2.世界征服


シンバ、18歳。


身長は173センチになり、今、幼い頃に登った木を見上げ、そして、すぐそこの枝にジャンプし、更に上の枝を掴むと、クルンッと回転して、少し離れた枝に飛び乗り、太めの枝の上に立った。


見下ろすペリドット村は畑の広がる、長閑な場所だ。


「良い村じゃ」


そう呟き、村を見渡す。


「シンバー!」


その声に下を見ると、ルチルの姿。


「ルチル殿か」


「そんな所で何してるの?」


シンバは飛び降りて、スタッと地に着地し、ルチルの目の前に立つと、


「ずっと見て来た木じゃが、改めて見ると、昔はもっと大きな木じゃったような気がしてな。この木、こんなに小さかったかのぅ?」


そう言った。


伸びた長い髪を風に靡かせ、ルチルは、ふふふっと笑う。


「おーい」


向こうから、大きな体を揺らし、走って来るジャスパー。


「今夜、俺様の出世パーティーするからよ」


「出世? 良かったわねぇ、シンバがベリル王国の兵士に志願しなくて」


「うるせ!」


「間違いなく、シンバが志願してたら、シンバが採用されて、アンタは村に居残りだったわよ。アタシも男だったら志願できたのになー!」


「お前が女で良かったぜ!」


そう言ったジャスパーをジッと見つめ、シンバは、


「お主も、もっと大きな気がしたんじゃが、今、見ると、小さいのう」


と、真剣に言うので、ルチルは笑う。


「うるせ! お前が身長伸びたからだろ! 真剣にムカツク事言うな!」


横幅はかなりあるが、身長は165センチのジャスパー。


今となってはシンバが見下ろす立場だ。


「お前等、ここで何してたんだ?」


「アタシは畑に野菜を採りに行く途中に、シンバが木に登ってたのを見かけて声をかけたの。シンバは木登りの最中?」


「いや、わしは村を見渡しておった。これから川原に行き、向こう岸の看板を小石で割るんじゃ」


「はぁ!? 今更、何の為にそんな事するんだよ? お前、ガキの頃、割ってたじゃん」


そう言ったジャスパーに、


「あれはイカサマじゃ」


と、シンバが言うから、なんだとぉ!?とジャスパーは怒り出す。


「でも本当に、今更、どうして?」


ルチルが不思議に思い、聞くと、シンバはルチルとジャスパーを見つめ、そして、


「わしは明日、この村を出る」


そう言った。ルチルもジャスパーも一瞬無言になったが、直ぐに笑い出し、


「ホント、お前はいつも真面目な顔で冗談ばっかだな」


と、大笑いのジャスパー。


「シンバの嘘ってバレバレで、最初は笑えるけど、笑えなくなっても言うのよねぇ」


と、呆れた笑いのルチル。


「なんだっけ? どっかの王国の王子だって言ってるしな、未だ!」


腹を抱え、そう言ったジャスパーに、


「それ、もう笑えないわよ」


と、言いながらも、ルチルは笑い出す。


シンバは、笑っている二人を無視して、川原へ向かう。


「おい、待てよ、シンバ」


「シンバ、嘘も冗談もいいから、本当にどうして今更なのか、白状しなさいよぉ」


と、二人は、シンバを追う。


川原に着くと、シンバは石投げを始める。


向こう岸には新しく看板が立っている。


「この川、向こう岸まで、こんなに距離が短かったかのぅ、昔はもっと遠くに、あの看板が見えた気がしたが——」


「それだけアタシ達が大きくなったのよ」


ルチルも言いながら、石を投げる。


「特にシンバは小さかったからな」


ジャスパーも、そう言うと、石を投げ始め、その石がピョンピョンと水の上を跳ねて行く。


「あぁ、もぅ、石投げなんてずっとやってねぇから、向こう岸まで行かねぇや」


と、ジャスパーは、クソッと口の中で呟き、また石を投げる。


「ジャスパーは明日、本当にベリル王国へ行っちゃうじゃない? 寂しくなるわね、こんな奴でもいなくなるとさぁ」


ルチルがそう言うと、こんな奴ってどういう意味だ!?と、ジャスパーは怒る。


「でもさぁ、アンタのその横にデカイ体で、ベリルの兵士なんてできるの?」


「うるせ! できるから採用されたんじゃねぇか」


「でもそんな体で、ベリルの兵士の鎧が入る訳?」


「特注だろ、俺様だけの鎧だ」


と、わっはっはっはと笑うジャスパーに、


「特注だなんて、勿体無い」


と、ルチルが言うが、


「特注するだけの価値はあるじゃろう、ジャスパー殿はそれだけの働きをする筈じゃ」


と、シンバはジャスパーを認めているようだ。


「シンバが言うと、嘘に聞こえる」


ルチルはそう言って笑うので、ジャスパーはムッとする。


「で、シンバは本当に今更どうしてこんな事してるの?」


ルチルの問いに、シンバは石を投げながら、


「明日、この村を出るから、やっておきたい事をやっておるのじゃ」


と、真剣に言う。


「フゥン、じゃあ、なんで出て行く訳?」


「ネフェリーン王国の姫と婚約をしておる。婚儀を済ませ、ネフェリーン王国の兵士と幾人かで、ジプサムを落とす。戦の為じゃ」


