第32話魔人義信公

 辛くも、虎昌を倒すことができた一向は信盛がある本陣へと向かうことにした。

 

  実は昌景の状態もあまり良くなかった。奥の手を使ったことによる反動でしばらくは魔力切れでスキルが使えなくなってしまったのとかなり体力を消耗してしまっている。


 はたから見たら昌景の圧勝のように思えたら意外にもそうでも無い。もしまだ虎昌がまだ現役に近かったら勝てなかったかもしれない。さらに昌景は持てる全てのカードを切って互角にまで持ち込んだのだがら老いていたとはいえ虎昌の強さには敬意を表するしか無い。


 「さて、帰るとするか。このまま信盛のいるところまでは時間がかかるがまぁ、つくだろ」


 昌豊と信春が昌景を担ぎ上げ俺と昌信が周囲を警戒しながら動こうとした時。


 雷でも落ちたかのような轟音が響き渡り、俺達はあたりに敵がいないか集中して探す。


 意外にも敵はすぐに見つかり、俺は度肝を抜かれてしまい、思わず口にする。


 「あ、兄上なのか?」


 既に手には刀を握り抜刀する勢いであったのだが彼の姿を見て俺は刀を抜くか迷ってしまう。


 正確にはやつとやり合うかについてだ。


 その身体は稲妻を纏っており、触れたら感電死してしまうほどであり、その瞳からはこちらに対して隠す気が無い程の殺意が向けられているのだ。


 (「これが、この前やり合ったやつと同じ殺意なのか?まるで次元が違いすぎる」)


目の前にいるやつが本当に人間なのか怪しくなるほどに醸し出す雰囲気が違っていたのだ。


 「これは一体どういうことじゃ、殿!!」


 珍しく口調が元に戻ってしまう昌信に対して俺は何も言えずにいた。確かなのは彼を怒らせてしまったということなのだろう。


 (「やはり、虎昌殿が亡くなったのを感じてここまできたという訳か」)


怒りの原因はそこしか無いと思った。あまりにもここまでくるのが早すぎる。


 「まさか、二度もお前を死なせてしまうとはこんな俺に従ってくれた事生涯忘れぬぞ」


 義信は、虎昌を一瞬だけ抱き起こし、感謝の言葉を述べる。かつて虎昌は義信の傅役であった、その為に義信と運命を共にした。だからこそ彼等はもう一度やり直せると思ったのだろう。この異世界で新しい武田家の再興と栄華を手に入れる為に。


 今となっては叶わない。それは一番見せたかった部下の死に義信の心は怒りに支配されてしまう。


「どうやら、お前達を殺すまで俺は止まらないであろう!!」


 義信は懐から何かを取り出す。それは何かの薬のようなものが手に握られている。


 「それは、かなりまずい!!勝頼さん止めてください!!」



 何かに気づいたのか信春は叫ぶような声を上げる。


俺と昌信は即座に動いて止めに入ろうとしたが間に合わなかった。


 ゴクリと何か大きなものを飲み込んだような音共に義信の体を包み込む。


 「あれは一体なんなんだ信春さん!しっかりしてくれ!」


 光に包まれる義信を呆然と見ている、信春の肩をゆさぶる。すると信春はやっと起きたが今起こっている状況に信春は戦慄する。



 「あれは、あの薬は相手を魔族にするための薬ですね。目的は仲間を増やすことになります。ですが今回の場合はあらゆる能力の底上げであの七大天王に匹敵する強さを手に入れるでしょう」


 「つまりかなりまずいことになってしまったと」


 信春は黙ったままコクンとうなづき彼女も諦めたのか刀を抜く。


 昌豊には悪いが昌景を早く信盛のところまで避難してもらう。確か信盛の本陣には治療系の魔法が使える人がいるからだ。それまでの間俺たちで食い止めなからばならないのだがな。


 そうこうしているうちに義信の見た目が変わり始める。


 メキメキと背中が割れ翼みたいなのが出てくる、皮膚は鱗のようになり、目は爬虫類にも似た目に変わる、腕は一回り、いや二回りほどになり爪も鋭く太いものに切り替わる。


 「グ、キサマラ」


 口調もカタコトになり始め、もしかしたら自我を失いつつあるのかも知れない、まさに暴走している感じが伝わってくる。


 「これを俺達で迎え撃つのか?」


 「まぁ、やるしかありませんよ。我々が止めないとね」


 相手から出る異様なオーラに身震いしつつ俺達は睨みあいになる、魔物とは何度か戦った事はあるが魔人は初めてな為にどこまでやれるかわからない為に動くことができない。それでも睨み合うだけでも時間稼ぎにはなっている為、このままこの状況を維持していたいと思っていた矢先。


 ゴアっと地面が抉れる轟音が響き同時に激しい土煙が上がる。一瞬何が起こったか分からなかった。


 それが義信が動いた事だとに気付くのに数分遅れた。


 「昌信!!」


 既に奴は昌信に接近しており、鋭い爪で切り裂きに掛かっていた。


 「くっ」


 少し遅れて気づいた昌信は刀を出すより、スキル発動を優先した。

 彼の持つスキル「逃げ弾正」撤退戦などによる味方全体に身体強化のバフをかけることのできるスキルそれは撤退が困難であれば困難であるほどバフの効果が上がる。また相手の攻撃をかわすだけでも能力は発動する為、応用が効きやすい。


 昌信は勢いよく、横に転がりながら回避する。既に奴の凶刃が一瞬昌信の肩に触れた瞬間。


 ゴゥっと激しい風が吹き荒れ続けて地面が凄まじい勢いで抉れていく。その破壊は数十メートルにおよび外堀ができてしまうほど深かった。


 少し触れただけの昌信は転がり倒れる事で勢いを殺すことができ、吹き飛ばされずに済んだが肩の辺りの具足が吹き飛んでいた。スキルの効果のお陰で身体に傷はなかったが、鎧とスキルがなければ腕は持って行かれていたのだろう。


