救世主は神なのか、神だから救世主なのか

――朝

変わらぬ日課をこなす。今日の魔道具も存在するものだった。またもや、昔に流行った魔道具のようだった。なんだか魔道具の方が僕より存在濃度が高いような、世界に認められているような、そんな気さえする。おかしいな、僕はこの世界の神様のようなものなのに。


――朝

なにも変わらない日常。この世界に来て何日目だろうか。自分の世界なのに、ここまで端に追いやられることがあるのだろうか。まるで必要度0のモブのような、そんな疎外感。終わった世界ではないのに、僕だけが止まっている世界。実は、この世界を創造したのは違う誰かなのだろうか。この疑問に関して、一つ思うところがある。自分が神様ではないのではないかという、疑問を色濃くする事実。神様というのは、世界の住人に見えないのではないだろうか。別の次元に存在しているがゆえに、その世界の人々に認識されないはずなのではないか。しかし僕は、普通にこの世界の人々と話すことが出来る。居ても居なくて変わらないという存在の薄さではあるけども、透明ではないのだ。少しでも色がある以上、僕は実は神様でもなんでもなく、この世界のモブの一人なのではないか。そんな、心に暗雲を落とす疑念。


――朝

なにもかも投げ捨ててしまいたい気分だ。草花に水をやる。はたして、この行為に何の意味があるのか。僕には、その、回答が浮かばない。これを放棄してしまったら、すべてが終わってしまいそうで。そんな恐怖から水をやる。水を。水を。そう、水を。

魔道具の開発。絶対に、思い描いたものは作れないという虚無。1日が、材料を眺めるだけで終わる。結局考えても無意味なのだ。確定で完成しない魔道具。決められてしまった失敗。

夜も更けたので、晩御飯がてら例の酒場に行くことにする。出てくるのはいつもの料理、いつものお酒。変わらない、なにも変化のないメニュー。会話を聞く限りは、新メニューも作られているようだ。しかし、僕のところに運ばれるのは不変の料理。

いつものように帰路につき、いつものように眠る。変わらない明日を待って。

――朝。

草花への水やり。魔道具の開発。酒場でのご飯。睡眠

――朝。

草花への水やり。魔導具の開発。酒場でのご飯。睡眠

――朝。

草花への水やり。魔導具の開発。酒場でのご飯。睡眠

――朝。

草花への水やり。酒場でのご飯。睡眠

――朝。

草花への水やり。酒場でのご飯。睡眠

――朝。

草花への水やり。酒場でのご飯。睡眠

――朝。

草花への水やり。睡眠

――朝。

草花への水やり。睡眠

――朝。

草花への水やり。睡眠

――朝。

睡眠

――朝。

睡眠

――朝。

睡眠

――朝

――朝

――朝

――朝

――朝

その世界は何も変わらなかった。僕の世界は、止まったままだった。壊れたレコードのように、同じ盤面が鳴り続ける。僕の望んだ平和な世界。僕の望んでいない静止した世界。何も起きない、ただ止まっているということはたしかに平和だろう。だが、それではダメなのだ。元々の目的は、世界を作って友達を作ること。それなのに、ここはどうだ、友達なんて全くできやしない。知人と呼べる人も、存在しないのだ。お店をやる以上、仕入れ先の人と話す。お店に来たお客と話す。酒場の女将と話す。レコードを進めるために人に話しかける。何度も話しかける。それでも、友達というものは出来なかった。ただただずっと孤独だった。どうして?僕はやはり、神様ではないのか?一つも望みを叶えることが出来ない創造主。そんなのは創造主じゃない。そんなのは、ただの、自分が一番だと思いあがってるだけの、ただの、愚か者だ。また、変わらない朝が来る。枯れた草花が、こちらを恨めしそうに見ている。べつにどうでもいいことだ。世話をやめたところで、なにも終わりはしない。これは、始まってすらいない物語なのだから。なんだかお腹がすいた気がする。最後にご飯を食べたのはいつだったか。そもそも、しっかり三食食べて生活していたが、僕にその必要はあったのだろうか?意味はあったのだろうか?何の意味もなかったのではなかろうか。まぁ、どうでもいいか。お腹がすいた気がするのだから、何か食べに行こう。気怠い。足が重い。それでも――。

