第22話 友情と依存①
「ルメル! どうだ? 今の。すごいだろ!」
「す、すごかった……。一体何をしたの? キリセナの魔法が剣の上を転がって、空で爆発した? ようにしか見えなかったんだけど……!」
いつの間にこんなに成長したのだろう。すごいな、勇者だからだろうかと感心する。でも、すぐに違う、と思い直した。ヒダカの努力の賜物だ。ずっと真剣に向き合ってきた結果なんだ。同じだけの努力を隣でしてきたのに、僕はどうだ?
そう頭を過った考えをすぐに意識の外に流す。振り切るように「ほんとすごかった!」と素直に褒めるとヒダカがとても嬉しそうな顔をした。こういう所はまだ子供だなぁ、と思う。人のことは言えないけど。
「エルウアの防御魔法を真似して、キリセナの魔法を包んだんだよ。でも威力は殺せないから、剣にも同じように防御魔法を使って摩擦を減らすついでに、飛ぶ方向を変えた。後はできるだけ遠くに飛ぶように防御魔法を壊さない程度の風魔法を使った。あいつもさすがに俺を殺すようなことはしないと思ってたから、最悪爆発したら強化魔法でカバーするつもりだったけどな」
「はぁ……。よくあの一瞬でそんなの思いついたよ。物質への強化も難しいのに。訓練頑張ってるもんね! やったね!」
「あ、あんまり言われると反応に困る」
「自分から褒めて欲しがったくせに」
逆に困らせてしまったようだ。苦笑して一呼吸。ぐったりとしているサルを見つめた。
「ヴェニー、仮契約は君でもいいの?」
「ああ! 構わない! キリセナ。もういいな? 早くしないと可哀想だ!」
その場にいる全員がキリセナを見る。彼女はいつもの無表情が信じられないくらいぐちゃぐちゃになった顔で、微かに頷いた。
「女神スラオーリに歎願します。この身体に満ちる魔力を源に力を行使することをお許しください。この身体に宿る魂を源に力を行使することをお許しください。貴女の愛する一つの生命をただ一時私がお借りすることをお許しください。そして、それが一生ではないことを懺悔いたします」
ヴェニーの詠唱と共にサルの下にオリア教のモチーフであり、スラオーリを象徴する形でもある紋章が浮かび上がる。段々と発光していき、サルの体を包み込んだ。サルは静かにその場に丸まっている。もう抵抗する力も気力もないのだろう。
まるで布でくるむかのように光が収縮して、サルの魔力が変わったことが分かった。
「女神スラオーリに感謝します。この素晴らしき世界を生きる幸せと、創造してくださった全てに感謝します。タスターラ」
「もう、いいの?」
「ああ、もう大丈夫だ。とにかく水を飲ませよう!」
「うん!」
ヴェニーとエルウアが鉄格子越しにサルに水を飲ませている横で、ヒダカがキリセナに近づいて行くのが見える。隅の方では兵士、護衛、魔導士が集まって今後について話し合っている。ハプニングによって訓練の流れが大幅に変わってしまった。本来ならもう夕食を始めている時間だ。
キリセナはヒダカに、サルはあの二人に任せるなら、僕は大人たちに混ざった方がいいかもしれない。そう決めて体の向きを変えた途端に、右腕を軽く引っ張られた。
「え、なに? キリセナ?」
手を掴んだのはキリセナだった。想定外の人物に目を見開く。
「わたし、エイデン、きらい」
「え、っと……?」
「俺も、キリセナのことは好きじゃない」
反対側の腕をヒダカに掴まれる。
「二人とも?」
「でも、お前の魔法は認めてる。実際すごいし、神試合には絶対に必要だと思ってる」
ヒダカが宥めるような声を出す。彼なりに事態の収拾を考えているのだ。その声にキリセナが唇を噛み締める。少し待っていると、縋るような目でこちらを見上げてきた。そう、見上げてきたのだ。僕の身長は十五歳になろうかという少年では少し小さい方で、その内かなり小柄な男になってしまうのは分かってる。僕はこれ以上成長できないので仕方ない。
でもキリセナは、そんな僕より背が低いのだ。彼女も年齢からして恐らくこれ以上の成長は見込めない。華奢で何もかも小さくて、小さな顔の中に収まる金色の大きなつり目に見つめられると、子供を虐めているような気分になる。
「ねぇ、わたし、なにが、だめ?」
「キリセナ……」
「そんなの、全部だろ」
「それじゃ、わからない!」
言葉に合わせて二人が腕を引くので、僕はあっちに行ったりこっちに行ったりさせられる。
「二人とも、ちょっと落ち着いて。ヒダカ、それじゃ分からないんじゃない? 言葉が足りてない気がするよ。珍しいね」
「こいつ見てると腹が立つんだよ。何が気に入らないのか知らないけど、嫌なら嫌だってはっきり言えばいい。でも、言うからには責任を取るべきだろ」
「責任?」
「プロフェッサーは教えてくれなかったのか?」
キリセナが小さく頷く。多分、バイレアルト教授は教えてはいたのだと思う。キリセナが受け取ることができなかっただけで。
「みんな、ある程度大人になったら責任持って生きてる。俺はなりたいわけでもないけど、勇者っていう責任がある。ルメルは前首相の息子っていう責任だ。エルウアだって責任を取れるように頑張ろうとしてる。お前は、自分の責任どころか、エルウアの責任まで取り上げようとしてる。それがダメだって言ってるんだ」
「責任……」
