第32話 家庭訪問②

 ズドオォォォン!


 音にするとそんな感じだろうか。余りに大きな衝撃と爆風に両手で顔を覆う。パラパラと何かが地面に崩れていく小さな音が届くまで待って目を開ける。正面は見事な大穴が開いて、家の中が丸見えになっていた。


 後ろから「うそ」とか「あり得ねぇ」と言った声が届く。僕も呆然とした。分かっていたつもりだけど、その威力に驚いた。


そう言えば、最後に彼と本気で手合わせをしたのはいつだっただろうか? お互いの能力差が目に見えるようになってから、段々と違う相手を選ぶようになっていた。


 胸がザワザワした。この感覚は久しぶりだ。気が逸っている。悔しいのだろうか。それとも怖いのだろうか。


「――よし、行くぞ」


 ヒダカの言葉に慌てて小さく頷く。


「君たちは周辺の人への対応を。二人だけ付いてきて」


 護衛に指示を出すとズカズカと家に入った。中はよくある造りのようだった。


ボロボロに崩れたポーチを抜けると、正面奥にバスルーム。左手にベッドルームらしい扉があり、右奥がキッチンとリビングのようだ。老夫婦の二人暮らしだからか二階は見当たらない。ベッドルームの隣にある簡素な扉は物置か地下室だろう。


 これだけのことをしたので外が段々と騒がしくなってきた。これで何も無かったら大変だけど、間違いなく魔力を感知しているのに、この大騒ぎの中で誰も出てこないことが逆に何か問題が起こっている証拠だ。


 ヒダカは迷わず先に進んで、到着したのはリビング・ダイニングだった。念のため壁に背中を付けて中の様子を伺う。暫く待っても何かが動く様子がないことを確認して、剣を手に押し入った。


 果たして、そこには五人の人がいた。


 人間族が二人、天使族、精霊族、獣人族が一人ずつ。とても豊かなラインナップだ。


 そのことに僕は一瞬だけ気を取られた。だって、天使族はまだしも精霊族を見れるなんて想像もしていなかったから。


精霊族はその数が非常に少ない。東の国にはそれなりに存在しているらしいが、西の国に残留している人数は中央政府の発表では三百人程度で、それも正確ではないらしい。彼らはとにかく慎重で、僕らの前に姿を現すことは滅多に無い。


「これは、どういう状況なんだ?」


 ヒダカが剣を構えたまま聞いた。その声は怒りと動揺を含んでいた。


 目の前には椅子に縛り付けられた人間族の老夫婦。間違いなくそれを行ったのはこの家に似つかわしくない残りの三人だろう。


しかし、問題は彼らが椅子やソファーに腰かけながらゆったりとお茶を飲んでいたことだ。老夫婦が出したのかどうかは分からないが、手元には茶菓子まで持っている。


 老夫婦は口にも布を巻かれていて話せる状況じゃない。どこから何をすればいいのか悩んでいると、天使族の女が話し出した。


「初めまして、勇者様。ワタクシ、絶命の大峡谷近く、残された者たちの街リメイニングから参りました、エフォンドと申します。以後、お見知りおきを」


 天使族は着ていたワンピースの裾を持ち上げ、丁寧に礼をした。


「お前らが誰かなんて、俺にはどうでもいい。その人たちを縛ったのはお前らで間違いないな? 早く彼らを解放しろ」


「この方たちが勇者様のご家族であることは認識しております。とても愛されておられたようで安心いたしました。愛を知らぬ者は行動に一貫性が無いことがあり、大変付き合いづらく思います」


 僕は眉をしかめた。違和感がある。天使族の女が一人で話しているだけで、他の二人は我関せずと言った様子なのも理解できない。こちらを脅すでも諭すでもなく、淡々としている。目の前に苦しんでいる人がいるのに。


 ヒダカが剣を腰に収めた。真っすぐに老夫婦の元に向かう。話していても無駄だと思ったのだろう。先に解放する道を選んだようだ。


「勇者様は、呪いまじないをご存じでしょうか」


 ヒダカは答えない。老夫婦の前に着くと、椅子に縛り付けているロープを解き、口元の布を取った。しゃがみ込んで二人の顔を覗き込んで、でも、そこから動かなくなってしまった。


「ヒダカ……?」

「彼らに、一体何をした?」

「愛に比例した呪いを」

「やっと答えたな」

「ワタクシたち天使族は愛を重んじる者が一定数おります。かく言うワタクシもその一人」


「二人の様子がおかしい。起きてるのに目線が合わない」

「勇者様は勘もいいようだ。不用意に治癒魔法などは使わない方がいい。愛と記憶を失うことになる」


 それまで我関せずと茶菓子を食べていた獣人族の壮年の男が口を開いた。


「愛と記憶?」

「愛とは育まれるもの。愛とは見つけるもの。――そして、愛とは失うものでございます」


 歌うようにすべらかに天使族が話す。


 呪い。嫌な言葉だ。僕の母は強力な呪いのせいで死んだ。もし、二人にかけられている呪いが死を運ぶ類のものなら厄介だ。


「ヒダカ、もし呪いの話が本当なら、僕らが今すぐできることはないよ。捕まえよう」

「分かってる……」

「それ、特別な呪い。愛の呪い。かけたのは東の国。ボクたちはただの人」


 精霊族が口を開いた。彼らのことは余り情報がないけど、恐らくここにいるのはドワーフと言われる種族だ。小柄で少しずんぐりむっくりとしている。体格は子供のようなのに、顔は完全な大人。なのに話し方は片言で、ちぐはぐな印象だ。


「お前ら、解呪方法を知ってるんじゃないのか? 知ってるから、ここにいる。違うか?」


 ヒダカは今にも沸騰しそうな怒りを内側に秘めて、冷静な声で聞いた。

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