「・・・・・・ははは、面白い面白い。で、あの悪名高いジプサムを落としてどうするの?」


「わしは天下を築く。おい、お主等に聞いておきたい。もしわしが天下を築いても、友でいてくれるか?」


そう聞いたシンバに、ルチルもジャスパーも石を投げるのを止めて、お互い見合い、そして、石を投げ続けているシンバを見る。


さっきから、シンバの石は向こう岸の看板を叩いているが、看板は全く割れていない。


「・・・・・・友達に身分は関係ないでしょ」


ルチルが言う。


「ま、お前は嘘吐きだが、悪い奴じゃねぇからな」


ジャスパーが言う。


シンバは二人を見て、微笑み、


「友達は平等じゃったな」


そう呟く。そして、再び、石を投げ、その石が、今、看板を撃ち当て、その看板が割れた。


「待っておれ、友よ、わしが天下を築くのを」


「お前が言うと洒落にならねぇよ」


看板を本当に小石で割ったシンバに、そう突っ込むジャスパー。


「何度も同じ場所に当てれば、そりゃ割れるでしょ、力は兎も角、その命中率は素晴らしいわよね。これってジャスパーとの約束を果たす為?」


ルチルが聞いた。シンバは首を振り、


「亡くなった爺との約束じゃ。この村を出て行く前に約束が果たせて良かった」


そう言った。


「あのね、シンバ、この村からは、そう簡単に出て行けないのよ。ここはベリルの隠れ村なの、余所者もベリル王の許可なく入れないし、迷い人が偶然この村を訪れて、この村の場所を知れば殺されるし、まぁ、シンバのお父さんのアスベストさんは子供の頃は、この村に住んでいたみたいだし、出稼ぎに行くとベリルエリアを出る事になった時も、村人達は王に報告しなかった程、みんなから慕われてたみたいだから、子供のシンバを連れて帰って来ても、誰も王には通報してないから、無断で住めてる訳だけど」


「わしが出て行ったら、誰か通報するのか」


「え? そりゃぁ・・・・・・しないだろうけど——」


「なら問題あるまい」


「え? 本気で出て行くの?」


「何度も言わすな、昨日からアスベストは馬を購入に出掛けておる、明日、ここを出発する為の馬じゃ」


ルチルは嘘でしょ?と、妙な顔をするが、ジャスパーは、


「ま、俺様の足を引っ張るなよ、お前が兵士に志願しなかったのは、王に、お前の存在を知られてない為だろ、お前の存在が知れたら、折角、兵士になれた俺様の出世も駄目になるからな。出て行くなら、誰にも気付かれずに頼むわ」


と、嘘ではないと判断し、そう言った。シンバはコクリと頷き、


「皆が寝静まっておる内に出る。問題ない」


そう言うと、空を見上げ、


「良い天気じゃな。明日も晴れるじゃろう。ジャスパー殿の門出にはおれんが、同じ空の下、お主が活躍するのを願ごうておる」


と、優しい微笑を浮かべ、そう言った。


「ちょっと待ってよ! 本当にこの村からいなくなるの!? そんなのズルイじゃない! アタシとの剣の決着はどうするのよ!」


「ルチル殿が勝利したではないか」


「あれから何度も稽古試合をお願いしたのに、断ってばっかでしょ! 次こそは一瞬で勝ってやるって、凄い頑張って練習してるのよ、今も!」


「二度と負けるのはゴメンじゃ」


「負け逃げ!?」


「いや、ルチル、それを言うなら勝ち逃げだろ、負けて逃げるってカッコ悪いじゃん」


と、笑うジャスパーに、ウルサイ!と、ルチルは睨む。


「それにシンバだって剣の練習は毎日してたじゃない!? あれは何の為よ!」


「戦の為じゃ」


「アンタ、兵士にも志願してないじゃない! 何の戦があるって言うのよ!」


「じゃから、わしは——」


その時、


「シンバー! アスベストさんが馬を連れて帰って来たよー!」


と、タルクが手を振りながら駆けて来るから、シンバも手を振り返した。


「あれ? ルチルとジャスパーも一緒だったんだ?」


畑仕事をしていてタルクは泥だらけで、だが、さわやかな笑顔で、そう言って、シンバの目の前で足を止めた。


「本当に村を出て行くのね」


そう言うと、ルチルは怒った顔で、キッとシンバを睨むと、スタスタと去っていく。


「え? あ、おい、ルチル? どうしたの?」


タルクがルチルを追いかける。


シンバはジャスパーと二人、取り残され、溜息。


ジャスパーもシンバと二人、なんだか、溜息。


「ジャスパー殿、わしは帰るが、お主は?」


「あぁ、俺はお前んちの畑で採れる野菜を分けてもらいに行く所だった」


「タルクの作る野菜は立派じゃ。この村の土が良いのじゃな、空気も良いし、野菜にはいい環境じゃ」


「お前もさぁ、毎日、剣ばっか振り回してないで、もう大人なんだから、手伝ってやれよ」


「わしに土をいじれと言うのか!」


「なんで大きな声出して、キレそうになってんだよ、キレどころじゃねぇだろ。毎回思ってたけど、お前のキレどころおかしいぞ? あぁ、でも明日出て行くなら、今更、手伝えってのも無理だな」


