第33話ほんとに悔いは無いか


 気づけば俺は三方原の戦場にいた。状況から察するにあの三河の「家康」を破った後であろう。陣所は上洛に向けて次の動きに向かっていた。


 「勝頼殿、そこで何をされておりますか?早くお館様のところにお迎いください。話したいことがあるそうですぞ」


 赤い鎧を身につけた初老に差し掛かっている男が話しかけてきた。ハッと顔をあげて見てみるとそこには本物の「山県昌景」が少し心配した様子でこちらを見ていた。


 「あぁわかったすぐに向かう」


 俺は促されるまま立ち上がりそのままよろよろとかつて父上と話をした場所に向かうのであった。


 その場所は今回の戦場になったら三方原を一望できる場所であった。あれほどまで一方的だったのは自分の長篠で敗戦と同じぐらいだろうと俺は思い出していた。今も大量の遺体の確認をしているのを見て、そのほとんどが三河兵だということに気づくまでさほど時間は掛からなかった。


 その様子をひとりの男が見ていた。いつも身につけている大鎧で戦場の処理をしている自分の兵達をまだ衰えることのない、歴戦の強者の瞳で眺めていた。


  「遅かったな、勝頼。」


 俺がきたことに気付いたのか、男はゆっくりと立ち上がり瞳をこちらに向ける。今でも慣れることは無い。その獲物でも見るような獰猛な瞳に何度目を逸らしたものか。


 「いえ、父上もご健全で何よりです」


 「フッ、まるでワシが元気がないみたいでは無いか。まぁそれは良い、今回の徳川との戦お前もよくやってくれた。あの「源四郎」がほめておったぞ軍の指揮官としてはかなりのものになったようだな」


 「はい、そうです」


 (「一体俺は何を見ているのか?、何故父上が目の前にいるのか?」)


さっきまで兄であった義信とやり合っていたのにいつのまにか過去の記憶を見ている。一体この状況は何なのか?まったくわからなかった。


 「しかし、お前も運がないようだな、こんなところに来るとはな、まったくこれも因果なのかそれともこのワシがしてきたことのバツなのか?どちらでも良いが」


 ゆっくりと立ち上がる、甲斐の虎は夕日を一身に受けるだがそこであるはずのものがなく俺は思わず父に尋ねてしまう。


 「父上、影が……」


 そう、父上には人にはできるはずの影が無い。それどころか足が透けているように見えていた。


 「いや、流石にこのワシでもこの世界には居れないようだな。何しろ、お前が死にかけになったおかげでようやく話すことができたのだからな。多分元の世界ではできないであろうしな。異世界とはかなり便利な世界なんぞな」


 俺には父上の言っている意味がわからなかった。死にかけているとはいったい、あのあと自分がどうなってしまったのかさえ思い出せないでいたのだ。


 「どうやら、血を失いすぎての意識の混濁で状況がわからないままここにきてしまったようだな。詳しいことは省くがお前はあのバカ息子に切り裂かれて今、死の淵におる。これでわかっただろう」


 「なっ、ではこの景色はいったい!」


 「おそらく、お前が印象に残っている思い出なのかもしれんな。あのあとワシは亡くなったからあの後に起きたことは詳しく分からん。しかし、まさか異世界に行くとは思いもしなかった。少し興味が湧いてな覗いて見ようと思ったら案外おもしろくやっているようで安心していたのだが」


 そこで、甲斐の虎が表情を曇らせた。かの偉大な父がこんな顔になる時は決まって誰かを無くした時だけなのだ。弟の「信繁」、「勘助」それと「義信」の兄上、実際に見たわけでは無かったが何かあった時は実に弱々しく自分を責めている。誰も知らない父の顔であった。


 「だが、今回もワシの負の遺産によるものでお前にまた過酷なものを背負わせてしまい挙句二度目の死を与えてしまうとは父親として失敗ばかりだ」


 「何を、おっしゃいますか!、私は何も父上に不安などはありませんぞ」


  そうだ、別に言い聞かせているわけでは無いのだ、逆に俺自身がしっかりしていれば長篠の敗戦もなく、武田は強いままでいられたはずなのだから。


 誓って父上に対して恨みはなど……


 「源四郎」


 その三文字に思わず俺は反応してしまう。悟られないように誤魔化そうと思ったが父は俺の少しの間変化を見逃さかった。


 「やはりか、ワシが死ぬ前の源四郎だけにあの言葉を言ったことを聞いていたのだな、あの時のお前の心情を察してやらなかったな。お前を後継者としてしっかりと導いてやらなかった、おもえのことをちゃんと理解してやらなかった。それにワシが時勢を読めずに始めた戦のおかげでお前に苦労をかけてしまった」


 「それは……」


 反論できず、押し黙ってしまう。事実俺はあの山県昌景に対して嫉妬していた。武田家というより父上の右腕として信頼を得た名将である。そんな彼は父に言われたのが「瀬田に旗をたてたいと」


 その言葉は昌景は使命としてまっとうしようとかんがえてだほう。だが俺にとっては呪いにかわりはてていだ。なぜなら、父上ははなから俺には武田を託してはくれなかったからだ。


 元々俺は武田を継ぐことはなかった身分であったからだ。

 

  元々俺は「諏訪」勝頼であり、最初から「武田」ではなかった。兄上が謀反なんて起こさなければこのまま「諏訪」としての武田一門のひとりととして終われからだ。


 他の兄達もいたがみんな目が見えなかったり、早く亡くなったかで後継者から脱落していったのだ。


結局健全な男児は俺しか同時はいなかった、いや父上もこんなことは予期していなかったし自分の歳もわかっていたから後継者をたてる必要があった。だから俺になった。


 だが他の家臣達からは「諏訪」として見られていた。元々敵国の娘とできた子供だった俺に対してあまり良い印象は無かったからだ。事実後継者には選んだが、父上は重臣で集まる会議には俺を呼ぶことは無かったそれも死ぬまで。


