第43話 義母 シャリエ・フサロアス
帰りの魔導車は僕一人だった。兄はまだ仕事があるし、そうでなかったとしても、僕と兄の二人が密室にいることをフサロアス家は許さないから。
家に帰りつくと、珍しくシャリエが僕を出迎えた。にこやかに笑う様子が相変わらず恐ろしいと感じてしまう自分がいる。これでも前に比べれば少しは対等に話ができるようになったつもりだけど、所詮十八歳の子供だ。向こうからすればまだまだどうとでもなると思われているんだろう。
「義母さん。どうしたのですか? 何か御用でも?」
「ええ。あなたにこれまでの頑張りを労わるために、何か贈り物をさせてもらいたいと思って待っていたの」
全くどういうつもりなのか分からない。断っても受け取ってもいい結果にならないことだけは理解できるけど。
「贈り物、ですか。義母さんのお陰で不自由なく暮らせていますよ」
「そんなお手本通りの答えはいらないのよ? 分かっているでしょう?」
シャリエが冷たい目で見下ろしてくる。ここまではっきりと嫌悪を表に出されるのは珍しい。目の錯覚だったのかと思う程あっと言う間にシャリエの表情は美しい笑みに戻っていた。
負けたくないと思うのに、勝てる気がしなくてただ名前を呼んで出方を伺う。笑顔を浮かべのが精一杯だ。背中に冷たいものが流れる。
「義母さん……?」
「何でもいいのよ。物でも人でもそれこそなんでも、ね」
これが兄なら有利な条件を引き出すのだろうな、と悔しくなる。僕にできるのは、精々できる限りヒダカの手綱を握って、戦いに勝って自由を手にすることくらいだ。フサロアス家をどうこうするだけの権力も能力ももってなんかない。
改めて自分の不甲斐なさを目の当たりにして、気持ちが沈みそうになる。そんな場合ではないことが、ある意味で救いだった。
不意にシャリエが音を立てずに近づいて耳元で囁いた。
「だって、ねぇ、あなた、もう気付いているんでしょう? あの契約が完了されることは無いって」
眼球がカラカラになるまで目を見開いた。
ああ、やっぱり……。
「いいのよ? あなたがその体のままでいいのなら今すぐにでもここを出て自由になっても。よくやってくれたわ。私もこれ以上あなたを縛り付けるのは心苦しいもの。勇者様も、たくさんのことを乗り越えてくれて、開戦も近い。もう大丈夫よ。言ったでしょう? お願いを聞いてくれたから、あなたは自由よ」
「そん、なの……」
「勇者様のパーティーにはあなたがいなくても大丈夫よ。分かっているでしょう? あなたの代わりなんていくらでもいるの。こちらから他の人間を宛がうわ」
分かっている。分かっているんだ。そんなことは。それでも、僕がいいと言ってくれる仲間がいるから――。
「……そんな、無責任なことは、できません。神試合には向かいます……!」
「そう? 大して役に立たないのに? あなた、本当に自分勝手なのね?」
決死の言葉は、残念そうな顔にあっさりと受け流された。悔しくて涙が滲みそうだ。
「贈り物の件、考えておきなさい。いつでもいいのよ?」
シャリエが余裕のある笑みで踵を返した。
部屋に戻ると、ベッドに腰かけてぼうっと天井を見上げた。
六年間、掃除だけはしっかりとされている自室。それなりの調度品に、色とりどりの花。いつヒダカが来てもいいように体面は整えられている。
僕は、これ以上成長できない。あの女が契約を解除するとは思えないからだ。
逆に言えば、兄が首相でいることと、兄妹たちの安全は保障されている。僕の自由も。
でも僕はずっと子供のままだし、男のフリをし続けなければいけない……。何より、何があってもヒダカの友達でいなきゃいけないんだ。――何があっても。
血の契約は破ればペナルティがある。
どんなペナルティがあるのかは余り知られていない。命を落としたという記録は見かけなかったけど、契約内容の複雑さや難しさに比例してペナルティも重くなるようだし、故意に残さなかっただけかもしれないから本当のところなんて分かるはずもかった。
僕とシャリエの契約は、以下の通りだ。
【シャリエ】
・ メルシルは体の成長を止めること
・ メルシルは男性として過ごすこと
・ メルシルは勇者と友人になり、他勢力からの接触を防ぐこと
【メルシル】
・ 兄を首相にすること
・ 兄と妹たちを傷つけず、好きにさせること
・ メルシルを自由にすること
この中で一番効力が強いのは、体の成長を止めているというところだ。スラオーリの意思に反しているのに成り立つということは、それだけこの契約に何かしらの力があるということだ。
そして自分から契約を破った場合に、まず考えられるペナルティは次の三点だ。
・ 兄の失脚
・ 兄妹たちの不幸
・ 自分の不自由
避けたいのは最初の二つだけど、どの契約がどの程度の効力だと判断されているのかも分からない上に、馬鹿正直にこの通りになるとも思えない。
結局、どうしようもないのかな。この曖昧で強制力だけはある感じ、なんだか
「……あれ……?」
記憶に何かが引っ掛かる。なんだろう? 何か、言っていた。あのとき、シャリエは何と言っていた?
『ちょっとだけお
と言っていなかったか?
――お
勢いよく立ち上がった。
血の契約が、もし
あのバイレアルト教授でさえ、
でも、本当にそうだとしたら――。
「核が、ある……?」
それはこの前見たような形をしていないかもしれない。何せ、
それでも光明が見えた気がした。
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