 すぐに態勢を立て直し、下がる昌信に対して相手は手を緩める気は無かった。


 方向をすぐさま切り替えて昌信の首元に強靭な爪で襲い掛かる。今度は目で追えた為刀を抜き何度か防ぐのだが。


 (「なんて強さだ、こんなにも魔人に変わるだけでここまで化け物じみてしまうのか!」)


義信の一撃を防いだのたがあまりにも重すぎて刀の一部にヒビが入ってしまう。なんとか押し返そうとしても押し返さない。競り合っていると奴のもうひとつの腕がこちらの刀めがけて振り下ろされる。


 (「まずい!?、このままでは」)


奴の狙いは刀ごと昌信を切る事であった。うちで理解した昌信は刀を捨てる。そのまま横に逃げ最悪の展開から脱することができた。


 「昌信大丈夫か!?」


この間の動きが一分も掛かってはいなかった。本当に足止めができるかさえ不安になってきてしまう。


俺はすぐに昌信の加勢に向かう。警戒しながら奴の死角から通り過ぎようとした瞬間、嫌な気配がして後ろに下がってしまう。


 「こいつ!?」


 魔力的な圧なのか分からないが本能的に危機感を感じてしまう。前までの義信には感じなかった圧倒的な異質な何かを感じてしまう。


 「まったく、この世界でもこんな格上と戦わなければならないとはな!!」


 俺はなんの変哲もない刀を抜き、そのまま奴の背後から斬りかかる。


 奴はこちらのことを見向きもしないで平然と感じてしまうが構わない。そのまま前転し昌信と合流してさらに数メートル距離をとる。


 

(「奴の射程範囲がわからない以上あまり近くにいたくはない。むしろあの速さで動くのならば距離はあまり関係ないかもしれないな」)


あの速さで間合いを詰められるのは恐怖でしかないまるでクマにでも襲われたかのような思いに駆られてしまう。


 「殿、流石に今回ばかりは…」


 「あぁ、おそらくあの強さは人智を超えているなこのままではすぐに殺されてしまう」


 自分達の装備保有スキルを確認するが、どれも厳しいだがやらなければ昌景達が危ない。


 「昌信は右から攻めてくれ、俺は左から攻めにかかる。最低限の会話し、俺達は一気に攻めにかかる。

 同時に狼煙が上がる。それは森にこもっていた敵兵を倒したことによる合図だ。


 つまり我々は今回の戦に勝ったのだが、この化け物を倒さないと真の勝利にはならない。


俺達は左右に分かれ同時に攻撃をする、交互に時間差で攻めただけでいる。相手は涼しげな顔で俺達二人がかりの攻めを受け流す。


 俺は奴の一瞬の隙をつく為にひたすら攻勢を緩めずにいたが、それどころか逆にカウンターを喰らいそうになる為油断ができない。


 身体強化と昌信の「風林火山」の効果で能力の底上げをしているのだがそれでも攻めあぐねていた。


 「なら!!」


 このままではジリ貧になると思い俺はさらに自分の固有スキルを発動させる。


 「強すぎた大将」このスキルはこちらが有利であり、攻勢に出ていればバフがかかるスキルであるが劣勢であればデバフがかかる、諸刃の剣で厄介なスキルなのだ。この状況を優勢だとスキルが判断してくれるか劣勢だと思うのか発動した瞬間わかる。


 しばらくの間、舞うように俺達は刀を振り続けると次第に奴が少しずつ後退しているのがわかってきた。


 「よしこれならば!」


もう十分だと判断した俺は思い切り横一閃の薙ぎ払いを奴にぶつける。


 ガキィーンと甲高い音共に奴の左手が弾かれ懐がガラ空きになる。つかさず昌信もこれを好機お捉え全力で右手を押さえにかかる。


 「殿、いまですぞー!!」


 昌信の声を受けながら俺は一気に刀を奴の胸めがけて一気に突きにいく。

 これで終わると安心した瞬間、誰かが笑う声が聞こえた。


 「そんなことで勝てると思っていたとはつくづく笑えてくるぞ弟よ」


 俺の刀は確かに奴の胸を貫いたが手応えがなかったそれにさっき聞こえた声の方向は俺の後ろからだった。


 俺はそのまま、手応えのない奴の姿を確認して絶望の淵に落とされる。


 「まさか、これは抜け殻」

 

 震える声で俺は口に出す、今目の前にいるのはただの奴の形をした抜け殻であったのだ。


 「そうだが、どうやら爬虫類の特性というより蛇の脱皮ができるようになったようだ。それを魔力を流してあたかも俺だと錯覚させる、どうだよくできているだろう?」


 こちらを嘲笑うかのように奴の笑う声が聞こえ俺は一気に振り返りそのまま奴に一撃を喰らわそうとするが。

 

 「遅い」


 何が起こったかわからなかったが、いつのまにか俺は斜めに切り裂かれていたようだ。


 そのまま崩れ落ちる中、血溜まりの中で倒れている昌信を見つける。


 「貴様ぁぁぁ!!」


あげたことのない雄叫びを上げて再び立ちあがろうとした瞬間今度は逆側を斜めに切り裂かれそのまま倒れてしまう。


 どうやらかなり傷が深いらしい、兄上が何か勝ち誇ったように何かを言っているがわからなかった。


 身体から熱がなくなるのがわかる。このまま俺が死ぬとはっきりわかる。


 (「昌信は、だいじょなのか?、昌景達は信盛のところに着いたのか?」)


薄れゆく意識の中仲間のことを案じつつおれの意識はそこで途絶えてしまう。


 


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