下さいよ、アスベストさんを乗せないって言うんですよ、こうしてベリル王の許可証を持って来たって言うのに! アスベストさんを乗せない理由が、アスベストって名前が気に入らないって!」


「・・・・・・そうか」


シンバは頷くと、キャプテンに、


「わしはアスベストと言う名は、最強の騎士の名じゃと思うとる。アスベストと聞いて直ぐに思い浮かべるものはソード、鎧、盾、兜、そういうものが連想される。ベリルエリアでも、直ぐにそうなるじゃろう。光栄に思うがいい、お主が操縦する船に最強の騎士が乗る事を」


そう言った。キャプテンは納得しない顔で、


「アスベストと言う名は——」


何か言いかけたが、シンバが、


「馬を乗せろ」


と、ルチルとアスベストに命令し、再び、キャプテンを見ると、


「ここで船に乗せなければ、お主がベリル王に裁かれるぞ、まだここまで話しは流れてないみたいじゃから教えるが、先程、ベリル王国はジプサムの襲撃を受けた、それを救ったのはアスベストという騎士じゃと言うても過言ではない」


そう言った。シンバの貫くような瞳に、キャプテンはグッと喉を鳴らし、しぶしぶ、アスベストが船に乗る事を許した。


「なんだったんだ、あのキャプテン!」


と、ジャスパーはぶつぶつ文句を言うが、


「良いではないか。さぁて、優雅に船旅を楽しむとするかのう」


シンバは伸びをしながら、船内へ入って行く。ジャスパーもシンバを追って、船の中へ。


船が出港し、シンバはデッキで海風にあたり、夜の暗い海を眺めていた。


「王子」


「アスベスト、どうかしたのか、そんな顔をして——」


アスベストは沈んだ表情で、シンバの前に現れた。


「私の名のせいで、王子に迷惑がかかり、申し訳御座いません」


「迷惑? 別にかかっとらんよ」


「名を変えろと、命じないのですか?」


「わしの父は命じたのか?」


「いいえ」


「なら、それで良いではないか」


「しかし、これから先も私の名で、事がうまく運ばない場合もあるかもしれません」


「その都度、わしが言うてやる、アスベストと言う名は最強の騎士の名じゃとな——」


「私は先代の王、王子の祖父にあたる方ですが、その方に名を変えろと言われました」


「そうか」


「王子はパミス爺さんから教育を受け、アスベストと言う名が何を意味するのか、知っておられるのですね。ペリドット村の者は、外界と余り接触がない為、知らない者ばかりなんですよ。この名が昔、世界中で多くの死者を出した病の名である事を」


アスベストは言いながら、デッキの先端に立ち、闇の海を眺め、風に吹かれる。


「先代の王は私の名を嫌い、私に名を変えるか、騎士を辞めるか、選択せよと命じられました。当時、王子のお父様は、とても若く、そうですね、今のシンバ様と同じ年齢程で、王子として王の隣に立っておられました。私もとても若かった——」




『しかし王よ、私の名は亡き父が付けたものです、恐らく父は病の名であるとは知らずに付けたのだと思います、人に害を齎すモノだとは知らずに——』


何故、父はこんな名をつけたのだろう。


父を恨んだりもしたが、やはり、父を恨みきれず、父からもらった名前も捨てる事はできない。


死んだ父から唯一もらったものが名前だけだった為、この名は大切にしたかった。


正直に言うと、エンジェライトの騎士に志願したのも、この時はまだ、ベリルのような大きな国で志願し、一生を下級兵士で終わるより、小さな国ならば、上等兵とまではいかないが、一等兵ぐらいに登り詰めれるだろうと思っての志願だった。


親がいなくなり、貧乏となったうちに、仕送れる金を少しでも多くと考えての事だったが、アスベストという名は、小さいとは言え、やはりどこの国も受け入れてくれず、エンジェライトでやっと騎士として採用されたのに、名を変えろと言われ、私は王に縋るように願い、名を守ろうとしていた。


だが、王は首を縦には振ってくれず、その時、隣に立つ王子が、


『父、アスベストと言う名は、昔、流行った病気の名ですよね、世界中で沢山の死者を出したとか。そのアスベストウィルスは火の中にあるとされ、最初の感染者はアスベストという火山に登った者でしたね、火山口を出入りした為、感染したとか。その山の名前からとって、ウィルスに名を付けたんでしたね。そして、そのアスベストという山は、今は閉鎖されていて、誰も寄り付かないとか。だとしたら、騎士としては素晴らしい名だ』


説明口調で、そう言うと、私を見て、拍手をしながら近付いて来て、


『きっと彼はアスベストウィルスのように、沢山の人を殺す。そういうイメージがあり、どこの国も彼を受け入れないでしょうが、逆を言えば、そんな恐ろしい者を味方にするんです、それが騎士だと言うのだから、それは素晴らしい褒め言葉になる』


まるで私を弁護して下さっているかのように、そう言うと、私の耳元で、


『本当に最強になれ、その名をウィルスではなく、お前自身の名にしてみせろ』


そう囁いた。そして、王子は王を見て、ニッコリ笑い、


『父、こんな言葉を知ってますか? 名はその人自身を表す。この者がアスベストだと言う名である事を証明させましょう。きっと、これから先の戦で、この者の前に立ちはだかる者で生きている者はいないでしょう、エンジェライトは勝ち続けます』


まるで預言のように、自信あり気にそう言った。


私は名を変えずに、エンジェライトの騎士である事を許された——。




「シンバ様のお父様の御蔭です。その時から、私はシンバ様のお父様、エンジェライト王に感謝し、尊敬をし続けています。あの時、名を失っていれば、どんなに素晴らしい名をもらった所で、今の私は存在しないと思います」


