創造者は、別世界で製作者になる。

【ナウシズ】

 ある日突然、なんの前触れもなく、唐突に。いや、唐突と言う言葉すら追い越すほどの速さで、その出来事は起こった。人類に魔法能力が発現したのだ。誰も彼も、1人残らず、魔法が使役出来るようになった。魔力の強さ――厳密に説明するならば、魔力を蓄えておける器のようなものの大きさは人それぞれであったが、魔法というものが当たり前の世界になったのである。それにより、人類は科学を捨て、魔法の力により生活を豊かにしていった。

 もちろん、良いことばかりではなかった。文明レベルを飛躍させるためには魔法が必要であり、その魔法を使役するためには強い魔力を有するものが必要となった。魔法は、無から生み出せるわけではない。魔力を帯びたもの、それは雨や大地などの自然であったり、宝石であったり、生物であったり。それらから魔力を抽出し、自分の魔力の器へと貯め、魔法を使役する。そんな、手順が必要であった。大国はこぞって、強い魔力を求め続けた。そして必然的に大戦へとつながっていった。

 ―――まぁ、それも昔の話。大戦は終結し、長い年月がたった。先の大戦の爪跡もほとんどが消え去り、人々は平和に暮らしていた。

「ふぅ、長い説明だった。しかし、これだけしっかりと世界を作っておけば、問題ないだろう」

そうだ、僕の住んでいる場所の説明をしていなかったね。ここは、世界樹を魔力源とする魔法大国であるニーズヘッグの郊外。さすがに、都市部に店を構えることができなかったから、少々辺鄙な場所なってしまったが仕方ない。閑古鳥完全態が鳴いているような場所ではないので、幸せな方だろう。僕はここで、日がな新しい魔道具の開発をしてみたり、都市市場に遊びに行ったりと気ままに暮らしている。

 そんな説明をしていると、カランカランと店の扉が開く音がする。

「いらっしゃいませ」

如何にも旅人といった風貌の2人組みが、店へとやってきた。どうして旅人とわかるのか。まぁここでは、長く店をやっていれば旅人かどうかは一目でわかるといった、軽い説明に留めておく。

「半永年ランプはあるかい?」

旅の途中で壊してしまってねと、彼は言った。やはり、旅人であったようだ。

「あるよ。その右の棚だ」

そういって僕は、棚を指さす。

「おぉ、よかったよかった。これがないと、夜道の旅は危険でな」

そう言って彼は代金を支払い、店を出て行った。特に、親しげな会話はない。当初の予定では、お客さんとの交流が盛んなお店にするはずだったんだけどな。

 ―――くよくよしていたって仕方がない。今から変えていけばいいだろう。理想通りの世界にするために。いろいろな人と関わりあうには、そうだな。ありきたりではあるが、酒場にでも行ってみるか。やはりこういうファンタジー世界では、酒場というものは人と一番出会うことが出来、なおかつイベントも起きやすいと相場が決まっている。かくして僕は店じまいをし、都市部の酒場へと出向くことにした。

 僕の住んでいる郊外とは違って、さすがに都市部は人であふれていた。人も溢れていれば、建物も溢れていた。軒先にかまどを構えたパン屋さんや、異国から持ち込まれたであろう色とりどりの小物を並べた露店、築何百年と経過していそうな荘厳な造りの魔力源を扱うお店。そんな通りを行き交う人々。知り合いを増やすならば、こっちに店を構えるべきだったなと思う。というかなぜ、都市部の繁盛しているお店という設定に出来なかったのか。自分で世界を生成しているわりに、融通は利かないのだろうか。まぁ今からまた作り直すのも面倒だ。それよりも、今の状態で知り合いを増やす努力をしたほうが有意義だろう。そんなことを考えながら、人との交流を深めるために酒場へと足を踏み入れる。


 酒場の中は、表の通りよりもさらに人まみれだった。そういえば僕は、人混みが嫌いだったような気もする。酒場にたくさんの人がいたのはわかりきっていたのではないか。なぜこんなところに来たのか。そんな疑問を抱くかもしれない。それについては、先ほどから何度も言っていることであり、世界を生成した目的である友達作りということに起因する。それと、人混みが嫌いだったということは今思い出したのだ。仕方ない、僕は自分のことはさっぱりわからないのだ。まぁ今更、引き返すこともできまい。ここまで来たのだから。店員さんもこちらを見ていることだしね。

