第13話 戸惑う聖女

 エドワード様、そうローズ様の口が大きく動くのが分かった。ローズ様は街の人を振り払って、こちらの馬車に向かって走ってくる。私は反射的に身を隠してしまった。


「エ、エドワード様……!」


「貴方はここで身を隠していていてくれ、何があっても扉を開けるな!」


 エドワード様は私にさっとそう告げると馬車を降りて、ローズ様の方に向かっていった。私は馬車のカーテンを閉めて、フードを深くかぶり、身を隠した。そうして息を潜めていると、馬車の外からかすかに話し声が聞こえてきた。


「エドワード様ぁ~!こんなところで会えるなんて嬉しいですわぁ!」


「ローズ嬢、お久しぶりです。お元気そうで何よりだ」


 その話しぶりを見る限り、どうやらエドワード様とローズ様は知り合いだったことが伺える。しかもその声のテンションを聞く限り、ローズ様はエドワード様を相当好いているようだ。


「エドワード様がこんなところにいるなんて珍しいですわねぇ。もしかしてお買い物ですかぁ?」


「......そんなところです」


「そうなんですねぇ!じゃあちょうどよかった。よかったらこの後お茶でもいかがですかぁ?」


「すみません、この後急ぎの用がありますので」


「ええ~!そんなぁ!」


 そんな会話が私の耳には入って来た。しかし伯爵様しかも騎士団団長様のお名前を呼ぶなんて、社交界だったら何と言われるか……。そんなことを思いながら私を聞いていると、次の瞬間ローズ様の声のトーンが一気に落ち着いた。


「そう言えばエドワード様。私、この度聖女になりましたの」


「お話は人伝いですが耳にしておりました。……おめでとうございます」


「ありがとうございます。……でもまさかフィリア様が偽りの聖女だとは思いませんでした。最近はお力が弱くてお仕事に支障が出ているとお聞きしていましたけれど、まさか……」


私はローズ様の言葉を聞いて、自分の手が微かに震えていることに気が付いた。


「でも、もしフィリア様が反省なさるならまた宮廷で働かせてもいいと、ルソー伯爵様はおっしゃりますの。私ももちろん賛成ですわ」


「……そうですね、私も彼女の再起は願っております。名残惜しいですが時間が迫ってきていますので、今日は失礼ながらこれで」


 エドワード様はそう会話を切り上げると静かにお礼をしてから、ローズ様をその場に残して馬車の中に帰って来た。馬車はその場から逃げるように、すぐに街から発進した。



 エドワード様は帰ってきてすぐに、私の方を向いた。その顔はすごく焦っていて、こんな時に場違いかもしれないけれど、すごく年頃らしい顔をしていた。


「すまない、大丈夫か?」


 私はそんなエドワード様をなだめるように答えた。


「私は大丈夫です。それよりエドワード様こそ大丈夫でしたか?すみません、私を庇っていただいて……」


 私がそう言うと、エドワード様は首を振って否定した。


「いえ、私もまさかローズ嬢に会うとは思わず油断していました。聖女の仕事の内に街での奉仕活動もあるのですか?」


 その質問に私はすぐに首を振った。


「いえ、聖女の仕事は基本的に依頼からですので街で真ん中で受け付けるようなことはしません。が、今はそれも分かりません。ローズ様の管轄はルソー伯爵様ですから......」


 私がそう言うと、エドワード様は考え込んだ。


「どうやらルソー伯爵は貴方を追放したことで、好き放題しているようですね」


 私はその言葉を聞いて、ルソー伯爵様は私を疎ましがっていたのは確かだったのと実感した。私まで顔が曇った時、エドワード様が私に向き合って言った。


「フィリア様。どうかご安心くださいませ。例えどんなことがあろうとも、貴方は私が守りますから」


 そんな真剣でまっすぐなエドワード様の言葉に、私は少し心が軽くなった気がした。

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