「・・・・・・もう1つ、意味があるのを知っておるか?」


「え?」


アスベストは暗い海を眺めていたが、シンバの台詞に振り向き、シンバを見た。


「アスベスト、その意味、幸運を招く聖なる者。アスベストとは、ウィルスで有名になってしもうた言葉じゃが、そういう意味もあるのじゃ。恐らく、お主の父はそういう意味で、お主にアスベストと名付けたのじゃろう」


「幸運を招く聖なる者——?」


「気にするな、どういう意味を持っていようが、わしにとって、アスベストとはお主だけじゃ。他の意味は関係ない。わしの知っておるアスベストは最強の騎士じゃ」


「・・・・・・王子」


「シンバと言う名が、わしの他におっても、他に何か意味があっても、お主が思い出すシンバはわしじゃろう。例え、違うシンバが大衆の目に大きな存在としてあっても、そのシンバが正義じゃろうが、悪じゃろうが、わしには関係ない。わしはそんなものに負ける気はせん。お主もそうじゃろう?」


「・・・・・・王子は知らないんです、先代の王は私を雇った年に、病で亡くなられた事を。私という疫病神が現れたからだと、一時、エンジェライトでは噂になりました」


「だからなんじゃ、何度も言うが、わしが知っておるアスベストは最強の騎士じゃ。祖父が死のうが、お主が疫病神と言われようが、そんな事でわしは左右されぬ。事実、お主は嫌な噂が流れても、エンジェライトに残ったんじゃろう、最終的には、その若さで、レグルス騎士隊の隊長にもなったんじゃろう、そして今、更に名を挙げる為に、わしと共にエンジェライトを復活させるんじゃないのか! 世界を手に入れるんじゃないのか! 良いか、心して聞け。わしは最強の騎士と共におるんじゃ! これから先、わしに負けはない!」


「・・・・・・王子」


やはりシンバは父親似だとアスベストは思う。


見た目は妃である母親似だが、魂は王である父親から譲り受けている。


いや、この勝ち気な性格は、王以上かもしれないとアスベストは思う。


だが、それでもアスベストの表情は曇ったまま。


これから先、この名が、王子の邪魔になるのではないだろうか。


今、シンバの立場は王子と言っても、民もいなければ、国を持つ領土も城もない、エンジェライトの血族というだけの存在。


ちょっとした事が、全てを駄目にしてしまう。


それが自分の名前のせいで駄目になるのではないかと、アスベストは不安でならない。


シンバはそんなアスベストを見つめながら、腰に携えた剣を抜いた。


「この大雪原という刀、お主が特別に鍛冶屋に創らせたモノじゃろう。この刀という武器は、今はもうなくなった国の、その昔、サムライ、ニンジャ、ブシ、そう言う戦士が使っておったそうなんじゃ。じゃが、良い国じゃったらしく、今も、その国の言葉や文化などが、世界中で残っておる。その頃、世界は国によって言葉も人種もハッキリと区別されておって、わし等のように、どこの国に行っても言葉が通じるなんて事はなかったそうじゃ、不思議じゃのう。人も、もっともっと多かったらしい」


「はぁ・・・・・・」


突然、何の話だろうと、アスベストは妙な返事を返してしまう。


「お主が大雪原を、わしにくれた時に、刀というものを初めて知って、わしなりに調べたんじゃ。凄いのぅ、今はない国の武器が、今も尚、こうして創られておる。サムライか、どんな戦士じゃったんじゃろう、ニンジャ、ブシ、わしと同じ構えで刀を持つのかのぅ」


言いながら、シンバは大雪原を腰の鞘に戻す。


「あの? 王子?」


「のう、アスベスト、遠い遠い未来の若者が、騎士とはどんな戦士じゃったんじゃろうと、ソードを手にする者がおるかもしれんなぁ。じゃが、わしはそんな未来、望んでおらん。武器などない世界、それが我が国エンジェライトじゃ。空想ではなく、永遠に皆の前に存在する。わしの国は滅びる事はない、世界そのものなんじゃからな。そうなるよう、わしは天下をとってみせる。お主の名を未来永劫、騎士として残してやる。誰もがアスベストと聞いて、最強の騎士だと答える世にしてやる」


「・・・・・・」


「だから、そんな顔するな」


シンバはそう言うと、アスベストに背を向け、寝室となる部屋へと向かう。


アスベストは、その背に、いつまでも頭を下げ続けた。


寝室では、ジャスパーがイビキを掻いて寝ている。


「よくこんな小さなベッドで寝てられるのぅ」


ベッドからはみ出たジャスパーの体を見て、シンバは溜息混じりに、そう呟く。


「ふがっ! ハッ! おお、シンバか。あー! 違う! 王子だ! 王子、えっと、寝ますか?」


起き上がり、慌てて、そう言いながら、ベッドから出ようとするから、


「良いから寝ておれ」


シンバは面倒そうに、そう言った。


「あら、王子、夜涼みは終わりましたの?」


ドアが開き、ルチルがそう言うから、シンバは、更に面倒そうな顔になり、


「お主等、その王子と言うのやめて良いぞ。お主等がわしをそう呼ぶと悪寒が走る」


と、二人を見て言った。直ぐに、


「マジで!? 俺もさぁ、シンバを王子って呼ぶ自分に悪寒が走ってたんだよなー!」


ジャスパーが喜々として、そう言ったが、


「駄目よ、ジャスパー。友達だからこそ、ちゃんと王子と呼ばなければ! 親しき仲にも礼儀ありと言うでしょ! 知らないの?」


ルチルはキッチリとした性格を露わに、そう言った。


「良いではないか、王子と呼ぼうが、シンバと呼ぼうが、お主等とわしの関係が変わる訳でもない」


「駄目よ、王子! 関係を変えたくないからこそ、その関係を言葉にして示さなければ!」


「ルチル殿は面倒な性格をしておるのぅ」


「何か仰りました? 王子」


「いや、何でもない。それより、どこへ行っておったのじゃ? お主も夜涼みか?」


「違うわ、キャプテンがアスベストさんを船に乗せるのを異常に嫌がったでしょう? 何かあるのかしらって、この船を調べてたの。キャプテンと船乗員も含めて、乗った者全てを調べたけど、怪しい者はいなかったわ」


