創世の難解さは、たしかに七日かかる。

【人造人間とエレクトリックシープ】

 薄暗い部屋。さながら、昼と夜の狭間のような空間。半分廃墟と化したこの部屋が自分の居室であり、仕事場でもあった。今が朝なのか夜なのか。時計が壊れたこの世界では、その判別をつけることは不可能であった。今日こそはと、テレビをつけてみる。変わらぬ砂嵐。いつからだろう、テレビがただの重たい箱に成り下がったのは。そんなとりとめもないことを、寝起きのとりとめのない頭で考えていると、FAXが送られてくる。おそらく、政府からであろう。その電子的な手紙を取り、目を通してみる。どうやら、賞金首のリストが更新されたようだ。そのリストに目を通し、手近な目標を決めていく。場所が近く、面倒ではない相手を探し、目を走らせる。――仕事は楽であるに越したことはない。命の危険を冒してまで金がほしいわけではないのだ。ふむ、この男がちょうどいいだろう。世間でいう、いわゆる“小者”といったところだが、良い額である。潜伏先を確認し、現場へ向かうこととする。あぁ、そうだ、忘れるところであった。目標を決定したことを、政府に連絡しておかなければ。賞金首の識別番号を、端末に打ち込む。これでよし。さて、気を取り直して向かうとしよう。扉を開けて、外へ、外へ、外……へ……?

 外の世界は暗闇であった。比喩ではなく、暗喩でもなく、真っ暗闇。正確に言うならば、なにもない空間。黒でも白でもない空間。世界の端に来たような感覚。部屋の外は、どこへ。あぁ、そうか。僕は、ここまでしか世界を作っていなかったのか。

 賞金稼ぎというものに固執した結果、世界の生成に不備が生じていたようだ。だめだな、しっかりと世界を考えなければ。一度戻って、また考え直そう。あの少女とともに。


――部屋だけでは、世界を生成したとは言えないわね


 元の場所に戻ると、少女は先ほどと変わらず、元の場所に立っていた。

「あら、おかえり。賞金稼ぎの世界はどうだった?」

どうだったか。その質問に答えるには、いささか体験したことが少なすぎる。率直に答えるならば、部屋しかなかった。その程度しか僕には回答がない。

「楽しくなかったのかしら?」

どう答えたものか考えあぐねていると、少女はわずかな悲しみを湛えた顔でそう聞いてきた。笑われてしまうかもしれないが、ここは、正直に応えておこう。

「それ以前の問題として、部屋しかなかったよ」

「あぁ。それはしっかりと、世界全体を考えられなかったのね」

まるでアドバイスをするかのように、少女は言う。

「みたいだね。なりたいものから世界を考えるのは、失敗だったみたいだ」

「じゃあ今度は、行ってみたい所から考えてみたらどうかしら」

そうだな、行ってみたい場所か。たしかに、なりたいものという概念が失敗だったならば、内側ではなく、外側。そっちの方面で考えるのは良いかもしれない。

「どんな世界に行きたいのかしら?」

「実は僕、終末世界が好きなんだよね」

「また唐突ね。しかし、賞金稼ぎだとか終末世界だとか、なんらかの小説に影響されている感が否めないわね」

「それについては、否定できないね」

「次は、アンドロイドとか出てくるのかしら」

「さすがに、そこまではやめておくよ」


 終末世界か。そうだな。ありきたりに、核戦争が起こった世界とかにしてみようかな。核が落ちることによって滅んだ世界。文明は消し飛んでしまったけれども、人間は死に絶えなかった世界。そんな世界を、見てみたいな。そして僕は世界を生成する。今度は人物ではなく、世界の枠組みを重要視してみる。終末世界、すべての止まった世界。消えたものと消えていないものが曖昧な世界。


【オン・ザ・ビーチ】

 全ての生物が死に絶えたといっても過言ではないような、そんな終わってしまった世界。果たして、僕以外に人類は残っているのだろうか。こんな、壊れ果ててしまった世界に。壊れ果てた……って、あれ?普通にビルがある。家もある。人も、居るな。おかしいな、終末世界を作ったはずなのだが。所狭しと、人々の行き交う街並み。休日の繁華街のような賑わい。終末世界ではなく、週末世界を作ったとかいうくだらないオチなのだろうか……。本当にその間違いだったなら、少女に呆れ果てられてしまうな。僕自身でさえ、呆れているくらいなのだから。しかし、世界の生成には成功したようだ。少し歩いてみたけども、先ほどのような暗闇や、世界の端のような感覚はなかった。まぁ、恥は感じているのだけれども。

 確認のため、この世界を歩き続けてみる。街並みは、僕の平凡な想像力の問題か、似たような風景が続いていたけれども、至って普通であった。これから出かけるであろう家族、楽しそうな恋人たち。平和な週末。雲一つない晴天。流れているのは彗星だけ。彗星?珍しいこともあるものだ。しかし、僕は間違っていた。すべてにおいて。結果から言うと、流れているのは彗星ではなかった。彗星というよりも、趨勢。週末から終末に至る趨勢。早い話、それは核であった。

 そして世界は崩壊する。僕の考えていた終わった世界へ向かう。向かったのであろう。なぜ断言していないのか、それは僕が、この核の炎に焼かれてしまったからであった。


――生成した世界でも、死ねば元に返されるのね。


「あら、おかえり。また早かったわね」

彼女はくつろいでいた。ごろごろと寝転がりながら、袋菓子を食べるという、寛ぎの権化のような格好で。

「驚くほどにくつろいでいるね」

「今回は長い時間いないかと思っていたわ。また失敗したの?」

「んー、世界自体は上手に生成できたよ」

僕は何事もないかのように答えたが、きっとばつの悪い顔をしていただろう。

「それはよかったじゃない。そのわりには、“侵掠すること火の如く”みたいな早さだったけども」

「そのたとえを使うなら、どちらかというと“疾きこと風の如く”のほうだと思うけどね。まぁ、結論的には火のほうでも間違ってはいないんだけども…」

僕が火に焼かれたことをわかって言っているのか、単純に間違えているのか。

「なにかあった感じかしら」

「終末になる前の世界に着いてね。世界と共に僕も終わってしまったよね」

「自分の作った世界に殺されたといったところかしら」

少女は、ずいぶんと痛いところを、ずいぶんと辛辣に言ってきた。

「なんだか不思議な話ね。創造主なのに、世界に拒絶されるなんて」

「拒絶されたわけではないと信じてるよ…。ただ、深く考えすぎて、ちゃんと始まりから作ってしまったことが原因なんじゃないかと。もしくは、自分のキャラを作らなかったことが原因か」

「なるほど。それなら今度は、ちゃんとキャラを作って、荒廃し終えた世界から作るのかしら?」

「いや、もう命が脅かされるような世界はやめておこうかなと。自分の作った世界でも、死ぬことがあるということがわかったしね」

「それなら次は、平和な世界を作るのかしら」

「そうだね。争いごとのないような世界を考えるよ」

どんな世界がいいだろうか。平和な世界か。それでも、少しくらい非現実な世界がいいな。どうせなら。

「魔法のある世界とかどうかしら」

僕の思考を読み取るように。まぁ実際、読み取っているのだろうけども、少女は僕の考えついた世界と同じ物を提示してきた。

「たしかに、それはいいな」

「けど、世界から考えると、またさっきの二の舞になるのではなくて?」

「たしかに、そうだな。じゃあ今度は、自分のキャラもしっかり考えてみるよ」

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