二人は、そんな会話をしながら、歩いて行く。


小さな家の前に、立派な馬が二頭。


「おお、お前んち、貧乏なのに、よく馬を買えたな」


「金はあるのじゃ、じゃが、ショール殿が使えないと言うてな」


「金あるの!? あぁ、また得意の嘘か。でも馬を買う大金はあったんだなぁ」


ジャスパーは馬に手を伸ばし、馬の毛並みを撫でながら、いい馬だと呟く。


シンバが家の中に入ると、


「王子、只今、戻りました」


と、アスベストが頭を下げる。


「あぁ、立派な馬も手に入ったようで良かった。ショール殿はどこにおられる?」


「はい、今、庭で洗濯物をしておりますので、暫くしたらここに参ります」


「そうか。別れの挨拶がしたい」


「王子、直々に有り難いお言葉です」


アスベストは更に頭を下げる。


ショールが現れると、シンバは床に座り、ショールに深く頭を下げ、まるで土下座のようになり、アスベストもショールも驚く。


「ショール殿、今迄、世話になった」


「やめて下さい、王子様」


「わしは母というものを知らん。本当の母は見て知っておるが、母の温もりを知らん。じゃが、ショール殿、お主はわしに優しくしてくれて、母とはこういうものかと思うた時もあった。感謝しておる」


「何を言っておられるんですか、王子様」


「最初は不味かった飯も、食わねば生きていけぬと食い始め、今ではショール殿の作る飯は最高の飯じゃと思うとる」


「王子様・・・・・・そんなに不味かったですか?」


その問いには答えず、シンバは顔を上げると、ジッとショールを見つめ、


「アスベスト、残った金を全てショール殿に」


そう言った。


「何を仰っるのですか、王子様!」


驚くショールの目の前に、大金が積まれる。


「兄さん、お金はいらないと言ったでしょう!」


「ショール、王子が言っておられるのだ、黙って受け取りなさい」


「でも! 兄さんも王子様も、これからお金が必要でしょう!?」


「わし等は、金は必要ない。ネフェリーン王国に着ければいいだけじゃ」


そう言ったシンバに、ショールは困った表情をするが、アスベストが頷くので、


「では、このお金は二人が戻って来た時の為に——」


と、金を受け取ろうとして、シンバに、


「戻っては来ぬ、再び、この村を訪れる時が来るとすれば、それは天下をとり、世界を統一させた報告をする時じゃ」


そう言われ、ショールは何とも言えない顔になる。


そして、ショールは深く頭を下げ、これもまた土下座のように、頭を床に落とし、


「王子様、兄さん、どうかご無事で——」


そう言った。シンバもアスベストもコクリと頷いた所で、


「何やってんの? みんなで床に座り込んで」


と、タルクが不思議そうに首を傾げながら、そう言って現れ、


「馬と遊んでるジャスパーに少し野菜を分けてあげたよ、今夜、ジャスパーの家でパーティーやるんだってさ、行くだろ?」


と、シンバ、アスベスト、ショールに聞く。3人共、無言なので、


「行かないの?」


そう聞くと、


「タルク殿は行って参れ、わしは、この家で今夜はゆっくりしたい」


シンバにそう言われ、フゥンとタルクは頷く。


今、シンバが立ち上がると、アスベストもショールも立ち上がる。


「ねぇ、あの馬、何に使うの? 馬の餌代、大変だよ」


タルクがそう聞くと、今度はアスベストが、


「明日にはいなくなるから」


と、タルクは、また意味はわからないが、フゥンと頷く。


その夜、タルクはジャスパーの家に行ったが、シンバとアスベストは、いつものショールの質素な食事を味わい、狭い部屋でくつろぎ、団欒というものを過ごした。


夜も深まり、シンバは庭で星空を見上げていると、


「王子、眠れませんか」


と、アスベストも庭に現れた。


「お主もか?」


「はい」


「わしはエンジェライトより、このペリドット村におった方が長い。この村はわしにとって故郷みたいなもんじゃ。離れるのは、やはり寂しい。爺の墓もあるしな」


「パミス爺さんも生きていれば、明日、共に、この村を旅立ったでしょう。一緒に旅立てない事は、私も悲しく思っております、何より、立派に成長なさった王子を一番にお傍で見ていたかったでしょうに——」


「見ておるよ、空でな」


シンバは光る星を見つめ、そう言った。アスベストも空を見上げる。


ペリドットから見る夜空も、これが最後。


「お主はわしを背負い、走っておったな。目が覚めると、ベリルの大草原じゃった。それからこの村に着き——・・・・・・いろいろあったなぁ、わしは今日まで、考えた事もなかった。今、エンジェライトの城がどうなっておるのかを」


「・・・・・・」


「ジプサムの領土として、誰か住んでおるのか、それとも廃墟となっておるのか。ジプサムは姑息に小さな国だけを襲い、力をつけておるらしいが、今現在、どれ程の力を持ったのじゃろう。いざ、敵の事を考えると、体の奥底から震え出してしまう。恐怖ではないぞ、怒りでじゃ」