「乗ってる奴等全員を調べたのか!? お前、仕事熱心な奴だな! ていうか、手柄を独り占めか!? 俺の事を起こしてくれても良かっただろう!?」


「ジャスパー、アンタは黙って寝ててくれた方がいいの、その方が何事もなく、すんなりと事が進むから」


それは納得かもと、シンバは頷く。


「心配するな、アスベストを船に乗せたくなかった理由は、アスベストの名前に問題があるだけじゃ。アスベスト本人とは無関係の事」


「名前に問題って?」


「別に大した事じゃない。その内、その問題も解決される。アスベスト、そう聞いて、誰もが最強騎士と思うのじゃからな。そういえば、名前と言えば、わしはジャスパー殿の事を、最初、動く肉の塊と心の中で呼んでおった」


笑いながら言うシンバに、ルチルも笑い出し、


「王子、それは奇遇だわ、アタシもコイツの事は動くミートボールと密かに名付けてたの」


と、カミングアウトし、ジャスパーは、酷いと顔を真っ赤にして怒り出し、そんなジャスパーに、シンバとルチルは笑う。


「ジャスパー殿も、わしを白髪ジジィと呼んでおったじゃろう」


「そ、そうでしたっけ?」


「そうじゃ。忘れたとは言わさんぞ」


「そ、そんなぁ、王子ぃ・・・・・・」


みるみると情けない顔になるジャスパーに、シンバとルチルは更に笑う。


「さぁ、王子、夕食後の夜涼みも終わったんでしょう? そろそろお休みになられては?」


と、ルチルは言いながら、ベッドのシーツの皺を伸ばし、シンバを見ると、


「いや、わしは眠らん。嫌な風の香りがしてな」


そう言って、椅子に座る。


「嫌な風の香り? さっきも言ったけど、この船に怪しい者はいないわ。それにアタシが起きてるから安心して休んでいいわよ」


「敵は船の中におるとは限らん。向こうからやって来る事もある。玄武を逃がしたからのぅ、わしが王に伝えろと逃がしたが、素直に王に伝えるとは考えられん。もしわしが玄武の長じゃったら、自分の失態を王に報告する前に、何とかしようと、階級の上の騎士団に話すじゃろう」


「・・・・・・アタシ達を追って来るって言うの? ジプサムの騎士団が?」


「あぁ」


「玄武より強い騎士達が現れるの?」


「あぁ、デッキに出て、風に嫌なニオイが混ざっとるなぁと感じた。敵が来る前触れのようなもんじゃろう、アスベストも感じとる筈じゃ、じゃから、わしがデッキから離れても、そこから動かんのじゃろう」


「そ、それって、一番高い階級の騎士達が来るのかなぁ!?」


ジャスパーが上ずった声を出し、聞いた。シンバは少し考え、


「どうじゃろうなぁ、わしがもし騎士団の中で一番強い者じゃったら、まずは玄武の次に強い騎士団を出向かせ、敵の強さを確認するかのぅ。玄武がやられたのは、たまたまかもしれんと思うじゃろう。しかし、元エンジェライトの騎士達が、アスベストの強さを知っておるからのぅ、それを報告されれば、高階級の騎士団が出向くかもしれんのぅ」


冷静に、そう言うと、ジャスパーはブルッと体を震わせ、


「お、俺、死にたくないんだけど」


そう言った。そんなジャスパーの頭をパコンとグーで叩き、ルチルは、


「どうせ無駄に死ぬなら、その巨体を王子の盾にして死になさいよ!」


怒って、そう言うと、ジャスパーはイヤイヤイヤと首を振る。


「誰も死なせとうない。元エンジェライトの騎士達を信じ、アスベストの情報を他の騎士に流してない事を祈るしかないのぅ。アスベストがやられたら、わしに戦力は——」


そこまで言うと、シンバは言葉を詰まらせ、咳払いをし、


「半減する」


そう言った。ルチルはフッと笑う。


「戦力はなくなる、そう言おうとしたんでしょ? いいわ、アタシをまだ戦力になる存在だと認めてくれなくても。敵が現れ、活躍すれば、嫌でもアタシの強さを認める事になると思うから。王子もそうやって来たんだものね、王子だと言う事を伏せて、その存在を嫌でも、いつかアタシ達が認めざる得ない事をわかっていたから」


「・・・・・・わしは王子じゃと言うとったがのぅ」


こめかみ辺りを人差し指で掻きながら、シンバは呟く。


「お、お、俺だって、戦力になるぞぉ! これは武者震いだからな!」


震えながら、そう言ったジャスパーに、ルチルはバカと呟く。


ドアのノック音と共にアスベストが入って来て、


「王子、先方から船が来ます、キャプテンがこの時間帯でこのルートで船が交わるのはないとの事で、先方から来る船がルートを外れたのか、それとも、どこからか漂流して来たのか、まずはどこの船かを確かめる為、一旦、船をここで停止する事になりました」