「いらっしゃい。1人かい?それなら、ここのカウンターに座りな」

恰幅のいい“これぞ女将”といった風体の女性が席に案内してくれた。案内というか、顎で席をさしただけであったが。

「なににするんだい?」

「えっと…」

注文を聞かれざっとメニューを眺めるが、よくわからなかった。一応弁明しておくと、文字が読めないわけではないのだ。ただ、メニューに書いてある単語がよくわからなかったのだ。ヨガの串焼きだの、ムヘスープだの一体どんな料理なのか不明で、いささか注文するのに二の足を踏んでしまっただけなのである。知らずに頼んで、ゲテモノのような料理だった場合、僕は食べきれる自信はない。まぁ、どんな料理か聞くことも出来るだろうが、忙しそうにしている女将を見るとそれも憚られてしまった。

「んー、お任せでお願いします」

結局のところこう頼んでおけば無難であろうという結論から、すべてを女将に任せることにした。異国でどんなものが来るのか、楽しみではあるしね。――まぁ冷静に考えるとここは僕の世界であるのだから、めちゃくちゃな料理は存在しないのだろうが。

 少しの時間。刹那ではないけれども、なかなかの早さで、女将が料理を出してくれた。

「はいよ、ヨガの串焼きとムヘスープだよ」

「あ、ありがとうございます」

どうやら、最初にみたものがおすすめだったようだ。というか、僕が最初に見たからおすすめになったという順序なのだろうか。世界の創造主が僕である以上、後者が正しいようにも思える。

 そして僕は、目の前に置かれた料理に手をつけることにした。えっと、ぱっと見は、赤みを帯びた辛そうなスープと、なんだろうこれは、なにかの肉が円状になっている?まぁ、そんな感じの料理であった。

「この料理は」

「あぁ、それかい?それは蛇の黒焼きと、灼熱のように体の温まるスープだよ」

「な、なるほど・・・」

どうやら、僕の創造した世界ではあるけれども、めちゃくちゃな料理は存在するようだ。蛇の黒焼きとか、魔女が食べている以外に見たことはないぞ。ちなみに、さらに説明をしておくと、僕は飲み物も頼んだのだ。これも、女将のおすすめで。こっちにいたっても、僕の知らないものが出てきた。フリッグの果実酒らしい。フリッグとは?果実酒ということはフルーツなのか?そんな疑問が浮かんだが、こちらに至ってはおいしかったのでよしとする。何が使われていようとも。上の二つの料理については、味については、まあ、触れないでおく。なんだかんだ、だらだらと文句を言いつつも料理を完食してしまった。見た目や材料には、少々難はあったが、とても美味しかったということだけ伝えておく。詳細な味については、まぁべつに、殊更細かく描写する必要もないだろう。そして僕は、酒場を後にし、帰路につくのであった。何をしに酒場に来たのか、その目的を忘れ。


―――何も起きなかったじゃないか。そう、僕は、イベントが起こるのを期待して酒場に向かったのだった。こういう世界観ならば、普通、酒場に行けばなんかしらの事柄が起こる。起こるはずなのだ。酔っ払いの冒険者が喧嘩するだとか、裏のありそうな内緒話が耳に入るだとか、そういう何かしらのアクションがある。あるはずなのだ。しかし現実は、ただの平和な酒場だった。そう、ただ食事をし、お酒を嗜み、良い気分で帰ってきただけの、何の変哲もない晩御飯。

「まぁさすがに、初日で何か起こるということもないか」

僕はそう納得し、ベットへと潜ることにする。また明日、行ってみよう。いつか、何か起こるだろう。


――朝。

僕は、日課と化した。いや、少し語弊があるな。まだ僕は、この世界に来て2日目なのだ。この世界の僕という存在は一応、結構前からここに住んでいるという設定だが、実際問題としては2日目なのだ。なので、日課と化したという設定という表現が正しいだろう。まぁ、その、日課であった、これからも日課であろう草花への水やりをしていた。これが終わったら、朝ごはんを食べ、魔導具の開発をしながら店番をする。いつもの日常。いや、これも語弊があるのか。まぁいい。先ほどの説明と同じことを言いたくはない。とにかく、まぁ、特に代わり映えのしない日だ。そんなことを言いたかっただけなのだ。

 何事もなく、期待する問題も起こらず、期待していない平穏のまま夜になっていた。今日もまた、あの酒場に行ってみよう。今日こそ何か、起こるかもしれない。なにか、ビックイベントが用意されているかもしれない。そんな淡い希望を胸に、僕は酒場へと向かうのだった。


「いらっしゃい。一人かい?それなら、そこのカウンターに座りな」

昨日と同じ女将。まぁ、店を変えたわけではないので当たり前なのだが。しかし、セリフまで一緒だとは。ふと気になったので、今日はメニューを見ずにお任せを頼んでみることにした。