「・・・・・・王子」


「あの日、わしがお主の背中で目覚めた日、その日から一週間程前か、ジプサムがエンジェライトに襲撃をかけ、我が国が炎で包まれたのを、わしは忘れん。エンジェライト第二王子、我が弟はまだ赤ん坊で、泣き喚く、その声が黒い煙と共に薄れて消えた。エンジェライトは決して大きくはないが、冬が長く、雪景色がいつも美しく、城下町では子供達が作った雪だるまが、わしの部屋の窓から見えておった。それが、一気に焼き払われ、雪も溶けて、誰の悲鳴さえも聞こえぬ、無となるのを、わしは・・・・・・何もできずに——」


シンバはジプサムに怒りを思い、震えているのではない。


何もできなかった自分に怒り、体の奥底から震えているのだ。


「父が死を覚悟し、ジプサムに出向いた事、当然じゃと思うとる。全てを奪われ、王だけ生きておっても意味があるまい。それはわしも同じじゃ。わしだけ生きておっても意味がない。死を覚悟して、ジプサムに出向き、戦うのが筋じゃ。そして、やっとその時が来た。じゃが、わしは死を覚悟しても、負ける気はない。わしが死ぬ時はジプサムの王の首を落とし、ジプサムが手に入れた領土、全てを取り返してからじゃ。ネフェリーン王国へ向かった後、エンジェライトへ向かうぞ、アスベスト」


「はい!」


アスベストはシンバに頭を下げ、力強く頷く。


「王子、ここ最近、ジプサムの動きはなく、嵐の前の静けさと言った所でしょう、ですが、クリーダイト、パイロープ、フェルドスパー、リアルガー、そして我がエンジェライト。その国々のエリアはジプサムの領土になり、それぞれ小さな範囲とは言え、ジプサムのエリアが広がったのは確かです。気がかりなのは、それぞれの国の騎士達が、ジプサムの兵士となり、静かに戦いの時が来るのを待っている事です。5国の軍を手に入れたジプサムは、近々、かなり大規模な範囲を狙う予定があるのではないでしょうか」