そう言った。シンバは頷く。


「高い確率でジプサムの船じゃろう。さぁて、デッキへ向かうか。ジャスパー、戦闘になる場合もある故、わし等以外の乗船者を船の後方に集め、いつでも逃げれるよう、避難ボートの準備をしておれ、何が起こるかわからんからのぅ」


「そ、それって、この船が沈んだりするかもしれねぇのか?」


震えながら、ジャスパーが言うと、


「縁起でもない事言うんじゃないわよ!」


と、ルチルがジャスパーを怒鳴る。


「沈むかどうかは、わからんが、船が乗っ取られる可能性もあるからのぅ、そうなると乗船者は殺されるか、ジプサムに連れて行かれるかじゃろう、そうならん為に逃げる準備をしておれと言うたんじゃ」


「そ、そ、そうなったら、お、お、王子はどうなるんだよ!」


「わしか? さぁのぅ、できる事なら、勝ち進みたい」


「そ、そ、その確立は、た、た、高いんだろう?」


「わからんから、逃げる準備をしろと言うておるんじゃ」


言いながら、シンバは立ち上がり、アスベストを見て、


「今度ばかりは、向こうから、わし等の存在を知って、追って来たんじゃ。意表を付く事はできん。当然、向こうは心構えもできておるじゃろう」


そう言った。アスベストは無言で、頭を下げ、シンバがドアを通り抜けるのを待っている。


シンバはアスベストの横を通り抜けて、通路に出て、デッキへ向かう。


シンバの後ろをアスベストが、アスベストの後ろをルチルが、そしてジャスパーが慌てながら部屋を出て、キャプテン室へ向かった。


船の先端で、風を受けながら、シンバは闇の海を見つめる。


揺れる船内と、波の音と、潮の香りと、果てない暗黒の上空に浮かぶ満月。


「来た」


ルチルが囁く。


闇に浮かぶ白い船が近づいて来る。


胸を押さえて深呼吸するルチル。


目を細めて見るアスベスト。


腰の大雪原の柄を握り締めるシンバ。


白い船はシンバ達が乗っている船に近付き、止まった。


その船の先端には白い鎧を着た者達がズラリと並ぶ。


「・・・・・・成る程。玄武が黒の鎧じゃったから、白い鎧は白虎じゃな」


言いながら、階級は玄武より一段高いクラスだろうとシンバは思う。


何にせよ、高階級の騎士が現れなくて良かったと安堵する。


そして、その列から、一人、前に出ている者が、


「ジプサム、白虎騎士団、団長、名はコーラル。元フェルドスパー王国の王子だ」


そう叫んだ。


「——王子じゃと?」


シンバは眉間に皺を寄せ、その者を見た。


闇に浮かぶ白い鎧の他に、特徴と言えば、シンバ同様に若いと言う事。


そして、やはりシンバ同様、白い肌をしている。


髪と瞳はブラウン。


「・・・・・・フェルドスパーの王子が何故ジプサムの騎士団におるのじゃ」


「そちらこそ、何故、ジプサムの王の首を狙い、玄武を退かせた?」


「何故じゃと?」


「エンジェライトの王子だと聞いたが、アナタ一人で何ができる? 折角生き延びた命、そんなに死に急がなくてもいいと思うが?」


「わしはエンジェライトを復活させる為に戦うんじゃ! 死に急いでおる訳ではない!」


吠えるシンバに、フッと笑みを零し、


「国を復活させるという事が、どういう事か、アナタはわかっているのか?」


バカにしたようにシンバを見て、そう聞いた。そして、シンバが答える前に、


「国を創り、国を広げ、国を守る。その意味は、国を潰し、国を追い払い、国を攻めると言う事。そう、戦いは免れない。アナタは自分の国を復活させる為、他国を潰し、他国を追い払い、他国に攻め入る選択をしている事を理解しているのか?」


厳しい口調で、そう叫んだ後、コーラルは悲しい表情になり、


「僕はジプサムにいて、それを実感している」


そう囁いた。


「・・・・・・ジプサムと、わしを一緒にするな!!!!」


怒鳴るシンバ。


ビリビリとシンバの怒りが、アスベストとルチルに伝わる。


「ジプサムは力で捻じ伏せ、世界を手に入れようとしておろうが! わしは違う!」


「違わないさ、こうして、アナタは戦闘態勢をとっている。結局、自分の理想とする世界を築こうと、アナタは戦うんだ。なら、いっその事、戦わないで、賛同し、世界をジプサムのものにしてしまえばいい。その方が戦いは少なくなる」


「・・・・・・臆病者め」


シンバはそう呟くと、


「臆病者め!!!!」


そう叫び、コーラルを睨む。


「お主は、お主の国がジプサムにより潰されて行くのを見ながら、目を瞑るのか! わしは見たんじゃ。我が国から全てが消えて行く所を。我が弟の声が消えた瞬間を。それを目を瞑り、なかった事にしろと言うのか! わしには出来ぬ! 目を閉じたら、闇しかないぞ! 目を開け、しかと見届けよ! わし等の世界が壊れ始めておるのを!!!!」


そう吠えるシンバに、コーラルはフゥンと頷いた。


「いいだろう、どうしても戦いたいようだ。だが、玄武からは、元エンジェライトの騎士達が、そちらに寝返り、撤収する事になったと聞いた。だから、白虎騎士団にいた元エンジェライトの騎士達はここには連れて来ていない。アナタは元エンジェライトの騎士達がまた味方になると考えただろうが、そうはいかない。今度はこちらに、アナタの味方はいない」


「元からそんな事、考えておらぬ」


「そうかな? じゃあ、アナタは、アナタを含め、その3人で、この騎士団と戦う気だったとでも? たった3人で、この数を相手に勝てると思って? しかもそっちの一人は女の子じゃないのか?」