「それでもやはり、生活している以上、ご飯は食べないとよね」

「え?」

そこには少女が立っていた。僕の孤独の象徴ではあるけれども、唯一の友達である黒髪ロングで華奢なおとなしそうな女の子が。

「な、なんで君がここに……?」

「なに?私が来ては駄目だった?」

ふてくされ顔で踵を返そうとしていた彼女を、僕は慌てて引き止める。

「そんなことは、そんなことはないよ」

「それならよかったわ。長いことあなたが帰ってこないから、退屈していたのよね」

棚に並ぶ品物をしげしげと眺めながら、少女はそう言った。

「はは、そんな理由で」

そんな理由でも、とても救われた気がした。僕の作った僕自身ではあるけども、唯一の友達が訪ねてきてくれたのだ。この孤独な世界で、孤独に押しつぶされる崖っぷちで。

「至極重大な理由よ。退屈心は猫を殺すのよ?あなたは殺人者になってもいいの?」

「殺してるのは猫だから、殺人ではないよ。あと、退屈心じゃなくて好奇心だよ」

「知ってるわよ、そんなこと。馬鹿にしてるの?帰るわよ?」

そういうと少女は、またふてくされ顔で踵を返そうとする。

「ご、ごめんごめん。帰らないでよ、ご飯おごるから」

「そういえば疑問だったんだけども、あなたはどうやってお金を稼いでるの?こんな辺鄙で陰気なお店じゃ生活するのも危ういのではなくて?」

「ずいぶんな言われようだね……。まぁでもたしかに、このお店の稼ぎじゃ生きていけないよ」

少女の言う通り、たしかに生活できるだけの稼ぎがあるとは言いづらい。最近は、客足が遠のく一方だったし。

「じゃあどうやって……。まさかあなた犯罪に手を……!」

「染めてないからね?!」

「あら、洗ったのね」

「元々染まってないから、手は洗いようがないよ」

「え?あなた手を洗ってないの?汚いわね、触れないでね」

「毎日洗ってます!犯罪に染めた手ではなく、日々の汚れに染まった手をね!いや、なんかこれも語弊があるな」

「話がごちゃごちゃして面倒になってきたわね」

「誰のせいだと思ってるの?!あとちなみに、染まるのは手だけど、洗うのは足だからね?」

「また馬鹿にしてるわね。やっぱ帰るわ。あと、衛星軌道兵器でここを吹っ飛ばしていくわ」

「世界と世界観を同時に壊さないで?!」


 踵どころか全身を返そうとする少女を何とか宥めすかし、先ほどの質問に答えることにする。

「えっと、稼ぎがないのにどうやって生活していたか、だったっけ。どういうわけか、いくらかの貯金はあってね。まぁおそらく、過去の僕がなにかしらで貯めていたものなんだろうけども」

この世界に来る前の僕、さらにいうなれば、この世界が出来る前の僕。その僕が貯金していたなんて、ずいぶんと不思議な話ではある。まぁ、そういう設定になっていたのだろうな。

「それを崩しながら暮らしていたと。そんなことせずとも、神様ならお金くらい出せたんじゃないの?」

少女は、もっともな質問をしてくる。

「試そうかとは思ったんだけど、やめておいたんだよね」

「あら、そうなの?いっぱいお金を出して、大金持ちになってウハウハ、なんてことも出来たんじゃないの?」

「それは一瞬考えたよ。それで友達を作れるんじゃないかなとかね」

一度、お金を、この世界の通貨を創造したことがある。何の問題もなく、チャリーンと、金貨が出てきた。でもその金貨を使うのは。

「やめたのね」

「うん、それで作った友達は何か違う気がするよね。あともう1個重大な理由があってね」

僕にとっては重大な理由。神様として大切な理由。

「なになに?小太りの禿げたおっさんになっちゃうんじゃないか、とか?」

「大金持ちのイメージがその容姿なだけで、大金持ちになったらその容姿に変化してしまうわけじゃないと思うよ」

「じゃあいったい、それ以外にどんな問題があるというのよ」

「いやさ、世界のお金が増えてしまうわけじゃん?だから、デフレになってしまうのではないかと」

世界を作った以上、責任があると、僕は思う。

「そんなこと気にしていたの?神様なのに?」

「神様だからこそ、じゃないかな」


「まぁとにかく、ご飯を食べたりするくらいのお金ならあるから、安心して奢られていいよ」

そう言って彼女を見ると、手のひらからじゃらじゃらと金貨を出していた。

「なにしてるの?!」

「私にも出来るのかなーと思って。そしたら、出来ちゃった、ふふふ」

「ふふふじゃないよ?!なんで出来ちゃうの?!」

「あなたに出来ることなら、私にだって出来るわよ」

「一応君も、僕の創造物扱いだから、同じ能力があるのはなんだか腑に落ちないな……。こういう奇跡って、神様の特権じゃないのかな……」

しかもなんなら、僕が出した時よりも圧倒的に金貨の枚数が多い。

「もしかしたら、私が神様なのかもね」

「立場が逆転している」

「細かいことなんていいじゃない。さっさとご飯を食べに行きましょう。見てはいたけど、味わってはないから、楽しみなのよね」

店の出口を指さし、レッツゴーと言いながら、少女は歩き出していた。まぁ釈然とはしないけれど、初めて二人でご飯を食べられるのだ。深いことは気にせず、少女と共に店を出ることにした。


 そうして僕は、いや今回は二人だったな。改め。そうして僕たちは、いつもの酒場へと赴くことにする。変わりのない道を歩いて、代わりのない少女と一緒に、変わりのない酒場へと。

「いらっしゃい。――」

いつものように女将が、カウンター席を顎で指す。

「ここが、あなたがいつも食事をしていたとこなのね」

「そうだよ。あ、お任せでお願いします」

いつものように、女将に注文する。

「ずいぶんと賑わってるわね」

「この街で一番料理が美味しいらしいからね」

「この喧騒の中、常に一人だったのね」

思い出したくないことをサラッと……。古傷に塩を塗られた気分だ。

「あなたと正反対のにぎやかさね」

塩どころか香辛料でも塗られた気分だ。

「まぁ、大丈夫。今は君がいるからさ」

「いきなりなによ。恋愛三文芝居みたいなことを。まぁ、でも、そうね。ありがとう」

「お礼を言うべきは、僕だよ。孤独につぶされそうなところを助けに来てくれたんでしょ?」

「自惚れないで。私は暇だから遊びにきたの」

呆れたような、嫌そうな、そんないつもの表情。でも今日は、どこか嬉しげでもあった。

「まぁそれでも、助かったことに変わりはないからさ。お礼は言わせてよ」

「仕方ないわね。受け取っておいてあげるわ」

「それにしても、ナイスタイミングだったね。まるで見てたかのように」

本当に、ギリギリのタイミングだった。あと数日で、僕は駄目になっていたかもしれない。

「えぇ、見てたからね」

「え?僕の生活を……?最初から……?」

「もちろんよ、ほかにやることもなかったし」

なに当たり前のことを聞いてるの?とでも言いたげな顔で、少女はあっけらかんと答える。

「やめてよ!恥ずかしいじゃないか!」

「いいじゃないべつに。一心同体なんでしょ?それに、あなたにも壊れられてしまったら面倒だもの」

「え?」

「あー、そうね、あなたが私を作ったわけでしょ?そのあなたが壊れてしまったら、私がどうなるかわからないじゃない」

たしかに。もし、僕という存在が消えてしまったら。僕の自己が消えるようなことがあったら、少女はどうなるのか。生み出し元である僕が居ないのだから、必然、少女も消えるのであろう。考えたことがなかったけど、気を付けないとな……。少女のためにも。しかしなんだか、誰かのために自己の存在に気を配るだなんて、娘を案ずる父親みたいだな。

