第9話 求婚される聖女

「聖女様、エドワード様がお呼びです」


 食事を済ませた私は使用人の方に呼ばれ、エドワード様がいる部屋に案内された。エドワード様の部屋の前に案内されると、使用人の方がそのまま立ち去ろうとしたので、私は思わず引き留めてしまった。


「あの、すみません」


「……なんでしょうか?」


「色々手を尽くしていただいて、本当に感謝します。これはわずかですがお礼です」


 私はさっと使用人の方の両手を包んだ。私が触れたその瞬間に、魔法陣が浮かび使用人の方の手のしもやけを一瞬で治す。使用人の方は驚いたような顔をした。


「……先ほどふと手を見た時に、しもやけをされていたので」


「……聖女様、ありがとうございます」


 私はそう言った使用人の方の後ろ姿を見送ってから、部屋の扉をノックした。


「エドワード様、フィリアです。入ってもよろしいでしょうか?」


 数秒の間の後に返事が返ってくる。静かに扉を開けると、エドワード様は2つあるソファーの1つに腰掛けていた。私は静かに扉を閉じ、部屋の中に入った。


「そこに腰かけてください」


「はい」


 私はそのまま指定された、エドワード様の向かい側のソファーに腰掛けた。エドワード様の小さな体は、ソファーに深く沈んでいた。エドワード様は私の姿を少し見て、安心したように息を吐いた。


「全て済んだようですね。何か不便はありませんでしたか?」


「いえ、そんなことは1つも。使用人の方もとても親切で」


「そうですか、それは良かった。では早速ですが本題に入りましょう」


「……はい」


 私は緊張する心を落ち着けて、こくりと頷いた。エドワード様は細い足を前に組むと、私の方をじぃ、と見て言った。


「フィリア様、急で申し訳ないのだが身元を隠して私と結婚していただきたい」


「……今、なんとおっしゃいましたか?」


「ですから、聖女であることを隠し私と結婚していただきたい、と」


「ど、どうしてですか……?エドワード様はその、失礼ですがまだ未成年ですよね。それに私はエドワード様と結婚する女性にはとても至らないと思いますが……」


 するとエドワード様は気まずそうな目をしながら、話を続けた。


「おっしゃられていることはごもっともです。しかし今ルソー伯爵は貴方に目を付けてる状態なのです。彼は貴方の身分を奪った状態で、ローズ令嬢の使用人にさせて利用するつもりだ。私はそれを阻止したい。しかしベルローク街から貴方を保護するだけでは、貴方の安全は確証出来ないのです。そこで私の妻として身の安全を守ったうえで、身を隠し生活していただきたいのです」


 エドワード様の言葉に困惑してしまい、私は固まってしまった。勿論2つの意味で。


「答えはすぐにとは言いません。が、出来ればYESと答えてほしい。もしNOと答えるなら、私は貴方をベルローク街へ返さなければならない。そうしたら貴方は今度こそルソー伯爵の元で、今までよりもっと身の狭い思いを宮廷ですることになる。ならば私とここで結婚していただくのが、賢明な判断かと思います」


「……っ!」


 私は今、私がそんな状況に立たされている、ということ以上に、エドワード様の思考回路に驚いていた。宮廷には確かに小さい頃からの英才教育で賢い子供が多いが、ここまで状況を冷静に判断し分析しているような12歳の子供などそうそういない。流石は若干12歳にして騎士団団長まで上り詰めただけある。確かに、実力で上り詰めただけある。


「ルソー伯爵様は私を連れ戻すおつもりなのですね……」


「ああ、彼は貴方に慈悲などない。今のままでは、今度こそ貴方はルソー伯爵の奴隷でしょう」


 エドワード様の言うことはごもっともだった。


「しかし結婚といっても、エドワード様はまだ不可能なお年ですし……」


「そこは何とかしてみせます。立場を十分に利用して」


 私はその言葉を聞いて考えた。エドワード様と結婚するか、ルソー伯爵様の奴隷になるか。今の私にはどちらかの選択肢しかない。ならば、私は……


「わかりました、エドワード様。ご結婚のお話、受けさせていただきます」


 この賢い騎士様に、身をゆだねてみようと思った。

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