第21話 再・サピリルの森②
【使い魔】
魔導士が使役する獣のこと。使役されることによって獣は明確な自我と魔力を持ち、魔導士を助ける。使い魔は使役する魔導士に絶対的に服従する。特に悪魔族と天使族が得意とする魔法。別名「ファミリア」
「この子は魔導士から捨てられたんだ。しかも、正式な手順を取らずに」
「え……」
「本来魔導士は、使い魔と契約したときその使い魔の一生に責任を持つべきだと考えられている。一度使い魔となった動物は強い自我を持ち、魔導士の言葉であればある程度は理解するようになる。だからこそ、魔導士側は最後まで責任を持って使役する必要があるんだ。もし、何らかの理由があって契約を解除するのなら、然るべき施設に引き取ってもらうのが普通だ。しかし、正当な理由がないと魔導士のランクを下げられてしまう。だから、たまにこうやって捨てられる使い魔がいる」
「だから、なりそこない、か……」
「話に聞いたことはあったが、本当なんだな」
ヒダカと兵士の一人が呟く。確かに耳にしたことはあるけど、実際に目にしたのは初めてだった。サルは魔法が出せなくなったことと、大量の人に囲まれたことで意気消沈したらしい。肩を落として座り込んでいる。
「この子、どうなるの?」
考えるよりも先に口を開いていた。何だか段々と可哀想な気になってきた。結局、このサルは被害者なのだ。
「新しい魔導士を探すのが理想ではあるけど、一度他の魔導士と契約した使い魔を使役し直すのはとても労力がいるんだ。ほとんど成り手はいない」
「ヴェニー、そいつ、エルゥを攻撃した」
「キリセナ、気持ちは分かるけど、この子も興奮していたんだろう。エルウア君には怪我がなかったことだし、」
「結果論、でしょ」
僕は知らない内に眉をしかめて成り行きを見守っていた。二人の話の先が見えないけど、余りいい方向ではなさそうだ。右手で自分の左腕を掴む。見下ろしたサルは自分の行く末が分かっているとでも言うかのように、虚ろな目をしている。
ポン、と肩に温かい手が乗る。ヒダカだ。見上げると目が合う。強張っていた体から力が抜ける。そのまま何も言わずにヴェニーとキリセナを見守った。
「ヴェニーが連絡しないなら、わたしが、」
「セナ? 私なら大丈夫だよ」
「エルゥ、これは決まり。人を襲った使い魔は処分」
「しょっ!」
エルウアが目を見開いた。本当に驚いた、といった様子が、彼女の優しい性分を表している。とても好感が持てる部分で、危ういと思う部分だ。
「処分って……でも、私は、怪我とか」
「事実は事実、だよ」
「だからって、処分なんて……!」
キリセナとエルウアが無言で見つめ合う。どうする? とみんなが目で会話し始めたときだ。
「よしっ! とにかく、一度話をまとめましょう。外を見回ってくれているヤツらにも声をかける必要がある。広場に移動しましょう」
引率役の兵士が声を上げた。確かに、このままこの部屋にいても仕方ないだろう。僕らは兵士と護衛の後に続いて部屋を出る。その後ろをキリセナとエルウアが手を繋いで付いてきて、最後にヴェニーがサルを抱えて部屋を出た。
「話をまとめましょう」
全員が集まると、そう言って状況の整理が始まった。
広場には椅子代わりの切り株や大きめの平な石が円状にいくつも置いてあり、中央は頻繁に火を起こすから焦げた地面がある。先ほどのダイニングでは全員入りきれないので日が落ちかけて寒くなった中、狩りも採集もせずに今後の話し合いが始まった。
「まずエルウア様、部屋に入った後の説明をお願いします」
「はい。部屋に入ったときから強い魔力は感じていたので、変だな、とは思っていました」
「エルウア様、そういうときはすぐに私たちを呼んでください」
護衛の一人が苦い顔をする。確かにその通りだけど、エルウアはまだ要人になって日が浅い。自覚が薄いのも仕方ないのかもしれない。
「すみません……。敵意を感じなかったので、まずは原因を確認しようとしてしまいました」
「そうしたら原因が攻撃してきた、と言うことですか?」
「はい。ベッドの足元にこの子が倒れていて、声をかけた途端に風魔法が飛んできたんです」
「それで驚いて悲鳴を上げた?」
「はい」
「なるほど」
「恐らく、この使い魔は主人が帰ってきたのだと思った。なのに、いたのは全くの別人。驚いて攻撃してしまったんだ」
ヴェニーがサルを擁護するようなことを言う。彼は何とかこの子を保護してやりたいのだろう。
「それで、何が問題なんだ?」
現場にいなかった護衛の一人が声を上げた。
「問題は、このサルの処遇なんだ。キリセナ様は規則通り処分を提案されていて、私たちとしてもそうするしかできない。しかし、当事者のエルウア様がそれを拒んでおられる。お二人とも、お気持ちは変わりませんか?」
二人は顔を見合わせて同時に頷く。
「はぁ。とにかく、このままじゃ訓練が進まない。この話は一回保留じゃあダメなのか? いい加減にしないと夕食を食べ損ねる」
深いため息をついて、ヒダカが提案する。
「それが、捨てられた使い魔によっては、主人からの指示がない限り餌を食べないという契約をしているものもいます。このサルの衰弱ぶりを見ても、恐らくコイツはその契約をしている。一刻も早く処遇を決めて仮契約をしないと、恐らくこのサルは餓死します。そして、この件に関する決定権は当事者のエルウア様か、その場にいる最も高位の魔導士――つまりキリセナ様が担当する決まりとなっているのです」
