第33話 家庭訪問③

 獣人族の男とドワーフが同時に天使族の女を見る。女が胸元に手を当てた。


「愛が消えるのは一瞬。儚いものほど美しい。ここに、核があります。ワタクシの心臓と共に生きるのです。美しい記憶と愛。全てを吸収しました」

「何が狙いだ?」

「分からない?」

「そんなの一つでしょう」


 精霊族と獣人族が言う。


「勇者様。東の国はいつでも貴方を受け入れる準備ができております」

「行かないと言ったら?」

「この老夫婦は一生このままとなります。お優しい勇者様ならどうするべきか分かるでしょう?」


 彼らがヒダカの育ての親であることは、国家の最重要機密の一つだったはずだ。どこから漏れたのかは分からないけど、中央政府も一枚岩ではないということだろう。


 僕はゆっくりと剣を抜いた。彼らの実力は分からないけど、つまりやることは一つだ。彼らと戦い、捕らえ、天使族の胸にあると言う核を取り出し解呪するしかない。


 精霊族が女の前に立ちはだかる。背中に担いでいた斧を手に取った。


「戦う? 無意味」

「ヒダカは渡さないよ。君たちには捕まってもらう」


 言葉と同時に駆けだした。獣人族以外との一対一であれば、僕の勝機は高い。固有魔法を使って一瞬で精霊族に近寄り、交差させた双剣を振り上げて斧を弾き飛ばした。すぐに背後に気配を感じて、右足に思い切り体重をかける。体を捻りながら両手で剣を構える。獣人族の男が近くまで迫っていた。男の剣を右手に持つ剣で受け止める。


「ヒダカ!」

「分かってる!」


 精霊族と天使族が魔法の詠唱を終えようとしていた。護衛が精霊族に掴みかかり動きを止め、ヒダカが女の首元に剣を突きつける。


「女神スラオーリに感謝を。ロールローランタ」


 天使族が詠唱を終わらせたにも関わらず、何も起こらない。僕は獣人族の男の剣を振り払って距離を取りながら、ヒダカたちの様子を伺う。


「こうなるのは分かってただろ? 何で抵抗しない?」

「ご覧になってください。こんなにも美しい。このお二方の愛は本当に本物でした。なんと、なんと嬉しいことでしょう……!」


 震えながら、天使族の目には涙さえ浮かび始めた。僕は眉をしかめる。


「ねぇ、さっき、なんの魔法を使ったの」


 僕の言葉は耳に入れるつもりがないのか、美しい顔で泣き笑いながら、天使族はヒダカを一心に見つめている。


 吐き捨てるような吐息の後、ヒダカが声を尖らせた。


「一体何をした?」

「心臓に流れる血液量を減らしました。どういうことかお分かりになりましたら、そのときこそ共に東の国へ、勇者様」

「行かない」

「ならば、お二人は、愛の深淵に、はぁ、佇み、続けます」

「お前を捕らえて時間をかけて取り出す」

「お見せ、いたしま、しょう……」


 そう言うと、天使族は胸元をはだけて見せた。そこには真っ青なひし形の石が埋まっていて、徐々にその色彩を失っていっている。


 言っている意味が分からなかった。西の国では呪いは余り有名な魔法ではない。かかるまでの確率が余りにも低く、手間がかかるからだ。逆を言えば、かかってしまえばほぼ確実に望み通りの結果が得られるとも言える。


 ただし、それは核の場所が分からない場合だけだ。万全な状態の核さえ手元にあれば、時間はかかるものの解呪は可能なのだ。


 問題は、目の前の核は今にも光を失ってしまいそうで、きっと一刻の猶予もないこと。だからこそ妙だ。まるで――。


「――お前、死にたいのか?」


 そう、まるで殺して欲しいと言っているように聞こえるのだ。呪いを使うなら核は隠すのが基本。心臓に埋め込むことで生命力と魔力を消費できるから、威力を増すことはできる。でも殺して取り出されたら元も子もない。


「はぁ、はぁ、愛と、ともに……」

 天使族は苦しそうな呼吸で答えた。


「一ヶ月前から」


 護衛に縛り上げられた精霊族が言った。


「長らく時間をかけて、丁寧に練り上げた呪いです。エフォンドを殺して核を修復して解呪するか、私たちと来ることを了承するか。二つに一つだと思われてよいかと」


 獣人族の男が剣を下ろす。すかさず護衛が拘束した。


 僕はさらに顔をしかめる。意味が分からない。脅しが脅しとして機能していないのに、時間だけが迫ってきている。


「……そうか……」


 ヒダカの呟きに何かを感じて、咄嗟に叫んだ。


「待って! 落ち着いて!」

「分かってる! でも……!」

「ヒダカ……?」


 カチャ。


 ヒダカが改めて天使族の首に剣を突きつけた。刃が皮膚に触れる。


「ヒダカ!」

「時間が、ない」

「なら僕が!」

「これは俺の問題だ!」


 そう叫んで振り下ろした剣は、ブレることなく首を捉えた。鍛え上げられた太刀筋が、見事な直線で対象物を切り裂く。きっと痛みは無かっただろう。一つだったものを二つにすると、すぐに近寄り核に魔力を注ぎ込み始める。絡みついている大小の血管をはぎ取ると、人だったモノから一気に血液が噴出した。首から飛び散ったものと、心臓から飛び散ったもので辺りが真っ赤に染まる。ヒダカの手の中にある小さなひし形の青が、微かに彩度を増す。


 赤と青のコントラストにめまいがして、近くにあったソファーに寄りかかる。大きく揺れる天井を支え切れずに、首が後ろにのけ反る。必死に元に戻せば、精霊族と獣人族の二人が視界に入った。仲間が殺されたのに反応するでもなく、目を閉じて、ただ時が来るのを待っているように見える。


「なに……?」


 ポツリ、と知らず自分の口から声が漏れた。


「何なの、君たち……。何てことを……」

「早く……」

「……ヒダカ?」

「早く! 核の解呪を……!」


 ヒダカが叫ぶ。動けなくなってしまった僕をよそに、護衛が小さく返事をしてリビングを出て行く。


 ヒダカは一心不乱に核へ魔力を送っていた。顔も体も真っ赤に染まった姿が余りにも残酷で、何だか泣きそうになる。当事者でもないのに、辺りを見れば見るほど喉元にせり上がってくるものがあって「うっ」と口元を押さえる。


 ――これが、ヒダカが初めて人を殺した瞬間だった。

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