「5国の軍か。その中に、お主がおらん事は、ジプサムの最大の誤算じゃな」


「有り難きお言葉です、その王子からの言葉を後悔させぬよう、私は力の限り、王子の為、エンジェライトの為、戦いましょう」


「頼もしいな、アスベスト。わしは父や母、弟の敵討ちなど、考えてもないが、我が王国エンジェライトが好きじゃった」


シンバは夜空を見上げ、誓う。


——爺。


——もう幼い頃の記憶など、殆どないが、爺はわしを肩車し、世界を見せてくれたな。


——城の高い天辺で、更に爺の肩の上で、わしは世界を見た。


——『ここから見えるエリア、全て王子のものじゃ』と、爺は言うたな。


——その記憶は残っておる。


——爺、わしは世界を手に入れるぞ。


——空から見ておれ。わしが天下を築く所を。


——爺が見ておる世界全てを、わしが手に入れてやるぞ。


——爺、空から見ておれ。


——爺、待っておれ。わしが全てを手に入れてやるから。


夜空を見上げ続けるシンバの横顔は美しく、アスベストは、シンバが妃に益々似て来たなぁと見惚れてしまう。


「もう数時間もすれば夜明けじゃな。準備を始めるか」


シンバはそう言うと、家の中に入って行く。


アスベストは頭を下げたまま、シンバが家の中に入ってから、ようやく頭を上げ、馬の準備をしておく為、玄関の方へ向かう。


シンバは眠っているショールやタルクを起こさないよう、足を忍ばせる。


部屋を片付けながら、シンバは、ここに来てから物を片付けるという事を知った。


野菜や果物などの食べ物は、畑で採れるが、それ等を一生懸命、作った者がいる事。


肉も、豚や牛、鶏を育てる者がいる事。


そして、その食材を調理してくれる者がいる事。


命を食べるという事。


人は皆、一人では生きれないという事を知った。


幼い頃は、なにもかも手となり足となり動いてくれた者がいた事を当たり前と思っていた。


人は、人と人が支え合い、思いやり、自分だけではなく、誰かの為に生きている。


人だけではない、どの命も大切で尊い。


もしも、人と人が傷付けあうだけの世界ならば、そして命を大事にできない世界ならば、それは——・・・・・・


それは、その世界を統一する王が悪い。


シンバは綺麗に片付けられた部屋を見て、満足そうな表情。


まだ外は暗いが、シンバは行く準備をする。


荷物は殆どない。


腰には大雪原。


左腕に籠手。


そっと音をたてず、シンバは外に出ると、家を見上げ、そして、深く深く頭を下げた。


「——王子」


その声に振り向くと、二頭の馬の手綱を持ったアスベスト。


「行くか」


「はい」


「馬に乗るのは久し振りじゃ」


と、シンバは白い立派な馬に乗り、少し暴れそうになる馬の手綱を引き、


「体が覚えておるもんじゃな」


そう言うと、アスベストがもう一匹の馬に乗るのを見て、手綱を弾き、馬を走らせた。


村を出て、草原を走って行くと、空が明るくなって行く。


リズムよく馬の蹄が大地を駆ける。


シンバは空を見上げ、美しいと思う。


「世界は美しいのぅ」


そう呟き、そして、スピードを上げる為、身を低め、手綱を弾いた。


午前中の内にベリルエリアにある町に辿り着けた。


そこで休憩しようと、馬を下りて、町中をうろつくが、人がいない。


「なんじゃ、ここは誰もおらんのか」


「気配はしますね」


「余所者のわし等が珍しいのか?」


「まさか。ここは隠れ村ではなく、地図にもある普通の町です、旅人も旅行者も訪れる筈」


「じゃとしたら、この町はどうしたと言うんじゃ」


うろうろしていると、小さな子供がシンバに石をぶつけに来た。石は直ぐに避けたが、


「ジプサム出てけー!!!!」


と、その子供が吠えるので、シンバは、馬の手綱を放り投げ、逃げるその子供を捕まえ、


「今、何と申した?」


そう尋ねたが、子供はぎゃんぎゃん泣き喚くだけ。


その子供の親だろう男と女が、手にオノとフライパンを持って、


「その子を離せ!」


と、殺気立って吠える。


シンバは、その男と女をジッと見て、子供を離した。素直なシンバの態度に、男も女も驚いている様子。


「あの・・・・・・アナタは、ジプサムの者ですか?」


恐る恐る男性が尋ねる。


「わしはジプサムとは関係ない」


シンバがそう言うと、女性がホゥッと安心した溜息を吐き、


「ほぉら、だから言ったのよ、だって、この人達、馬に乗ってたもの、ジプサムの奴等なら怪鳥を乗り回してる筈だもの」


そう言った。


「いや、お前だって、ジプサムの奴かもしれないと言っただろう!」


男性がそう言うと、女性はムッとして、二人口喧嘩を始める。


二匹の馬の手綱を持ったアスベストが、


「その前に、この方に謝りなさい、貴方達の子供が、この方に石をなげたんですよ。当たらなかったから良かったものの、当たっていたら、貴方達は許されませんよ」


叱るような口調で、そう言うが、シンバが、良い良いと、アスベストを宥め、そして、その夫婦を見ると、


「この町にジプサムの者が来たのか?」


そう尋ねた。夫婦は顔を見合わせ、首を振ると、


「明け方近く、馬と同じ、いや馬より大きい鳥の群れが人を乗せて、ここから北へ向かって走っているのを見たという者がいましてね、馬のような鳥と言えば、ジプサムが育てている怪鳥の事じゃないかって話になって、まさかこのベリルエリアにジプサムが襲撃に来たんじゃないかって」


「そうなのよ、それでね、町の者達はみんな警戒してて、そこへ見た事もないアナタ達が現れたでしょう? でも、ジプサムは小さな国しか狙わないのよね? ベリルは大丈夫だわ。べリルエリアに住む私達も安全な筈よ」


そう話した。シンバはここから北と言えば、ベリル城がある王国ではないかと、


「アスベスト、ベリル王国へ向かう!」


と、馬に飛び乗り、直ぐに馬を走らせた。


「王子、ジプサムが動き出したと言う事でしょうか?」


「わからん」


「今、王子が向かっても、ジプサムの軍に勝てるとは思えません、ネフェリーン王国へ向かい、こちらも群となる騎士を手に入れなければ!」


「黙って付いて来い」


「しかし王子!」


「スピードを上げる。喋っておる余裕はないぞ」


シンバを乗せた馬は猛スピードで駆けて行く。その後を追うアスベストを乗せた馬。


これからジプサムと戦う為に旅立ち、最初に立ち寄った町で得た情報がコレかと、アスベストは運のなさに悔しさを感じる。


もう少しシンバが大人の考えを持てたら、ここは一先ず見過ごし、素直にネフェリーン王国へ向かっただろう。


しかもまだベリルエリアさえも出ていない。


そんな場所で、もう終わりを迎えるのかと、アスベストは悔しくて悔しくてならない。


これが全く無能な王子ならば、諦めもつく。


だが、シンバという人物は、絶対にこんな所で終わる王子ではないと、アスベストは諦められない。


それでもシンバが行くと言うならば、アスベストは付いて行く他ない。


下唇を噛み締め、アスベストは悔しさを堪え、馬を走らせる。


ベリル王国が見えると、シンバとアスベストは一旦、馬を止めた。


大きな城は煙が上がり、晴れた空の、その真上だけは黒い煙が立ち込めて、暗雲が広がっている。


城下町からは悲鳴にも似た声が、遠く離れた場所からも聞こえ、シンバが手綱を弾こうとした時、


「本気で行くのですか!」


アスベストが叫んだ。シンバはアスベストを見ると、アスベストは今迄、見せた事のない厳しい表情で、シンバを見つめ、


「王子の目的はベリル王国を救う事なんでしょうか」


そう言った。


「王子がその目的の為に旅立ったと言うのなら、私は王子の決断に黙って付いて行きます、ですが、王子の目的はそうではない筈。ここで戦う事を選んで、王子と私だけで勝てるとお思いでしょうか。ベリルは国として大きい。そこに攻め入ったと言う事はそれなりの数の兵士を連れて来た筈。私達は二人です」


「・・・・・・」


「王子、ご決断を——」


正当な意見を言った後、頭を下げ、シンバに決断を委ねるが、その意見はシンバに考えを改めてほしい為の意見。


「黙って付いて来い」


「王子!」


「アスベスト、ペリドット村はベリル王国の隠れ村。そこでわしは長い事、生活をして来た。今こそ、恩を返さなければならぬ。このままベリルを見捨てると、ベリルエリアはジプサムエリアに変わってしまう。お主の妹ショール殿も居場所を失うぞ」


