第7話 保護される聖女
私はクロイツェル団長様と馬車に乗り込み、そのまま馬車はベルローク街から発車した。窓からは馬車を茫然と眺めるベルローク街の人達が見えた。その人達の不安げな顔に、私も不安な気持ちになってしまった。
馬車がガタガタと音を立てて走っていく中、私はクロイツェル団長様と二人っきりの沈黙に耐えきれず、声をかけてしまった。
「あの、クロイツェル団長様……」
「すみません、何か不便がありましたか。聖女様」
クロイツェル団長様ははっとした顔をして、私の方を向いた。被っていた騎士団の帽子を取り、私に顔を現した。私はその時、初めてクロイツェル団長様の顔をはっきりと見た。その顔は私が思うよりもずっと幼く、綺麗な顔立ちをしていた。私は急いで言葉を紡いだ。
「あ、いえ、そうではなくて。どうしてクロイツェル団長様が私を保護されるのでしょうか。もしかしてルソー伯爵様からの言いつけですか?」
そう言うとクロイツェル団長様は私に向き直って、私の目を真っ直ぐに見た。
「申し訳ない、保護、という言葉には語弊があります。私は貴方を今拾わせていただいたのです」
「拾わせていただいた、と言いますと……?」
「貴方が宮廷から追放されたというのは聞いていましたが、まさかベルローク街に追放するとはルソー伯爵も性根が悪い。聖女の貴方がベルローク街にいればどんな目に合うかもわからない。ベルローク街で貴方が会った人はいい人だったかもしれませんが、あそこには極悪の囚人もいる。貴方の安全性を配慮して、僭越ながら私が貴方を頂くことにしたのです」
「頂く……?」
「ちゃんと国王様には確認を頂きました。フィリア様を追放した以上は彼女がどうなろうとも国には関係のないことだと、確かに言質を頂きました。もう貴方の所在を気にするものは、ルソー伯爵しかいないでしょう。ですのでルソー伯爵より先に私が貴方をもらい受けることにしました。貴方にはこれから私の屋敷で暮らしてもらいます」
私はクロイツェル団長様の言葉が未だ事態が理解できず、頭が混乱していた。どうして伯爵家で国家騎士団の団長・クロイツェル様が私を拾うのかがあまりにも理解できない。しかし否定も肯定もする前に、馬車はもうクロイツェル団長様の屋敷へ向かっていた。私はまだ状況も理解できないままそれを問いただすのも気が引けて、そのまま背もたれに背を預けた。
「あの、クロイツェル団長様。私のことを聖女様と、そう呼ぶのはやめていただけますか?」
「……何故ですか、貴方は聖女でしょう?たとえ貴方がその座を奪われようとも、聖女であることは変わらない」
「……いえ、私はもう聖女ではありません。もう聖女と言う立ち位置ではなくなった今は、本当の名で呼ばれたいのです」
いつの間にか自分でも変なことを言っているな、なんて思ってしまって、私はすぐに訂正をした。
「すみません、やっぱり今のは忘れて……」
「いえ、貴方がそう言うのならそうしましょう。では、失礼を承知でこれからはフィリア様、と呼ばせていただきます」
「……ありがとうございます。お心遣いに感謝します」
「代わりに、私のこともこれからはエドワードと呼んでいただけるとありがたい」
「そんな、クロイツェル団長様をお名前で呼ぶなんてこと……」
「これからは私の屋敷で暮らしていただくのだから、ずっと苗字ではおかしいでしょう。可能ならば名前で呼んでいただきたい」
クロイツェル団長様の紺碧の真っ直ぐな目でそう言われると、断れるものも断れなかった。
「……わかりました。では、これからはエドワード様とお呼びしますね」
「ええ、よろしくお願いします」
そんな会話をしながら、私達の乗る馬車はクロイツェル伯爵邸へどんどん進んでいった。
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