「ねぇ、キリセナ。どんなにキリセナが嫌だって言っても、多分エルウアは神試合に行くことになる。周りがそうするように動くし、きっとエルウアもそうする。だって、エルウアは優しくて、責任感が強いみたいだから。それにキリセナが口出しすることはできない気がするよ、僕は」
「お前らに何があったかは知らないけど、お前らは”賢者”と”聖女”なんだ。もう、そこから逃げるなら何もかもから逃げるつもりでいないとダメなんだよ」
キリセナの腕から力が抜けて、僕の指先を掴むだけになった。その手をそっと握りしめる。
「分からなくてもいいよ。大丈夫。エルウアは君を待ってくれるよ。僕たちだって、困っている女の子を見放すほど甲斐性なしではないつもりだしね」
そっと笑いかけるとキリセナがジッと僕を見てくるので、力づけるようにさらに笑いかけた。
「セナ」
「エルゥ……」
横からエルウアが声をかけてきた。僕はそっと手を離して後ろに下がる。
「おサルさん、少し食べてくれたよ」
「そう……」
「だから、大丈夫だよ。すぐ元気になる」
「それが、なに?」
「セナ、ほんとはすっごく優しいから、気にしてるだろうなって思って」
「そんな、ことっ!」
「あるよ。セナは優しい。じゃなきゃ、私のためにあんなこと言えないよ」
またキリセナが俯く。その目の端に光る物が見えたから、二人から体ごと向きを変えた。と、同時にドスッと肩から首にかけて力強く長い腕が回ってきて軽く首を絞められる。
「ちょっと、ヒダカ。痛い」
「お前は、もう少し自分の行動に責任を持て」
「はぁ?」
ヒダカを見上げると、ジッと見下ろされた。何を言うのかと待っていても、一向に口を開かない。
「ヒダカ?」
「夕食、手伝おうぜ」
「ちょっと、説明!」
「腹減ってるだろ? 今回は食料もたくさんあるし、今日明日くらい狩りしなくても大丈夫かもなぁ」
肩に腕を回されたまま、大人たちのところに連れて行かれる。これは何を聞いても説明はしてもらえないだろう。諦めてヒダカに歩調を合わせる。
「にしても、ヒダカ?」
「なんだよ?」
「やっぱり君は優しいね」
「合理性を求めた」
「あれ? 難しい言葉使うじゃん?」
「お前、バカにしてるな?」
「してないって! アハハ! 頭混ぜないで! アハハハ!」
「悔しかったら同じことしてみろ! ほらほら! ちびっ子!」
「ちびって言うな! これからだよ!」
ふざけ合いながら調理場に向かうと、みんな荷物からパンや干し肉を取り出し料理を始めようとしていた。乾燥させた野菜に固形調味料。チーズもあるし、お腹を満たすのには充分だろう。
「手伝うよ」
ヒダカと二人、袖を捲り上げながら合流した。
「ピザ……」
「よかったね、ヒダカ」
護衛の一人の提案で本日の夕食はピザになった。冷凍した生地を持参していたらしい。ここにもピザ好きが一人。
「具材は色々用意したので、好きなのを乗せてくださいね。私が焼きますから!」
「お前、この荷物全部ピザの生地と具材か?」
「エ、エイデン様がピザをお好きだと聞いたので……。私も好きなので、つい……」
訂正。勇者様好きだった。
護衛たちの会話に巻き込まれそうになっているヒダカを避けるために移動することにする。ヒダカに好意を向ける人が僕に向ける感情は大体二通りだ。僕に取り入ろうとするか、敵意を向けるかだ。あの護衛はちゃんと自分の仕事を全うしていて――本心でどう思っているのかは分からないけど――僕にもちゃんと親切だ。なので、できるだけ話ができる場を作ってあげたい気持ちになってしまった。
「ルメル君! 食べてるか!」
「ヴェニー。食べてるよ。ここ、石釜あったんだね。知らなかったよ」
「前にピザ好きの魔導士が造ったらしい。魔導士は基本凝り性が多いからな」
「こう、一直線! って感じの人が多いよね」
指で前方を指差して前に出す。
「そうだな。キリセナは特にそのタイプだ」
「そうだね」
「ルメル君」
「え……?」
ヴェニーが両手を胸の前で上下に重ねて顎を引いた。これは最大限の謝辞を伝えるための動作だ。
「ヴェニー、僕はなにもしてない! するならヒダカに」
「勿論! エイデン君にも礼を言う! 一番の功労者は彼だ!」
「だったら……!」
「だが、ルメル君。君の優しさにもキリセナは確かに救われたはずだ。だから、兄弟子として礼を言う。ありがとう」
「ヴェニー……」
「あの子が私を苦手にしているのは知っている。でも、これでも私はあの子を可愛がっているつもりだ。これからも、いい友達で、仲間でいてやって欲しい」
「仲間……」
「ああ。君たちはきっとパーティーとして組まされるだろう。ルメル君、君も含めてだ。エイデン君はきっとそれを見越している」
「僕は、関係ないよ。だって……」
ただの見張りで、ただの勇者の友達だ。パーティーに組まれるなんて想像もしていなかった。何らかの方法でフサロアス家が介入するとしても、そんなに大層なポジションを用意することはできないだろう。
何を言えばいいのか悩んでいると、ヴェニーが声を小さくして言った。
「ルメル君。君からは特殊な魔力の気配がする」
「え……?」
「血の契約を結んでいるんだな?」
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