「気持ち悪いことを考えるのは、やめてもらってもいいかしら?まぁでも、気を付けてくれたら嬉しいわ」


 そんな話をしていると、女将が僕の前に料理を持って現れる。

「はいよ、ヨガの串焼きとムヘスープだよ」

いつもの女将が、いつもの料理を、いつも通り、1人前持ってくる。あれ、今日は二人で来ているのに。

「すみません、今日は二人前なのですが」

「え?そうなの?すぐに、もう1セット持ってくるわ」

そう言うといそいそと厨房に戻っていき、しばらくして料理を持ってきた。そして、もう1セットも僕の前に置いて、いつものカウンターへと帰っていった。

「さぁ、さっそく食べようか」

彼女の前にお皿を移そうとしたとき、神妙な顔で、これから余命を告げるかのような深刻さで彼女は話を切り出してきた。

「私には、重大な隠し事があるの」

「藪から棒に、どうしたんだい?」

「ご飯食べられないのよね」

えっ……食べられない……?もしかして、僕の作った世界だから、この少女という存在は認められていないとか、そういったものがあるのだろうか?

「実は……私は……私のお腹には……ポテチが詰まってるの」

全くもって、幼女かのような理由であった。

「重大な秘密かのように言ってるけど、ただの間食のしすぎだよね?」

「そういう見方もあるわね」

「その見解しかないよ!せっかく二人前頼んだのに!」

「怒らないでよ。あなたは私の味方でしょう?」

「だとしても、これは喧嘩になる事案だよ?!」


「ところで、どう?この世界は」

なかなか喉を通らない食事をつついていると、彼女がそう聞いてきた。

「どう?って?」

「気に入った?」

「うーん……世界としてはいいんだけど、なんというか、平凡というか、退屈というか」

「道具屋の店主じゃ、なにも起こらないでしょうよ」

「それもそうなんだけどね。勇者一行と旅するとか、世界を変える発明をするとか、そんな展開を期待していたんだよね」

「そうして、仲間とか友達をいっぱい作るつもりだった、と」

「そう期待してたね……」

「そんな回りくどいことせずに、勇者にでもなってたくさんの人望を集めればよかったんじゃない?」

「それも考えはしたけどね、またすぐ死にそうじゃん?僕」

「そういえば死に体質だったわね」

死に体質というほど死んでいない気はするけども、まぁたしかに、一度世界に殺されたわけだしな。

「悲しいほど世界に拒絶されてるわね」

少女はまた、僕の痛いところ、傷口を突いてくる。

「拒絶、されてしまってるのかな」

だとしたら、悲しいどころの話ではない。僕の作った、言うならば我が子のような世界に拒絶されるなんて。

「もしかしたら、作る世界があってないのかもね」

「僕にあった世界か」

「平凡なんだから、平凡な世界を作ったら?」

「ずいぶんな言われようだけど、たしかに、そうかもね」

今までは、あまりに非現実な世界を作りすぎたのだろうか。自分の身の丈に合わない世界だから、世界に合わなかった。そんなところなのだろうか。

「そうだな。じゃあ次は、普通の学園物にするよ。普通の学校が舞台の、普通の学生になった僕を」

この世界での最後の食事を終えて、僕はそのまま新しい世界へと行く。実は、二人前は食べきれなかったけども、消える世界なわけだし問題はないだろう。


「いってらっしゃい、今度は成功するといいわね」

そう言うと、少女は、にっこりと、微笑んだ。

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