コーラルがそう言うと、アスベストがスッと前に出て、


「王子、この人数相手なら、私一人で充分です、エンジェライトの騎士達がいない分、人数もかなり減っている。広い大地なら、どこから増えるか、わかりませんが、ここは海に囲まれた船の上。援護船が来ない限り、これ以上、敵が増える事はないでしょう、それに狭い場所での戦闘では人数は関係ないと言う事を思い知らせてやりますよ」


と、背中のソードを抜いた。


エンジェライトのアスベストだと、白虎騎士団達がざわざわと騒ぎ出す。


そのざわめきに、コーラルが、


「アスベスト?」


と、アスベストを見る。そして、


「不吉な名を持った騎士だな」


そう言った。ルチルは、不吉?と少し首を傾げるが、シンバとアスベストは無言。


「アスベストとは——」


コーラルがアスベストの意味を話そうとした時、


「元フェルドスパーの王子とやら、この戦いが終わる頃、お主のアスベストと言う名の意味が変わるじゃろう」


シンバがそう言って、アスベストを見て、


「我が最強の騎士アスベストよ、勝利して参れ!!!!」


そう吠える。ルチルは、幾らなんでも無理だと焦る。


白虎の騎士は、ここから見える範囲でも数百はいるだろう。


それを見て、強気で吠えるのはいいが、本気で一人で立ち向かうなど、有り得ないと、ルチルも剣を抜き、アスベストに続き、向こうの船に飛び乗ろうとするが、


「ルチル殿、今はアスベストに加勢しろと、わしは命じておらぬぞ」


シンバにそう言われ、アスベストが戦うのを見る事しかできなくなる。


アスベストは向こうの船に飛び乗ったかと思うと、敵地に踏み込んだ瞬間に、海風と共に、あっという間に、船の奥へ通り抜け、アスベストの周りの白虎達は気が付けば鎧ごと斬られた腹部から血が溢れ出している。


アスベストの動きが全く見えず、皆、どよめいて、後退する。


動きが見えないと言う事は剣の動きはもっと見えない。


それでも勇敢にアスベストに剣を振り上げる者達。


右から背後から来る者達を盾で防ぎ、前の者を剣で切り裂くと、直ぐに回転し、左側を盾で防ぐと、後ろにいた者を切り裂き、さっきからアスベストはグルンと回転しながら剣を振るうだけで、無駄に動かない。


アスベストは盾を突き出し、周囲の剣を盾で全て弾き、思いっきり目の前の鎧目掛け、盾で突き飛ばすと、ドミノ倒しのように、白虎達が倒れて行く。


アスベストは、その場から離れ、船の奥へ移動する。


アスベストと擦れ違うだけ、皆、血を吹いて、倒れていく。


信じられないスピードに、皆、剣は構えているものの、アスベストから遠ざかった位置で、アスベストを見る事しかできなくなる。


「・・・・・・恐ろしいな」


アスベストの強さに、驚いて、コーラルが呟く。


「お主の相手はこのわしじゃ」


いつの間にか、シンバがジプサムの船に飛び移り、コーラルの前に立っている。


コーラルの周囲にいる白虎達がシンバに剣を向けると、


「アンタ達の相手はこのアタシ」


と、シンバの後ろにいたルチルが、一歩前に出て、白虎達に剣を向ける。


「ルチル殿、一人で10人程の相手は危険じゃ、下がっておれ」


「王子、黙って見ていて」


「しかし——」


「言っておくけど、アタシは王子にさえ勝ったのよ、負けてあげたなんて今更思わないでね。負けてもらったなんて思わないようにしてるから」


シンバに負けず劣らずの勝ち気な性格で、ルチルはそう言うと、白虎目掛け、踏み込んだ。


驚いたのは白虎だけじゃなく、シンバも同じ。


思った以上の動きを見せるルチル。


子供の頃とは違い、力は増し、限界を超え、とっくに女とは思えぬ強さを手に入れている。


アスベスト程ではないが、スピードもある。


しかも、勢いに乗ると面白い程、加速して行く。


「こいつは驚いた」


と、また驚いたコーラルが呟く。


「わしもじゃ」


思わず、コーラルに賛同し、頷くシンバ。


そんなコーラルとシンバはお互い見合い、そして、剣を構える。


シンバのまだ腰の鞘から剣を抜かずに、柄を握り締めている、その構えに、コーラルは、


「変わった構えだ、剣も普通のソードではなく、少し変わっているようだな」


と、シンバを観察するように見つめる。


今、シンバが踏み込み、鞘から大雪原を抜き、下から上へと、大雪原を振るう。それを盾で弾き、コーラルはソードをシンバ目掛け上から下へと振り下ろす。


シンバは右手の籠手で、ソードを受け止め、大雪原を右から左へ振り払うが、コーラルはシンバの籠手に当てたソードに力を入れ、それを軸にグルンと体を宙に浮かせ、シンバの背後に回る。シンバは身を低め、背後から斜めに飛んでくるソードを避けると、振り向きながら避けられるのを承知で、大雪原を横に振り、そして、直ぐに右斜めの上から大雪原を振った瞬間、ソードで受け止められ、大雪原とソードの刃がガキンと音を鳴らし合い、シンバとコーラルはジッと見合う。


「変わった剣術だが、強いな」


「お主も——」


「お互い、王族と言うだけの力を得ているようだな」


「そのようじゃな」


「なのに、何故、戦う? 強い力を振るい戦う事は正義か? 強い力は1つあれば充分。ジプサムに忠誠を誓い、平和を手に入れたいとは思わないのか? 王として、戦いのない世界を求めないのか?」