「構いません、そんな事! 今ベリルエリアがジプサムエリアになったとしても、何れ王子が天下をとれば、それも解放される。しかし今、王子が死ねば、ここは永遠にジプサムエリアのまま、妹も奴隷にされたまま終わるかもしれません!」


「・・・・・・そうか」


「王子、正しいご判断を——」


シンバの青い瞳に映るベリル王国。


「迷うておる時間はなさそうじゃ」


「王子!」


「すまぬ、アスベスト。お主が思うておるより、わしは王としての器はなさそうじゃ」


シンバは手綱を弾き、馬をベリル王国へと走らせた。


アスベストは舌打ちをし、直ぐにシンバを追いかける。


もうこうなっては、何が何でもシンバをお守りするしかないと、アスベストは覚悟する。


ベリル城下町——。


クエックエックエッと、あちこちで怪鳥が鳴いている。


人々は倒れ、建物は壊され、酷い有様。


シンバが馬から下りると同時に、


「この町の者か、どこからか帰って来たばかりみたいだな」


と、数人の黒い鎧を着た者が現れた。


「・・・・・・ジプサムの者か?」


そう聞いたシンバに、


「あぁ、そうだ、我等はジプサムの玄武騎士団だ」


そう言って、嫌な笑いを見せる。


「・・・・・・成る程、黒い鎧は玄武か。覚えておこう」


そう言ったシンバに、笑いながら、


「覚える? あの世で、我等に殺された事を誇りに思う為か!」


と、ソードを掲げ、走って来た。


シンバは腰の大雪原の柄を持ち、男が走って、近付いて来た瞬間に、剣を抜き、男の腹を斬った。鎧をも貫く大雪原に、シンバは、


「成る程」


そう呟くと、男はよろよろとしながら、シンバの背後で倒れた。


玄武達は、何事かと、騒ぎ出す。


シンバはスッと立ち、


「斬られとうなければどけ。邪魔じゃ。お主等の長は城の奥におるんじゃろう」


そう言った。だが、たった一人殺された所で、大人しく引く連中ではない。


寧ろ、油断したからだと、次から次へとシンバに向かって、剣を振り上げる玄武達。


シンバはその全員を軽くあしらうように斬り払い、風のように進んでいく。


別の場所でも、アスベストがソードを振り、玄武達を片付けて行く。


たった二人で、何の鎧も付けていないシンバとアスベストが、しかも無傷で進んで行く。


だが、戦とはそんな甘いものではないとアスベストは知っている。


今、この城下町に残った兵士達は玄武の中でも弱い連中だろう、そうでなければ、ベリルの兵士がここで戦っていてもおかしくはない。


しかし城下町で玄武達を足止め出来ず、城へ招いてしまったと言う事は、玄武の強さはかなりのもの。


その勢力に、今のシンバが敵うとは思えない。


アスベストは、クソッと呟き、剣を振るう。


運はジプサムに向いていると言うのか。


どうして今なのだろうか。


もう少し、ジプサムが大人しくしていてくれれば、ネフェリーン王国へ辿り着けたものを。


シンバの力となる軍が存在すれば、玄武如き、一気に蹴散らせたものを!


アスベストは、まるで鬼のように剣を振るい、怒りで恐ろしい程の強さを見せる。


その時、


「隊長?」


目の前の敵が、そう言った。アスベストは振り上げた剣を止め、その男を見る。


「隊長じゃないですか? エンジェライト、レグルス騎士隊の——」


「お前は誰だ?」


「ハイ、わたしはエンジェライト、ゾズマ騎士隊の一人でした」


「ゾズマの?」


「ハイ」


頷く男に、アスベストは剣を下ろす、と、その背後を雄叫びを上げて狙う男。


アスベストが振り向き、その男を見ると、アスベストの眼力で、男が怯んだ瞬間、アスベストの隣を走りぬける元ゾズマ騎士隊の男。


そして、その男の胸をソードで貫き、元ゾズマ騎士隊の男は、アスベストに跪き、


「生きておられたのですね!」


そう言った。


すると、その場にいた者達が、アスベストに跪き、


「わたし達はエンジェライト、ゾズマ騎士隊の部隊の者達です」


そう言って、頭を下げる。驚いたアスベストは一瞬、言葉を失うが、直ぐに、


「レグルス騎士隊もおるのか?」


そう聞いた。


「いえ、レグルス騎士隊は、今、ジプサムの黄竜騎士団として存在しております、我等は玄武騎士団として、ジプサムの為に戦っておりますが、いつだって我等はエンジェライトの騎士であった誇りを忘れてはおりません、心から忠誠を誓い、この命を預けたのは、エンジェライト王だけです」


「・・・・・・王子!!!!」


突然、アスベストはそう叫ぶと、少し離れた場所で、戦っているシンバに走り寄り、そして、今、シンバと戦っている男の背中をソードで斬り裂くと、


「このお方はエンジェライト第一王子、シンバ様だ!!!!」


そう叫んだ。玄武達は皆、驚いて、金縛り状態。


勿論、中には元々ジプサムの騎士だった者もいるし、他国の騎士だった者もいる為、全員が全員、驚く訳はないが、それがどうしたとばかりにソードを振り上げる者に、元エンジェライトの騎士達が、シンバの盾となるように戦い出した。


