第15話 サピリルの森⑤ 光る星たちと僕ら
護衛も剣士の人たちも、行軍で慣れているだけあって下処理の手際がよかった。森の動物特有の臭みが少なくて、ダダアの煮込みも、ウサギのソテーもとても美味しかった。教授の採集してきた薬草と果物は種類も量もすごくて、全て食べきれなくて明日の朝食に回すことになったくらいだった。
今は大量にある果物の一部を寝る前のご褒美に取っておいて、僕らは剣士の人に頼んで手合わせをしているところだ。
「そうです、予測して動くと外れたときに対処ができません。相手の動きから次の動きの確信を持ってください。お上手です。――お疲れ様です。素晴らしい動きでした、エイデン様」
「エイデン様もルメル様も素晴らしい才能ですね」
「僕は固有魔法に助けられているだけだよ。でも、ありがとう」
ヒダカに関しては、剣士の言葉のほとんどが事実だ。言われたことを素直に吸収して、すぐに行動に移せる賢さと運動能力の高さがある。反対に僕は固有魔法を持っていること以外は平凡だ。分かってはいるけど、張り合うことでもないので誉め言葉は素直に受け取った。
「ルメル、相変わらず早いな」
「僕は課題がはっきりしてるからね。基礎練習が終わったら後は体力作りなんだよ」
そう言って型の確認をするために剣を取る。万能型のヒダカは様々なシチュエーションに対応できるように訓練する必要があるけど、一点特化型の僕は目標が明確なんだ。
二人そろって剣士の人たちにお礼を言うと、彼らはそれぞれの持ち場に戻っていった。
「な、素振りが終わったら今日は早めに終わって天体観測でもしようぜ」
同じように剣を抜いたヒダカが距離を取る。
「天体……何?」
「あ? 天体観測って言葉、ねぇの?」
「知らない、なっ」
ヒダカを見ることなく、双剣を振る。
「空。いっぱい、光ってる、だろっ! じゃあ星座とか、ないんだ?」
「せいざ? 星の、ことっ? っと」
「うおっ! おまえな!」
「油断は命取りだよ!」
それぞれに型を辿っているところに、隙を見て刃を潰した短刀を投げた。前触れなくリズムを変えるのは得意だ。ヒダカはまだ中々対応できないみたいなので、たまにこうやって避けられるか試してみたりする。
「お前といるのに油断しない方がおかしいだろ! ったく、な、で、しようぜ! 天体観測!」
「別にいいけど……」
訓練を終えてタオルで汗を拭く。現在二十時過ぎ。就寝まではまだ時間がある。
「俺、あと十回だから!」
「分かった。なら汗を流したら君の部屋に行くよ」
そう言って訪れた彼の部屋の前、僕は立ち尽くしている。何故って、中から返事がないのだ。もう十回はノックして声をかけた。これは。
「寝てるな……」
中にいることは扉の前にいる護衛の人に確認している。さて、どうしたものか。自分の部屋に戻って寝たりした日には、明日何を言われるか分かったものじゃない。でも、寝ていると分かっている人の部屋に勝手に入って起こすのも気が引ける。
うーんと悩んでいると、見かねた護衛の人が声をかけてきた。
「入ってあげてください。エイデン様はルメル様がくるのを楽しみにしていらっしゃいましたから」
「でも、眠っているなら勝手に入るのは……」
「お二人はご友人でしょう? 大丈夫ですよ。富裕層の方の常識は分かりませんが、庶民は子供同士が同じ部屋で寝ることはあることですよ」
「そうだね……。分かった。入ってみるよ」
そう言って中に入って、結局、僕は寝入っているヒダカの横で空を見上げている。大きな明り取りの窓から様々な光が見える。
「友人……」
周りから見て僕らは友人に見えているらしい。喜ばしいことだ。フサロアス家の目的の一つ目は達成しつつあると言ってもいいだろう。
・ 唯一無二の友人となること
・ そそのかすような人を近づけさせないこと
・ 裏切らせないこと
僕の目標はこんなところ。
さて、教授はそそのかすような人なのだろうか? 彼の身辺に問題がないことは調べが付いているので、今回のことは多分、彼が勝手にしたことだ。
ヒダカは国の宝だ。少なくとも終戦するまでは、彼を必要としている人も大切だと感じている人も僕が思っている以上にいっぱいいるのだ、と初めて分かった気がする。
急にドッドと心臓が激しく脈打ち始める。怖い。怖いと思った。自分が酷く大きな闇に体一つで飛び込んだような恐怖だった。あからさまに体を抱くことはしなかったけど、寒さに思い切り肩をすくめる。
就寝時間が迫っている。ヒダカは起きない。もう一度空を見上げた。赤や黄色や紫の星が部屋を薄っすらと照らしている。僕らの住む中心部では明かりが多くてここまでしっかりと見ることはできない。自分の部屋に戻らなきゃと思っているのに、腰がベッドに縫い付けられたみたいに重くなってしまった。
ヒダカと出会ってもうすぐ一年。予定以上に仲良くなれた自覚がある。彼は僕を信頼してくれている。だからこそ、頭に響く『このままでいいのか?』と言う言葉を無視するのが、またとても怖かった。
帰りの魔導車の中はとても静かだった。さすがの教授も授業をせず、世間話をして過ごしてくれた。お陰様で僕らはあっと言う間に夢の中へと飛び立ったのだ。
「エイデン、ルメル。起きてください。そろそろ着きますよ」
「ぁ、ったー!」
「痛っ!」
声をかけてもらったとき、僕らはお互いに頭を預け合っていた。咄嗟に頭を上げたときにヒダカの顎に額をぶつけてしまって二人して呻く。寝起きの痛みは普段の倍以上に響く。
「ご、ごめん、ヒダカ……」
「いや、大丈夫。俺こそごめん」
「フフ。仲良く眠っていたところすみません。もうすぐエイデンの家が見えてきますよ」
「プロフェッサー、すみません。完全に眠ってしまいました」
背筋を伸ばして謝罪すると、教授がニコリと笑った。
「二人とも、今回は本当に頑張りましたね。明日から三日間は授業を休みにします。今回の野外活動のまとめをしておいてください。次回の授業は高等魔法学のⅡから始めます。覚悟するように」
「え、それって……」
「マジで……?」
「はい。君たちは高等魔法学の第Ⅰ過程と、それから第一行軍訓練を修了したと見なしました。おめでとうございます」
「やっっったーー!」
ヒダカが両手の拳を思い切り握りしめて叫んだ。
一般的に高等教育Ⅰを修了するということは、魔導士と名乗ることが許されたということだ。現在の魔法学の最高学位が高等教育Ⅴであることを考えると、かなり早い段階だ。さらに第一行軍訓練を修了したオマケ付き。これは戦場へ向かうために必ず必要な訓練なので、まとめて終わらせてしまう辺りに教授のしたたかさを感じた。
ちなみにキリセナが高等教育Ⅰを修了したのは人間族で言う六歳ころのことだったらしい。もうすごすぎてため息しか出ない。
「やったな! な! ルメル!」
「うん」
疲れも吹っ飛んだのか、満面の笑顔を向けられた。彼は強くなることが好きなようだから本当に嬉しいのだろう。それが僕も何だかとても嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます