第29話もう一人の赤備え

ラザルの死後から三日ほどたってから信盛率いる援軍二万が来てくれた。昌信達も一緒に同行していたようだ。


 その日の内にラザル中将の葬式が簡易的に行われた。彼に率いられていた兵士達は皆涙を流していた。それほどまでに彼が慕われていたことがひしひしと伝わってくる。


 葬式の後、俺は信盛に連れられ今後の話をする為に信盛の部屋で話をする。


 「今回は、大変だったな。兄上まさか魔界三巨頭と出会ってしまうとはよくよく運のない」


 援軍と共に持ってきた高級な酒を飲みながら信盛は笑う。その笑顔にはからかう為のもあるが少し暗い俺に気を遣っている感じするのだ。


 「笑い事では無いぞ、信盛今回の敵は桁外れな化け物達だぞ。俺達の世界ではあり得ない一人が戦局を覆すことができてしまうのは」


 「まぁ、兄上の言いたい事はわかりますが…、逆に考えてしまうと俺たちでも成長の度合いによっては奴らと同じことができるかもしれないですよ」


 「その前に俺の寿命が尽きてしまうさ」


  冗談をいう信盛に真顔で返しながら俺は酒を煽る。久しぶりに飲む兄弟での酒は格別の旨さがあったのだ。


 「だがお前に聞きたいことがある信盛?」


 俺はある事を思い出し、信盛に聞くことにした。出来るだけ周囲に人がいないかを確認して細心の注意を払いつつ極めて重要な事を。


 「叔父上とお前はどこまでこの世界について詳しく知っているんだ?」


 よくよく考えて見るとこの二人は五年もの間帝国を統治していたのだ、ならばこの国の成り立ちについては詳しく知っているはず。


 「確かに私と叔父上はこの国のほとんどを知っているつもりです。それは先代が最後に教えてくれたことでもありますから。まぁその先代が逃げなければ私達はこんな事はせずに穏やかに過ごされたと思ったのですけどね」


 少しうらみのこもった声色と笑顔を向けてくる。信盛に俺は少し引いてしまう。


 「で、やはり聞きたいのはこの帝国は魔界三巨頭に勝てるのかどうかというところですかな?」


 流石にわかっていたのか俺の聞きたい事をピタリと言い当てる。その洞察力に少し驚嘆する。


 「あぁ、昌景にレベルを見てもらったが、とても俺たちでは敵う相手では無かった、あのラザル中将でさえまるで遊ばれているような…全く闘いになってなかった」


 事実、ベルディアールはほぼ受け身の態勢であり本気を出している素振りは無かった。まるでこちらを試すかのように、こちらの必殺の手札を楽しみにしているようであった。


 「そうだろうな、話に聞いたベルディアールは私達と同じ異世界からきた魔族らしくてな。奴が現れたのは千年ほど前の初代皇帝がいた時代でな、当時の勇者や皇帝が全力でぶつかり合ってやっと互角に持ち込み、数百年封印するまでに至ったらしいが、すぐに解かれてな。そのあと少しだけ魔王になったが、すぐ後任に任せて今では歴代魔王の後見人の立場らしい」


 「経歴だけ聞くとますます化け物さが増してくるな、だがそれに勝つ方法はあるのか?」


 俺の問いにしばらく俯きながら信盛は言いにくそうに口を開く。


 「別に無いわけでは無いのですけど、あまりおすすめはしないですね」


 「あるのか!?あの化け物をたおせるのか!?」


 思わず身を乗り出してしまう、そんな俺を落ち着かせながら信盛は話のつづける。


 「基本、あの高位の魔族を倒す為、先代の先祖達は、黄金の鎧と武器を製作されたらしいのです。帝国の宝物庫にあるらしいのですが、現状入ることがかなわないのだ。既に門兵達がいてね、それに彼等は先代の親衛隊で、代理である叔父上を宝物庫に入れてくれるかわからないのです」


「そうか、それは賭けになるかもしれん、祈るしか無いな。だがその間に彼が攻めてきたらどうするのだ?」


 「仮に宝物庫に入れても、俺達がやられていてわ意味がない。それに急に来られた場合の時間稼ぎができる人材も必要になってくるであろう。」


 「その点については大丈夫だと思います。既に先代とは話はしてありますので言われた通りにすればなんとかなると思います」


 「なんとかなるならいいが、信盛もうひとつ気になるのが…」


 「この海津砦攻めにもう一人の七大天王がいるという事ですね」


 「ベルディアールは、頼まれたから今回の奇襲はしたと言っていた。後の事はラザル中将のリベンジによる独断専行だっただけで比較的穏健派だったって事だが、他の七大天王もベルディアールみたいなわけでな無いのだろう?」


 俺の問いに信盛は黙ってうなづくが次第に表情が厳しいものに変わるその理由は。


 「だがな、兄上この魔界三巨頭や七大天王はベルディアールしかわからないんです。どうやら文献がほとんど無くなっているか風化して読めなくなっていましてほとんど残ってないのです。わかるのはラザルさんが言った事と同じぐらいしか言えません」


 「つまるところ、ベルディアールが助けに入ったのが三巨頭か新参かわからないということか?」


 「おそらく、予想では三巨頭の線は無いでしょうそれならとっくの昔にここは落ちていました。おそらく新参者だと私は思います」


 信盛は自身に溢れた目でこちらを見つめてきた。どうやら本気らしい、俺は兄として弟を信じて見ようと思った。


 「そうだな、お前の意見を採用するとして敵の場所の予測はついているのだな?」


 「そうですね、多分奴らは新しくここに構えています。どうやら明日中には仕掛けてくるでしょう」


 地図で示された場所をよく見ると、砦から少し離れた場所に森林地帯に身を潜めているようだ。おそらく相手は実戦経験豊富な将軍だと思われる。


 「ですので、先陣は兄上達に任せます。どうか無事でいてくださいね」

 少し酔いが回ったのか、目が少しだけとろんとしている信盛と少しだけ話をしてから俺は自分の部屋に戻った。


 次の日、俺は昌信に呼ばれ帝国軍の軍議に参加することになった。どうやら今回の偵察での功績が評価され昌景が中佐待遇、俺が曹長待遇で扱われることになった。ちなみに昌信達は既に少佐待遇という厚遇で部隊指揮官になれる実力を手にしている。


 俺の待遇にかなりの差があるのは昌景の一兵卒としての契約が効いていたからだ。だがそれでも軍議に参加できてしまうのは幹部クラスがいない為に俺までも参加しなくてはいけないのだ。


 こうして前代未聞の軍議が始まった。


 「それでは、今回の作戦を伝えます。まず敵の大方の位置で把握はできてます。ひとえにラザルさんが頑張ってくれたからです。あの塔はそれだけの戦略的な優位になる価値がありました。ですがそれは今まで使っていた敵も同じ事、いつ奇襲がきても大丈夫なように守りを固めていると思われます」


 「なるほど、つまり誰かが陽動をかける必要があるという事ですな」


 昌信の言うことに信盛はうなづく。


 「ですので、城には五千の兵士を残し後の兵士は私が連れ正面からぶつかります。ようは私が陽動役をします」


 あえて敵と正面からぶつかる事により相手方に奇襲への警戒心を少しでも解く事が目的だ。


 「おそらく兵力的には互角の筈だが、相手は七大天王です。個人の力は圧倒的にあちらの方にあります。そこで私達の最高戦力である昌景殿をぶつけ、少しの間時間を稼いでもらいます。それと私が集めた、宝の中でこの槍をあなたに与えます」


 信盛は護衛二人にとってくるように頼んだ。しばらくしてから護衛二人と長い木箱に入ったものを取ってきたのだ。


  信盛の合図と共に箱を開けるとそこには真っ赤に塗られた槍が入っていたのだ。その槍を見た瞬間昌景が勢いよく立ち上がる。


 「その槍はまさか……どうして」


 半分驚きと疑問に満ちた表情で信盛にたずねていた。


 「この槍は私が彼から預かったものでね。でももうあなたに渡しても良い頃合いでしょう、なによりこの槍は今回の七大天王には効くかもしれない」


 あの古ぼけた槍にはそれほどの効果があるのだと俺は思ってしまうがふとあの槍に見覚えがあるような気がしてならないのだ。


 「曹長殿は……いえまた機会があれば教えますので、さて昌景殿どうか受け取ってもらえますでしょうか?」


 昌景は少しだけ考えてからこの古びた槍を受け取る。その様子を見て信盛は。


 「これであなたはかの御仁の意思を受け継ぐと同時にちょっとした因縁と立ち向かう事になるでしょう」

 意味深な事を告げた信盛の言葉と共に軍議は終わり俺達は戦の準備を行った。


 そして決戦の日、俺は何故か信盛の護衛役として一緒にいる。少し昌景の様子が気になるが信盛の言葉も気になって仕方なかった。


 「なぁ、一体あの槍にはどんな効果がある?昌景は何か知っていたようだけどどうなんだ?」


 「それは今回の七大天王に由来する、あの槍はある特定の家に歯向かうものにダメージを上げる効果があるらしい。後はちょっとした回復効果を持っていてね、それと致命傷ではない限り闘い続けるという、鬼のような効果を持っているんだよ、まぁあの御仁に不死身の逸話はないのだけどね」


 話を聞いて少し困惑する、まったく心当たりがないわけでは無いのだがうまく思い出せないのだ。


 「やはり兄上にも影響があるようだね、まぁでも幸いにも今回の敵を見たら思い出すでしょう」


 また意味深な事を言いながら信盛は魔法で水を生み出して何かを映す。


 「これは!!またあの男が何故!という事はあの槍はまさか!そういうことか」


 驚愕する俺に信盛は薄い笑みを浮かべる、少しこの弟に恐怖を感じてしまう。


 水に映ったのは恐らく敵の陣地その中に一人だけ見覚えのある奴がいた。前の戦の時義信と一緒にいた。俺達、特に昌景には因縁のある相手だ。


 「飯富虎昌殿、どうやら七大天王になっていたらしい、そして義信派として父上に刃向かった武田宿老であり先代赤備えの御仁です。もうお分かりですなあの「槍」が誰が持っていたのかということにあの少女に渡した意味を」


 俺には衝撃過ぎる言葉に混乱してしまう。まさかあの山県昌景がこの異世界にいたとは思いもしなかったからだ何故ならあの時長篠でーー。


 「さて兄上始まりますよ、全軍すすめー!!」


 混乱している俺を置いて信盛は開戦の狼煙を上げる。

 「いや、待て!お前もう少し話すタイミングを考えてくれよ!!」


 俺の叫び声は両軍のぶつかる音でかき消えてしまった。

 

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