その場にいた全員が口をつぐんだ。いくら人を襲ったことで処分対象となっているにしても餓死なんて後味が悪すぎる。しかも、このサルは人の身勝手に巻き込まれただけなのに。
授業では使い魔との契約方法などは習っても、こんな現実は教えてもらえなかった。魔導士たちはともかく、兵士と護衛には知らない人もいるようだったから、誰もが知るような話じゃないのかもしれない。でもバイレアルト教授が知らないとは思えない。彼はわざと教えなかったのだろうか。教わったところで何ができるわけでもないのに、知っておきたかったなんて傲慢な考えを持ってしまう。
「仮契約っていうのは処遇を決めないとできないのか?」
「どちらを選ぶかで契約魔法の内容が変わってくるんだ。そして、これが一度契約するとまた簡単には解除できない。使い魔を使い捨てできないようにするための方法だが、それが話を複雑にしてしまっていることは確かだ。それに、捨てた魔導士探しも必要だな」
ヒダカの質問にはヴェニーが答えた。
「保護を! 保護でお願いします!」
「エルゥ!」
「ありがとう、セナ。でも、ここまで聞いて私は間違ってないと思ったの。あの子は助けるよ。それがどうなるのかとかは、後で考えよう。今、目の前で苦しんでる子がいるのなら、助けてあげたいよ」
エルウアが軟かい瞳でキリセナを見る。聖女様。そう言われるのも分かる。彼女には強い“光”のようなものがある。何だか眩しくてそっと目を伏せた。
「エルゥ……」
「大丈夫だよ、この前とは違うよ」
「ぅん……」
「キリセナ、決まりだ」
ヴェニーの声にキリセナは唇を突き出して、不満ですといった雰囲気を出している。そこへ、ヒダカが立ち上がって近寄って行った。
「ヒダカ?」
「お前さ、いつまでガキでいる気だ?」
「……なに?」
「エイデン様?」
「エルウア。お前もだ。こいつを甘やかすな」
まずかもしれない。僕は腰を浮かせた。空気に呑まれてしまってヒダカの様子にまで気が回っていなかったけど、彼は最初から今回の訓練を嫌がっていた。仕方なく付き合っているようなものなのに、当事者の二人のせいで訓練が進まない。
ヒダカが両腕を組んで二人を見下ろす。
「自分の気に入らないと拗ねる。周りの迷惑なんて考えない。自分と自分の好きな人だけが満足できればそれでいい。そうなるために周りが動くのは当然」
あれ、なんかどっかでそんな人見たことあるな……? と頭の隅に引っ掛かったけど、今はそれよりヒダカだ。彼は見た目よりも口調がキツイ。普段は外面を保っているけど、本来は結構な悪ガキなんだ。
「ひだか、」
「ルメル。言わせろ。こいつら、このままじゃ何の役にも立たない」
「なに、けんか、売ってる?」
「今のお前に、わざわざ喧嘩売る程の価値もねぇよ。お前みたいなガキに用はねぇって言ってんだ。父親に甘やかされて、周りにチヤホヤされていい気になってんじゃねぇよ。お前なんて、魔法以外はただの役立たずのガキだ。やる気ねぇなら邪魔だからさっさと帰れ」
音にするなら、ビシィッって感じだった。その場に一気に緊張が走った。ヒダカとエルウア以外の全員が恐怖に肩を竦ませた。キリセナが魔力を解放したのだ。シュウシュウと魔力場の力をすごい勢いで吸い上げている音がする。
彼女の周りに火魔法、風魔法、闇魔法の元が渦巻く。これらがどのような攻撃をするのかは、この後の詠唱で全てが決まる。三種類を一度に使用するのは簡単ではない。それを詠唱省略しているのだから恐ろしい。
「逃げるなら、いま。痛いよ」
「やってみろよ。その代わり俺以外に当てたら本気でお前を殴る」
「ちょっと、ヒダカ!」
女の子を殴る宣言をしたことに、つい声を荒げてしまった。
「ルメル、見てろよ?」
ところがヒダカは、両手をポケットに突っ込んで仁王立ちしたままゆったりとこちらを振り返る。その顔は自信に溢れていて、不覚にもカッコイイと思ってしまった。
「女神スラオーリに歎願します。あいつをこらしめてください」
たったそれだけの指示で、三種類の魔法がキリセナの体の中心に集まり、段々と球体になっていった。ときどき火魔法と風魔法が飛び出し、闇魔法がそれらを包み込む。小さく、小さく圧縮されていった球体は飴玉ほどの小ささになった途端に、ヒダカに向かって突進した。
「女神スラオーリに感謝します。ラリューリュー」
ヒダカに当たる前にキリセナは詠唱を終える。彼は焦ることなく背中の両手剣を抜くと、正面に構えた。何をする気なのか分からない。強大な魔法に剣で対抗する気なのだろうか?
「真正面じゃつまらねぇ、っよ!」
声と共に両手剣を水平にして、向かってくる球体に切っ先を向ける。すると、球体がまるで赤ちゃんの玩具のようにスルスルと刃の上を滑っていく。そのまま球体はさらにスピードを上げて斜め上に上っていき、完全に日が落ちた真っ黒な空に吸い込まれていく。
「ず、ずるいっ……!」
「戦争にずるいも、ずるくないもないだろーが」
球体は上り続け、天高く上り切ったところで、ヒダカが剣を鞘に納めると同時に昼よりも目に痛い明かりを撒き散らして爆発した。
僕らは誰一人言葉を発することもできずに呆然と空を見上げるしかできなかった。
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