 そしてさまざまな問題を残したまま父上は死に後に残ったのは父上の遺臣たちいや、苦楽を共にした仲間達と誰からも認められていない孤独な後継者という構図になっていた。もちろん彼等は俺を当主としては俺を敬ってはくれる。だが心の底からは思ってはいない形だけの体裁である事はすぐにわかってしまった。


 おまけに武田宿老からは起請文まで書かされることになるとは思ってもいなかった。内容は俺が部下からの悪意ある相談には耳を傾けないでほしいという事だ。 それがひとりだけならよかったが複数名来た時は流石に心がもたなかったよ。


 結局、俺は父上どころかその家臣からも期待はされていなかった。無理もない、誰も俺の事は後継者では無く代理繋ぎとして見たいなかったからだ。


 だからこそ、実績が欲しかった認めてもらいたかったからこそ俺は父上と同じように「西上作戦」を実行する為に長篠を攻めた。


 最初は攻めてきた徳川を撃退する為だったがあの頃は少しだけ自信がついた。父上の家臣達に少しは認められている気がしただから今なら行けるとそう思ってしまった為にあの悲劇がおきた。


 結局のところ俺は父上を超えることができず、ただ武田を弱体化させてしまった哀れな当主に成り果てているだろう。


 可能なら、昌景を養子でもして武田を継がせればよかったのだと今ならそう思えて仕方がない。その方が父上の「武田」にとってはその方がよかったのだから。俺の「武田」ではそうはならずに失敗してしまったからその方が良かったに違いない。


 だから、今さらになって父上が後悔の念に苛まれる事はないはずなのだ。もうこれは終わった事なのだから俺は異世界で楽しくやっていこうと思っていたのだが。


  「だが、それも今回で終わりを迎えてしまう」


 ポツリとそんな言葉が出てしまう、力無く自分の状況を整理してわかったたった一つの事実。


 「父上は、俺の事をーー」


 ガシッと、父上が初めて抱きしめてくれた。既に身体は薄くなってきており抱きしめられた感覚も無いほどであったがそれでも暖かさを感じることができた。


 「愛していたさ!、だがそれを口には出せなかった! 本当はお前に「武田」を任せずに思うままに生きてほしかった!!「諏訪」のまま義信を支えてくれて欲しかったがそれが不可能になり、ワシにも余裕が無くなって!!結局お前に全部押し付ける形で死んでしまった」


 消えかかっていても父上は抱き締める力を緩める気はなかった、むしろ段々強くなってきている気がする。


 するとガバっと俺と顔を見つめる父上は涙をうかべながら。


 「そのあとの事は知っている!だがお前はそれでも投げ出さずによく尽くしてくれたと思っている!」


 息を整え父上はさらに言葉を続ける。


 「よく頑張った!!あの状況で諦めずによくやってくれた。しかも武田の武威を示すこともしてくれたのだ!あの敗戦は確かに痛かったがあの信長にも注目されたのだ!流石我が息子だ!お前しか武田の当主は務まらなかったぞ!!」


俺は父上の言葉が夢なのでは無いのかと思ってしまうだが例え夢であっても父上に褒められた、認めてもらえた。例え夢でも幻でも見ることが無かった光景に俺は涙を流すしかなかった。


 「ありがとうございます……その言葉だけで俺は救われてしまいます………」


 これ以上言葉が続かなかった、あまりの嬉しさでどうにかなりそうだ。本当に死ぬ前にいいものを見れた気がするたが、そうなれば。


 「父上、俺はやはり死んでしまうのですか?」


 そう今の俺は死の淵である、こんな状態の俺がまだ死んでいないのは父上の介入のおかげだろう、だがそれが終われば俺は死んでしまうのだろう。


 その問いに関して父上は首を振り否定した。


 「いや、そんな簡単に死なすわけにはいかんからな。それにまだやり残したことがあるだろう?」


 「そうですね、ここで死んだらまた悔いが残ってしまいますからまだ死にたくはないですね」

 

 このまま死ぬ訳にはいかない、まだ決着をつけなければならないやつがまだ生きているからだ、ここでまだ死ぬ訳にはいかない。まだ俺の冒険を見てもらいたい人がいるからだ。


 「よし、ならこれを持っていけ役に立つであろうからな」


 父上は、手に持っていた軍配を俺に渡す。


 「この軍配はまさか」


「そのまさかだ。かつて川中島であの謙信と一騎打ちした時のものだ、それにはワシのこの鎧も魔法で入っておるから迷わず使え他にもいろいろあるからあとは自分で試してくれ、これが父としての最後の贈り物だ」


 「はい!!、ありがとうございます!!」


 「うむ、後は軍配を掲げて武田の楯無に誓いなさい我が自慢の息子よ」


 俺は父上の方には向かずゆっくりうなづき軍配を掲げる。


 「御旗楯無ご照覧あれ!!」


 そう告げると勝頼の体が光一瞬のうちに消え去ってしまったのだ。


 その様子を既に消えかけている、老いた虎が見つめていた。


 「後は任せたぞ、若き虎よ。ワシのような間違いはせずに世界は違えども武田の武を示してくれ」


父と子のわだかまりはやっとなくなった。信玄自身も色々あったが今回でだいぶ救われたのだろう、だいぶ顔つきがよくなっているが彼は既に死人例え異世界でもし長くは居れない。


 勝頼の事を案じながら、甲斐の虎はこの異世界から姿を消すのだった。

 


 

 


 


 

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