第30話 聖女が恋を知る日

「もしかして、12歳の子供なら簡単な嘘で騙せると思ったのかな?聖女様」


 エドワード様の顔があまりにも歪んでいるものだから、私はその表情を見つめることしかできなかった。


「......そんなこと、思っていません」


「ふうん、そうか。そうだったらなんて言い出さないと思ったのだが。私の考えすぎか」


「エドワード様」


「生憎、私はそんな配慮していただかなくても大丈夫ですので」


 そう言って私から離れようとしたその姿を見て、私は思わず叫んでしまった。


「っ、話を聞いてください、エドワード様!」


「叫ぶのはよしてください。夜明け前だぞ、使用人達が起きる!」


「お話を聞いてくださらないからこうなっているんです!」


 私はベットから起き上がって、エドワード様の正面に向き合った。寝起きのせいか唖然とした顔が私を真っ直ぐと見つめていた。


「......エドワード様、私は聖女以外の勉強はなにもしていなくて、慈しむ以外の感情がわからない。こんな感情は教えてもらっていないから、感じ取れないです。ですので今、エドワード様がどんなお気持ちでそうおっしゃっているのかも、私にはわかりません。でも、私がエドワード様を騙そうなんて思っていることは神に誓ってもありません」


「貴方が神に誓う、何て言うと信憑性が高いな」


「エドワード様......」


 こんなのは初めての感情だ。今まではどんな人を前にしても笑顔で手を差しのべられたのに、どうしてこの方に私は笑いかけれないの?いつものように、神様から借りたような簡単な言葉を自分のことのように話し語れたのに、今はそうできないの?


「......上手く言えないけれど、私はエドワード様が好きです。朝会えたらその日がとてもいい日になる気がするし、エドワード様と少し話す夜、その時間も大好きなんです。もしここを追い出されても、私は立場がとかではなくて、エドワード様にもう会えないことが辛いんです。でも私、この感情をなんて呼ぶのかを知らない......」


 なぜか視界が歪んでいく。熱いものが流れていく。こんなにもどかしい思いは、どうしようもない気持ちは初めてで、私は思わず泣き出してしまっていた。


「エド、ワード様......」


 言葉にならない思いが溢れて思わず顔を俯けると、エドワード様がはぁ、とため息をついた。そうして私の顔に手を寄せて、ぐいっ、と軽くあげさせた。無理にでもエドワード様と目が合う。しかし、エドワード様は飄々ひょうひょうとした表情で私を見ていた。


「そのわからない感情を知り、さっき言っていたチャンスとやら欲しかったら、そのままベットに横になれ」


 そう言われ、私はそのままベットに横になった。エドワード様は私の上にゆっくりと覆い被さった。


「......怖いか?」


「......怖くは、ないです」


「うん。じゃあ今から私に触れたいと思うなら、触れてくれ。どこでもいい、好きな場所を」


 私はそう言われて、恐る恐るそっと自分の腕を上に伸ばした。そうしてエドワード様の肩に手を置いた。エドワード様は私をそこまで見守ると、そのまま私の手を自分の首の後ろに掛けさせて、至近距離まで近づいた。その瞬間だった。


「......んっ、」


 次の瞬間、エドワード様はそのまま私にキスをしていた。


「次は気絶しなかったな、いい成長だ」


 そう言ってエドワード様は笑った。


「その感情は、私の知識の中で当てはまるものはある。......恋愛感情だ。人を好きになったことがないならわからないかも知れないが、一緒にいたいとか会えて嬉しいとか、そういうのは好意を持っているということ、私は思う」


 私はその言葉に理解も追い付かないままこくこく、と頷いた。


「そしてチャンスとやらの話だが、チャンスなんて私はやる気はない。一体何を勉強するつもりなのか知らないが、私が触れるのに勉強するんなんて私は許さない。するなら私で勉強して私で慣れればいい。でも準備期間ぐらいはやろう。来週の今日だ。その日まで準備はしていい。だが実技は駄目だ。知識だけ準備してくればいい」


 私はまたその言葉にこくこく、と頷いた。


「わかったか、フィリア?」


「......はい、エドワード様」


 エドワード様はそんな私に「いい子だ」というと、そのまま私の上から退いた。

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