第四章 ゲームは本筋に入る

第42話 戦略会議

 中央議事堂の会議室の一室にずらりと並んだ椅子は全部で三十脚ほど。中央政府の大臣や軍部の上層部である将軍などが座っている。


 正面には数年前にバイレアルト教授が発明して、今では会議などで必ずと言っていいほど使用するプロジェクターがある。名前の由来は間違いなくヒダカだ。改良も重ねられて、大きな画面にも耐えられる画質になった。


 映し出されているのは絶命の大峡谷の地形図で、駒を使って兵の配置を説明している。谷が塞がってきたことで、東側の様子も目視できるようになってきていた。


 谷は勇者の天啓が行われてから毎日少しずつ塞がっているというのが専門家の意見だ。だからこそ、地形の変形に伴う災害も小規模なもので抑えられているらしい。


 塞がる前の谷の広さは未知数で、滞空時間の長い龍族でも超えるのは難しいと言われている。何日も飛び続けなければいけないのに、その間に休む場所がないからだ。


 どうしても谷越えをするのならば、谷底を渡って登ってくる方法を取るしかない。命の保証がないにも関わらず、谷越えをしてきたという情報はあるから、深さに関しては全く無謀なものというわけでもないようだ。


「開戦直後の陣形は、このように広く全体を覆うような並行陣と呼ばれる形を取る予定です。ご存じの通り、谷の端は遠く世界の果てに続いていると言われておりますので、城塞を守護しても余裕がある直径五キロほどを想定しております」


 戦略士院の者が説明する。


 続いて、画面に鮮明な絵が映し出された。こんなときに“写真”とやらがあれば便利なのだろう。この世界には残念ながらまだその技術はない。ドロップたちはよく口にしているけど、手にするのはまだ少し先のようだ。


「こちらが直近の大峡谷の様子です」


 谷の切れ目の反対側に、少なくない数の兵士と思われる人影が配置されている。


「やはり、向こうの布陣として分かるような情報は得られていません。敵も当然かなり慎重です。――勇者様」

「ああ」

「事前にお伝えしていた通り、私どもはあなた様を安全に谷へお連れすることに注力いたします。残念ながら敵の出方はいまだ不明ですが、どうか安心して身を任せてください」

「分かっている。私もそのための最善を尽くすつもりだ」


 ヒダカが外向きの口調で答えた。


 神試合の詳細は語られていない。どの勇者も記憶が曖昧だと証言しているからだ。だから、僕らにできることは万全の状態で勇者を谷に辿り着かせることだけだ。


「続いて、こちらの資料をご覧ください」


 画面が切り替わり、各士院の種族の内訳が表示された。


「これは?」


 第一大臣として参加している義父が眉をしかめて語気を強める。


 他種族どころか人間族にも、むしろ自分の利益にならないモノには一切興味がないような男だ。画面の示す内容を察して、続きを聞くのが鬱陶しくなったのだろう。


 戦略士の顔が強張る。


「げ、現在の士院の内訳です。魔導士や魔道具士、戦闘士や剣士などは自ら名乗りを上げる者が多く、むしろ飽和しているほどなのですが、問題は一般兵士と、救護士です。市民からの立候補者が足りず、また、残念ながら教会側からの前向きな協力も得られていない状態です。ご覧の通り、結果的に、東の種族を無理矢理徴兵していると非難の声が上がっています」


 彼が言うように、確かに一般兵士と救護士にはやたら東の種族の割合が多い。


「言いたい者には言わせておけばいいだろう? 今に始まったことでもない。勝ちさえすればあいつらだって戦勝国の住民だ」


 さっさと次の議題に移りたいのが透けて見える。

 この議題を持ち出すよう指示したのは兄だろう。


「希望者は本当にもういないのか? 報奨金の話は知られているはずだろう?」


 兄の側近が尋ねる。彼の苦手なところを補うように武勇に優れた人だと聞いている。余り話したことはないけど、かなり信用しているらしい。


「いえ、その……」


 戦略士が言いよどむ。


「兵の数を増やしたんだ。当り前だろう? 勇者を守る栄誉だぞ?」


 義父が鼻を鳴らす。一部を除いて、室内がどよめいた。当初の予定でも多すぎるほどだと言われていたのに、また一般兵士を増やしたらしい。捨て駒にするつもりなのだろう。


「フサロアス第一大臣。市民は名誉より金銭を重要視する傾向もあります。そもそも、そのお話は否決したはずですが、どういうことですか?」

「私が進めたんだ」

「……そうですか」


 自信満々な義父に兄は何も言わない。


 僕はそもそも政治的なことに詳しくないし、もし詳しかったとしても知らないフリをしなきゃいけない。でも、無表情で最後尾の方に列席するだけの僕からしても、義父がかなり好き勝手しているのは分かった。


「今回の増員については、私の権限で改めて採決を取ります。本日は保留とするように」


 兄と義父は、その後も食料の備蓄や行軍の道程、装備の量などで静かに意見をぶつけ合った。ここのところ、このやり取りも過激さを増してきている。最初はもっと遠回しな言い方をしていたのに、今や多少の粗はお互い様といった状況だ。


 多分だけど、兄はこの出陣前の慌ただしい時期に向こうの決定的な粗を掴んでしまおうとしているのだろう。だからこそ、表立って非難したりしないで、ある程度従順な若者を演じている。


 でも、きっとそれは向こうも分かっている。僕にできるのは静かに”勇者の側近”を務めることだけだ。

 

 一つ気になるのは中央政府だけじゃなく軍部の人でさえ、まるで西側の勝利が決まっているかのように話していることだ。


 いくら勇者がいるからと言って勝てる確証があるわけでもないのに。温度差を感じて顰めそうになる眉を平坦に戻すのに少し苦労した。

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