裏切るのかと、玄武達が怒り狂う中、


「エンジェライトの王子が生きておられるならば、我等はジプサムの玄武騎士団ではなく、エンジェライトのゾズマ騎士隊だ」


と、剣を振り上げる。


「王子、今の内に、城内へ行きましょう」


「あぁ、じゃが、これはどういう事じゃ?」


「エンジェライトの騎士達が来ていたんです」


説明しながら、アスベストはシンバと共に、べリル城へと走る。そして、


「王子、アナタはなんて強運の持ち主なんだ」


そう呟く。


まさか、こんな展開になろうとは、アスベストも思っていなかった。


城内では、あちこちで騎士達が戦っている。


ベリルの兵士達が王をお守りする為に必死で戦っている。


「シンバ」


その声に振り向くと、ジャスパー。


信じられない顔で、そこに立っている。


「シンバ、お前、どうしてこんな所に?」


今にも泣きそうな顔で、そう問うジャスパー。


「お主は今日からベリルの兵士じゃったな? 鎧はどうしたのじゃ?」


「ここに着いた途端、ジプサムの奴等が乗り込んできて、ペリドット村も知られたみたいで、村のみんなが捕らえられて」


「なんじゃと!? それで村のみんなはどこに?」


「王達と一緒に捕らわれているんだけど」


「王も既に捕らわれたのか!?」


「それで、王を助ける為に、兵士達が戦ってんだけど、俺はどうしたらいいのか——」


ジャスパーはそう言うと、わぁっと泣き出し、シンバはビックリする。


「王子、王の間へと続く道は玄武達が塞いでおります、戦いの末、立場が逆転し、今、ベリルの兵士達は王の間へ突き進む為に狭い通路で戦っています、あの奥に、ベリルの王と、そして、この玄武騎士団を率いる隊長がいるのでしょう」


アスベストがシンバにそう報告し、シンバは、頷き、


「ジャスパー、お主も自分の村の為、国の為、戦うんじゃ、来い!」


そう言われ、ジャスパーはあたふたと、何がなんだかわからないまま、シンバを追う。


狭い通路は、兵士と騎士達が塞いでおり、目の前の兵士を倒して進めば、ベリルの兵士を倒してしまう事になる為、シンバは先へ進めない。だが、


「玄武騎士団の者に告ぐ!!!!」


アスベストの声が響き、通り抜ける。


「エンジェライト、ゾズマ騎士隊だった者はおるか! 私はエンジェライトのレグルス騎士隊、隊長、アスベストだ!!!!」


一瞬にして、戦いが止まり、皆、静まり返る。


ジャスパーは、こんな時に何の冗談だと、オロオロするばかり。


「ここにおられる方はエンジェライト、第一王子、シンバ様だ! その王子の命により、今からエンジェライト、ゾズマ騎士隊だった者は、ベリル側に付き、ジプサムの玄武騎士団を、ベリルエリアから追い払う! 良いか、勝利はエンジェライトにあると思え!」


突然の命令と、突然の激白と、突然の宣言。


戸惑いはあるが、元ゾズマ騎士隊達は、アスベストを目に映すと、間違いなくエンジェライトのレグルス騎士隊の隊長だと、これは真実だと、玄武騎士団に攻撃を始めた。


「ど、ど、どういう事?」


と、ジャスパーは、混乱の余り、更にオロオロするだけ。


狭い通路の奥の方から押され、こちら側からはベリルの兵士に押され、玄武達は挟み撃ち状態になり、そして、今、通路が開き、黒い玄武の鎧を着た者達が、シンバとアスベストに跪く。皆、ゾズマ騎士隊だった者達だろう。


何故か、シンバの傍にいたジャスパーまで偉そうになる。


アスベストを先頭に、シンバは通路を通り抜け、王の間を開けた。


扉を開けたのが、玄武の者ではない事に、いかに団長らしい立派な黒い鎧を見に纏い、マントをつけた男が、眉間に皺を寄せ、


「何者だ?」


そう聞いた。そして男の周囲に並ぶ玄武騎士団——。


部屋の隅には、王や妃、王子と姫、それから、ペリドット村の者達が縄で縛られている。


「お主がこの玄武騎士団の長か」


「あぁ、そうだが? お前等は町の者か?」


剣は持っているが、鎧も着てなければ、顔も知らない若い男を目の前に、玄武騎士団長はそう聞いた。


「わしか? わしはエンジェライト第一王子、シンバじゃ」


「それは何の冗談だ?」


「悪いが、このエリアから退いてもらうぞ」


「何のつもりか知らんが、町の者が勇者気取りで寝ぼけた事を言っていると、痛い目を見るぞ」


だが、玄武騎士団長の周囲に並んでいた騎士達の中の数人が、ざわざわと騒ぎ出し、アスベストを見て、


「あれはレグルス騎士隊の隊長ではないのか?」


と、誰かが囁き、その囁きを耳にした玄武騎士団長は、目を細め、アスベストを見る。


アスベストはスゥッと息を吸い込むと、


「聞こえなかったのか!!!! ここにおられる方はエンジェライト第一王子、シンバ様だ!!!! エンジェライトの騎士だった者よ、エンジェライトに誓った忠誠を思い出し、王子の命に従うのだ!!!! 玄武を退かせるぞ!!!!」


