強制イベント
第31話 家庭訪問①
昼食は変身魔法を使って、念のため目立たないように一般兵用の武器を持って外で食べた。ウーバーは便利だけど、気分転換にはやっぱり外出に限る。
数名の護衛を連れて、わざわざ商業エリアにあるバーガー店まで行った。最近できたばかりの店で、“ショウユ”と言う名のオリジナルソースを使っていて、癖になる味らしいと噂になっていた。
お互いに緊急の予定がないと分かった瞬間に、ヒダカが行くと言って聞かなかったのだ。僕が思っていた以上に何かが燻っていたらしい。
『テリヤキバーガー』と名付けられたそれは本当に美味しかった。マヨネーズとの相性が最高で、コクと甘みと苦みが見事なバランスだった。
僕はポテトとチキンのセットでお腹いっぱいになってしまったけど、ヒダカはバーガーだけで三つ食べていた。男の子は若い頃にたくさん食べる傾向があるとは言え、中々の食べっぷりだ。
「食べすぎじゃない? お腹減ってた?」
席を立って包み紙を処分する。
「最近体づくりで制限かけてたからな、今日はチートデー」
「チートデー? なにそれ?」
「え? ああ、確か思い切り食べていい日って意味だったと思う」
「へぇ。面白い習慣だね」
そんな話をしながらお店を出ると、すぐに施設には戻ろうとはしないで出入り口の隅に体を寄せた。無言でヒダカを見上げる。毎日のように隣にいたのに、いつの間にか身長差はニ十センチを越えていた。
「ルメル。いいか?」
「どうぞ?」
ほら、きた。ここまで来ておいてすんなり帰ります、とはならないと思ってた。最初から食事の後は何かするつもりでいたのだろう。
「行きたいところがあるんだ」
「いいよ。どこに行くの? 久しぶりに劇団でも見に行く?」
「いや、付いてきてもらえれば分かると思うから」
「うん……。分かった」
何かを楽しみにしているような顔ではないことが不思議で、曖昧な返事をした。
いつも通りに他愛のない会話をしながら付いて行っているけど、ヒダカの歩調が少し速い。コナト大通りを真っすぐ七番通りまで進んで左に入る。それからすぐに右に折れて、暫く道なり。建物のほとんどが店から住居に変わっていく。
「ヒダカ、どこに行くの? この辺にいい店でもあるの?」
「行くの、店じゃないんだ」
「店じゃない? じゃあどこに行くの?」
「あー……。着けば、分かるから」
彼は視線を上に向けて悩む素振りを見せたのに、結局目的地は教えてくれない。
それからも地元の人間しか知らないような道を右や左に曲がって進んでいく。集合住宅から一軒家がチラホラと見えてきた頃には、僕は目的地に大体の見当が付いていた。
魔導車が二台すれ違える程度のまだ舗装されていない車道沿い。近くにあるのは小さな日用品店のみ。僕ら以外に歩道にいるのは子供連れの夫婦や、花壇の縁に腰かけている老婦人くらい。
ヒダカは、そんな通り沿いにある一軒家の前で足を止めた。
「ここ?」
「ああ」
「誰の家?」
分かっていて聞いた。何故かヒダカの口から直接聞きたかった。
「もう分かってるんじゃないのか?」
「うん、まあね。でも教えてよ。知りたい」
「やっと会う許可が出たんだ。――俺を保護してくれてたグランパとグランマの家だ」
「うん」
「会うなら、お前も一緒に会いたくて。悪かったな、行先も言わずに」
「気にしないで。僕も会ってみたかったから」
「ありがとな」
静かに笑うと、扉の前まで進んでヒダカは大きく深呼吸する。約六年ぶりに会うのだ。何を話そうかとか、受け入れてもらえるだろうかとか色々考えてしまうだろう。
「っし」
妙に伸びた背筋のままヒダカがベルを押すと、リーン、とよくある音が扉の外と中から聞こえてくる。半歩下がって少し待つ。しかし中からは何の音もしない。人が動いている気配もしない。
「行くことは連絡してあるから、家にいるはずなんだけどな」
不安そうな声でヒダカが呟く。不安になって彼を見上げる。こんなに楽しみにしているのに、会ってもらえないのは可哀想だ。
リーン、ともう一度ヒダカがベルを鳴らす。やはり何の反応もない。
「ヒダカ、出直す?」
「いや、グランパたちは俺のせいで名前を変えて生活してる。いくら変身魔法を使ってても、この物々しさじゃあ、きっともう何か噂になってる。そう何回もは来れない」
ヒダカが顎で護衛を指す。僕らは何だかんだと仕立てのいい服を着ているし、どう見てもどこかの金持ちだ。ちょっと心配症な一介の老夫婦の家を訪ねるには違和感が大きい。
「仕方ないな」
「調べるの?」
「俺と会いたくないなら、それはもう仕方ない。寂しいけど諦める。でも万が一何か起こってたら後悔するだろ」
「そうだね。ヒダカがやりたいようにしなよ」
「そうさせてもらう」
顔を扉に向け直すと、ヒダカが魔法を詠唱する。基本的に勇者は詠唱を必要としないけど、複合魔法は別らしい。感知魔法は光魔法、闇魔法、無色魔法の三つを同時に扱う難易度の高い魔法だ。もし無詠唱で使えるなら、それこそチートと言うものだ。
「魔力反応あるな。一つ、二つ、三つ……?」
「ヒダカ?」
「こじ開ける!」
扉を強く睨みつけて、ヒダカが突然叫んだ。僕はすぐに護衛を振り向き指示を出す。
「君と君は僕と障壁解除。残りは身体強化して扉の障壁を! ヒダカの指示に従うこと! 急いで!」
「はっ!」
護衛の声が見事に揃う。訓練された動きで敬礼すると、流れるように指示に従う。
障壁はよくある安全対策レベルに似せて巧妙に隠されているけど、強引に解くにはかなり時間を要するものが何重にも組み込まれている。
「ルメル! 障壁の数は!」
「多分八種類くらい! そっちは!」
「追加で三種類!」
時間をかければ一つ一つはそんなに難しい解除じゃない。でも、今この瞬間にそんな悠長なことは言っていられない。扉の破壊も同じ状況だ。
「ヒダカ!」
僕は決断を迫った。こうなったら、もう方法は一つしかない。
一瞬の間。
「全員下がれ。強行突破する」
決断は一瞬。ヒダカは両手で扉を押すような体勢になると、思い切り魔力を放出した。
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