「お主こそ、どこへ向かっておるのじゃ」


「なに!?」


「お主はお主自身が嫌な事から目を逸らし、どこへ行こうとしておる? ジプサムが全ての国を落とし、たくさんの命を奪い、人の笑顔がなくなり、世界が無になるのが平和か? わしはそうは思わん。わしが行く先は、ジプサムが治める世界ではなく、エンジェライトが治める世界じゃ。エンジェライトに賛同し、全ての国がひとつになり、命を繋ぎ、笑顔が溢れ、美しい世界が広がる、そんな世界を目指し、わしは戦う。その為にたくさんの血が流れるが、わしも命を賭けておる」


「わかってないな、それは只の理想。夢と同じ、海の泡のように消える儚い幻想。いいか、平和で素晴らしい世界を築けば築く程、その世界を手にしようとする王は現れる。そして、また戦いが始まる。なら、全ての国をひとつにし、世界で力を持つ者は、たった一人にする、王を一人にすれば、戦いは起こらない。そしてその王は平和主義者では駄目なんだ、野心家で恐ろしい者程、誰も逆らわない。その地位に行きたいとも思わない。王は民から憎まれ、内乱が起きても、王の下の者が処理して行き、反逆者には徹底的な処罰を与える。そうする事で戦はなくなり、大量の死は免れる。王とは悪ではないと、この世界は治まらないと言う事だ! 世界とはそういうものなんだ! 平和な世界を目指すなら、汚い世の流れで生きていくのがいい。小さな争いで済む世が、僕の行き着く場所!」


コーラルは大雪原を弾き、ソードを振るう。


右から左から上から下から斜めから、様々な方向から来るソードの刃を、後退しながら、籠手と大雪原で受け止めていくシンバ。


攻撃をしかける隙がなく、シンバは防御で精一杯。


「既に奪われたものは何も返ってこない! 進むしかないんだ、真っ直ぐに、小さな争いで済む世をつくる為に! 多くを殺さない為に! 残酷な仕打ちで、人々に恐怖を植え付け、逆らわないように! 逆らうから死んでしまうんだ! 誰も逆らわせやしない! 皆、ジプサムに平伏させてみせる!」


そう叫びながら、コーラルの攻撃は続き、そして、コーラルのソードが大雪原を弾き、シンバの肩を掠めた。


シンバは体勢を崩し、大雪原を落としてしまう。


シンバの肩から血が滲む。


コーラルは仕留めたと、シンバ目掛け、ソードを振り落とすが、籠手で受け止められ、チッと舌打ち。だが、直ぐにソードを振り直し、何度も籠手に打ち当ててくる。


シンバは右から左から来るソードを籠手で受け止めるが、だんだん籠手に響く力が直に伝わるのを感じ、籠手が壊れるとわかっていながらも、籠手で受け止めるしかなく——。


今、ガンッと嫌な音を立て、ソードが籠手に当たった瞬間、シンバの顔が歪んだ。


腕の甲から、籠手を伝って、肘の方に流れる生温かいもの。


ポタポタとシンバの腕から滴り落ちる赤い血。


コーラルがニヤリと笑うのと同時に、シンバは息を呑む。


背後は逃げれる筈もない、船の先端に追い詰められている。


今、コーラルのソードが高く振り上げられ、シンバは海に飛び込むか、このまま斬られるか、兎に角、シンバは、目を逸らす事だけはするまいと、キッとコーラルと、振り上げられる剣を見上げる。


瞬間、ガキーンという激しい音。


シンバの目の前に仁王立つ、アスベストの姿。


息を切らし、コーラルのソードを、アスベストは自らの体で受け止める。


盾は、アスベストの手にはなく、戦いの末、どこかで落としたか、砕けたか。


ソードは持っているものの、コーラルのソードをソードで受け止める程の余裕はなかったようだ。


アスベストの肩に、コーラルのソードが突き刺さるが、鎧で受け止められ、アスベスト自身の肉体に迄は達していないものの、その衝撃はかなりの打撃となる。


「・・・・・・王子・・・・・・遅くなって・・・・・・申し訳御座いません・・・・・・」


乱れた呼吸で、途切れ途切れそう言ったアスベスト。


間一髪で間に合ったと、アスベストは思うが、コーラルは特に悔しそうでもなく、平然とソードを、アスベストの肩から離し、背を向け、白虎達が倒れている光景を目にする。


ルチルも、白虎達を倒せたようで、かなり呼吸はあがっているが、船の中央で、一人、立っている。


「・・・・・・凄いな、たったの二人で、白虎騎士団を潰したのか」


と、コーラルはルチルを見て、そして、振り向いてアスベストを見て呟く。


「まだ潰した内に入らないだろう、長であるアナタがいる限り」


アスベストはそう言うと、コーラルにソードを構える。


コーラルは体を向き直し、アスベストを見て、


「流石だな、アスベストとはよく言ったものだ。通るだけで、流行病のウィルスが空気中に舞い、それを吸い込んだ者が感染し、皆、倒れるようだ。まるで疫病神——」


嫌味のように言うと、シンバはコーラルをキッと睨んだ。


最強の騎士としてじゃなく、流行病、または厄病として、アスベストの名を口にする事は許せない。


そんなシンバに、コーラルは、フッと笑みを零した。


「エンジェライトの王子よ、アナタは今、どこに立っている?」


コーラルの、その問いに、シンバは黙っている。


「エンジェライトの王子、この光景を目に映し、アナタはどこへ向かう?」


シンバの目の前に広がる白虎達の死体。


「正義だろうが、悪だろうが、戦とは死者を増やすだけだろう、黙って力ある者に従っていればいい。そうすれば生きていられた。生きていてくれていれば、それだけでいい。そうは思わないか?」


