第18話 感情が交差する聖女

 屋敷まで帰る馬車の中、静寂を破ったのはエドワード様だった。


「今更こんなことを言うのもなんですが、父が結婚を認めてくれたのは意外でした」


 その言葉に、私は思わず聞き返してしまった。


「私はとても柔軟な印象を感じました。お母様のことも説得してくれましたし、よくエドワード様のことを考えてらっしゃるいいお父様だと......」


「ええ、でもあんな態度をとって、実は母より動揺していると思います。母も言っておりましたけれども、私は幼い頃から剣と騎士団にしか興味がなかったので。私に限って結婚なんて、まさか言い出さないと思っていたのでしょう」


 そんなことを言うエドワード様は、少し寂しそうな顔をされていらっしゃって、私まで寂しい気持ちになってしまった。私を安全に守るための偽りの結婚とはいえ、エドワード様のご両親からすれば大事な末っ子の息子が結婚するのだから、お母様もお父様もきっと寂しく感じただろう。そうしてきっとエドワード様も。


「エドワード様、結婚しても物事は変わりませんよ。それにもしエドワード様が何回でもご実家に帰られても、私はいくらでもご一緒いたしますし」


 私がそう言うと、エドワード様は


「それは勘弁していただきたいな。私はあまり実家には帰らないものですから。それに今度貴方を連れて帰ったら、異様に母や兄が喜びそうですし」


 と、笑っておっしゃった。その言葉に私は思わず聞き返してしまった。


「ご実家にはお兄様もいらっしゃるのですか?」


 すると、エドワード様はこくりと頷いた。


「ミアから聞いたかも知れないが、3兄弟で兄が2人いますから。今日は仕事でいなかったけれども、今度私が結婚相手を連れてきたらきっと騒ぐでしょうね……」


 そんなことを言いながら、エドワード様は困ったようにため息をついた。


「母が兄達に余計なことを言わなければよいのですが......」


 そうしてエドワード様が頭を悩ませているところを眺めているうちに、馬車はもうエドワード様の屋敷についていた。先に降りたエドワード様に手を借り、馬車から降りて屋敷に戻ろうとすると、後ろからエドワード様に声を掛けられた。私はなんだろう、と思いながら、すぐに振り向いた。


「フィリア様」


「はい、何でしょうか?」


「私は明日から仕事に戻るので、もしかしたらまた長らくはお食事をご一緒できないかもしれない。良かったら今夜ご一緒にいかがですか?」


 その誘いに、私は少し驚いてしまった。エドワード様は、物事に対して必要最低限のことしかされないと思っていたからだ。エドワード様が偽りの夫婦関係でも、共にする時間を持とうとしてくださっていることにも、どこか意外さを感じてしまった。


「ええ、エドワード様がよろしかったら是非」


 と、私が答えると


「では、19時にお待ちしております」


 そう言い残して、エドワード様は先に屋敷の中に帰っていってしまった。




 今日は朝から結婚挨拶の為におめかし(といううかほぼ変装)をして、今からはエドワード様の為にまたおめかしをする。最近まで聖女の決まりでおしゃれを禁じられていた私にとっては、あまりにも慣れない状況だった。綺麗で派手なドレスに、キラキラと光る装飾品達。私には手に届いても許されなかったものたち。今はこんなにも近くにあるのに、今度は私に似合うのかが不安で鏡の自分に違和感を感じてしまう。


「そんな顔をエドワード様に向けないでくださいね」


 私はその言葉に思わず「はい?」と声を漏らしてしまった。正面を向くと、ミアさんがいつもと変わらない顔で手を動かしていた。


「……生まれた時からお世話をしていますから、エドワード様のお考えは大体わかるつもりです。が、今回に関してはエドワード様がここまでご執心な理由が分かりませんね。……さぁ、もうすぐ19時ですよ。いってらっしゃいませ」


 ミアさんにそう見送られ、私は心の整理がつかないままにエドワード様が待つ場所へと向かった。

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