第14話 サピリルの森④ 訓練編

 翌日からは魔法学の授業と実技、自由時間に行う剣の訓練に一日の半分を費やした。じゃあそれ以外の半分は何をしていたかというと、睡眠と狩猟と解体、採集だ。


 魔法を使用する上で一番重要なのは自分の魔力量の把握と、適切な場面でのコントロールだと教わっていたけど、それを体に叩き込まれているのだ、と気付いたのは最終日直前の六日目のことだった。


 最終日、昼食はとびきり豪華にお願いしますね、と言い出した教授によって、僕らは大量の肉を仕留めることを余儀なくされた。体の大きな護衛と剣士が六人、大人の男が一人、食べ盛りの子供が二人。豪華に、となるとそれなりの量が必要だ。


「ヒダカ。今日は僕に行かせて」

「分かった。なら俺後でな」

「ん」


 獲物を見つけて、僕らは一度二手に分かれた。僕の目の前にはダダアの親子。人によってはイノシシと呼ぶ、一般的な野生動物だ。子供は狙ってはいけない。狙うのは大人だけ。でも親子は密着しているので火魔法は使えない。水魔法は解体の段階で苦労することを今回の野外活動で学んだ。なら――。


「女神スラオーリに歎願します。この身体に満ちる魔力を源に力を行使することをお許しください。この身体に宿る魂を源に力を行使することをお許しください。貴女を涼ませるそよ風をお借りします」


 そこで一度言葉を止めると、目標めがけて指を振った。すると鋭い風がダダアの親めがけて飛んでいき、狙い通りに首に突き刺さって体を横たえさせた。ドサッと重い音がして、敏感に危険を察知した子供が散り散りに逃げて行く。すぐに側によって仕留めたことを確認する。下手に苦しめたくはない。僕はその場に跪いて両手を組んだ。


「女神スラオーリに感謝します。この素晴らしき世界を生きる幸せと、創造してくださった全てに感謝します。タスターラ」


 ここまでが詠唱のセットだ。最後の言葉は人間族の言葉で“ありがとう”と言う意味になる。僕たちが普段使っているのは共有語であって、実は僕らはそれぞれ種族語を持っている。そこで色々と問題が起こることもあるけど、それでも国内であればそれなりにうまくやっている。全ては女神スラオーリのご加護によるものなのだろう。


「ルメル、どうだ?」

「ばっちり。そっちは?」


 草むらの奥から声がして振り向くと、ヒダカが小さな動物を数匹手に持って現れた。僕は足元の獲物を指さす。


「当然だろ。それ、イノシシか? こっちはウサギだろ?」

「ウサギ、なんだねぇ……?」


 あれはヒダカの世界ではウサギと呼ばれる動物らしい。見たことはるけど、素早過ぎて最後まで捕まえることができなかった動物だ。この森は一週間いた程度では分かることは少ないようだ。


「お前、それ運べる? 手伝うか?」

「ありがとう。でも、風魔法使うよ」

「了解」


 僕は先ほどとは少しばかり違う詠唱を行って獲物を宙に浮かせる。


「俺は結局その技はうまくできなかったな」

「コントロール上手いのにね」

「強化魔法の方が楽だしな、必要じゃないからやる気出ない」

「君らしいよ」


 解体場所まで運ぶと、みんなで手分けして処理していく。この作業はさすがにナイフを使うことを許されている。皮を剥いで、解体して洗って、と丁寧に捌くだけであっと言う間に時間が過ぎてしまう。


 最初は魔法の野外活動で動物を解体していることを疑問に思ったりもしたけど、これをしないと肉にあり付けないので理由とかはどうでもよくなった。ただ、魔力コントロールと魔力量を常に意識する癖は確実についてきていると思う。


「終わったー!」

「何だかんだ、まともに肉食べられるのは今日が初めてだよな……」


 完璧! ヒダカと拳をぶつけあった。解体用のスペースで地面に座り込む。

 初日は論外。二日目、三日目は狩り自体が上手くいかず、四日目にして解体までうまくいったときには感動した。妥協したせいで小さい肉しか食べられなかったけど。そして、昨日採った肉は風魔法の勉強のために干し肉となったのだ。


「ダダアならやっぱり煮込みかなぁ」

「下処理次第で焼いてもいいって聞いたけど」

「今日の料理は護衛の人たちがやってくれるってさ」

「採集はプロフェッサーだしな。飯がこんなに楽しみなのは久しぶりだわ!」

「僕たち、頑張ったよねぇ」


 森の中の涼やかな空気が頬を撫でる。護衛の人たちが、調理場で僕たちの捕まえた獲物を早速料理し始めているのが見える。


「そういえば」

「ん?」

「課題。お前は答え分かったか?」


 課題。毎日、ある意味で生き抜くのに必死ですっかり考えるのを忘れていた。何故今回の野外活動を強行したのか、だったか。


「自信はないけど、ヒダカの息抜きと咄嗟の対応の練習かな」

「俺は、俺とお前を喧嘩させたかったんだと思ってる」

「ん? え? どういうこと?」


 予想外の答えが返ってきて上体を起こした。


「お前さ、今回ので俺にイラついたりとかしなかったか?」

「え? ううん。別に」

「へー。……そっか」

「何ニヤニヤしてるの? 続きは?」

「お前、たまに冷たいよな。うまく説明できねぇんだけど……。うん、このくらいで喧嘩してうまくいかないようじゃダメだってことじゃねぇかな、って」


 どういうことだろうか? 教授は僕がヒダカの側にいることをよく思っていないという意味だろうか? だから何か試された?


「でも、それと強行したことが繋がらないんだけど……」

「お前が言ったのもあると思うんだけど、一番は心の準備させないためじゃねぇの?」

「ええー。納得いかない」

「まあ、あのじじい答え合わせするつもりないって言ってたし、本当のところなんて知らねぇけどさ」


 困ったような顔をしている。ヒダカも言っていてよく分かっていないんだろう。

 小鳥の囀りが辺りに響く。こんなにゆっくりするのも一週間ぶりだ。気持ちよくて目を細める。瞬きの回数が増えてきた。


「くぁ……」

「ふぁ……」

「あはは! 被ったな!」


 何が楽しいのか、欠伸が被ったことを笑っている。こんなに普通の男の子なのに、ヒダカは勇者様で、僕は彼のことを見張る存在なんだ。


 そこまで考えてハッとした。教授は、僕が女だと気付いているのではないか? 僕が、フサロアス家のためならヒダカの意思を捻じ曲げる可能性があることを知っているのではないか?


 そもそも、今回の野外活動をフサロアス家はどう思っているのだろう。僕のことなどどうでもいいと思っている彼らは、きっと直前に通達がきても気にもしない。そうすれば指示を受ける時間はなく、僕は僕自身の意思で動かざるを得ない。


 もしかして、試されたのは僕の人間性だったのではないか――?

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