「・・・・・・お主の気持ちはようわかる。フェルドスパーもジプサムに落とされ、お主も大切な人を失ったんじゃろう? 生きてさえいてくれれば——、わしもそう願う事はある。じゃが、ジプサムに全てを委ねる事で、死者が減っても、そんな世界、誰が望もう? じゃからこそ、国々の王はジプサムと同盟を結ばぬのじゃろう! 生きてこそ、手に入れる幸せの為、人は戦うんじゃ! そして必ずわしは世界を——」


「僕より弱いのに、それでも戦う? それが只の夢だと、どうしてわからない?」


「今は夢かもしれんが、現実にしてみせる!」


「現実にか・・・・・・。アナタの用心棒は確かになかなか強いからな。アスベストか、その疫病神がいるから、アナタは夢見がちでも、強気でいられるのだろう」


「アスベストは疫病神ではない! 見てわかったじゃろう、アスベストは最強の——」


「アナタは、この戦いが終わる頃、アスベストと言う名の意味が変わると言ったな? そう簡単には変わらない、そう簡単に思惑通りにはいかないのが世の中だ。そんな事もわからないのか! 仮にも王子だろう! 王子と名乗っているんだろう! だったら誰よりも世の仕組みを理解しろ!」


シンバの夢物語に苛立ちを募らせ、コーラルはそう怒鳴り、シンバを睨む。


だが、シンバは知っている。


思った通りに、何もかもうまくいけば、努力は必要ない事を——。


そして、今、自分の力不足を——。


痛いくらい、悲しい程、嘆かわしく、シンバは自分の存在に怒りさえ感じている。


「もういいだろう、お喋りは終わりだ。私は我が王子を侮辱する者を許す事はできない」


と、アスベストはコーラルを睨む。コーラルはくっくっくっと笑い、


「なら殺すか? いいよ、別に。僕の任務は充分、果たせたのだから」


言いながら、ソードを鞘に仕舞い、シンバを見た。そして——、


「邪魔な者は斬り、行く手を阻む者を倒し、自分の意見を通す。力が全て。そして、今、エンジェライトの王子は、きっと思っている筈。自分の力不足が悲しいと——」


ドキッとするシンバ。


「結局は力か。その考えを改めない限り、アナタの行く先々で、人は死に行く。それは、ジプサムと何が違うんだろうな、エンジェライトの王子よ」


シンバは何も言い返さず、黙っている。


アスベストも武器を仕舞った者に対し、武器を向ける事はできない。


だが、ここでソードを仕舞い、コーラルを許す行為をするのも、シンバの判断なしではできない。


アスベストはソードを構えたまま——。


「・・・・・・撤退」


シンバは小さい声で、そう呟いた。


「王子!?」


撤退はないだろうと、アスベストは振り向いてシンバを見る。


どう見ても、この戦い、エンジェライトの勝利だ。


生き残っているのは白虎団、団長のコーラル一人。


なのに、撤退は有り得ないと、アスベストは思うが、シンバは俯き、背を向けると、自分が乗って来た船に戻る。


「王子!!!!」


「情けない王子様だな」


そう言ったコーラルをキッと睨み、


「貴様こそ仮にも王子だったのだろう、それがジプサムの騎士の長を勤めるなど、それでも一国の王子だったのか!?」


アスベストが怒鳴る。


ルチルはシンバを追い、元の船へと戻る。


「・・・・・・お前も一国の王子だった者を、あんな風に育てていいと思うのか?」


「なに!?」


「死なせてもいいのか、王子を」


「死なせるものか!」


「どうかな、もし、本気で、僕がソードに力を込めていたら、その鎧は砕け、僕のソードはアナタの心臓に達していたかもしれない。アナタは疫病神でも、不死身ではない。アナタが死んだら、あの王子はどうなる? たった一人でジプサムに逆らい、結果、無残な死を迎えるのか? それで、アナタは満足か?」


「・・・・・・我が王子は必ず天下をとる」


「その言い分には何の根拠があるんだ?」


「私が共にいるから」


「は?」


「王子と共に私がいるから、これから先、王子に負けはない!」


「だから、そのアナタが死んだら——」


「私は死なない! 貴様に鎧を砕かれようが、心臓を貫かれようが、私は死なない! 王子と共にいる為に私は生き抜く。この先もずっと。だから、これから先、負けはない! 王子がそう言ったのだから、それは絶対だ! 王子の言う事は絶対なんだ!」


「・・・・・・出来た側近なのか、浅墓な用心棒なのか、わからないな」


コーラルはそう呟くと、


「だが、アナタの王子様は頭の回転がいいな。即撤退する辺り、察しがいい」


と、笑いながら言う。


「どういう意味だ?」


「僕と口論を続けても平行線だろう、時間の無駄だと気付いたんだよ、なんせ僕は、僕の任務は充分、果たせたと言ったんだ。彼は、これは只の足止めに過ぎなかったと察したんだろう。船のルートからしてアナタ達が向かう先はネフェリーン王国。しかもエンジェライトの王子とネフェリーン王国の姫は婚約をしていると言う情報もある。アナタ達は、これからジプサムに喧嘩を売るなら、戦となる兵が必要だろうからな、ネフェリーン王国で手に入れようって魂胆だろう? だが、ネフェリーン王国が潰れていたら、アナタ達はジプサムに立ち向かう程の戦力を手に入れる事はできない」


「貴様っ!?」


「光栄に思った方がいい。アナタ達に戦力がついたら、ジプサムは終わりだと感じているからこそ、こちらとしては手を打ちたいのだと言う事に」


「それが貴様の向かう道なのか! 貴様こそ、仮にも王子だろう、なのに只の足止めに使われ、正々堂々とした戦いをせず、戦の準備もしていない所に突然の襲撃で、不意打ちで落とす遣り方に手を貸すとは、貴様は王族のプライドの本のカケラも持ち合わせていないな、同じ王子でも我が王子とは全く違う! 貴様は最低の王子だ!」


「・・・・・・急がなくていいのか? ジプサムの朱雀騎士団がネフェリーン王国に向かっているぞ」


アスベストは、舌打ちをし、コーラルを睨みつけると、急いで、船へと戻る。


コーラルは、たった一人、ジプサムの船の中で、深い溜息を漏らし、倒れている騎士達を見下ろし、


「後、何度、こんな光景を目にするのか」


と、悲しみの台詞を吐いた。


船は、ジャスパーがキャプテンを含め、船乗員達を避難ボートで、とっくに逃がしてしまい、動かせない状態だった。


「どうして勝手に逃がすのよ!」


「だ、だ、だってさ、あんな数の騎士達を、まさか倒して戻ってくるとは思わなかったし!」


「バカ、デブ、ブタ、ハゲ!」


「バカもデブもブタも言い返せねぇが、ハゲだけは違うだろうがよぉ!!!!」


と、ジャスパーはルチルに怒るが、ルチルも怒っている。


「ルチル殿、ジャスパー殿が避難ボートで船乗員達と一緒に逃げなかっただけでも、素晴らしい勇気だと認め、良しとしようではないか」


「でも王子、船を動かせられないのよ? それで良しとできる訳!?」


「わし等でやってみるしかあるまい」


シンバがそう言った時、


「私が操縦致します!」


アスベストがそう言うと、急いで操縦室へ向かう。いつの間にか背後に現れたアスベストに、シンバは、操縦できるのか?と、問う間もなく、気がつけば、アスベストと共に操縦室へと、皆、来ていた。


アスベストは舵を持ち、よくわからないレバーのようなものを引く。


シンバとルチルとジャスパーは見ているしかできない。


船がゆっくりと動き出し、ジプサムの船の横を通って行く。


シンバは操縦室から、ジプサムの船を見つめ、先端に立つコーラルを見つめる。


「王子、少し寝ていて下さい」


アスベストが、ぼんやりと窓の外を見つめるシンバに、そう言った。


「しかし——」


「大丈夫です、灯台の光も見えていますから、ルートを外れる事はありませんから」


「そうか」


「はい、着いたら起こしますよ」


「なら、ここで休むとしよう」


シンバは言いながら、操縦室の片隅に腰を下ろした。


「王子、怪我もしておられるでしょう、手当をした方が良いですよ、それにそんな所では体も休まりませんよ、ちゃんとベッドで——」


「アスベスト、お主も怪我をしておろう、わしの怪我は大した事ない。気にするな。それに、お主も寝ておらんのに、わしだけ寝る訳にはいかん」


その台詞に、ルチルは、


「じゃっ、アタシもここにいるわ。アスベストさん、アタシにできる事があったら、なんなりと申してね! 王子は怪我を見せて? 手当てしましょ」


と、シンバの隣に座り、シンバの籠手を外して、怪我の具合を見る。


ジャスパーは、ベッドで寝たそうにしていたが、


「アンタもここにいなさいよ、それにアンタは充分、寝てたでしょ!」


ルチルにそう言われ、しぶしぶ、その場に座り込む。


「王子、私は大丈夫ですから、本当にお休みになって下さい。そんな所で座られたら、余計に気になってしまって、ルートを外れてしまうかもしれませんよ」


アスベストは、笑いながら、そう言うと、


「だからほら、寝室に行って、休んで下さい」


シンバを寝かせたい為に、そう言った。


「心配ない。ルートを外れて道に迷うても、わしがおる」


「え?」


言っている意味がわからず、アスベストは振り向いてシンバを見る。


「わし等が辿り着く場所は、エンジェライトの王と、最強の騎士。例え道に迷うても、わしがおる。そしてお主がおる。道を見失ったら、違う道を探し、遠回りでもいいじゃろう」


「・・・・・・王子」


「心配するな、何を聞いても、何を見ても、わしは左右されぬ。心配しておったんじゃろう? フェルドスパーの王子の言う事に、わしが少しでも賛同するんじゃないのかと——」


「・・・・・・はい」


「確かにあの者の言う事も一理あるが、賛同はできん」


「・・・・・・王子、もし、私が死ぬような事があったら、その時は——」


「変わらん」


「え?」


「お主が死んでも、わしが目指す場所は変わらん」


「しかし王子一人では——」


「約束じゃ、アスベスト」


「約束ですか?」


「あぁ」


その約束は、死なずに生きて、辿り着こうと言うものだと、ルチルもジャスパーも思った。


だが——、


「例え、どちらかが先に死んでも、信じた道を歩もう」


シンバのその台詞は、これから先、いつ死んでもおかしくないだろうと言う事。


ルチルもジャスパーも俯いて、先のない闇に恐怖より、悲しみを感じる。


どこへ行くのだろう、どこへ辿り着くのだろう、どこへ向かうのだろう、どこへ走っているのだろう。


あの灯台のように光が見えれば、真っ直ぐに走って行けるのに。


何も見えない闇の中を、只、信じて走るしかできない。


いつか、光が溢れる場所に辿り着けると信じて。


それは敵も同じなのだと、シンバは、コーラルに出逢い、知った。


そして、それを知った事で、シンバは、自分でも気付いてないが、道を迷い始めている。


辿り着く場所で、誰かが光を見せてくれない限り、シンバは迷い続けるだろう。



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