気高き獣が唸り声を上げ、吠えるように、叫んだ。


一瞬の静けさ——。


だが、シンバが大雪原を抜き、玄武騎士団長からの一撃を受け止めた瞬間、その場が一気に戦場に変わり、皆、戦い出す。


アスベストが玄武達を蹴散らして行く。


通路にいた者達も、シンバに味方し、玄武騎士団を追い詰めていく。


シンバと玄武騎士団長は、剣を交え、大きなソードを大雪原が弾き返して行く。


ジャスパーは王達と村人達の縄を解き、皆を安全な場所へと移動させようとするが、誰もその場から動こうとしない。


ベリルの王は、戦っているシンバを見つめ、そして、村人達はシンバとアスベストに驚いて、言葉も出て来ない。


「シンバって本当に王子だったの?」


タルクが疑問を口にする。


「よくわからねぇが、そうらしい展開だよな」


と、ジャスパーが言う。


「じゃあ、嘘吐きじゃなかったんだ」


タルクがそう言うと、ジャスパーは頷いて、嘘吐き呼ばわりした事を後悔する。


ルチルは黙って、シンバを見つめている。


今、シンバが玄武騎士団長の剣を力一杯弾き、そして、喉を捉え、跪かせた。


玄武達は皆、追い詰められ、シンバの後ろに立ち並ぶ者達を、悔しそうな顔で睨みつける。


「良いか、玄武の生き残った者達よ、これから帰って、ジプサムの王に伝えるのじゃ。世界を征服するのは、このわしじゃ。何れ、貴様の首を取りに行く。逃げずに待っておれとな。尤も、世界のどこに逃げようとも、わしからは逃げられん。わしは世界を手に入れるのじゃから、この世界の果てじゃろうと、ジプサムの王は、わしのエリアから消えてもらう。伝えろ、どんなに心を入れ替えても、貴様だけは絶対に許さんとな——」


そう言ったシンバを玄武騎士団長は歯をギリギリ鳴らし、睨みつける。


「行け!!!!」


シンバはそう吠えると、大雪原を腰の鞘に納めた。


玄武騎士団長はゆっくり立ち上がり、そして、背を向けて、


「・・・・・・撤収」


小さな声で、そう言うと、生き残った玄武達を引き連れ、ベリル城を去って行った。


ワァァァッと勝利の歓声が上がる。


今、エンジェライトのゾズマ騎士隊達は忌まわしい玄武の鎧を脱ぎ捨てた。そして、皆、シンバを取り囲み、跪き、頭を下げる。


「王子、ご無事で何よりです」


「あぁ、お主等も無事で何よりじゃ」


「これからは王子と共に戦わせて下さい!」


「有り難いが、お主等はここに残ってもらう」


そう言ったシンバに、皆、顔を上げ、驚き、アスベストも驚く。


「情報は力じゃ。ジプサムの騎士団をしておったお主等なら、ジプサムがまた攻めて来ても、どのような戦術を使うか、戦法もよく知っておろう。ここで今日からベリルの兵士として、ベリルの王と民達をお守りするのじゃ。ベリル王よ、それで良いか?」


シンバはベリル王を見て、問う。


ベリル王は、ゆっくりとシンバに近付くと、シンバの傍で、跪き、そして頭を下げる。王の後ろには妃と王子と姫も一緒に、頭を下げ、


「我が国を守って下さり、更にご自分の兵士を、この国を守る為に留まらせるとは、何と御礼を申して良いか——」


と、更に頭を下げたが、


「しかし、王子は世界を征服すると仰りました、だとしたらベリルも落とさなければならないのではないでしょうか、我等は王子の敵にはなりたくありません」


騎士の一人がそう叫び、王はすぐに頭を上げ、恐怖の表情でシンバを見る。


だが、シンバはフッと優しい笑みを零し、


「世界征服と言っても、わしは友を増やしたいだけじゃ。ジプサムのように国を乗っ取ろうなどとは思わん」


そう言った。皆、きょとんとした顔になるが、アスベストだけが笑みを零す。


「ベリル王よ、何れ、わしがエンジェライトを復活させた時、エンジェライトと同盟を結んではくれぬか。わしはペリドット村のような良い場所を、もっと築きたい。人と人が支えあい、思いやっていく世の中をつくりたいのじゃ。どうじゃろう、その世界統一の為に、何れ、わしと友達になってほしい」


ペリドット村は隠れ村だと言うのに、何故、知っているのか、何故、この国を助けてくれたのか、そして何故、友達なのか、シンバに対し、疑問は多々あったが、ベリル王は、喜んでと手を差し出し、シンバと握手を交わした。


ベリル王は、エンジェライトが復活した時にだけでなく、今からも、シンバへの協力を惜しまないと、これからネフェリーン王国へ向かうシンバに、ベリルエリアの港から船を出すと、何度もシンバと握手を交わす。


「王子、世界征服、第一歩ですね」


アスベストがそう言うと、シンバは笑い、


「そうじゃな」


と、頷いた。


「まさか本当に王子だったとは! ガキの頃、シンバが土下座しなくて本当に良かったな」


ジャスパーは村人達にそう言って、安堵の溜息を吐き、ルチルを除いた村人達は笑い出し、その場が笑顔で溢れ出す。


アスベストはシンバの強運に、ツキはエンジェライトに向いているのだと感じている。


このままの勢いで、突き進めればいい。


いつか、シンバが世界の天下に辿り着くまで——!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る