 出て来たのは、昨日と同じ物だった。僕がメニューを見なかったから、他の料理が生成されなかったのか。それとも、本当にこのお店オススメの料理がこれなのか。まぁ、そんなことを気にかけてどうするのかと問われても、どうでもないことなのだが。

 さて今日は、昨日の失敗を踏まえ、自分からアクションを起こしてみることにする。そうだな、まずは、同じカウンターに座ってる人にでも話しかけてみるか。まずは左の人に……そう思って左を向くが、隣どころか、左側に座っている人は居なかった。おかしいな、お店に入った時は、カウンターは埋まっていた気がする。―――気づかぬうちに帰ったのかもしれない。ならばと右隣を見るが、右側にも人は居なかった。一人で来る人は、サッと食べてサッと帰る。そんな習慣でもあるのだろうか、この街は。まぁ話しかける相手が居ないならば仕方ない。そう思いなおし、なにかイベントでも起こっていないか周りの喧騒に耳を傾けることにする。

 街道に魔物が出たらしいが、ずいぶんと弱かったぜ。郊外に廃墟あるだろ?あそこには可愛い魔族の少女がいるらしい。不思議な魔法の剣を使うやつが居るんだ、いや本当だって。ざっと聞こえた会話は、そんな感じだった。なんだか、思ってる以上に平和そうな世界だな。何かが起こりそうにない、平和な世界。

 そして昨日と同じように、何事もなく食べ終わる。そして昨日と同じように、イベントは起こらなかった。そして昨日と同じように、帰路につく。そして昨日と同じように、ベッドに潜る。


――朝。

 日課である、草花への水やり。まぁ、3日目だけれども。そして僕は、これまた日課である魔導具の開発に勤しむことにする。そういえば、開発とはなにをしているのか。その点について説明してなかった。ここを漠然とさせていたから、なにも起こらなかったのかもしれない。よくある話だろう?開発したものがなんやかんやあって世界を救うだとか、逆に滅ぼしてしまうだとか。なので、しっかりと説明をしておくことにする。説明と銘打ったが、さして特別なことはしていない。いや、出来ないというのが正しいか。なぜなら、まず、この世界は僕が作ったものだ。この世界のすべては、僕の頭の中から産み出されたものである。そこでどんな問題が生じるのか?なぜ魔道具の開発が出来ないのか?答えは単純明快、新しいものなんてものは、ここには存在しないのだ。だってそうだろう、この世界の全ての物は僕が考えたものだ。僕の思いつく範疇の物はすべて存在してしまっているのだろう。だから、新しい魔道具は作れない。作ろうとするものは、すでに作られた物なんだ。しかしまぁ、不可能だからといって、なにもしていないわけではない。一応は、新魔導具を作ろうと挑戦はしている。無意味なことだとしても、だ。それがここでの、僕の存在意義なのだから。

 気が付いたら外は暗くなっていた。開発が無意味だと、改めて実感したからだろうか。逆にやる気が出てしまったのだ。よくあるだろう?乗り越えられないほどの壁であるほど、乗り越えてやろうと思う、一種の意地のようなものが。逆境を跳ね返す、さながら主人公のような気持ち。まぁ、なんだ、そんな心境に僕もなってしまったのだ。結果としては、壁はやはり高かった。高すぎた。絶対に有り得なさそうなものを作ろうと思い、延々と喋りかけてくる木の根というものを作ってみたが、信じられないことに存在するものだった。魔道具の検索装置にかけてみたところ、どうやらこれは3年前にブームになったほどの代物らしい。

「どっしたボーイ?」

やはり、どう足掻いても僕は僕の思考を超えられないのだろうか。

「元気ないぜボーイ」

それとも超えられないという思いがあるから、それが

「そういえばこの前うちのワイフがさ」

足枷となっているのだろうか。僕が僕を超えられないと思っているから、存在しなかったはずのものが

「それで言ってやったわけよ」

作成と同時に存在したこととなる。過去から今ではなく、今から過去に作用してい

「ってね、HAHAHA」

る。そんな、逆順が。

カチッ、シュボ、パチパチパチ

 ならばやはり諦めるべきなのだろうか。作成したものから過去が決まってしまうようでは、どうあっても新魔導具なんてものは生まれない。このお話を動かすことが出来るかもしれない魔道具は、存在しないんだ。―――もう寝よう。これ以上考えても仕方なさそうだ。

 そして僕は眠りにつくことにする。今日は寒いから、さっきの木の根には薪になってもらった。こっちの方が、100億倍くらい有意義な使い方だ。

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