第19話 結婚する聖女
「結婚指輪を渡すのに、雰囲気もムードも何もなくて申し訳ないです」
申し訳なさそうにそう言われて渡されたのは、結婚指輪だった。私の指輪には小さなダイヤモンドが付いていた。私はそれを慎重に受け取り、左の薬指につけた。もうあの結婚挨拶から1週間ほどたったが、エドワード様はその間もお仕事だったというのにいつ指輪を準備したのだろうか。私がそんなことを思っている間にも、エドワード様はいつものように淡々と話を進める。
「結婚の手続きはもう済んでいます。今日から私達は夫婦です」
エドワード様にそう言われ、私は自分の指に光る結婚指輪を見た。私の身の安全の為だとはいえ、18歳で結婚するとは思わなかった。しかも相手は12歳の、私よりも年下の方。勿論、エドワード様には何も不満はない。ただエドワード様は外面を取り繕うことが上手いから、周囲を騙してまで私を守るために結婚してくれた。でも、それが私は不安なのだった。まだお若いこの人の未来を、奪ってしまっていないか。
なのにこの人はそんな私の気持ちも知らずに、話を続ける。
「かつての聖女フィリア・カーターは今、行方不明者として扱われています。昨日、ルソー伯爵が目を血眼にしてベルローク街を隅から隅まで探せ、という要請を騎士団にしてきました。適当に探させたら理由を付けて捜索を打ち切りにしようと思っています」
「……そうですか。やはりルソー伯爵様は私を探しているのですね」
「それは確かですが、どうかご安心ください。今は私と結婚していますし、今は貴方はシャーロット・バートンという別人です。窮屈かもしれませんが騒ぎが治まるまでは、外出は我慢していただきたい。どうしても外出したい時には私が同行します。それでどうかお許しください」
「はい、それで大丈夫です。大丈夫なのですが一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか……?」
私がそう言うと、エドワード様は忙しく動かしていた手を止めて、顔を上げた。
「……はい、なんでもどうぞ?」
「私はこれからどう過ごせばよいのでしょうか……?今はもう聖女でもないですし、なにかすることもありません。私なんかでは、何かエドワード様のお手伝いを出来るわけでもありませんし」
私がそう言うとエドワード様も考えていなかったようで、子供らしい小さな頭をこてん、と斜めに向けて悩ませ始めた。
「……すみません。私もなにか考えていたわけではないので、そう聞かれると困ってしまって……」
「……そう、ですよね」
自分のことなのだから自分で考えます、とそう言って、悩ませてしまったことを謝ろうと思った時だった。
「……これは私の考えなので、参考にしていただかなくてもいいのですが。しばらくはゆっくりされてもいいのではないですか。私の知る限りでは貴方は16歳、いや、それ以前から聖女としてこの国に尽くし続けている。せっかく自由の身となったのだから、しばらくは休んではいかがですか?」
私はエドワード様のその言葉に、少し目を丸くしてしまった。果たして今までの人生の中で私にそう言ってくれる人はいただろうか。尽くすことが聖女の生きがいだと私に教えたあの昔の先生の言葉を、エドワード様はたったこの一瞬で塗り替えてしまうのだから、私は困ってしまった。
「……そんなこと、誰も私には言わなかったです。言わなかったのに、エドワード様は私に初めての言葉ばかりくれますね」
私の言葉にエドワード様は困惑の色を見せながらも「不快にさせてしまいましたか?」と尋ねた。その言葉に私は笑って答えた。
「いえ、とても嬉しいのです」
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