第8話 洗われる聖女

 しばらく馬車が走り続けると、とある大きな屋敷の扉の前で緩やかなブレーキを踏んで馬車は止まった。先にエドワード様が馬車から降りて、私に手を差し出す。私はその手をお借りして馬車を降りた。目の前には大きく立派な扉がそびえ立っていた。


「フィリア様、私の屋敷です。遠慮なくお入りください」


 エドワード様がそう言うと、扉は大きな音を立てて開いた。その先には大人数の使用人の方達が私達を出迎えてくださった。


「「おかえりなさいませ、クロイツェル様!」」


 エドワード様に手を引かれて私は屋敷の中に案内される。使用人の方達は私を不振がるような、不可解な目で見ていた。それも当たり前だ。数日前に宮廷を追放された落ちぶれ聖女が、何故かご主人様の屋敷の中にいるのだから。しかしエドワード様はそんな視線を気にもせず、使用人の中でも一番凛とされた使用人の方に声をかけた。


「おかえりなさいませ、エドワード様。今日のご夕食はいかがされますか?」


「私の夕食は後でいい。それより彼女に今すぐ風呂と食事の準備をしてくれ」


「エドワード様、失礼を承知でお聞きいたしますが何故聖女様がここに?」


「彼女は今日付けで私が頂くことにした。国王様の言質も取ってある。それより彼女を早く風呂に連れて行ってくれ」


「……はぁ、承知いたしました。聖女様、こちらへ」


「あ、はい!」


 私は使用人の方に案内され、エドワード様とは別の方向へ足を向けた。エドワード様は私の方を振り向くこともなく、真っ直ぐこの広い屋敷のどこかの部屋へと帰っていった。




 最初に案内されたのは浴室だった。普通の浴室ではなく、豪華な装飾に大きな浴槽までついている大きなお風呂。その豪華さに圧倒されている間もなく、私はあっという間に服を脱がされ、お風呂に入れられて、頭の先からお湯をかけられていた。


「聖女様、失礼いたします」


 そんな静かな声と共に私は使用人の方に、髪から体の指の先から爪まで全て綺麗に洗われた。誰かにこうして洗われるのは、大きな儀式の前に自分で体を洗うことを禁止されていた時以来だった。そうして洗い終わると「30分後にお迎えに上がります」と言われ、そのまま大きな浴槽に投げ込まれた。


 久しぶり、と言ってもいいほどの温かいお風呂に、私は体が温まるのを感じていた。そう言えば宮廷から追放されてここに連れてこられるまで、1人の時間がなかった。そうじゃなくても聖女の仕事が忙しすぎて、こうしてゆっくりできるのはなんだか久しぶりだった。そうしてゆっくり浸かっているとあっという間に使用人の方が迎えに来た。


「聖女様、ここには女性もののお召し物などない故、これで我慢なさってくださいませ」


 そう言って着せられたのはシンプルな白のワンピースだった。聖女の服は<白いドレス>と決められていたので、私には十分すぎるぐらいだった。そうして髪を丁寧に手入れされて身支度がすむと、今度は浴室から少し歩いた大きな部屋に通された。細長いテーブルに沢山の椅子が並んでいる。指定された真ん中の椅子に腰かけると、座ったとたんに次々に料理が運ばれてきた。


「聖女様、お食事です。遠慮なくお召し上がりくださいませ」


 そう言って運ばれてきた豪華な食事を断るわけにもいかず、私は感謝してから口にした。食事は美味しかった。パンにスープに、肉に魚。何でも揃っている。でもこんな寒い中で、ささやかな水と残飯を食べて何とか生き凌いでいるベルローク街の人々が頭に浮かんで、上手く食事が喉を通らなかった。エドワード様は配給してくれるとは言ってくれたけれど、一体いつ配給されるのだろう。食べ物はどこから買ってくるのだろう。そもそもベルローク街に騎士団団長様が関わってもいいのか、私はそんなことばかり考えてしまっていた。

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